0108:夜講義の終わり。
2022.04.18投稿 2/2回目
お湯は火にかけていたので、直ぐにお茶の用意が出来るようになっていた。取り敢えずいつものようにお茶を淹れて、副団長さまへと渡す。
「熱いのでお気を付けください」
「ありがとうございます。――早速頂きましょう」
そういえば毒見とかいいのだろうか。彼もお貴族さまだけれど護衛も付けずウロウロしているようだし。まあフェンリルを霧散させるほどの実力の持ち主だから必要ないのかもしれないけれど。
「うーん……、変わりませんねえ。残念です」
言葉の通りに本当に残念そうな顔を浮かべる副団長さまに、苦笑で返す。
「さて、無駄話は止めて本題に入りましょうか。少し前にお渡しした魔術具は身に着けて頂いていますよね」
「はい。頂いてから肌身離さず指に嵌めております」
そう言って左手中指に嵌めている銀の指輪を右手でなぞる。
「それは良かった。その魔術具は貴女の有り余っている魔力を制御する補助装置ですが、体の中で滞留している余剰分を外に放出させる役目もあります」
「え」
「それだけ聖女さまの魔力量は異常ということですよ。貴女の生育が悪いのも、おそらくはソレが原因でしょう」
そんなに異常な量なのだろうか。他の人と比べたことがないし、いまいち副団長さまの言葉に実感が持てないのだけれど、滅茶苦茶うれしい言葉を耳にする。
「では、この魔術具を身に着けていれば、身長がまだ伸びる可能性がっ!?」
がばりと俯けていた視線を上げて、副団長さまを期待の目で見つめ彼の言葉を待つ私。
「ふむ。女性の成長期が終わるのは早いと聞きますので、あまり期待しない方が良いかもしれませんねえ」
「うっ……」
「そう気落ちなさらずとも。小柄で可愛らしいではありませんか」
副団長さま、女性に気遣いの言葉を掛けられる人だったのかと驚きを覚えつつも、私のテンションは上がらない。
「いまだに子供のお使いだと勘違いされる私の気持ちを理解してくれる人がいない……」
後ろで微妙な雰囲気を醸し出している二人。リンがなにやら言いたそうだけれど、副団長さまが居るので声を出せない様子。ジークは突っ込みをすれば地雷を踏んでしまうと理解しているのか、知らぬ存ぜぬを決め込むようだ。
「まあ、その話題は置いておきましょう。――ここからが本題です」
「はい」
流石にがっくりしたままだと失礼なので、居住まいを正して視線も合わす。
「本来ならば聖女さまの魔力を空にして時間をあけ回復させてを繰り返し、魔力が増減する感覚を養って欲しい所ですが」
遠征中ですものねえ、と微妙な顔をする副団長さま。確かに私は魔力を全て出し切ったことは一度もない。時折、魔力を全て使い切りぶっ倒れる人を見たことがあるけれど、ああいう状態に陥ったことがないので不思議な光景でもあった。
辺境伯領へと辿り着くまでにはまだ時間はあるけれど、道中何が起こるかわからないので、不確定要素を抱えたまま実験をする気はないらしい。微妙に常識人だよなあと副団長さまへ視線を向けると、彼も微妙な顔を浮かべている。
「ということで、こちらを」
「これは、一体?」
「疑似的に魔力を空にできる腕輪です。仕組みは秘匿されておりますので詳しい説明は出来ません」
随分と幅のある腕輪で、かなりゴツイ。日常使いはちょっと無理がある代物、とでも言えばいいだろうか。魔石が幾つか付けられているので、そちらにでも私の魔力を移動させるのかも。疑似的って言ってたし。
「取り敢えず付けて頂いても?」
「了解です」
そう言うと腕輪を手渡ししてくれる副団長さま。腕輪を受け取ったのだけれど、装飾とか結構凝っているような。前回、譲り受けた魔術具の指輪はシンプルな物だったので意外である。
「――あ……」
「ナイ!」
腕輪を身に着けた瞬間に訪れた浮遊感に平衡感覚を失って、くらりと体が揺れて地面へ倒れ込む……ハズだった。
「ごめん、ジーク。ありがとう」
「ナイ!?」
魔力を使い過ぎて鼻血を出したときとはまた違う不思議な体験に頭が少し混乱する。魔術陣へ魔力を補填した後は脱力感と眠気が酷いけれど、この感覚をなんと表現すればいいのだろうか。ジークが片腕で倒れるのを阻止してから、リンの両腕が伸びてきてちゃんと体を起こして支えてくれた。
「大丈夫か? ――ヴァレンシュタイン副団長殿!」
「おお、そのような剣幕で怒らないでください騎士殿。大丈夫ですよ、疑似的に魔力が空になっただけなので、聖女さまの体が慣れないことに驚いただけ。直ぐに元へ戻りますので」
両手を軽く上げて降参のポーズを取る副団長さま。多分、彼は自分の立場を脅かすようなことはしないだろう。だってその地位を剥奪されたら魔術師として好き放題出来ないんだもの。だから、その点に関してだけは信用は出来ると思う。
「平気だよ、ジーク、リン。ちょっと体が浮いた感じがしただけだから」
慣れない感覚に驚いただけである。ジェットコースターに乗って急に下降し始めた時に感じる、内臓が浮くような変な感触だった。
「ふむ。ちゃんと機能しているようですね。では、腕輪を外してください」
彼の言葉に従って腕輪を外す。すると浮遊感は収まって元の状態に戻ったのだった。しかし、これが何の効果をもたらしてくれているのかがさっぱり分からないのだけれども。
「魔力が空になったことのない聖女さまです。空になるという感覚を身に付けて下さいね。魔力の操作に関しては、今回の合間と学院での特別授業で行いましょう」
自分の限界を知らなければ、どこまで魔術を行使していいのか判断がつかないし、危険な状態の時に無茶をしない為なんだそう。
それでもにんまりと満足している副団長さまを見て、なにかしらの収穫はあったようだと一人納得し、明日から寝る前に一度だけ腕輪を身に着けてこの感覚を覚えてくださいねと告げられるのだった。