1111:ジャドさん旅立つ。
どうやらSランクパーティーリーダーは過去に聖女アリアとアストライアー侯爵閣下から治癒を受けたそうだ。かなりの重傷を負い命の危険があったものの、二人のお陰で命拾いしたとか。他にも怪我を負った彼を運んだ竜にもお礼を言いたいようだが、流石に探すのは無理があるようだった。他のメンバーも聖女アリアに頭を下げているのだが、本人は恐縮しっぱなしでアストライアー侯爵閣下がいなければ助けることは無理だったと謙遜していた。
「侯爵閣下も聖女アリアさまがいなければリーダーの命は助からなかったと仰っていました」
「本当に大怪我だったもの。並の魔力量での治癒は無理だったでしょう」
魔術に詳しい治癒師の女性と魔術師の女性が聖女アリアを褒め称えると、言われた本人はぼっと顔を染めて照れている。
「皆さんはどうしてアルバトロス王国の教会に?」
「彼がアストライアー侯爵閣下に手紙を渡したいと願っていたんです。僕たちも侯爵閣下といろいろな方にお礼を伝えたかったので一緒にアルバトロス王国入りしました」
聖女アリアがSランクパーティーリーダーに訪問した目的を問うた。特に隠していないし、やましいことなど一つもないので正直に彼は彼女に答える。彼女はアストライアー侯爵閣下と同じ聖女のようだから、せめて私たちがアルバトロス入りしたことだけでも閣下に伝わると良いのだが。リーダーが私に視線を向けたので、流石に名乗らないわけにはいかないと礼を執った。
「初めまして。冒険者のシルヴェストルと申します」
「……? 初めまして。聖女アリアと申します」
彼女は私の名前を聞いて少し首を傾げたのだが、直ぐに気を取り直して名乗ってくれた。人懐っこそうな女性で、ヤーバン王国の女性たちと比べると随分と柔らかい雰囲気を持っている。初対面の女性となにを話せば良いのか分からず、私は押し黙ってしまう。気の利いた者であれば、彼女と何度か会話を交わすのだろう。どうにも私は世間と人付き合いというものが分かっていない。
「閣下に伝えたいことがあるなら、私がお伝えしましょうか?」
聖女アリアが唐突に放った言葉は私にとって有難いものだった。しかし良いのだろうかと首を傾げる。
「それはとてもありがたいが、貴女に迷惑が掛かるのは望んでいない」
「確かに、聖女アリアさまに迷惑を掛けたくはないね」
私とSランクパーティーリーダーが聖女アリアに気持ちを伝える。彼女の言葉は本当に有難いものだが、私には彼女がどのような立場の者か分からない。位の低い者がアストライアー侯爵閣下に会えるとは考え辛いし、無理して彼女が会おうとすれば問題となってしまう。
「聖女として、閣下と顔を合わせることがありますから。それに皆さまは閣下とお話がしたくて教会を訪ねたのですよね?」
私たちの心配を他所に目の前の彼女はなんの疑いも持たず、私たちのことを気に掛けてくれる。私は嘘を吐くわけにもいかず、先程神父に話したことを彼女に伝えると更に笑みを深めた。
「それなら大丈夫かと。皆さまが訪れたことは教会を経てアルバトロス王国と侯爵閣下の耳に入ります。私が閣下とお会いした時にお礼を伝えるくらいなら問題ないです!」
確かに私たちがアストライアー侯爵閣下を訪れたことを黙っていれば、教会の皆はアルバトロス上層部から良いように思われないだろう。教会も私たちが訪ねてきたと報告するのが真っ当な道筋である。
「その……申し訳ないのだが、閣下のお陰でシルヴェストルは世界を広げることができ、感謝していると伝えて貰えないだろうか」
「もちろんです! 必ずお伝えしますね!」
にこりと笑う彼女に私は安堵の息を吐く。一応、アルバトロス王国に足を踏み入れた価値はあったのだろう。そうしてリーダーも彼女に対面した。
「僕も、助けて頂いてありがとうございますと伝えて貰えないでしょうか」
「はい! 承知致しました!」
彼女の言葉に続いてパーティーメンバーもそれぞれお願いしますと彼女に伝えている。骨折り損かとおもいきや、唐突に現れた聖女アリアのお陰で私の気持ちを閣下に伝えることができそうだと安堵の息を吐くのだった。
◇
少々ナイさんの下から離れるのは口惜しいですが、ヤーバン王国の女王に仔が無事に孵ったことを伝えに行かねばなりません。
アシュとアスターはポポカたちのお世話をしているので、ヤーバン行きに興味はないようです。イルとイヴは私から話を聞いて『行きたい!』とノリノリで私とヤーバンへ向かうことになりました。
まだイルとイヴは小さいので繁殖期を迎えてもいないので、ヤーバンで過ごしている雄が反応することはないでしょう。仔を見たヤーバンの女王が驚く姿が楽しみだと笑っていると、ナイさんとジークフリードさんとジークリンデさんとソフィーアさんとセレスティアさんが見送りに庭に出てきてくださいました。
有難いことですと目を細めれば、ヴァナルさんとユキさんとヨルさんとハナさんと彼らの仔である三頭も一緒にきています。スライムのロゼはナイさんの影の中にいるのでしょう。スライムは気まぐれなのでいないのは理解できますが、何故、女神さまがナイさんたちと一緒におられるのでしょうか。しかし、こんなに嬉しいことはないと彼女たちがこちらにくるのを待ちます。
途中でエルさんとジョセさんとルカとジアも合流して、とても賑やかな雰囲気です。朝陽が差す子爵邸の庭で少々騒がしいことになっておりますが、ナイさんのお屋敷ですから仕方ありません。
