1113:女神さまアガレス帝国へ。
ジャドさんがヤーバン王国から戻ってきた。道すがら、というか王都の教会でヤーバンの元第一王子殿下とSランクパーティーの皆さまとも出会ったそうで少し話していたようだ。その場に偶然居合わせたアリアさまからも話を聞いており、元第一王子殿下とSランクパーティーの皆さまは私にお礼を伝えたかったようである。
手紙を渡そうとしたらしいけれど、教会が受け取ったと知れば他の方々からも渡される可能性が高くなるので、神父さまたちは受け取らなかったようである。その代わり、偶然出会ったアリアさまとジャドさんが私に伝えると約束をしたそうだ。
昼下がりの午後、子爵邸の東屋でジークとリンと私はアリアさまとロザリンデさまとジャドさんから元第一王子殿下とSランクパーティーの皆さまの話を聞いている所だ。
ソフィーアさまがお勧めしてくれた、王都で人気のお店からクッキーを買い付けてお茶請けとして出している。流石、公爵令嬢さまのお薦めの品は上品な味だと感心しているのだが、アリアさまとロザリンデさまも茶請けに伸ばしている手が止まらないようである。二人とも細いのだからもっと食べなさいと言いたくなるが、彼女たちは胸部装甲へ栄養が回りやすいようで決して口には出さなかった。
クロとアズとネルはお茶請けと一緒に出された果物に集中している。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは私たちの側で陽向ぼっこをしてくつろいでいた。
ロゼさんは図書室で本を読んでいる。どうにも女神さまのためにと妖精さんが本を持ち込んでくれるので、彼女と一緒に読書に勤しんでいる。
毛玉ちゃんたち三頭はアリアさまとロザリンデさまと私のふとももに脚を置いて構えと訴えていた。私があとでねと伝えると、鼻を鳴らした三頭が拗ねてヴァナルと雪さんたちの身体の間に挟まった。ヴァナルと雪さんたちはやれやれと毛玉ちゃんたち三頭を迎え入れ、こちらは気にしなくて良いと視線で訴えてくれる。
ヤーバンの元第一王子殿下はアルバトロス王国での用事を済ませたので、次はリーム王国へと渡るそうだ。何故かSランク冒険者パーティーの皆さまも彼にくっついていくそうである。なんだか面白そうな道中が繰り広げられていそうだなと笑いながら私は口を開いた。
「元気そうでなによりです」
元第一王子殿下はBランク冒険者となっているそうだ。Bランクがどこまで凄いのか分からないけれど、聞いた話によれば良い位置に属しているらしい。Sランク冒険者パーティーのリーダーさんもなに不自由なく冒険者として勤しんでいるそうだ。前より動きが良くなったらしいのだがきっと気の所為である。
「はい! リーダーさんも問題なく冒険者業を担っていると教えてくださいました」
「重度の怪我を負ったのに後遺症もなく過ごせているのは奇跡ですわ」
アリアさまとロザリンデさまが私の声を聞いて答えてくれた。アリアさまはパーティーリーダーの傷をきちんと治せたことが嬉しいようである。ロザリンデさまもアリアさまの治癒の腕前に感心しているので嫉妬は抱いていないようだ。
昨日も一緒に治癒院に参加していたそうなので、相変わらず二人は仲が良い。私も治癒院に参加したいけれど騒ぎになるのは確定だし、妙な方が手紙を渡してくるかもしれないので我慢である。侯爵領の教会で治癒院に参加したらどうなるのだろう。迷惑が掛かってしまうかなと頭の中で考えていると、アリアさまがへにゃりと笑って私を見る。
「ナイさまのお陰です! 私一人だと魔力が足りなかったですから」
「繰り返しになりますが、アリアさまがいなければリーダーは命を落としていたでしょう」
私もアリアさまを見て片眉を上げた。背後に控えているジークとリンが『またその話題か』と言いたげな雰囲気を醸し出しているが、リーダーの怪我の話になると繰り返される事柄だった。とはいえ、いい加減にしつこいとお互いに気付いているので肩を竦めて笑い合う。まあ助けた方の運が凄く良かったのだろう。高度な治癒を施せる人と魔力を譲渡できる者が一緒に居合わせたのだから。
