1110:久方ぶりの再会。
ヴァンディリア王国とアルバトロス王国の国境付近からアルバトロス王都へと向かっている。
何故か、Sランクパーティーの彼らも私と一緒なのが凄く不思議だが、一人で旅をするよりも誰かと語りながら幌馬車に揺られている方が気楽だ。国境から王都までは二週間の道のりを要すので、馬車の護衛を務めて路銀を浮かせてみたり、安宿に泊まり酷い目にあったりと王子として生きていれば体験できないことをできた。アルバトロス王国は小麦の一大産地ということもあり麦畑を多く抱えている。目の前で広がる麦畑は先が見えないほどに続き、馬車はその中にある一本道を進んでおり幻想的な光景を作り上げていた。
「もう直ぐ王都だね。シルヴェストル」
「ああ。やっとアルバトロス王都だ」
Sランクパーティーリーダーが片眉を上げながら私の顔を見て笑っていた。そんなにおかしなことを私はしていたのだろうかと疑問を持つが、ずっと広がる小麦畑を飽きもせず見つめていれば変な男と思われても仕方ない。
私は前を向いて彼と視線を合わせ、一つ頷いてからアルバトロス王都へ入れることを喜べば、他のメンバーも私を見て『良かった』と笑てくれる。彼らが私に良くしてくれる理由は定かではないが、この数週間彼らと一緒に旅をして距離が縮まった気がする。
そうして数時間馬車に揺られていれば、アルバトロス王都を囲む壁が見えてくる。やっと着いたという安心感と、アルバトロス王都の教会は私がアストライアー侯爵閣下に向ける手紙を受け取ってくれるのだろうかと不安が入り混じる。王都の外と中を繋ぐ門の前で馬車が停まる。門の前には行商人や旅の者が多くごった返していた。門兵も眼光鋭く我々に視線を向け、妙な輩は通さないという強い意志が現れている。
「検問だ。降りよう」
リーダーの声に倣って馬車から降り、自分たちの番がくるのを待つ。アルバトロス王国は冒険者を頼りにしていないので、門兵からの質問が厳しいものになるかもしれない。やましいことは一つも犯してはいないが、私はアルバトロス城内で不敬を働いた身だ。
もし門兵に私の過去を責められるのであれば、一緒に旅をした者たちに迷惑が掛からぬように動かねば。彼らもアルバトロス王と既知らしいので、問題を起こした私よりすんなりと抜けられる可能性がある。順番待ちをしていれば、Sランクパーティーメンバーの治癒師の女性がひょっこりと私の視界に現れた。
「そんなに緊張しなくても」
苦笑いを浮かべる彼女は私のことを気にしてくれているようだ。黙って待ちながら己の過去を振り返るより、彼女と他愛のない話をした方が気が休まると小さく息を吐いた。
「む。私は緊張などしていない……と言いたいが、前のことを考えると……」
肩の力が抜けていくのを感じて、私は相当に緊張していたようだと悟る。
「でも今は冒険者のシルヴェストルでしょ? 大丈夫って簡単には言えないけれど、問題があったならアルバトロス王国入りはできないよ。それか途中で捕まって追い出されてるかな」
へらりと笑って私を諭す彼女の隣に大柄なパーティーメンバーの男が立った。男はにやりと笑って右手を少し後ろに引いた。
「ここまできたんだ。腹を決めろ!」
彼の言葉と共に右手が私の腰に勢い良く当たりバチンと良い音が鳴った。
「っ!」
痛いという声を私は我慢して耐える。流石Sランクパーティーメンバーの一角を担う男の腕力は凄まじい。私が同じ威力を出せるかと問われれば、難しいと言わざるを得ないくらいに痛かった。
「暴力反対ー!」
「乱暴者は嫌われるわよ」
私が痛みに耐えていると治癒師と魔術師の女性二人が大柄な男を見上げて抗議の声を上げる。これはいつものことなので、仲間同士のじゃれ合いなのだろう。その証拠にリーダーは笑って見ているだけで、彼らの行動を諫めない。
「は? シルヴェストルが男の癖に気の小せぇこと言ってるから、気合を入れてやったんだろうが!」
