1100:亜人連合国に行こう。
卵さんから孵ったポポカさんたちはグリ坊のアシュとアスターに構われつつ『ピョエ』とポポカさんらしくない鳴き声を発しながら、毛が生え揃い小さなポポカさんへと変わっていた。あと残りの卵さん三つも無事に孵り、仔ポポカさんが六羽となった。
親ポポカさんたちも卵から孵ったばかりの仔たちのお世話を始めており、大変微笑ましい姿を見せてくれている。その隣でグリフォンのジャドさんが首を回転させながら『可愛いですねえ』と惚気ているのが、サンルーム内の日常になりつつあった。
家宰さまとソフィーアさまの手腕により、私の予定調整ができた。
少し前にダリア姉さんとアイリス姉さんと交わしていた亜人連合国に赴く約束を果たす日がやってきたのだ。女神さまは竜の方が沢山住んでいると聞き及び、楽しみにしていたようで雰囲気がぽやぽやしている。
子爵邸の自室で準備を終えたジークとリンと私は時間まで少し暇をつぶしている。女神さまはポポカさんたちの様子を見てくると仰って、ここにはいない。床の上にはヴァナルと雪さんと夜さんと華さんがまったりしており、毛玉ちゃんたち三頭は女神さまの後ろを尻尾ぶんぶんで付いて行った。ロゼさんは久しぶりにヴァナルのお腹の所でまったりしている。ロゼさんは転移を担ってくれるので、英気を養っているようだった。
『久しぶりだねえ。向こうに赴くのは』
「そうだね。いろいろ忙しくて出向く暇がなかったから」
クロが私の肩の上で首を傾げている。亜人連合国へ遊びに行こうとしていたのだが、何気にいろいろとイベントが起こって足が遠ざかっていた。子爵邸の土を移設して畑の妖精さんの移民が成功しているのかも気になるし、竜の方たちが増えていると聞いているので三年前とどれだけ違うのかも興味がある。
エルフの街も反物の輸出で活気づいているし、ドワーフさんも鍛冶依頼が多く舞い込んでいるため毎日仕事に明け暮れているとか。ドワーフの村に最初に訪れた時は寂れているという印象が強く
「久方ぶりだな」
「ね」
ジークとリンが視線を合わせて小さく笑うと、彼らの腰に佩いているカストルとレダから微かな魔力が放たれた。
『俺らを鍛えたドワーフにまた会えるのかぁ! 超楽しみだぜ、お嬢ちゃん!』
『相変わらず馬鹿剣は煩いのね』
微妙な魔力を感じたのは彼らが喋るからかと納得するのだが、やはり彼らが口を開くと姦しくなる。どうにも女神さまがいると彼らは畏まってしまうようで、無言を貫き通していた。今は女神さまが側にいないので、お喋りし放題という訳である。
なんだかチキンな剣だなあと微妙な気分になるものの、ジークとリンにとって彼らは相棒である。柄を握った時の馴染み方や切れ味が既存の剣とは全く違うらしい。
「そっか、レダとカストルを創った方となると親みたいな感じになるのか」
『おう。使い手も大事だが、創り手も俺らに取っちゃあ大事な存在だなあ!』
私の言葉にカストルが勢い良く答えてくれた。カストルはリンのことを自分のことを十全に使ってくれる人間だと理解しているようだ。まあ最近は討伐遠征に行くこともないので、レダとカストルの活躍の場が減っているので申し訳ないけれど。
武器や兵器は使われないまま役目を終えるのが一番だという格言もあるので、その辺りはどうなのだろうか。なんとなくリンの腰に佩いているカストルからジークが履いているレダへと私は視線を移す。
『マスター、私はマスターの魔力を日々取り込んで強くなっております。そろそろ魔術を放てそうな気がします!』
レダは私が視線を向けたことに気付いたようで、柄の部分がへにゃりと柔らかくなって少し曲がっていた。器用なことをすると感心していれば、とんでもないことを言い放った。長剣が魔術を放つって一体どういうことだろう。
確かにゲームだと火を放ったり、水を出したり、風を起こしたりしているけれど。そんなことができるのかと疑問符を浮かべれば、私も手からビームを放てるなと納得する。魔力がモノを言う世界だから、なんでも魔力の所為にできてしまうのは如何なものだろう。
「放つのは良いけれど……あまり無茶をしないでね、レダ」
