1090:女神さま王城へ。
――いろいろと裏で手配していたことが本日叶う。といっても女神さま関係なので、ご本人と私は大したことはない。
フソウから戻って数日が経っているのだが、ジークがエーリヒさまと緑髪くんと遊びに行って戻ってくるとお土産として栞を渡された。ジークはリンにも渡していたし、クレイグとサフィールにも渡していた。
みんな本を読むので有難いと彼に礼を伝えると、既製品だがなという言葉が返ってくる。何故、既製品は駄目だというようなことを口にしたのだろうか。ジークは特に既製品とか自分で作った物とか拘りがある訳ではないのに。彼の真意を頭の中で突き止めようとするものの、良く分からないと思考することを諦めた。そしてまたエーリヒさまと緑髪くんは休暇を終えて聖王国に戻っている。
そしてここ最近の女神さまは外に興味が向き始めている。フソウに赴いたことが刺激になったのか、お土産として買っていたフソウの食品が美味しかったのか分からないけれど、アルバトロス王国の料理とフソウの食べ物を比べたことで、彼女の探求心に火が付いたようである。
西の女神さまは北の女神さまの管轄域であるフソウの食べ物もおいしく頂いていた。納豆も平気だったようで、納豆大好きなフィーネさまに手紙で知らせると、一枚の手紙に大きく明るい顔をした顔文字で返事が届いた。どうやら気持ちを文章で表すことができずに、顔文字で表したようである。少し懐かしい気分に浸りながら、納豆好きな同士に出会えて嬉しかったようである。
子爵邸のサンルームで女神さまはグリフォンのジャドさんと卵を温めているアシュとアスターにイルとイヴとポポカさんたち、そして窓枠から顔を覗かせているであろうエルとジョセとルカとジアと話をしている。私はこれからの予定を果たすため女神さまを連れ出そうと、ジークとリンと一緒にサンルームを目指していた。
「大丈夫なのか?」
「倒れる人がいそうだね」
「一応、動線は人払いをお願いしたし、案内役の護衛騎士の方と魔術師団の方には私の祝福を施したから……大丈夫だと信じたい」
長い廊下を歩いていると不意にジークとリンが私の後ろから声を掛けた。昨日、そっくり兄妹も一緒にお城に赴いているので、対策を取っていることは知っている。それでも心配なのは女神さまの圧が凄すぎる所為だろう。私たちの後ろにはヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんが歩いている。毛玉ちゃんたちはご機嫌なのか尻尾をプロペラのように回していた。
「なるようになる……のか」
「いろいろと大騒ぎになりそう」
ジークとリンが微妙な表情を浮かべて息を吐く。サンルームの部屋の前で私たちは立ち止まり、扉をノックしてから中に足を進める。私の肩の上からクロが飛び立って女神さまの下へ飛んで行く。
テーブルの側にある椅子の上に腰掛けている女神さまはクロを見て小さく微笑み、クロはテーブルの上に降り立ってカチャと爪の音を立てる。クロの顎下を指でウリウリと撫でる女神さまは私たちに気付いたのか、こちらに顔を向けてくれた。
「女神さま。申し訳ないのですが今からアルバトロス城に赴いて、先に魔術師団の方と面会をして女神さま専用の魔術具を頂きましょう」
私が身に着けている魔力制御の魔術具は女神さまも身に着けると、彼女から発せられる圧が変わった。私はあまり変化したことを実感できないけれど、他の方の話によればかなり減少したとのこと。
それならばと私が副団長さまに話を通して女神さま専用の魔術具を作成して頂いた訳である。指輪のサイズも伝えているし、猫背さんが更に魔力制御に特化した術式を編み出してくれてワンオフ仕様となったらしい。製作費を払おうとしたものの、副団長さまと猫背さんは女神さまに自分たちが作った魔術具を身に付けて貰えるのは光栄なことだと辞退された。女神さま用の品だから材料費だって馬鹿にならないはずだ。
せめて材料費を払わせて欲しいこと、あと技術代として大昔に賢者の方々に教えた魔術を副団長さまたちも習えないだろうかと私は女神さまと交渉した。断られるかなと不安だったが、女神さまは作ってくれたお礼にと快く引き受けてくれたのだった。
