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1086:権太くんからのお土産。

 松風と早風がフソウに移住することが決まり、帝さまとナガノブさまは嬉しそうに開いた宴を楽しんでいた。祝いの席には妖狐の男の仔も参加しており、松風と早風と一緒にじゃれ合って楽しそうにしている。元気でなによりと私は宴で出された食事を堪能していると、夜がきて一泊させて頂いた。

 翌朝、目が覚めて朝ご飯を頂き、朝廷の大広間で帝さまに別れの挨拶をして、みんなで広い庭に出る。男の仔の側でぶんぶんぶんぶんと勢い良く尻尾を振る松風と早風の下に私はしゃがみ込んだ。


 「松風、早風、フソウの皆さんと仲良くしてね。狐の男の仔と喧嘩しても良いけれど暴力は駄目だよ」


 私が彼らと視線を合わせれば、きょとんと首を傾げる。言葉の意味を理解してくれているだろうと二頭の頭をゆっくり撫でる。私の手が気持ち良いのか松風と早風は私の肩に顔を置きふすーと長い息を吐いた。

 一先ず松風の首に両腕を回してぎゅっと抱きしめる。モフモフの毛が鼻に当たってくしゃみが出そうになって必死に我慢する。松風をぎゅっとしていると隣にいた早風が急かすように片脚を上げて私の腕をちょんちょんと触っていた。

 今度は早風と視線を合わせれば、ゴロンと早風はお腹を出して私に撫でろと要求した。くすくすと笑いながら早風のお腹を撫でる。産まれたばかりの頃は毛が生えていなくて、地肌のピンク色が綺麗に見えていたけれど、今ではもうびっしりと黒い毛がひしめいている。大きくなった証拠だなとゆっくりと早風のお腹を堪能していると、私の側に男の仔が立って腕を組む。


 「オイラ、確かに狐やけど妖狐やし、権太って名前あんねん。ちゃんと名前で呼んでや! あと松風と早風とは喧嘩やかせーへんからな!」


 男の仔がふんと鼻を鳴らした。松風と早風と喧嘩はしないと宣言しているから、もしかして楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんとは喧嘩をする前提なのだろうか。彼女たちは松風と早風より元気だから致し方ないのかもしれない。

 楓ちゃんたち三頭は今回はアルバトロス王国に戻り、年明けにフソウで三週間ほど過ごす予定である。フソウに慣れてくれれば良いなと、私は男の仔と話すために立ち上がった。


 「申し訳ありません。名乗っておりませんでしたね。アルバトロス王国に住んでおります。ナイ・アストライアーと申します」


 私が小さく礼を執り頭を上げると、男の仔は一生懸命に踵を浮かして背伸びをしている。彼は私に舐められたくないようで、かなり必死な様子だ。私も身長が低くて、他の方と視線が合わないために必死に顔を上げている。

 彼の気持ちは十分に理解できるけれど、大きくなれば私の身長なんて直ぐに抜いてしまうだろう。一先ず私は、少し猫背気味に目の前の彼と視線を合わせる。


 「オイラは権太や! 狐やのーて妖狐やから、狐よりめっちゃ強いし格があんねん! お前は松風と早風と仲ええし、特別にオイラの名前を呼んでええねんでっ!」


 狐の男の仔、改め権太くんが少し照れながら言葉を口にした。私も笑みを浮かべて小さく頭を下げる。

 

 「ありがとうございます。わたくしのこともナイと呼んでくださると嬉しいです」


 「ええんか?」


 私の言葉に権太くんが首を傾げながら二本の尻尾をふりふりと横に振っていた。良く絡まないなと感心しているのだが、ヴァナルや毛玉ちゃんたちの尻尾よりモフ度が高い。触るときっとモフモフで気持ち良いのだろうなと私は尻尾を見つめているが、返事をしなくてはと口を開く。


 「はい」


 「あと、その気持ち悪い喋り方やめようや。オイラには普通でええやん」


 権太くんがむーとふくれっ面になった。私の喋り方が気色悪いと言われる日がこようとは……って畏まって喋っていると公爵さまに『気持ち悪い』と言われた過去があった。公爵さまの気持ち悪いと権太くんの気色悪いは少々違う気もするが、癖のようなものとなってしまったので若干治し辛い。でもまあ、気軽に喋れる方が有難い。


