1104:ドバドバドバー。
プンプン怒っているロゼさんを嗜めていると、皆さまが『大変だな』みたいな顔をしていた。ダリア姉さんとアイリス姉さんの案内でエルフの街にある一番大きいお屋敷に案内された。エルフの街の建物はツリーハウスが基本のはずなのに、地面にお屋敷が鎮座している。私は記憶を掘り返して、目の前の建屋があったかなと考える。
「以前、訪れた時はなかったような?」
私がダリア姉さんとアイリス姉さんを見上げると、お二人はにこりと笑う。
「お客人を迎えるために、新しく建てたのよ」
「頑張ったよ~でもまあ、私たちが認めた者だけだね~」
どうやら足が遠のいていたこの一年の間にエルフの皆さま総出で新たな屋敷を建てたようだ。お客人を迎えるために新築したそうで、妖精さんと竜の皆さまも手伝ってくれたらしい。ドワーフさんも家具や建具を造ってくれて、外はシンプルだけれど中は豪華仕様となっているそうである。
お二人以外の亜人連合国の皆さまが、うんうん頷いているのでどうやら本当に亜人連合国の皆さまが認めた方しか屋敷に入れないようである。今の亜人連合国の代表はディアンさまだけれど、次の方はエルフの誰かが担うようになるのだろうか。ディアンさまからどなたに交代されるのか分からないけれど、話を通しやすい方なら良いなと願うばかりだ。
他国のことに口を出してはいけないと私は玄関先に視線を向けていれば、ダリア姉さんとアイリス姉さんが行きましょうと声を掛けてくれた。
「気に入らない連中はドワーフの村の手前で相手を務めているわ」
「取引して欲しいって商人が多くきているから、羽振りの良い人だけ選んでるよー」
どうやら認めて貰えない方は亜人連合国の入り口となるドワーフの村の手前で対応しているようだった。そもそも最近まで亜人連合国の皆さまも引き籠もっていたのだから、外へ出るようになって良かった。
お姉さんズの怖い策に嵌って、少々不味い状況に陥っている所があるけれど……亜人嫌いを発症している大陸南東の国――確かフレイズン――だから致し方ない。恨むならば自国のお偉いさんを恨んで欲しい。
「そういえば、辺境伯領やアルバトロス王国にドワーフの職人さん方が鍛えた品は納入されているのでしょうか?」
三年前、私がやべえことになりそうと王国に丸投げした件はどうなっているのだろう。近衛騎士団の方も騎士団の方も軍の方も装備が変わった様子がない。亜人連合国の皆さまが約束を違えることはないし、アルバトロス王国も一度公式に言い出したことを撤回することはないだろう。今更だけれど、どうなっているのだろうか。
「ええ、もちろん。アルバトロス王国からは鞘と柄は同じにして欲しいとお願いされたから、ナイちゃんだと分かり辛かったのね」
「王さまもやり手だよねえ。多分、他国の人に知られたくなかったんじゃないかなあ?」
どうやら、いつの間にか搬入が開始されていたようである。近衛騎士団と騎士団には階級の高い方から支給しているようだ。軍の方は鉄製の槍を造って頂いて、まとめて全員に支給したとか。
ドワーフさんたちの擬態技術は凄いなと感心しつつ、ジークとリンへ私は視線を向ける。そっくり兄妹は小さく頷いているので、アルバトロス王国の軍事力に変化があったことを知っていたようだ。教えてくれても良かったのにとジークとリンに言いたくなるが、おそらく些末なことと判定されたのだろう。だって、私も今思い出したのだから。
「入って」
「どうぞ、どうぞ~。客室と食堂を用意したんだよ~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんに導かれて玄関に足を踏み入れると、目の前には大きな竜の角が飾られていた。象牙を壁に飾っているように、サイズと色が違う大きな角だった。色は白と黒で、妖精さんが角の上に座って手を振っている。
「二人に抜けてしまった竜の爪か角はないかと言われてな」
「若かりし頃に抜けた角を渡した次第です。爪ならばどこにでも落ちているので、貴重性が下がってしまいますからね」