「ナイさま、アガレス帝国に向かうと小耳に挟みましたが……」
ロザリンデさまが持っていたティーカップを下ろして私に問うた。お二人であれば私の予定を知っても問題ないので告げておく。私がいないとユーリの所にマメに顔を出してくれているから有難いことだ。でも、私のことをユーリが忘れてしまわないかと心配になるのが外泊のマイナス要因だった。
「あ、はい。明日から二泊三日ほど出掛けてきます。お土産はなにが良いでしょうか?」
私はロザリンデさまとアリアさまにお土産はなにが良いのか聞いてみる。贈る品がなにが良いのか考えるのが面倒、とかでは決してない。
「ナイさま、お願いがあります!」
アリアさまが元気に手を挙げる。
「どう致しました?」
「えっと代金はお支払いしますので、天然石を買ってきて頂けないでしょうか?」
「それは構いませんが」
どうして、と私が聞くとアリアさまが答えてくれる。どうやら私がエルたちに贈った天然石をアリアさまのご実家であるフライハイト男爵領に居着いた天馬さまも欲しいとお願いされたようだ。
エルとジョセはフライハイト男爵領へ時折顔を出しているので、天然石を身に着けた姿を向こうの天馬さまが見たのだろう。特に問題はないので了承しておくと、ロザリンデさまもご家族に贈りたいとのことで代金を預けたいと仰った。
お二人の予算もあるだろうし、買い付けする天然石の質や個数、色に希望している効果を聞き取ってメモを取る。金額の大小は男爵家のご令嬢さまと侯爵家のご令嬢さまでは違うので、なにも言わない。アリアさまとロザリンデさまも分かっているので喧嘩や対立することもないまま、話を終えて席を立つ。そうして子爵邸の廊下をジークとリンと私で歩いていると、ふと思い出したことがある。
「あれ、お土産の話が吹っ飛んでる」
アリアさまの勢いに押されてすっかり忘れていたと私が頭を抱えると、後ろを歩いていたそっくり兄妹が苦笑いを浮かべていた。
「悩まないとな」
「一緒に悩もう、ナイ」
くすくすと小さく笑っている二人に私は肩を落として、一緒に考えて欲しいと願い出た。何気に沢山の方に渡しているし、毎度同じ品だと飽きてしまうので時間を食う作業なのである。ソフィーアさまとセレスティアさまにも助言を貰おうと決めて、ユーリの部屋に顔を出し明日からお出掛けだからと告げアガレス行きの準備を整えるのだった。
――翌日。お昼過ぎ。
アガレス帝国の壁の外に辿り着けば盛大な歓迎を受ける。ウーノさまと妹殿下方も外へと出てきており、すごーく緊張した顔になっている。一応、西の女神さまと東の女神さまが赴くことはウーノさまに伝えてある。
伝えていたのだけれど、何故か北と南の女神さまとクマのぬいぐるみ――ユーリのを借りた――に意識を憑依させているグイーさまが私たち一行の中にいる。北と南の女神さまとクマのグイーさまは正体を明かさず、私のお供とすれば良いと仰っていたが流石に存在感があり過ぎるので直ぐにバレると告げていた。
なら、バレない内は黙っていて欲しいとお願いされたし、責任はグイーさまが背負ってくれるとのこと。ウーノさま方が腰を抜かしそうだなあと目を細めながら、ディアンさまの背に乗ってアガレス帝国に赴いた次第である。ちなみに銀髪くんに西の女神さまが会うということで、今回の飛竜便はディアンさまが担ってくれた。ベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんも一緒なので、今回の顛末を見届けるようだ。
ある意味当事者であろうクロは渋い顔でどうしたものかと考えている。
クロは銀髪くんをどうこうしたい訳ではなく、罰を受けているならそれで良いじゃないと考えているようだ。西の女神さまもクロの意思を受け取って、銀髪くんへ手を出す気はないけれど弱っていたご意見番さまを何故殺めたのか問いたいそうだ。