 「また、フソウに遊びにくるからよろしくね。権太くん」


 「お、お、おう! またきてや。ナイがくると婆ちゃんもナガノブも嬉しそうやねん!」


 権太くんが少し顔を赤らめて返事をくれる。帝さまとナガノブさまが私の来訪に喜んでくれているとは驚きだ。まあ政治面、特に外交面でいろいろと益があるから嬉しいのだろう。

 私もフソウからお米さまやいろいろな食材を買い付けて、アルバトロス王国に戻っているから良い関係を築けている。これからどうなるのか分からないけれど、個人的にはずっと良好な関係が続いて欲しい。アストライアー侯爵家の次代があるなら引き継いでいってもらいたい関係でもある。


 私が頭の中で未来を描いていると、権太くんがゆっくりと女神さまの下へと歩いて行った。私より随分と背の高い女神さまだから、権太くんは凄く顔を上げ背伸びも先ほどより頑張っていた。


 「あんな……め、女神さまも、またきてな。オイラの母ちゃんの話一杯聞いて欲しいんや」


 彼は凄く照れ臭そうに着物の端を指で掴んで緊張しながら女神さまに自分の気持ちを打ち明ける。女神さまは徐にしゃがみ込んで、権太くんと視線を合わせて微かに笑っていた。


 「分かった。またくるから、その時は君と君のお母さんの話を聞かせて」


 女神さまの声にジークとリンと私とソフィーアさまとセレスティアさまと他のアストライアー侯爵家の面々がほっと息を吐き、フソウの皆さまも胸を撫で下ろしている。女神さまが『なにを言っているの?』なんて告げた日には、権太くんが引き籠もってしまいそうだ。西の女神さまが権太くんの頭を撫でると、彼の喉から甘い声が漏れていた。そうしてぽろんと彼の尻尾が一本増えた。いや、生えた。


 「へへ。ん、なんや? 尻尾が増えた! オイラ強くなってん! ありがとな、女神さま!」


 権太くんが違和感を受けたのか、後ろに顔を向けて自分のお尻を見下ろしている。三本に増えた尻尾を器用に権太くんは抱えて嬉しそうに走り出す。そんな彼に女神さまが腕を伸ばすのだが、すばしっこいのか権太くんは既に手の届かない位置に移動していた。


 「それは君自身が強いからで、私はなにも……話を聞いて……?」


 珍しく女神さまが困った顔で呟いた。おそらく女神さまの声は権太くんの耳に届いていない。ひとしきり走り回った権太くんは松風と早風の下でぴたりと止まって、尻尾を抱えたままにかっと笑った。あ、権太くんの乳歯が一本抜けてる。


 「松風、早風、見てーな! 尻尾が増えたんや! ええやろ!?」


 嬉しそうな権太くんに松風と早風は彼を祝うように周りをぐるぐると回って、尻尾をぶんぶん振っている。少し羨ましいのか鼻を鳴らしているのはご愛敬だろう。

 ヴァナルと雪さんたちが良かったねとしみじみとして、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんがこてんと首を傾げていた。フソウの面々は権太くんが女神さまを無視したことにやべえとあわあわしていた。どうするこの状況と私が考えていると帝さまが口を真一文字にして、女神さまに頭を下げる。


 「権太が失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありません」


 「ん? 気にしてないよ。話を聞いて欲しかったけれど、よほど嬉しかったみたいだね」


 帝さまと共にフソウの皆さまも頭を下げていた。女神さまは少しだけ顔を斜めにして不思議そうに声を出す。女神さまは階級とか立場を振りかざすことはない方なので、帝さまが謝ることが良く分かっていない様子である。

 とはいえ帝さまよりも女神さまの方が立場が上であるというのは理解していらっしゃる。だからこそ特になにも言わずに、権太くんが喜んでいる姿を目を細めて眺めているのだろう。権太くんははだしで庭を駆けどこかへ消えていく。松風と早風も彼の背を追ってぴゅーっと走って行った。随分と脚が早いと感心していると、帝さまが私と視線を合わせた。


 「ナイ、当初と予定が変わってしまいましたが、快く受け入れて下さったこと感謝致します」


 「いえ。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが許可をくれたことが大きいかと」


 お互いに礼を執っていえいえ、まあまあと日本人らしい謙遜をしていた。ナガノブさまは苦笑いで私たちを見ているし、ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまも『まあ仕方ない』みたいな雰囲気だった。


