1116:食事会inアガレス帝国。
アガレス帝都に辿り着く。飛空艇から降りればお迎えの馬車が待ってくれており、案内役の方に従って馬車に乗り込む。どうして私は四女神さまと同席することになっているのか不思議だが、一応監督者みたいな立場なので致し方ないのだろう。
アストライアー侯爵家一行のソフィーアさまとセレスティアさまは他の馬車に乗り込み、ジークとリンは外で警護に就いている。亜人連合国の皆さまも馬車に乗り込んで移動している。
四女神さまとも外が面白いのか、窓に視線を向けて流れる景色を楽しんでいる。超豪華な馬車が帝都の街を走るのは珍しいのか、少し遠巻きにアガレス帝国民の皆さまがこちらに視線を寄越していた。
一応、皇族の方が使う馬車のようで正面にはアガレス帝国の国章があしらわれており、金細工がこれでもかというほど施されていたのだった。窓に視線を向けていた北と東の女神さまが意識をこちらへと戻した。
「馬車に初めて乗りましたわ」
「わたくしも」
ふふふと笑いながら馬車には初乗りだと教えてくれる。私は楽しんでいるようならなによりと笑みを返すのだが、彼女たちの声で南と西の女神さまも馬車の中へと視線を戻した。
「あたしはナイの所で乗ったな」
「私も。窓から見る景色、楽しい」
ふふんと良い顔になるお二人に、北と東の女神さまがマウントを取られたことに気付いてむっと頬を膨らませる。西の女神さまがお姉さん気質があるものの、何気に四姉妹は仲が良いように見える。私の腕の中にいるクマのぬいぐるみは、女性ばかりの馬車内に気押されているのか無言を貫いていた。クロも私の肩の上で大人しくしているので、女神さま方の会話に加わる気はないようだ。
えっと、これは私が諫めるというか間に入っていかないといけないのかと迷っていると、帝都にある中央広場を通りかかった。その場所は初代アガレス帝の巨像があった場所である。昼日中故に広場は多くの屋台が軒を連ねていた。呼び込みをする声や威勢良く値引きを迫る声と応じるお店の方の声、そして元気に走り回っている子供たちの声も響いている。
私が巨大アガレス像を粉微塵にしたことで広場の面積が広がり、出店できるお店が多くなっているようだ。まあ、前の状態を知らないから想像だけれど。ふいに惹かれた景色を目を細めながら見ていると、西の女神さまが私の視線を向けている窓へと身体を寄せてきた。むに、と当たる彼女の胸に思うことは多々あるのだが一体どうしたのだろうか。
「ナイは人の営みを見るのが好き?」
西の女神さまの息を感じる距離で私に問いかける。実際どうなのだろうか。私は爵位を得ているから領地を発展させる義務がある。治めている領地の参考にならないかと出掛けた先ではいろいろと見ているつもりだ。
「どうでしょう。暗い顔をして歩いている姿より、活気がある街を見た方が好きですが」
私が西の女神さまに返事をすれば、彼女は良い顔になる。西の女神さまは人間が日常を送っている姿を愛おしく感じているようだ。そういえば人間の諍いを見るのが嫌で引き籠もっていたのだから、ありきたりな日常や幸せを大切にしている女神さまなのかもしれない。
時折過激だけれど、それはグイーさまとテラさまの性分を彼女が引いているのかもと笑えば、南の女神さまが腕を組んで口を開いた。
「ま、シケた面して歩いていたら、ぶん殴りたくなるよなあ」
うんうんと納得している顔で頷いている南の女神さまだが、もしかして彼女が恐れられている原因の一部はソレではなかろうか。でも急に理不尽に殴られるのはとても意味が分からないだろうし、殴られた方も気の毒である。
「南の女神さま、過激です。せめて理由を聞いてから殴ってください。そして治めている領主が原因の時は領主を殴ってください」
私が言葉を返すと南の女神さまがきょとんとした顔になる。民の皆さまが暗い顔をしている時は悪政を敷いて苦しんでいるか、天災に襲われてしまったか、飢饉に煽られているかくらいだろう。