「うん。その後で王さまと面会するんだよね?」
「はい。謁見だと堅苦しいでしょうから、アルバトロス王国の王家の皆さまと宰相閣下と内務卿と外務卿にハイゼンベルグ公爵閣下とヴァイセンベルク辺境伯閣下のみの紹介となりますが」
謁見となれば大勢の方が女神さまを取り囲むことになるし、面倒な方が現れてもおかしくはない。その辺りのことも公爵さまと陛下に伝えれば問題なく、面会という形となったのだ。陛下であれば力を抑えた女神さまの圧に耐えられるだろう。他の方も魔力量は多いので気絶する可能性は凄く低いはず。上手く事が運べば良いなと考えていると、女神さまが口を開いた。
「あまり形式ばった所は苦手だから有難いかな」
片眉を上げる西の女神さまにクロとジャドさんとエルとジョセが『ああ、分かる』みたいな表情を浮かべる。クロは確かに形式ばった場所は苦手だけれど、ジャドさんとエルとジョセは意外であった。
ジャドさんは普通に謁見場に赴いてくれたし、エルとジョセも平気そうだけれど……もしかして無理をさせていたのかと申し訳ない気持ちになりつつ、西の女神さまにも申し訳ないことをしているなとも考える。
「女神さまに手間を掛けさせてしまいますが、よろしくお願い致します」
本当なら女神さまが動くのではなく、陛下や皆さまが女神さまに平伏する形が本当なのだろう。でも西の女神さまは崇められるのは苦手なので今回はこうなったという訳だ。
「大丈夫。西大陸のいろいろな場所を見るために必要だから。手配、ありがとう」
一応、状況は説明済みなので西の女神さまも理解を示してくれている。出会った頃は取っ付きにくい方かもしれないと及び腰になっていたけれど、南の女神さま同様に説明すれば理解を示してくれる。
『王さま、驚くんじゃないかなあ。ソフィーアのお爺ちゃんは平気そうだけれどねえ』
クロがしみじみと呟くと女神さまが微妙な表情を浮かべた。クロはどうしたのかと首を傾げ、女神さまはクロの顎撫でを続行した。それを見ていた毛玉ちゃんたちがクロを羨ましがって、女神さまの足元でぴーと鼻を鳴らしている。
私が毛玉ちゃんたちにこっちにおいでと目線で訴えると、彼女たちは仕方ないと尻尾をだらんと下げてながらこちらにくる。私はしゃがみ込んで先ずは楓ちゃんの首を両手で挟んで、お肉を軽く摘まんだり撫でていると、椿ちゃんと桜ちゃんが私に顔を近づけてきた。はいはいと椿ちゃんと桜ちゃんに手を伸ばせば、楓ちゃんが止めないでと片脚を私の腕に引っ掛けて訴える。私はジークとリンに助けてと訴えれば、リンがしゃがみ込んで楓ちゃんの相手を務めていた。
「私ってそんなに怖いのかな?」
女神さまはクロと視線を合わせたままだが、クロは答えに窮しているのか黙り込んでいる。仕方ないと私が立ち上がってクロの代わりに口を開いた。
「怖くはないですが、女神さまから放たれる圧が凄いですからね」
お屋敷の皆さまに西の女神さまのことを聞けば、何度か会話を交わせば怖くないけれど圧が凄いという印象を持っているようだった。だから慣れて貰えるならば問題なさそうですと伝える。
「む。魔術具で私の圧はマシになるかなあ……父さんは詳しく教えてくれなかったし……」
微妙な顔をしている女神さまだが、グイーさまに不名誉な言葉を向けているような。まあ神さまも万能ではないという証拠だろうと私は西の女神さまに時間なのでアルバトロス城に向かいましょうと誘う。
「うん」
素直に女神さまは頷いてくれ椅子から立ち上がる。たゆんと揺れる胸に視線が行きそうになるが、私のメンタルのために凝視、駄目、絶対と心の中で唱えた。グリフォンさんたちとエル一家に行ってくるねと手を振って、一柱と三人と八頭で廊下に戻る。
転移陣のある地下室前で待っていたソフィーアさまとセレスティアさまと合流すれば、女神さまがふいにソフィーアさまへと視線を向けた。ソフィーアさまは女神さまの突然の行動に驚きながらも平静を保っている。
「貴女のお爺さんは愉快だとクロから聞いた。会うのが楽しみ」
「破天荒なので女神さまに失礼な態度を取らないか、孫としては心配です」