銀髪くんは四女神さまとグイーさまの圧に耐えられるだろうかと心配になりながら、ウーノさまと久し振りに顔を合わせた。先に私から口を開けば彼女の面子に関わると視線を合わせるためだけに止めていたのだが、どうやら東西の女神さまがいらっしゃることで彼女はガチガチになっている。
「皇帝陛下。盛大な歓待、誠に感謝致します」
仕方ないと私から声を掛けると、ウーノさまがはっとした顔になる。他のアガレスの面々もはっと気を取り直しているようだった。ジークとリンの腰元でレダとカストルが『仕方ないのでしょうね』『女神さまがいるからなあ』と小さい声でやり取りしている。彼らは動けない分、口が自由だった。
「っ! ナイさま、いえ、アストライアー侯爵、アガレス帝国へようこそ。そして東の女神さま、西の女神さま、アガレス帝国にお越しいただき感謝の極みです。亜人連合国の皆さまもようこそいらっしゃいました」
ウーノさまが慌てた顔で礼を執る。女神さまズには深くお辞儀をしていた。
「お邪魔するね。私だけだと駄目かなと考えて、東の妹も連れてきた。好きにすると良い」
「姉さま、そのような言い方は止めて下さいませ。姉の命でアガレスの地に立つことになりました。久方振りですが、随分と大きな街になりましたね」
西の女神さまと東の女神さまは完全に上下関係が決まっており、妹は姉に逆らえないようである。ちょっと面白い関係だなと私がお二人に目を向けていると『西の姉御は相変わらずだな』『本当にマイペースなお姉さまです』と南と北の女神さまがぼやいている。グイーさまは動くことはできずぬいぐるみの視界共有と喋ることしかできないが、なにか面白いことが起こらないかなーという雰囲気を醸し出していた。
「お褒め頂きありがとうございます。アガレス帝国となってから随分と時間を経ています故に、帝都は見事な繁栄を遂げました」
ウーノさまの言葉に西の女神さまが一番大きな街だから見るのが楽しみと告げ、東の女神さまが興味があるのは良いですが急に消えないでくださいましと苦言を伝えている。
どうやら西の女神さまは興味が沸くと意識がそちらへ偏って、周りが見えなくなるようだ。そして東と北と南の女神さまが西の女神さまの行動を諫めていたのだろう。仲良し姉妹だなと感心していると、西の女神さまは一つ頷き三女神さまは微妙な顔になっている。まあ四姉妹の事情は、よそ様の家庭のことだから突っ込みを入れると巻き込まれる。黙っておいた方が良いと考えていると、竜の姿のままのディアンさまとベリルさまがぬっと顔を地面に近づけた。
『すまない、少し席を外させて貰えないだろうか?』
『人化して参りますので……』
ディアンさまとベリルさまが人化すると服は纏えないので全裸となるらしい。なので人の気配がない場所で人化を毎度行っているとか。護衛の男性にお二人の服を預けて追いかけて貰う。まだ少しこの場で待機していなければいけないなと考えていると、ダリア姉さんとアイリス姉さんが半歩前に出る。
「申し訳ないわね。少しだけ待って欲しいの」
「ごめんね~流石にみんなの前ですっぽんぽんになる訳にはいかないから~」
お二人が告げれば、ウーノさまはお気になさらずと口にした。ウーノさまとアガレス帝国の皆さまとアストライアー侯爵家一行と亜人連合国のダリア姉さんとアイリス姉さんで予定の確認をしていると、ディアンさまとベリルさまが戻ってくる。
竜の姿も大きくてカッコ良いけれど、人化した姿もカッコ良いよねえとヴァナルの方を見た。ヴァナルも人化すればカッコ良いだろうし、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんも大きくなって人化すれば美人さんになるはず。雪さんたちはまあ、顔が三つ並んでいるのは怖いので考えないようにしている。
アガレス帝国の帝都の外で今回のメンバーが集まった。そうして開口一番に西の女神さまが雰囲気をがらりと変える。
「鉱山、どこ?」
短く告げた西の女神さまにウーノさまたちが背筋を伸ばして、一先ず帝都へと入るのだった。






