1117:説明を求む。
――妙な状況に陥っている。
クマのぬいぐるみが喋ってアガレス帝国の皆さまが凄く驚いているのだが、説明を求める視線が私に注がれていた。グイーさまも西と北と東は助け船も出してくれず状況を伝えれば良いじゃないという雰囲気で、南の女神さまだけが『悪りぃなあ』という顔をしている。悪いなという雰囲気であるが彼女が説明する気はゼロのようで、南の女神さまも結局説明は私に任せるようである。
一先ず、グイーさまについて説明しようと私は持っていたカトラリーをお皿の上に置こうとする。嗚呼、高級そうなお皿を傷付けそうで怖い、カチャとカトラリーの金属と陶磁器のお皿同士が当たる音が鳴れば、アガレスの皆さまがごくりと息を呑んだ。
「星を創造なされた神さまが状況を知るためにぬいぐるみを介して視界を共有しております」
私は説明の言葉を皆さまに伝えるのだが、自分でもなにを言っているのかイマイチ掴み辛い。私がこんな状況だからアガレスの皆さまにも状況が理解し辛いのではと彼らの顔を見てみる。あんぐりと口を開けている方々が殆どで、唯一ウーノさまだけがなにかを考えているような表情をしていた。大丈夫かなと心配しつつ、グイーさまにも一言貰った方が無難だろう。
「グイーさま、皆さまに一言あると嬉しいのですが……」
アストライアー侯爵家一行は事情を知っているし、クマのぬいぐるみを介してグイーさまと一言二言よろしくお願いしますと言葉を交わしている。だから私たちの側は驚いている方はいないし、アガレス帝国の皆さまには驚くのが普通だという視線を向けていた。
『やっと堂々と喋れるな! いやはや、驚かせてすまん!』
ふうと息を吐いたグイーさまが明るい声――割と音量が大きい――で言葉を発する。クマのぬいぐるみを介しているので、少し声が離れているような気もするが会話に支障はない。またアガレスの皆さまが目を真ん丸に見開いている中、ウーノさまが席から立ち上がり礼を執る。
「ア、アガレス帝国皇帝ウーノと申します。この度は星を創造なされたお方とお会いできたこと、誠に恐悦至極にございます」
ウーノさまが喋り終えると着席していたアガレスの妹殿下方も席から立ち上がり深く頭を下げた。
『そう畏まらなくて良いのだが……西の娘が件の男に興味を示した。地上の掟を詳しく知らんからナイを頼って其方の国にこさせて貰ったからな。美味い飯を食っているのが羨ましいわい』
今の状況はとんでもないものに見える。クマのぬいぐるみに頭を下げる帝国の皇帝陛下がこの世に存在するなんてと少し頭を抱えそうだった。でもグイーさまがクマのぬいぐるみを介して状況を見守っているのは嘘偽りのない事実だ。
これで『嘘だ!』と野暮な茶々を入れる方はいないよねと私はアガレス帝国側の方々を見回す。流石に四女神さまがいらっしゃることで、クマのぬいぐるみを介して話をしている方が創造神であると信じる他ないようである。彼らは嘘なら女神さま方が怒るだろうという認識らしい。
『男が西の娘を煽ってしまってなあ。今は別の所にいるのだが問題はないかね?』
あれ。グイーさまはこの手の説明をすっ飛ばしそうなのに、ウーノさまに確認を取っている。後で私も銀髪くんを鉱山労働から外しても良いか許可を得るつもりだったのだが手間が省けて有難い。
「はい。鉱山の労働者が一人減っても全く問題ございません。どうぞ神さま方のお好きなようになさってくださいませ」
ウーノさまはしれっと言い切ったのだが、本音はアガレスの元第一皇子殿下も連れて行って欲しいのではなかろうか。彼に苦労を掛けられていたようだし、姉弟仲も良いとは言えなさそうだった。ぶっちゃけ私も元第一皇子殿下は苦手である。初手でフルプレートの鎧を着て権威を振りかざしていたことが最大の原因のような気がする。
「あの、食事を摂ることはできませんか? 創星神さまにご用意致しますが……」
『この姿だから食べれんのだよ。ワシの身体は別の所にあるしなあ。気遣いを断ってすまんな。あ、そうだ。美味い酒があるなら娘たちに持たせてくれんか? 持って帰って貰う!』
グイーさまが要求すれば、本当にウーノさまたちが秘蔵しているお酒を提供しそうである。大丈夫かなと私がウーノさまに視線を向けると、彼女は綺麗に笑っていた。
「承知致しました。アガレス帝国が誇る美酒をご用意致しましょう」
特に問題はないようだ。あとでウーノさまに美味しいお酒が買い付けできそうなら、いろいろと聞いてみよう。公爵さまと辺境伯さまへのお土産に丁度良い。
『おお、本当か!? 嬉しいぞ!』
クマのぬいぐるみから凄く嬉しそうなオーラが漏れているような。そんなにお酒は美味しいものなのか。私は缶チューハイ一缶でフラフラするので前世では飲まずに、飲んだ方の面倒を見る方に回っていた。喜んでいるクマのぬいぐるみに南の女神さまがジト目を向けて盛大に息を吐いた。
「親父殿。酒がある分だけ飲んでいるんだから少しは自重しろ」
どうやらグイーさまはお酒があれば、ある分だけ飲み干してしまうようだ。悪酔いはしないようだから、美味しい美味しいと飲んでしまうのだろう。病気とも無縁そうだし羨ましい限りである。
「ええ。毎度酔ったお父さまの小言に付き合わされるわたくしたちの身にもなってくださいませ」
「酔うと本当にお喋りが止まらない悪癖は治して欲しいものです」
