1079:なんだか寂しいぞ。
フソウ国に毛玉ちゃんたちを預けて、アストライアー侯爵家一行はアルバトロス王国に戻っていた。送り迎えを担ってくれた赤竜さんと青竜さんには感謝を込めて、私の魔力を送ったのだが帰り際少しフラフラしていたような……。
クロ曰く、問題はないが少し魔力を送った量が多かったのかもしれないねと教えてくれて、西の女神さまも私の魔力は凄く多いから竜のお方相手でも加減を気を付けろとのことだった。
ロゼさんの転移でアルバトロス王都の外から子爵邸へと一気に移動する。中庭のお手入れをしていた庭師の小父さまが少し驚いていたけれど、麦わら帽子を脱いで丁寧に礼を執ってくれた。私は彼に小さく頭を下げ、同行していた皆さまに中に入ろうと促し歩を進める。
……歩いているけれど、なんだろう。気配が少ないし、元気な彼らが私の前を行ったり、戻ったり、後ろをくるっと大回りして鼻タッチをしてくれない。毛玉ちゃんたちがいないのはこんなに寂しいものなのかと実感する。
「毛玉ちゃんたちの存在は凄く大きかったんだね」
私の言葉に背後で『当り前ですわ!』と言いたげな気配をキャッチするけれど、一先ず私はジークとリンへ顔を向けた。
「五頭もいたからな」
「元気だったからね」
苦笑いを浮かべたジークとリンにヴァナルがすすすとこちらに寄ってきて身体を擦り付ける。そして私の前をくるっと回って後ろを歩いているソフィーアさまとセレスティアさまにも身体を擦り付けて、彼は元の位置を歩く。
雪さんと夜さんと華さんにもヴァナルは身体を擦り付けると、彼女たちは凄く満足そうな顔をしていた。ジークとリンと私の少し後ろを歩いていた西の女神さまが『私には?』と少し悲し気な顔をして、ヴァナルが『良いの?』と確認を取る。もちろんという声が直ぐに上がりヴァナルは西の女神さまの横にピタッとついて、軽快な足取りで一緒に歩いて西の女神さまがヴァナルの頭や背を撫でていた。
『一週間経てば戻ってくるから。きっと直ぐに騒がしくなるよ。セレスティアも一週間だけ我慢しよう?』
クロが私たちの寂しさを紛らわそうと声を上げた。確かに毛玉ちゃんたちはいなくなったわけではないから
「はい」
セレスティアさまからの返事は凄く短いものだった。あれま、本当に重症だなと苦笑いをしているとエル一家とジャドさんが視界に映る。戻ったよの挨拶をするついでにルカにセレスティアさまに突撃して頂くようにとお願いをしてみた。
ルカもルカで彼女がいつもと違うということに気付いたようで、最初こそ悪戯を企む顔を浮かべていたけれどセレスティアさまに近づいたルカは顔をそっと寄せて鼻先で軽く突っ突いてる。
エルもジョセも気付いてどうやって彼女を元気づけようと考えているようだが、先にジアが歩を進めルカと一緒に彼女へ顔を寄せる。ルカとジアが一緒に顔を寄せ合うという珍しい事態に気付いたセレスティアさまの御髪の張りが少し戻って、片方ずつの手で彼らの顔を撫でていた。
『一週間、彼らは留守なのですねえ』
『セレスティアさんと同様に我らも寂しいですが、戻ってこられる日を待ちましょう』
『きっと心が強くなって戻ってこられるかと』
エルとジョセとジャドさんがジークとリンと私を囲って鼻先と嘴を寄せてくる。時折彼らの勢いが良くて、クロが私の肩から逃げ、ジークとリンの腕が私の身体を支えていた。屋敷の中に戻って、帰投報告を家宰さまやお屋敷の皆さまに告げて着替えを行うために自室に戻る。
ソフィーアさまとセレスティアさまは本日の業務は終了したため、それぞれのお屋敷に戻っていた。西の女神さまは夕飯まで図書室に引き籠ると言い残して、すたすたと慣れた様子で子爵邸の廊下を歩いて行った。ジークとリンも着替えるために自室に一旦戻っている。私は自室で侍女さんたちの介添えを受けながら着替えをしているのだが、いつも外で着替えを待っている毛玉ちゃんたちがいないことが不思議な様子だ。
「毛玉ちゃんたちがいないと、静かですね」
私が騎士爵家出身の侍女さんへ声を掛けると、彼女は苦笑いを浮かべた。
「少し寂しいですね。ご当主さまとご一緒に歩いている姿はとても愛らしいですし、ヴァナルさまとユキさまたちと一緒に過ごしている姿にも癒されていましたから」