ナイさんは私を見上げて可愛らしいお顔を見せてくれています。私が顔を寄せると、彼女が手を伸ばして顔を撫でてくれました。気持ちが良いので、もう少し堪能したいのですが行ってきますの挨拶をしなければ。
「ジャドさん気を付けてくださいね」
ナイさんに先を越されてしまいました。なんだか言い知れぬものを感じますが、まあ良いでしょう。へなっと笑っている彼女の顔は嫌いではありません。ナイさんは私が強いことを知っているので、単独でのヤーバン行きに特に反対はしておりません。ただ仔であるイルとイヴが私の背中から落ちてしまわないかと凄く心配をしておりました。我が仔がそんな間抜けなことをする訳がないのですが彼女らしい心配です。
『はい。イルとイヴを落とさないように飛んで行きます』
もう一度ナイさんに顔を寄せて撫でて貰っていると、クロさんが『気を付けてね~』と声を掛けてくださいました。クロさんはとても強い竜のお方であるのに、私たちに強く出ることはありません。
いつもナイさんの肩の上でご機嫌に過ごしていらっしゃいます。クロさんほどの力を持っているならば、子爵邸の広さでは足りないほど大きくなっていてもよさそうですが人間の肩の上で収まるサイズでいらっしゃるのは皆さまと一緒にいたいのでしょう。
私の足下で元気に走り回っている毛玉三頭も『いってらっしゃい』と言っているようです。そうして私が地面に屈めば、娘のイルとイヴがひょいと私の背に乗りました。私が立ち上がればイルとイヴが『高い』『高い!』と言いたげにきょろきょろと顔を動かしながら一鳴きします。そして、行ってきますと皆に知らせるように。特徴的な髪型をしている方は私の方を心配そうに見ておりました。
『セレスティアさん、必ず戻ってきますので心配なさらず。では』
凄く心配そうな顔をしている彼女に声を掛けてから、ナイさんたちへ別れを告げます。ヤーバン王国へ向かうのは久しぶりですが、グリフォンの雄たちは元気にしているのでしょうか。
「いってらっしゃい」
ナイさんの声を聞き女神さまが手を振っていることを確認して、私は自慢の翼を広げて空へと旅立ちました。竜のお方の背に乗って王都の街並を眺めておりますが、やはり自分の翼で空を飛ぶのは良いです。イルとイヴも興味津々に眺めているので、良い刺激になりましょう。ふと、王都のとある場所に見知った顔を発見しました。グリフォンの目はとても良いので、遠く離れていたとしても人間の顔の識別は簡単です。
『おや、あれは……』
ヤーバン王国の元王子ではありませんか。ヤーバン王国を追放されて冒険者になると聞いていたのですが、その後はさっぱりと彼の行方を知りません。一応、冒険者になって活躍しているとは耳にしておりましたけれど。
興味が沸いたので高度を下げてみましょう。確か教会と呼ばれる建物の前、ヤーバンの元王子と数名の人間が立ち、もう一人はアリアさんではありませんか。妙なことに巻き込まれているのかと、私は少し降りる速度を速めました。
『アリアさん』
「ジャドさん? どうしてこちらに?」
彼女とは私がヤーバン王国へ赴くことを告げているので、教会の前に現れたことを驚いているようです。イルとイヴも私の背の上でアリアさんの姿を納めようと、きょろきょろと顔を動かしておりました。
『アリアさんの姿が見えましたので。妙な輩に絡まれているのかと心配になって降りてきました』
私の姿にアリアさん以外がとても驚いております。そんなに目を見開かなくても良いですし、近くに寄ればアリアさんの側にいる方たちは変な方ではありませんでした。ヤーバンの元王子以外はどなたか知りませんが、ただ者ではありません。人間にしては強く、全員で私を襲えば負けてしまいそうな気がします。
「ありがとうございます。大丈夫です! 皆さんは知り合いなので」
アリアさんが皆へと視線を向ければ、うんうんと彼らは頷いています。
『おや、私の早とちりでしたか……これは失礼を。貴方はヤーバンの元王子ですよね?』
「は! 貴きグリフォン殿に声を掛けて頂けるとは光栄であります!!」
ガチガチになりながら返事をくれる彼に苦笑いを浮かべてしまいそうになりますが、もう少し普通にお喋りしたいものですが無理なお願いなのでしょうか。まあ良いかと私は頭を切り替えて、ヤーバンの元王子にもう一度問います。
『お元気でしたか?』
「ヤーバンの民故に頑丈だけが取り柄です。問題ありません!」
びしっと姿勢を正した元王子に側にいる者たちが苦笑いを浮かべていました。少し面白い状況ですが、そろそろヤーバンに赴かなくては。
『そうですか。私は今からヤーバン王国へ向かいますが貴方も一緒に行きますか?』
「私は国を追われた身です。国に戻れば迷惑を掛けましょう。グリフォン殿のお気持ちだけ頂きます」
一瞬彼の顔に影が差すものの、直ぐに良い顔になりました。以前より彼は男前になっているような気がします。
『おや、残念ですが仕方ありません。なにか伝えたいことは?』
「妹に兄は外の世界を知れて幸せだと伝えて頂けますか?」
妹とはヤーバン王のことですねと確認を取り、私は彼らに別れを告げて空へと飛び立ちました。少し前は頼りなさそうな男でしたが、少しの時間会わないだけで随分と成長するものですね。人間とはかくも面白い生き物だと笑い、アルバトロスの空へと再び舞い上がるのでした。