一先ず彼女の暴走を止めねばと、無難なことを言っておく。私の声を聞いたレダが柄の部分を先ほどより更に曲げている。
『ああ! マスターに優しい言葉を掛けられましたわ! くっ……これ以上ない快感です!』
艶めかしい声を上げるレダに部屋の中にいる一同が呆れかえった。彼女が私に対して向ける感情は明後日の方向を目指している。レダが私のことを一番に置いていることを周りも認めているので、彼女の言葉がどんどん過激になっている気がしなくもない。まあ、他の面子の前で妙な発言さえしなければ良いか。
『うわ、相変わらず気色悪ぅ!』
『うっさい、馬鹿剣!!』
カストルとレダはいつも通りだなあと遠い目をしていると、部屋にノックの音が響いた。ジークがいるので扉を開放していたので、既にノックの主の姿は見えている。同行するソフィーアさまとセレスティアさまの準備も整ったようで出発の時間が迫っているのだろう。
「ナイ、準備は良いか?」
「ふふふ、亜人連合国へ赴くのは久しぶり。ナイ、わたくしが粗相を犯せば当主として罰してくださいませ! 竜のお方に失礼があったとなれば言語道断ですもの!」
小さく笑みを携えていたソフィーアさまが、セレスティアさまの声を聞くなり怪訝な顔を浮かべる。セレスティアさまはバッと鉄扇を広げて口元を隠し、いつもより気合が入っているドリル髪がぶわりと揺れた。
しかしセレスティアさまが粗相を犯すことはあるのだろうか。時折、一人で勝手に舞い上がっていることがあるけれど、酷ければソフィーアさまが抑え込んでいる。恐らく妙なことにはならないけれど、竜のお方がセレスティアさまに興味を示せば鼻血くらい余裕で吹き出しそうだし、背中に乗ってみるなんて言われた日には速攻で返事をして亜人連合国の大地を駆けるか飛ぶかするのだろう。
悪いことではないから良いかと私が小さく息を吐くと、カストルとレダも小さく息を吐いた。いや、長剣が息を吐くっておかしいけれど。
『テンション高い姉ちゃんだよなあ』
『まあ、竜が沢山いると聞きましたから、彼女の場合仕方ないのでしょう』
レダは私が関わらなければ普通だよなあと目を細め、私は当主としてみんなの顔を見る。
「では、行きましょうか」
「ああ」
「ん」
真っ先にジークとリンが返事をくれた。
「行こう」
「参りましょう。ええ、早く竜のお方に会いにいかねば!」
そっくり兄妹に続いてソフィーアさまとセレスティアさまも返事をくれるが、某お方は欲望が駄々洩れである。
『セレスティアはボクたちをほぼ毎日見ているのに、そんなに竜が珍しいのかなあ……?』
「クロ。話が長くなるから黙っておこう」
クロが不思議そうに私の肩の上で思いっきり首を傾げる。確かにクロとアズとネルをほぼ毎日彼女は見ているし、休憩時間の時にはクロがセレスティアさまに声を掛けて話し込んだり遊んでいることもあるのだから。
アズとネルはジークとリンが大好きなので中々難しいけれど、セレスティアさまの髪が萎れていると気になるようで、クロと一緒にテーブルの上で三頭並んで彼女を見つめているのだが。ただ今は話を彼女に振れば絶対に長くなると確信しているので、私はクロの鼻の上を右手の人差し指で軽く抑える。にょわ、と妙な声がクロから聞こえたけれど、気にしたら負けだ。
本当はユーリも一緒に連れて行きたいけれど、まだ幼過ぎるのでもう一年くらいは我慢だろう。お貴族さまの子供は五、六歳くらいまで屋敷から出ない子もいると聞く。医療が発達していない弊害だよなと考えながら、サンルームでポポカさんとグリフォンさんたちと遊んでいた西の女神さまを拾い、みんなで庭に出た。
「ロゼさん、申し訳ありませんが……お願いします」
『ロゼ、頑張る! マスター、あとで魔力頂戴?』
ロゼさんを囲んで私が声を掛けると、ロゼさんは気合の入った言葉を紡ぐ。有難いことに西大陸の端から端くらいまでなら、今の面子を問題なくロゼさんは転移できるとのこと。竜が三頭いるから少しキツイと愚痴っており、クロとアズとネルがいなければ千人くらいは余裕で転移できるとか、できないとか。