どうやら客人を迎えるのだからと竜の中でも格が高い、ディアンさまとベリルさまが若かりし頃に抜け落ちた角を提供したようである。今のお二人の角の大きさと比べれば全然小さいのだが、壁に飾ると大きく見える。
しかしまあ、ダリア姉さんとアイリス姉さんも遠慮がないし、ディアンさまとベリルさまもエルフのお姉さんズの無茶を聞き届けている。仲が良いよなあと感心していると、ふと疑問が湧き起こった。
「竜のお方の角って落ちるものなのですか?」
私がディアンさまとベリルさまと視線を合わせるため、顔をぐっと引き上げる。お二人は苦笑いを浮かべて、少しだけ背を屈めてくれた。クロの角はまだ一度も抜け落ちたことはない。卵から孵って三年しか経っていないためなのか、脱皮した所しか見たことがないのである。
そのうちクロも額の角が抜け落ちることがあるのかなと視線を合わせると『どうだろう?』と曖昧な答えをくれる。
「落ちる個体もいれば、落ちない個体もいるな」
「体内の魔素が余っていると、抜け落ちることがありますよ」
お二人からの答えになるほどと納得する。個体によってマチマチのようで、ディアンさまとベリルさまも若かりし頃に一度抜けただけで、それからは生え続けているままだそうだ。乳歯と永久歯みたいと考えていれば、私の視界にダリア姉さんとアイリス姉さんがひょっこりと映り込む。
「ささ、料理上手な連中がご飯を作って待っているわ」
「早くみんなで食べよう~」
お二人は私の背中を押して食堂へと歩を進める。食堂も広いけれど、お城やお屋敷の食堂のような長い机が鎮座していない。丸テーブルが所々に置かれていて、その上にはお料理が既に並んでいた。
お野菜がメインだけれど、豪快に焼いたお肉もあった。お肉はエルフの方が用意したものではなく、ドワーフの方が作ってくれたのかもしれない。どれも美味しそうで目移りしていると、ダリア姉さんとアイリス姉さんに他の皆さまも私を見て笑っている。
アストライアー侯爵家一行も笑っているし、女神さまもうっすら笑っていた。そうして待機していたエルフの方から飲み物を受け取った。中身はオレンジジュースである。ちなみに一〇〇パーセントだ。
女神さまはなにを飲むのか迷った末に、オレンジジュースを受け取って私を見る。なんだろうと首を傾げていると、ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまたちにも飲み物が差し出されていた。ちなみに受け取らなければエルフの方に強制的に渡されるらしい。ディアンさまとベリルさま、そして人化した赤竜さんと青竜さんと緑竜さんも食堂に姿を現して飲み物を受け取る。
「飲み物は行き渡った?」
「お酒が駄目な人は教えてね。無理強いしないよー。あ、竜たちは知らない~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんは果実酒を受け取って胸の前で掲げている。エルフのお姉さんズの声に頷けば、ダリア姉さんがグラスを胸の位置から顔の位置へ上げた。
「女神さま、亜人連合国へようこそ! そしてナイちゃん、久しぶり! ということで、かんぱーい!」
ダリア姉さんが口上を上げる。ディアンさまではないのが不思議だが、おそらく食事会を取り仕切ったのはダリア姉さんとアイリス姉さんなのだろう。だからディアンさまはお二人の側で控えているだけに留めているようだ。
「乾杯~!」
乾杯と声を上げたダリア姉さんに続いて、みんなが声を上げる。晩餐会のような形式ばった食事もアリだけれど、こうした立食形式の気軽なものも良いなとグラスを掲げた。
さて、なにを頂こうかなとテーブルの上に視線を向けると、女神さまがすすすと先にテーブルへと吸い寄せられる。そうして取り分け用のトングを手に取って、事前に持っていた白いお皿の上に大量のお料理がどんどん盛り付けられている。
おそらく料理を作ったであろう方が緊張した面持ちで、女神さまの行動を眺めていた。作った方の喉仏が動いたのが見えたので、今の光景で相当に固まっているようだ。そうして取り終えた女神さまがまた、すすすとこちらへ戻ってきた。
「亜人連合国のご飯、どんなものか楽しみ」