男が腕を組んで女性二人を威圧しているが彼女たちに効果は薄い。はあと男が盛大に息を吐けば、リーダーが苦笑いを浮かべながら、門の先を指差した。
「そろそろ順番がくるよ」
リーダーの声にそれぞれが頷いて、門兵からの質問や疑問に答えて彼らはあっさりと入場許可を得ていた。そうして私の番がやってきて、表情一つ変えない門兵は目線を合わせる。門兵の瞳に映る私の姿が映っているのが分かってしまう。
「身分証の提示を」
「こちらになります」
やましいことはしていないが、どうしても過去の己がやってしまったことを考えてしまう。一応、ヤーバン王であった父の命に従っただけだとアルバトロス王国は判断してくれ、不敬を働いた処分を受けることにはならなかった。本当に今生きていることが不思議だと小さく笑っていると、門兵が冒険者証と私の顔を何度も視線を行き来させている。ヤーバンの元王子だと分かったのだろうか。
「王都への入場を許可する」
「ありがとう」
暫しの沈黙が降りたものの、なにもなく入場許可が降りた。ふうと息を吐いた私にSランクパーティーメンバーが良かったと、私と同様に彼らも安堵の息を吐いていた。馬車と御者も入場許可が降りて、アルバトロス王都の中へと踏み入れた。
壁の中に入れば王都民が忙しなく歩道を歩いている。馬車は石畳の道を目的の場所までまっすぐ進む。そうして商業地区で降りた私たち一行は、近くにいた者を捕まえてアルバトロス王都の教会がどこにあるのかを聞き出した。
アルバトロス王都に住む者たちは冒険者が珍しいのか、私たちを見て少し立ち止まりまた通り過ぎて行く。石を投げられないだけマシだろうと笑い、教えられた道を歩いて進む。立ち並んでいる店の外観が少しばかり豪華になった頃、目の前に大きな教会が見えた。力こそ全てと唱えているヤーバン王国で教会を見たことはないが、外に出ると各国の至る場所に教会があった。
教会は西大陸を司る女神を讃えていると教えて貰った。確かに凄い存在の方を祀っているが、己の力で全てを掴み取れと教えられてきた私からすれば女神に祈るという行為はイマイチ理解できぬまま今に至っている。
ただ本気で女神に祈っている者の姿を見てしまえば、卑下してはならぬと分かる。妹はどうだろうか。豪快な性格をしているから信じたい者は信じれば良いとカラカラと笑い、父であれば軟弱なことをするなと怒り散らしそうである。
教会の大扉を潜るため階段を昇って行く。そうして閉じている扉を開こうと手を乗せた。私の後ろにはSランクパーティーの皆がおり、大丈夫かと心配そうに息を呑んでいた。
「頼もう!」
扉を開けば眼前に真っ直ぐ続く道があり、最奥に祭壇と呼ばれるものが見えた。後ろに控えていた皆が『道場破りじゃないんだから』『なんかズレてるな』『頼もうって……』『らしいと言えばらしいけれど』と各々が口にしているので、私の言葉の選択が少し不味かったようである。
ただ吐いてしまった言葉は飲み込めないので、このまま行くしかないと教会の中へ足を一歩踏み入れる。左右に広がる信徒席の数の多さに驚きつつ、私が声を上げると掃除をしていた一人のシスターが顔を上げた。
「あら、どう致しましたか?」
まだ若そうなシスターが小さく首を傾げて私たちの下へと歩いてくる。もう一人目に布を掛けたシスターも我々に気付いて歩いてきているのだが大丈夫だろうか。
目を布で覆っているシスターの手をもう一人のシスターが手に取って、一緒に歩いてくる。その姿にほっと息を吐いた私は彼女たちがくるまでこれ以上中に入るのは止めておこうと足を止めた。そして後ろに控えていた皆が私の横に並び、こちらに歩いてきているシスター二人に小さく頭を下げた。
「お騒がせをして申し訳ありません。少し僕たちの話を聞いて欲しくて」
私より先にSランクパーティーリーダーが声を上げた。先を越されてしまったが私が喋るよりも、彼が取り次いだ方が話が順当に進むはず。どうにも私は厳つい顔をしているようで、ヤーバン以外の女性に怖がられる節がある。