えーっと……現役の魔術師団の方で千人もの人数を転移できる方はいない。末恐ろしい情報を聞いてしまったと呆れつつも、まだロゼさんはできること、やれることを増やすつもりらしい。副団長さまと猫背さんを師匠と仰いでいるし、西の女神さまにもこっそり魔術を習いに行っているとか。西の女神さまから話を聞いた時には、あの人見知りの激しいロゼさんが……! と感激したけれど、とんでもスライムさんになりそうで怖かった。
「ロゼさんが転移で使った分だけなら構わないよ」
私の言葉にロゼさんはぷうと身体を膨らませる。どうやら消費した分以上の魔力が欲しかったようだ。私は少し拗ねたロゼさんボディーを撫でて機嫌を直して貰う。
「ロゼの欲望は尽きないね。でも亜人連合国に行くのは楽しみ」
西の女神さまが機嫌良くロゼさんを見下ろしながら、早く行こうと私を急かした。ロゼさんの転移で行くのだから、ロゼさんを急かせば良いのに西の女神さまは私を突く。何故ぇ、と言いたいがロゼさんは私の命がないと動かない。その辺りを女神さまはきっちり把握しているようだ。そうしてセレスティアさまにも『早く行きましょう!』と視線で諭され、私はもう一度ロゼさんを撫でる。
「では今度こそ。ロゼさんお願いします」
『分かった! ロゼの周りに集まって!』
ロゼさんが声を上げると地面に魔術陣が浮かぶ。なんだか前に転移を行った時より、魔術陣の円周が大きくなっているのは気の所為だろうか。眩い光に包まれて視界が真っ白に染まりお腹に浮遊感を覚えると、亜人連合国と隣国の境にある、ドワーフさんの村の前に転移を終えていた。
ロゼさんが展開していた魔術陣が消え、視界がクリアになっていく。少し離れた場所にはダリア姉さんとアイリス姉さんとドワーフの長老さまである、伝説の鍛冶師のお爺さんと職人の小父さま数名が待ってくれ、護衛の方なのか獣耳が生えている筋骨隆々な亜人の方も数名いらっしゃった。
私たちの姿を見るなり、ダリア姉さんとアイリス姉さんが纏っている衣装を優雅に靡かせながらこちらへと歩いてくる。その後ろをドワーフの皆さまと護衛の方もついてきていた。
「女神さま、ようこそおいで下さいました」
「ナイちゃん、いらっしゃい~!」
ダリア姉さんが女神さまに礼を執り、アイリス姉さんが両腕を伸ばして私を抱きしめる。むにっとなにかを押し付けられているような感覚に阻まれながら、私は周りをきょろきょろと見渡す。アイリス姉さんが私の行動が気になったのか、少しだけ抱きしめている腕の力が弱くなった。
「よろしくね。畏まらなくて良いから」
「代表さまと白竜さまは?」
女神さまがダリア姉さんに返事をし、私は気になったことを聞いてみる。いつもであればディアンさまとベリルさまも出迎えてくれるはずなのに。
「あの二人はご意見番の寝床を掃除しているわ」
「仔竜たちの遊び場になっちゃったから、いろいろと散らかっているんだよねえ~」
困った顔を浮かべてダリア姉さんとアイリス姉さんが事情を教えてくれた。ご意見番さまは辺境伯領の森の中で眠っているから、亜人連合国のご意見番さまの寝床だった場所はみんなに開放されたらしい。
そして若い竜の方たちの遊び場になり、少しばかり様相が変わってしまったとか。女神さまがくると知って、ディアンさまとベリルさまはなるべく元の姿に戻すつもりだったのだが間に合わなかったようである。
「気にしなくて良いのに。それは自然なことだ」
『ね~?』
女神さまの言葉にクロが同意の声を送る。女神さまとクロがそう言ってしまえば、ディアンさまとベリルさまの苦労が水の泡だ。私はディアンさまとベリルさまの努力が無駄にならぬようにと、女神さまと肩の上に乗っているクロにせめてお二人には言わないで上げてくださいと伝える。
「では、行きましょうか」
「行こう。少しだけ歩いてね~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが先頭を歩き、私たちアストライアー侯爵家一行と女神さまが続き、最後尾をドワーフさんたちと護衛の方が続く。さて、亜人連合国は以前訪れた時より変わっているのかなと首を傾げるのだった。