 「しかしナイがいなければ雪と夜と華はヴァナルさんとお会いできぬまま過ごしていましたから。やはりナイにも感謝を向けるべきでしょう」


 「私もフソウに訪れて沢山の恩恵を受けております。ヴァナルと雪さんたちが出会ったこともですが、帝さまとナガノブさまにフソウの方々が私たちを受け入れてくださっていますから」


 雪さんたちとヴァナルが出会っていなければ、私はフソウの出島で買い付けをチマチマとしているだけだっただろう。それでも有難いことだけれど、フソウの朝廷と幕府と縁が持てたことはいろいろと強みがある。

 フソウに行きたいと伝えれば、バッチコーイ! と直ぐに返事が戻ってくるしお土産も毎回沢山貰っている。私は帝さまとナガノブさまとこれからのことを軽く相談していると、権太くんが勢い良く走って戻ってくる。きゅっと音が鳴りそうな勢いで私の前で立ち止まり、右手に持っていた物を権太くんは私の前に差し出した。

 

 「ナイ、これやる!」


 「ありがとう。笛だよね? 上手く吹けると良いけれど」


 彼から手渡されたのは竹で作った笛だった。そして女神さまにも恥ずかしそうにしながら差し出して、彼女も権太くんから受け取る。私は上手く吹けるかなと女神さまに視線を向ければ、彼女は微妙な顔を浮かべる。


 「せやな。上手く吹けたらオイラたちに聞かせてや!」


 にっと笑う権太くんに『頑張ってみるね』と答えて、一先ず帝さまと権太くんと松風と早風と別れる。


 「寂しくなるかな」


 後を振りむきながら私は彼らに手を振る。広い庭を歩いていればどんどんとその姿が小さくなっていた。

 

 「予定を変えてしまって、すまない、ナイ」


 「いえ。松風と早風が決めたことですし、いずれは楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんもフソウに移りますからね」


 ナガノブさまも予定が変わったことを気にしているようだが、決めたのは松風と早風なのだから笑って送ってあげないと。少し寂しいけれど、フソウに赴けばまた会えるし、権太くんという知り合いも増えたのだから。

 私はナガノブさまから縦笛の吹き方のレクチャーを簡単に受け、籠の中に乗り込みドエの都の外に出る。お迎えの青竜さんがぬっと顔を下げて『おや二頭足りない気がします』と仰った。理由を説明すると納得してくれ、私たちは彼の背の上に乗る。

 人の姿のままだった楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんは自力で竜の方の背に登れず『にゃんで!』と少し怒って元の姿に戻る。その姿に雪さんたちが『あらあらまあまあ』と微笑ましそうに笑い、ぴゅーと軽快に青竜さんの背に乗る三頭を笑って見ていた。


 アルバトロス王国の子爵邸に戻って、各方面への報告を済ませた。お仕事は優秀な家宰さまが殆ど捌いてくれているので、私の決裁が必要で急ぎの案件だけ目を通して判断を下す。

 あとはユーリの下へ行ったり、アリアさまとロザリンデさまにお土産を渡したり、クレイグとサフィールに託児所の子供たちや子爵邸で働く方々にもお土産を渡せば夜になっていた。美味しい夕食を終えてリンと一緒にお風呂を済ませてベッドに潜り込む。


 「おやすみ」


 いつもより返ってくる声が少ないことに寂しさを覚えながら、直ぐに深い眠りに落ちていた。


 朝、目が覚めてベッドから起き、着替えを済ませる。ふいに、自室の机の上に置いてあった権太くんのお土産の縦笛を見れば『ぽん!』と音を立てて、葉っぱになって戻ってしまい、女神さまに渡した縦笛は消えないままだそうだ。権太くんに揶揄われたなと苦笑いを浮かべながら、西の女神さまに笛の件を伝えると彼女も『悪戯が好きなんだね』と小さく笑うのだった。


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[一言] 何時かは訪れる別れが速くなっただけですし其処は問題ないけど、元気に走り回ってた仔共達が居なくなると寂しいもんですね…。 そのうち桜ちゃん達も旅立つでしょうし…
[一言] 更新お疲れ様です。 人型だと青竜さんの背に登れず『にゃんで!』と、獣型に戻って背中を駆け上がって行く楓ちゃんと桜ちゃんと椿ちゃんが可愛いです (♡ω♡)~♪ 楓ちゃん達、早くもっと喋れる様…
[一言] つまり次に権太の前に来たときには草笛を披露せよと(笑)
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