娯楽の少ない今の時代、他愛のないことで大笑いできるのが今を生きている方々だ。小さなことでも生きる楽しさを見つけて、日々を不足なく過ごしている。確かに暗い顔をして歩いていればどうしたのか気になるので、南の女神さまなりの発破を掛けているのかもしれないがやり方が過激だ。例外は人様の容姿を馬鹿にする方だろうか。それなら遠慮なく殴っても良いだろう。だって女神さまだし。
「ナイも過激ではありませんか」
「ええ。でも各大陸の情勢を鑑みれば、ナイの言葉が正解なのでしょうねえ」
北の女神さまと東の女神さまが南の女神さまと私とのやり取りを見て笑っている。それでもまあなにか感じるところはあったようで、シケた顔をして歩いている人間を見つけたら、理由を聞いてから殴ってくれるようだ。
「そういえば北の女神さまと東の女神さまはご自身が管轄している大陸にご興味はないのですか?」
二柱の女神さまは大陸に降臨されたと聞かないのだが。どうして東大陸の皆さまは黒髪黒目を信仰しているのかという謎もあるので、話の切っ掛けとして丁度良い内容だろう。
「もう人間は繁栄を手に入れて成熟しているもの。あとは滅びの時を待つだけ、といった所かしらね」
「お嬢ちゃん、そんな顔をしないで頂戴。生き物はいずれは滅ぶもの。父さまが管理している星もそうだし、他の神々が管理している星も同じよ」
微妙な顔になった私に笑みを浮かべた二柱の女神さまは、だからやりたいことをやり切りなさいと仰った。ようするに悔いのないように生きろと言いたいらしい。
「姉御たちがマトモなこと言ってるぞ」
「珍しい」
南の女神さまが目を丸くして、西の女神さまが目を細めながら感心していた。彼女たちの言葉にぷうと頬を膨らませる北と東の女神さまの姿は本当に人間臭い。
「ちょっと、姉さま、おチビちゃん?」
「失礼ですわ」
引き続きぷうと頬を膨らませている二柱の女神さまを北大陸と東大陸の方が拝めば信者の方が急増しそうだった。女三人いれば姦しいというけれど、馬車の中には五人いるので話題は尽きそうにない。
そこから東大陸がどうして黒髪黒目を信奉しているのか聞き出そうとした時に、丁度アガレスの皇宮に辿り着く。馬車回りで止めた馬車から降りると、アガレスの帝室の皆さまが勢揃いしていた。女性人口が多いのは致し方ない。
「皆さま、おかえりなさいませ」
ウーノさまの声が響けば、他の皆さまの声もあとに続く。そうして私はウーノさまと視線を合わせる。
「お出迎え、ありがとうございます。陛下、我々の要望を受け入れて頂き感謝致します。時間がある時に、鉱山でのことをご相談したいのですが可能でしょうか」
「もちろんです。アストライアー侯爵」
ウーノさまが快く返事をくれるのだが、敬称で呼ばれるのはなんだかむず痒い。他の方々もいるから当然のことでも、慣れていないことには敏感だ。私は片眉を上げているとウーノさまも小さく笑って、移動しようを促される
そうしてウーノさまがチラチラと女神さま方の方へと視線を向ける。なにか言葉を交わしたいけれど、ご自身から話しかけても良いのか迷っているようだ。私も女神さま方へ視線を向けると、仕方ないと南の女神さまが後ろ手で頭を掻いて半歩前に出る。
「これから飯なんだよな?」
南の女神さまの対応にウーノさまが目を輝かせ、三女神さまは南の女神さまに対応を丸投げしていた。なんだか南の女神さまから苦労人臭が漂ってきている気がするし、私も今は彼女と同じ状況なので笑えない。
いつか南の女神さまと一緒に三女神さまの愚痴を零す日が訪れそうである。む、と唸りそうになりながら未来を思い描いていると、ウーノさまが口を開く。
「はい。アガレス帝国にいる最上級の料理人が腕を振舞います。是非、お楽しみくだされば嬉しく存じます」
ウーノさまが微笑みながら南の女神さまに告げた。彼女は随分と嬉しそうな顔をしているのは、南の女神さまが黒髪黒目だからだろうか。もし仮に街へと繰り出す時は黒髪を隠して貰った方が良いのかもしれない。私もアガレスの皇宮から外に出るときは、騒ぎになると困るのでフードを着用している。
「すまねえな。押しかけちまって」
「いえ。大陸を司る女神さまをもてなす機会はそうありませんので、お気になさらないでください」
