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1092:ご対面。

 女神さまから副団長さまたちに魔術を教えるのは陛下方との面会を終えてから、となった。アルバトロス王国のお偉いさんを待たす訳にはいかないし、なにも女神さまが彼らに魔術を教えるのは今回だけではない。


 子爵邸に赴いて女神さまが暇であれば教えるよと言ってくれているのだから、大の大人二人がすごーく残念そうな顔をしないで欲しい。魔術師団団長さまは女神さまが副団長さまたちに魔術を教えることに対して不安そうな表情だったけれど、今住んでいる星が滅亡するような事態にはなるまい。

 受け取った魔術具の説明を副団長さまと猫背さんから聞くのだが、他の方には絶対に身に着けさせないようにと強くお願いされている。どうやら魔力吸収量が凄く高いために、並の方が魔術具を着ければ生命力まで吸い取られてしまうとのこと。私が持っている錫杖と同じ性質じゃないかなと思わなくもないが、深く突っ込まないことにした。女神さまは魔術具があれば西大陸をフラフラできると考えているようで、少し嬉しそうだった。

 

 一度、人間が争いばかりしてどうしようもないからと手を引いたのに、引き籠もりが解消されば地上に興味を持っている。西の女神さまの考え方や捉え方が良く分からないけれど、引き籠もられるよりマシだろうと私は前を向いた。


 「申し訳ありませんが一度席を外します。またあとでお会いしましょう」


 副団長さまと猫背さんと魔術師団団長さまに断りを入れた。そろそろ陛下方との約束の時間になるので遅れる訳にはいかないだろう。女神さまに確認を取れば『分かった』と仰ってくれたし、特に問題はないようだ。私の言葉に副団長さまと猫背さんが若干ショックを受けている顔になり、団長さまは短く息を吐いている。


 「必ずお戻りくださいね?」


 「ハインツの言う通り。早く戻ってきて」


 彼らの言葉に私は苦笑いを浮かべていると、女神さまが不思議そうに顔を傾げていた。魔術を教えて貰えることを目の前のお二方は凄く楽しみにしているようですと、西の女神さまに伝えれば『大したものじゃないよ』と少しだけ困った様子を醸し出している。まあ、なににせよ早く戻らなければ彼らが王城の来賓室に吶喊しそうである。


 「直ぐ終わるとのことだったので、そのように心配しなくても大丈夫かと」


 陛下からは長々話をするつもりはないし、女神さまに王城へきて貰う方が申し訳ないと書状に記されていた。でも陛下方を子爵邸に招き入れるわけにはいかないし、女神さまに相談すると魔術具のついでだから構わないと仰ってくれたのだ。

 魔術具のついでに登城することも伝えたのだが、陛下方は果たして今回のことをどう考えているのだろう。女神さまにご足労頂いて申し訳なく考えているのか、当然だと思っているのか。前者だろうなと小さく笑っているとロゼさんが机の上で、うねうねと身体を動かして私を見ている。目の位置は分からないけれど。


 『ねえ、マスター。ロゼも教えて貰って良い?』


 「それは、魔術を教えてくれる女神さまに聞いてみてね」


 ぽよんと身体を動かしたロゼさんはどうやら女神さまが教えてくれる魔術が気になって仕方ないようだ。ロゼさんは副団長さま以外から魔術を教えて貰う気に良くなったなと感心してしまう。

 ロゼさんは交友を広く持とうとしないし、この際女神さまでも良いから仲良くなって欲しいけれど、肝心の女神さまはどうだろうか。普通の女性のようにスライムさんを見て『キャー!』と悲鳴を上げる口ではないのは分かっているけれど。ロゼさんはどうするのか見守っていると、うねうねと身体を動かして女神さまの前まで移動する。


 『女神さま、ロゼにも魔術を教えてください』


 ロゼさんの丁寧語は凄く珍しいし、身体の一部を凹ませてまるでお辞儀をしているようだった。


 「スライムなのに、君は魔術を使えるの?」


 きょとんとした女神さまがロゼさんに問うた。とりあえず女神さまはロゼさんと話すことを拒否していないし、驚きはしているけれど普通に会話をしてくれる。


 『うん。ハインツに教えて貰った』


 ロゼさんの一言に副団長さまがもっと僕のことをアピールしてくださいとソワソワしている。猫背さんは良いなあと羨ましそうな視線を副団長さまに向けていた。本当に魔術に関すると遠慮のない方々であるが、いろいろと助かっているので私からはなにも言えない。