女神さまが微かに嬉しそうに、ソフィーアさまが大丈夫かと心配そうに声を上げた。公爵さまに対する女神さまのイメージがクロの言により期待が爆上がりしている。
でも、公爵さまなら普通に女神さまと接しそうだし、なんなら喧嘩を売ってしまいそうなイメージもある。ソフィーアさまの隣で控えているセレスティアさまは『我が父は大丈夫でしょうか?』と微妙な雰囲気だった。無事に面会を終えられるかなと微かな心配があるものの、一先ずは変態だらけの魔術師団の皆さまとの挨拶であると女神さまとアストライアー侯爵家の皆さまが地下室へ降りて、王城へと移動するのだった。
「っ!!! 西の女神さまっ!! アストライアー侯爵閣下! お待ちしておりました、魔術師団の下へと案内する大役を務めることになりました――」
私たちが転移を終えるなり、近衛騎士の代表の方がかなり大きな声で名乗りを上げた。ド緊張しているのか、彼の顔にはじんわりと汗が浮かんでいる。大丈夫かと心配になるけれど、妙な心配をして声を掛けても問題となるだけだと彼の声を受け入れる。
「お手間を掛けて申し訳ありません。ご案内よろしくお願い致します」
私は恙なくことが進むようにと願いながら近衛騎士の方へと声を掛けると、女神さまも空気を読んでくれたのか半歩前に進み出た。
「よろしくね」
「は、はひっ!!」
短く声を発した女神さまに近衛騎士の方が目を真ん丸に開いて直ぐ、思いっきり目を閉じてばっと敬礼を執る。そうして彼らは回れ右をするのだが、普段よりかなりぎこちない動作だった。本当にド緊張しているなとアストライアー侯爵家の皆さまに私は視線を向けると『仕方ない』『そのうち慣れる』『見て見ぬ振りをしてやれ』『彼らにも矜持がありますものね』と言いたげだった。
割と手厳しいなと苦笑いを浮かべて前を向き、私は女神さまに行きましょうと先を促す。女神さまは王城の中が珍しいようで、転移陣のある部屋をぐるりと見渡してから足を進める。
廊下に飾っているフルプレートの鎧や大きな陶磁器に物珍しそうな視線を向けつつ、お城の中庭に進み出た。目の前に広がるのはお城の庭師の方々が丹精を込めて仕上げた、木々に草花があり、時期を迎えたものは花を咲かせている。
「綺麗だね。凄く丁寧に手入れをしているみたいだ」
さっと吹いた風に女神さま乱れる長い髪を片手で抑えている。彼女を揶揄うように吹いた風は止んで目を細めながら中庭を見回していた。私ならば中庭の植物が実のなるものであれば凄く嬉しいけれど、女神さまは草木が花を咲かせて次に命を紡いでいくことが嬉しいようだった。
そんな女神さまをポケーと見ている近衛騎士さま方に『行きましょう』と先を促して魔術師団の隊舎を目指す。途中でワイバーンたちが暮らしている場所を通ったので、彼らに『聖女さま~』『久しぶりー』と声を掛けられ、女神さまを見たワイバーンたちは『わ!』『女神さま?』『本物?』と驚きつつも直ぐに女神さまと打ち解けていた。道草を食ってしまったけれど、無事に魔術師団の隊舎前に辿り着く。隊舎の前には副団長さまと猫背さんと、誰だっけ、確か魔術師団団長さまが立っている。
「ようこそいらっしゃいました。西の女神さま、アストライアー侯爵閣下」
副団長さまが魔術師団長さまを差し置いて、普段のテンションで女神さまと私に第一声を上げた。どちらが先に彼へ答えるべきかと女神さまに無言で問えば、どうやら私が先らしい。
「副団長さま、この度はわたくしの依頼を受けて頂き感謝いたします」
「ナイのお願いを受け入れてくれて、そして、私のためにありがとう」
割と無茶を言って工期が短い依頼になってしまったし、引き受けたからには副団長さまも猫背さんも無茶をしたのではなかろうか。マンドラゴラもどきの粉末でも差し入れすれば良かったかと悩んだが、彼らは常用し二十四時間フル稼働をしそうだから止めておいた。
「いえいえ。その分のお代は確りと頂いておりますので、女神さまも閣下もお気になさらないでください。ささ、女性に立ち話をさせる訳にはなりませんので、中へどうぞ」
にこにこ顔の副団長さまと猫背さんに、顔が引き攣っている魔術師団団長さまが対照的だなあと苦笑いを浮かべながら、魔術師団の本山へと入って行くのだった。