南の女神さまが軽く謝罪を入れるとウーノさまがぶんぶんと顔を振る。まあ四女神さまが揃って帝室を訪れたとなれば、ウーノさまに凄く箔が付くはずだ。銀髪くんの件で要らぬ手間を要したし、女神さまの訪問でチャラになると良いのだが。
「楽しみ」
西の女神さまがウーノさまと南の女神さまの会話に加わって、ご飯が楽しみだと伝えた。私も美味しい料理を食べるのは楽しみだけれど、東大陸のアガレス料理は少々辛い。
共和国だと甘い料理が多かったと記憶しているので、共和国に寄ってお砂糖やチョコレートを確保したいけれど騒ぎになるだろう。我慢をするか、アルバトロス王国教会で研修を受けているプリエールさんを介して共和国政府を頼ろう。プリエールさんを介していれば、彼女と私の関係が薄れることはないし、共和国政府も彼女を見捨てることはない。
「姉さまとおチビちゃんらしいですわねえ」
「食い気が先に出ていますもの」
北と東の女神さまが口を揃えた。どうやら二柱の女神さまは食に拘りはないようである。せっかく美味しい料理を食べられるのに興味がないのは残念だ。腕の中のクマのぬいぐるみは『美味い酒があるなら羨ましい』とぼやいていた。
酔っ払いになってアガレスの空にオーロラを出現させれば大騒ぎとなるので、お腹を壊しそうな原因を作るのは止めて頂きたい。グイーさまの本体は神さまの島にあるけれど、クマのぬいぐるみを介して見ているのでなにか起こってしまう可能性もある。
「女神さま方のご要望通り、参加者は最低限とさせて頂いております。では会場までわたくしがご案内致しますね」
ウーノさまは公務もあるだろうに笑って私たちを案内してくれる。有難いと頷いて私はアストライアー侯爵家一行と女神さま方と亜人連合国の皆さまに行きましょうと促した。そうして凄く豪華な部屋へと入れば、各自椅子へと導かれるのだが女神さまと私が上座になっているのは気の所為だろうか。
そして対面にはウーノさまと妹殿下四人が席に腰を下ろしている。私が持っているクマのぬいぐるみは机の上に置かせて頂いた。
給仕の方が凄く緊張した表情で私たちの後ろに立っているのだが大丈夫だろうか。気になるけれど余計なプレッシャーを与えるのは申し訳ないので、放置を決め込むしかない。彼らが失敗してしまえば庇えるようにだけ気を張っておこうと、運ばれてくる料理を見ながら心に誓う。そうして並べられたカトラリーを手に取って前菜を一口、口の中へ放り込み嚥下する。
「辛さがマシになってる……」
以前食べたアガレス料理より辛味が控えられていた。それでも辛いけれど火を噴くほどではない。肩の上に乗っているクロが『良かったねえ』としみじみと告げ、女神さまたちは慣れた手つきでカトラリーを使い、前菜を口の中へと運んでいる。
辛さは気にならないようで平然としているが、南の女神さまだけは少し顔を歪めている。彼女はグラスを手に取って一気に水を飲み干した。そうして他の三女神さまがあらあらと
「ナイさまは辛いお料理は苦手と把握しておりますから、料理人に頼んで辛さを控えて貰いました」
ふふふと笑みを携えているウーノさまに私は南の女神さまも辛味が苦手だと伝える。ウーノさまは失礼しましたと慌てて謝れば、南の女神さまは気にするなと仰るがやはり辛さは控えて欲しいそうだ。そうして次のお料理から南の女神さまも辛さを控えた品となり、私がほっと息を吐いているとクマのぬいぐるみがたまらず声を上げた。
『美味そうだなあ……食べているお前さんたちが羨ましいぞ』
「へ? ぬいぐるみが喋った!?」
声を上げたぬいぐるみに驚いた表情でウーノさまがたまらず声を上げる。他の妹殿下方も驚いて目を真ん丸に見開いてフリーズしていた。南の女神さまは『我慢できなかったか、親父殿は』と呆れて息を吐き、北と東の女神さまは『あらあら』と笑っている。
西の女神さまは我関せずとお料理をただひたすら口に運んでいた。最後まで黙っているつもりだったグイーさまの説明をしなければと、驚いたままのウーノさまに私は視線を向けるのだった。