それを踏まえると、もしかしてアストライアー侯爵閣下も怖がらせていたのだろうか。むむむと顔が歪んでいくのが分かるが、今は深く考えるのは止めておこう。認めた手紙をどうにかアストライアー侯爵に届けたいと、アルバトロス王国にまでやってきたのだから。
「構いませんよ。ただ一つだけお願いがございます」
「武器の持ち込みは禁止させて頂いております。お預かりさせて頂いても宜しいでしょうか」
シスター二人がにこりと笑い、私たちが携帯している武器を預かりたいと願い出た。確かに武器を持つ相手と話し合いなど落ち着いてできやしない。武器を持ったままであれば、脅しを掛けられたと主張されてもおかしくはないだろう。
我々はアルバトロス王国に属する騎士と軍人ではないのだから。素直に腰に佩いている長剣と短剣を預けると他の皆も武器を差し出す。盗まれないように係の者が監視をしてくれるとのこと。
そうして我々は祭壇前へと案内されれば、神父を呼んでくると言い残し二人は奥へ消えていく。皆と一緒にアルバトロス教会の祭壇を眺めていた。興味本位で天井を見上げれば、建築職人たちが精を込めて造ったであろう飾りがいたる所に散りばめられている。
治癒師の女性がいろいろと私の側で説明をしてくれた。キラキラと目を輝かせて無知な私に教えを説く彼女は、女神に対する信仰心が高いようである。説明を聞いていれば、神父と呼ばれる者がこちらにやってきた。
「ようこそ、アルバトロス教会へ。話があるとシスター二人から聞き及びましたが、一体どうなされたのか」
立派な髭を生やした好々爺という雰囲気の者は信徒席を指し私たちに着席を促した。そうして私は懐からアストライアー侯爵閣下に認めた手紙を取り出す。あまり綺麗な字ではないが丁寧に書いたものだから、誰が見ても読めるはず。
「率直に伺うが、アストライアー侯爵閣下に手紙を渡したいのだが、教会を経由して渡して貰えないだろうか?」
「それは……できないことはありませんが、一つ受け取れば、次も受け取らなければなりません」
私が開口一番に言葉を紡げば、老神父は一瞬で微妙な顔になった。彼の言い分は理解できる。一つ前例を作ればアストライアー侯爵閣下と接触したい者たちが、こぞって教会に訪れるだろう。彼らに迷惑を掛けるつもりはないので、引き下がるべきかと取り出した手紙をもう一度懐に仕舞いながら声を上げる。
「しかし、人が多いですね」
教会というものは誰にでも開かれているそうだ。しかし朝のまだ早い時間に訪れるのは意外である。皆、仕事をしている時間ではないだろうかと老神父に声を掛けた。
「今日は治癒院が開かれますから」
「王都に住まう方はもちろんですが、遠方からもいらっしゃいますので」
老神父の後ろの控えていたシスター二人がニコニコと笑いながら状況を教えてくれる。治癒院とはなんぞと私が首を傾げていると、苦笑いを浮かべながら治癒師の女性が小声で教えてくれる。
どうやら知っておくべき世の中の基本知識だったらしい。一度も世話になったことはないし、ヤーバン王国では病気や怪我は呪術師を頼る。治癒魔術を使える聖女に安い値段で治癒を施して貰うため、人が多く集まるとのこと。なるほどと納得していると、三つ編みに白い衣装を纏った女性が姿を現す。彼女はたまたまこの場所を通ったようだが、Sランクパーティーメンバーの顔を見て、目を見開いた。
「皆さんは……!」
「あの時の!」
白い衣装を纏った女性を見た皆は席から勢い良く立ち上がった。私だけ腰を掛けているのは失礼かと、彼らと一緒に腰を上げる。
「良かったぁ。元の生活に戻れたのですね!」
てててと小走りでこちらにやってきた女性は胸の前で手を組んで、Sランクパーティーリーダーの前に立ちにこりと笑った。
「はい。大きな怪我を負いながら、聖女アリアさまとアストライアー侯爵閣下のお陰でなにも問題なく冒険者として立ち回れています。あの時は本当にありがとうございました!」
リーダーと他の皆が彼女に頭を下げるのだが、状況が掴めないと私は首を傾げるだけだった。