北と東の女神さまもグイーさまに突っ込みを入れていた。家庭内の愚痴を外で吐き出しているようにしか見えないが、きっとグイーさまを思いやってのことに違いない。
『……むぅ。すまん』
先程まで後光を背負っていたクマのぬいぐるみがぺしょっと小さくなった気がする。世のお父さま方は女系家族になると肩身が狭そうだなと私は目を細めていると、アガレス帝国の皆さまがグイーさまへ苦言を申し出た女神さまが珍しかったようで驚いている。
まあ、いきなり家庭の事情を見せられれば誰だって引く。彼らの反応は仕方ないと納得しているのだが、西の女神さまは次のお料理はまだだろうかと首を傾げている。そんなこんなで食事会は終わり、お泊りのために案内された部屋でくつろいでいた。私にと用意された部屋の中には何故か四女神さまが揃っているし、クマのぬいぐるみもテーブルの上に鎮座している。
「どうして女神さまがここに集まっているのですか?」
一先ず、皆さまに突っ込んでおかなければ。就寝まで一緒に過ごす予定のジークとリンも部屋にいるのだが、女神さまがやってきたことで護衛として壁際に立ってしまった。ソフィーアさまとセレスティアさまがいらっしゃった場合も同じだが、女神さま方の方が緊張が増すだろう。まあ、女神さまに詰め寄る人はいないのである意味超安全地帯ではあるけれど。
「暇」
西の女神さまは端的に言い切った。うん。確かに一人で過ごすのは暇だろうけれど、女神さまであればウーノさまに図書室の閲覧許可でも頂けば良かったのではなかろうか。
女神さまの足下で毛玉ちゃんたち三頭が構ってと強請っている姿を眺めるのは、凄く癒される光景だけれども。女神さまが暇だと分かった毛玉ちゃんたち三頭は首をこてんと傾げながら、片手前脚を女神さまの膝の上に置いて撫でてと要求している。
そうして西の女神さまは毛玉ちゃんたち三頭の下へと座り込んで、なでなで攻撃を開始した。最初に選ばれたのは楓ちゃんで、女神さまに選ばれなかった椿ちゃんと桜ちゃんはぴーと鼻を鳴らして少し拗ねている。
「他の所に行けば驚かれるしな。ナイの所なら問題が少ない」
南の女神さまが西の女神さまたちになにやってんだかというような視線を向けている。
「おチビちゃんに同意」
「同じくですわ」
北と東の女神さまは面白そうにくすくすと笑っていた。なんだか神さまの島にいる時より、皆さま楽しんでおられませんかと問いたくなるがぐっと我慢をする。面白いと言われてしまえば、なんだか私が彼らの接待をしなければならないような気がするのだ。
流石にお仕事があるのでずっと女神さま方の面倒を見る訳にもいかない。お貴族さまなので代官さまに領地管理を丸投げして、女神さま方のお相手を務めることもできる。でも私は領地運営は自分なりにやってみたいことがあるから、女神さまに付きっ切りという訳にはいかないのだ。
「明日は買い出しなので楽しめるのではないかと。帝都の皆さまはさぞ驚くことでしょうが……」
私は明日の予定を告げる。アガレス帝都の高級商店区だけれど、毎度の恒例行事と化した買い出しに行く予定だ。黒髪黒目を見るよりも、女神さま方を見る方が騒ぎになりそうだなあと目を細めると、私の肩の上に乗っているクロが小さく笑った。
『ボクを見ても凄く驚いていたからねえ。女神さまだったら腰を抜かす人が沢山いそうだねえ~』
呑気な声がクロから上がった。アガレス帝国で竜は西大陸よりも珍しいとされているから驚いている方が沢山いたけれど……女神さまの方が現実味が少ない。腰を抜かすどころか気絶する人が大勢出るのではなかろうか。でも、女神さまはアガレス帝国の街に興味があるのなら、ふらふらと出歩きそうである。
「だね。毎日女神さまに闊歩して貰えば、みんなが慣れて関心を寄せなくなるかもしれないけれど……アガレス帝国にずっと滞在するわけじゃないから」
「面白そうねえ。お嬢ちゃん」
私の言葉に東の女神さまが目を輝かせた。
「え?」
私の口から短い言葉が漏れる。面白い試みなのだろうか。確かに東の女神さまにとっては面白い状況になるかもしれないが帝都の皆さまが驚くはずである。せめて力を抑えて外出してくれれば良いけれど……東の女神さまは力を抑える術を知っているのだろうか。
「わたくしが管轄する大陸なら現界するための力の消費はかなり少ないし、毎日帝都を闊歩してみようかしら」
「せ、せめて皇帝陛下の許可をお取り頂けると……いろいろと助かります。あと力を抑えて頂けると」
私が微妙な顔をしていると、ジークとリンが今までアルバトロス上層部を困らせる立場だった私が、今は逆の立場になっていると渋い顔になっている。確かに私はアルバトロス上層部の皆さまにいろいろとぶん投げていたけれど、ここまでの無茶は言っていないような。
何故か私が外に出るとトラブルが起きて巻き込まれて、その結果の積み重ねで今がある訳でして。思えば三年間でいろいろなことがあったけれど、女神さま方と邂逅してからトラブルは減ったが、手配をする側に回っている。なるほど。今まで陛下方が私が起こすトラブルに対処してきた苦労なのかと納得していると、東の女神さまがぽんと手を叩いた。
「確か、お嬢ちゃんの正面に座っていた女の子よね?」
「はい」
私がひとつ頷けば東の女神さまが聞いてみるわと言い、西の女神さまが面白そうと目を輝かせているのだった。――申し訳ありません、ウーノさま。