 「凄いね。ついでだし構わないよ」


 ロゼさんの敬語は一瞬で消えており、どうやら嬉しさのあまりに気が回らなかったようである。女神さまはロゼさんボディーをツンツンしてスライムの感触を確かめていた。


 「良かったね、ロゼさん」


 『うん。ロゼ、もっと強くなれる!』


 よほど嬉しかったのかロゼさんのスライムボディーがぱんと勢い良く膨らんだ。女神さまが驚いて目を丸くして、ツンツンしていた指を引っ込めた。そろそろ移動をしようとなって私たちは席から立ち上がる。

 お見送りをしてくれる副団長さまと猫背さんと魔術師団団長さまに軽く頭を下げて、魔術師団の隊舎を後にする。そうして隊舎前で待機していた近衛騎士の方と再び合流して元来た道を歩いて城内に戻る。


 そうして近衛騎士の方の後ろ姿を眺めながら歩いていると、来賓室に辿り着いたようである。いつもより廊下や部屋の回りが綺麗なのは気の所為だろうか。近衛騎士の方が中の方に取次ぎをしてくれると、勢い良く扉が開かれて緊張した面持ちの別の近衛騎士さまが『お待ちしておりました! 西の女神さま、アストライアー侯爵閣下っ!』と大きな声を上げた。

 普段城内で聞いていた近衛騎士の方が上げる声よりもかなり大きな音量だし、くるりと回れ右をする姿もぎこちない。私は女神さまが気分を害していないだろうかと彼女を見上げれば、そんなに緊張しなくて良いのにと言いたげな顔をしている。まあ、出会う方、出会う方、緊張しているから女神さまも仕方ないと諦めているようである。一部例外の方がいるけれど、女神さまに驚かない方は限りなく少ない。


 部屋の中に入るなり、既に参加すると聞いていた方々が立ったまま女神さまを待っていた。そうして彼らはゆっくりと頭を下げる。

 私は女神さまのオマケなので彼女の半歩後ろを歩こうとすると、何故か女神さまの手が伸びてきて前を歩けと押し出された。頭を上げて女神さまへと視線を向けていたアルバトロス王国の面々、陛下と妃殿下と王太子殿下と王太子妃殿下と第三王子もとい第二王子殿下に第一王女殿下と宰相閣下と外務卿様と内務卿さまとヴァイセンベルク辺境伯さまが驚いていた。

 唯一、公爵さまだけが私に視線を向けて今にも笑い出しそうな顔をしているが、場を弁えているから誰も気付いていなかった。


 陛下が並んでいる皆さまの前から一歩進んで、また礼を深く執る。陛下が礼を執る姿なんて初めて見るけれど、陛下に倣って集まっていた皆さまも頭を下げた。私たちアストライアー侯爵家の面々はアルバトロス王国の重鎮の皆さまが頭を下げている姿に驚くものの、相手は西の女神さまである。私たち一行が女神さまに対してフランク過ぎているのかもしれないから、今度から気を付けよう。


 「西の女神さま、本来は我々が出向かねばならぬ所をご足労頂き、申し訳ありませんでした」


 「気にしなくて良いよ。魔術具を受け取るついでだし、ナイのお願いだったから」


 陛下が顔を上げると、他の皆さまも顔を上げた。女神さまは皆さまが頭を上げたことを確認してから言葉を紡いだのだが、私を巻き込まないでください。私の名前を出されると、女神さまに用事ができた場合私を経由することになるんです。

 既にその状況に陥っている気もするが、これからも引き続きアルバトロス王国と女神さまの間を取り持つ役を担わなければなりそうなのだ。私が頭の中で考え事をしていると、公爵さまが女神さまから視線を逸らして私を見ていた。

 

 「少しの間、西大陸のことに関知していなかったけれど、気が向いたからまたいろいろ見て回ろうって考えている。でも私が知っていた頃とは随分と様変わりしているから、暫くはナイの所で厄介になるつもり」


 女神さまが割と長い台詞を言っているが、凄く機械的に聞こえるのは気の所為だろうか。彼女には目の前のお方が私よりも偉い方で、いろいろとご迷惑を掛けている方だと伝えている。なんとなく分かったと仰ってくれたけれど、女神さまが陛下方に向けている感情はどんなものなのだろう。気になるものの今は聞ける状態ではない。