へらりと薄く笑う女神さまにダリア姉さんとアイリス姉さんが口を開いた。
「お口に合うと良いのですが」
「ね~」
エルフのお姉さんズも少しばかり緊張しているようで、いつもより顔が硬い気がする。多分、西の女神さまならなんでも美味しいと言いそうだ。子爵邸のお料理も食べず嫌いは全くせず、なんでも美味しい美味しいと食べていた。
フィーネさまに送っている納豆を女神さまが目敏く見つけて、試食をして頂いたのだが『糸が引いて不思議だけれど美味しい』とお言葉を頂いている。私は納豆の美味しさが理解できないのでマジか……となったのだが、フィーネさまに手紙で告げると納豆料理のレシピが届いた。
どうやら納豆仲間が増えたことが嬉しくて、女神さまに納豆には無限の可能性があると教えたかったようである。
「美味しい。野菜の味を生かしているんだね」
女神さまはフォークでお野菜を刺して、口の中にひょいひょいと運び入れていた。よく噛んで食べて下さいと言いたいけれど、女神さまはお腹を壊したことがないらしい。羨ましいけれど、人間の場合の腹痛は身体から発信される警告なので無茶をしない方が得策だ。
女神さまの声にダリア姉さんとアイリス姉さんが笑って、エルフの料理人の方がお腹に手を当てて大きく安堵の息を吐いている。良かったですねと無言で料理人さんに視線を向けると、私も食べろという視線が返ってくる。それでは遠慮なくと丸くて白いお皿を手に取って、テーブルに並ぶお料理の数々に目移りしながら特に食べたいと思えるものをトングで取り分けていく。
「さつまいもさんだ」
ふと目に着いたお料理にはさつまいもさんが使われていた。そういえばさつまいもさんはフソウの名前だけれど、どうして東大陸でさつまいもと名前が付いていたのだろう。
もしかすればフソウからアガレス帝国へ渡って、家畜の飼料となったのかもしれない。家畜の飼料でも美味しいことに変わりはなく、私はさつまいもさんを掴んでお皿の上に乗せた。味付けがされているので、どんな味がするのか楽しみである。
「ナイちゃんに貰ったヤツをこっちで育てているんだけれど、美味しいわね」
ダリア姉さんがお通じが良くなるから、エルフとドワーフの女性陣に人気があると教えてくれる。そして需要に追いつくために畑の妖精さんがせっせと育ててくれているとか。
「気持ち、甘みが減ってきた気がするかなあ~」
アイリス姉さんがむむむと少し困った顔をした。確かめるために私はさつまいもさんを一つ口の中に放り込む。ゆっくり咀嚼していると甘くて優しい味が口の中に広がる。少しスパイシーな味もするからハーブだろうか。
もう何度か咀嚼して、ごっくんとさつまいもさんを嚥下する。確かにアイリス姉さんが言ったとおり、子爵邸で育てているさつまいもさんより甘みが薄い気がしなくもない。私が間違っていると大変だから、私の後ろにいるリンにも食べてみて貰った。
「ほんの少し、甘みが足りない気がする」
リンが口に含んださつまいもさんを嚥下してから答えてくれる。ジークは甘いのは苦手――お野菜さんならまだマシ――なのでリンに頼んだ。アイリス姉さんもダリア姉さんも私も、やはりかと顔を見合わせる。
「だよねえ」
「不思議よねえ。やっぱりナイちゃんの魔力の影響下ではないからかも……」
お姉さんズがむーと唸っている。どうやら味の質が悪くなったと、苦情ではないけれどお二人の耳に届いているらしい。ダリア姉さんとアイリス姉さんの立場が悪くなるようなことにはなって欲しくないと、私は頭を捻る。
「連作は駄目と言われ易いですが、畑の妖精さんたちの手に掛かれば全く関係ないですからね」
さつまいもさんの栽培方法をきちんと学んだわけではないが、基本、お野菜は連作をしないものである。味が落ちると言われているし、収穫量も下がるのだ。でも畑の妖精さんたちの手に掛かれば、そんなの関係ねぇ! と言わんばかりに収穫できる……。
「ナイに魔力をドバーして貰えば良い。それで解決」
無言でお料理をずっと食べていた女神さまが手を止めて、良いこと言ったみたいな表情になる。解決はするかもしれないが、それって一時凌ぎではなかろうかと私は首を傾げるのだった。