 「承知致しました。アストライアー侯爵が用意できぬものや、足りぬ人材があるなら我々が手配します。侯爵も遠慮なく我々を頼ってくれ」


 陛下が女神さまの言葉に答えた。女神さまに在住権とか必要なのか分からないけれど、陛下の言葉を頂けたならばアルバトロス王国に滞在することは問題なくなる。


 「ん。過度に畏まらなくて良いよ。あまり好きじゃないから」


 「感謝致します、陛下」


 女神さまに続いて私も陛下にお礼を伝えると、一先ず席を進められ着席する。陛下はどうしたものかと話題を選びかねており、女神さまも特に話すことはないようで黙ったままだった。

 なにか女神さまとアルバトロス王国に繋がる話と私も頭を捻るが、なにも話題が浮かばなかった。陛下が喋らないということは他の方も口出しはすまい。公爵さまが陛下に意味深な視線を向けているけれど、悩ましい表情を浮かべた陛下はなにも言わず仕舞である。そうして暫く、女神さまは私の服の袖を引っ張った。


 「どう致しました?」


 「もう大丈夫?」


 私が女神さまに視線を向ければ彼女は小さく首を傾げる。一応、挨拶は済ませたのでこれで問題はない。


 「はい、大丈夫かと」


 「なら、さっきの人の所に戻ろう?」


 女神さまが魔術師団の隊舎に戻ろうと言っているけれど、流石に陛下方と邂逅して二分ほどしか経っていないのは不味いのではなかろうか。おそらく超高級な茶葉とお菓子を用意してくれているはずだし。


 「え、あ、いや、女神さま、あの……――」


 流石に今直ぐ退場するのは不味いのだが、女神さまを引き留める手段も理由もない。私は困ったなと頭を抱えそうになっていると、助け船を出してくれた方がいた。


 「――アストライアー侯爵、我々のことは気にしなくて良い。女神さまのご随意に」


 陛下の声に公爵さま以外の方がうんうんと頷いていた。おかしい。女神さまの圧は副団長さまたちに作っていただいた魔術具で凄くマシになったはずなのに。これからお茶と美味しいお菓子を頂けると考えていたのが駄目だったのだろうか。


 「行こう、ナイ。それじゃあ。困ったことや用事があれば頼るね」


 「失礼致します」


 女神さまが私の手を取って部屋を出て行く。流石に無言のまま退出は不味いと、声を上げておいたのだが許されるだろうか。後で陛下に謝罪の手紙を認めるために、女神さまは何故部屋を直ぐ出て行ったのか聞いておかなければ。私は女神さまと並べば、彼女は手を離して私を見下ろしている。


 「女神さま、ご気分を害されましたか?」


 「ううん、違う。あそこに長居するよりも、紫色の外套を纏った人がいた所の方が楽しそうだから」


 女神さまは先程の空間が苦手だったようである。アルバトロス王国のお偉いさんばかり集まっていたので、部屋の中は独特の雰囲気がある。確かに慣れていないと変に疲れそう……って、私も三年前はド緊張していたなとはっとする。時間が経ち、並々ならぬ方々に囲まれることに慣れていたことに驚きを隠せないでいると、部屋の前で立ち番をしていた近衛騎士の方がぎょっとした顔をしつつ『魔術師団の隊舎にお戻りですか?』と問うてきた。


 「うん」


 「ご案内致します!」


 女神さまの声に近衛騎士の方がぴしっと敬礼を執った。そうして女神さまが相対する近衛騎士の方に口を開いた。


 「お城の中を勝手にウロウロするのは駄目だったよね。お願いします」


 「は、はぃ!」


 声を上ずらせながらも近衛騎士の方は回れ右をして、また魔術師団の隊舎へと歩き始めるのだった。

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― 新着の感想 ―
 人の生命力まで吸い取る魔道具って究極の対人兵器じゃないですか。  相手に錫杖を印象付けて奪わせたら相手が死んでしまうとか怖いですねぇ。  親しくしていない他国の王城とかで「魔道具はお預かりします」な…
2024/12/04 21:22 名無 権兵衛
[一言] もう少し王家との会話を楽しみたかったけど、アレ等相手じゃぁ興味を持ってかれるのも仕方が無いのかもw
[気になる点] 『一度、人間が争いばかりしてどうしようもないからと闇落ちしたのに、引き籠もりが解消されば地上に興味を持っている。』のシーン。 引き籠っただけなのに、【闇落ち】は言い過ぎでは? 闇落ち…
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