「ありがとうございます。毛玉ちゃんたちは一週間で戻ってきますが、その一週間が長そうです」
私は着替えのお礼を伝えながら、セレスティアさまのことは笑えないなと苦笑いになった。着替えを終えたので侍女さんが部屋の扉を開放しに行くと、クロとロゼさんとヴァナルと雪さんたちが部屋の中へと入ってきた。
私と侍女の方は視線を合わせて肩を竦める。私も侍女の方も毛玉ちゃんたちがぴゅーっと一番に部屋の中へと入ってくる姿を幻視したようだ。私の肩の上にすとんと飛び乗るクロと影の中へと入るロゼさんに、ヴァナルと雪さんたちが部屋の絨毯の上にちょこんと座る。
「ご当主さま、御夕飯までのお時間は如何過ごされますか?」
「ポポカさんたちの卵の様子を見てきます。大丈夫でしょうけれど、やはり心配ですから」
侍女の方の問いに私が答えると、彼女は小さく頷いた。
「承知致しました。ではお夕食の時間になりましたら、お呼び致します」
侍女の方の言葉と共に開いたままの扉からリンとジークが顔を出し、部屋の扉を二度ノックする。
「ナイ?」
「入って良いか?」
二人は私の部屋の扉が開いているならば、勝手に入っても問題ないと知っているのに態々声を掛けてくれる。クレイグとサフィールも同じなので気を使ってくれていた。でもまあ、私が侯爵家の当主ということも含まれているのだろうなとも考えている。
「うん、大丈夫」
「では、失礼致します」
私がジークとリンに声を掛ければ侍女の方が部屋の外へ出ようと静々と歩き、彼女と入れ違いにジークとリンが部屋の中へと入ってくる。二人は特に用事はなく、いつもの癖で私の部屋を訪れたそうだ。それならと私はジークとリンと視線を合わせる。
「ポポカさんたちの様子を見に行かない? 卵さんをアシュとアスターはちゃんと温めているか気になるから」
「そうだな、行ってみるか」
「うん。ちゃんと温めていると良いけれど」
そっくり兄妹が柔らかく笑って、行こうと先を促してくれる。ヴァナルと雪さんたちは私の部屋でお留守番をしているとのこと。私は行ってきますと彼らに告げて、ジークとリンと一緒にサンルームを目指す。
「お邪魔するね」
サンルームに入って備え付けの机に近づくと、アシュとアスターとポポカさんたちが団子になって固まっている。その隣ではジャドさんが面白そうに団子になっている彼らに視線を向け、彼女の脚元ではイルとイブが翼を広げながらじゃれ合っていた。
卵さんを放置していないことにホッと息を吐けば、お猫さまとジルヴァラさんが姿を現した。ジルヴァラさんの腕の中にいたお猫さまが、彼女の腕の中からひょいと飛び降りて机の上に移動した。お猫さまは猫なので身軽だなあと感心するものの、サンルームに姿を現すのは珍しい。
『ポポカが卵を産んだと聞いたが、グリフォンの雄が必死に卵を抱えるとはな……世界は不思議だな。猫も雄が仔の世話をすれば良いのに』
お猫さまの口から漏れた言葉は育児放棄をすると言っているようなものである。確かにお猫さまは自分が産んだ仔たちに乳を与えていたけれど、子爵邸で過ごすようになってからはヴァナルに仔猫たちを任せていた。
「駄目ですよ、お猫さま。願望が駄々洩れじゃないですか。仔を産んだならちゃんと責任を果たさないと」
『しかし新参者に名を与え、古参の妾に名が与えられないというのはどういうことじゃ?』
私の言葉を聞いたお猫さまが別の話題にすり替えた。みんな気付いておりお猫さまに苦笑いを向けているが、私はソコを突くのかと別の意味の苦笑いを浮かべる。確かにお猫さまは子爵邸に住み着いた幻獣の皆さまたちと比較すれば古参組に入るのだろう。貴族のお屋敷に住み着く幻獣や魔獣ってなにと頭を抱えたくなるが、考えたら負けなので考えないことにする。
「それなら、お猫さまはどんな感じの名前が良いのですか? 付けたい名前があるなら自分で付けるのもアリではないですか?」
『それはそうじゃが、せっかくならお主から名を頂きたい! カッコ良いと嬉しいぞ! もちろん雌として似合う名でも構わん!』
お猫さまがテーブルの上で綺麗に前脚を揃えながら、三叉に別れた尻尾をふりふりと振っている。机の下でじゃれ合っていたイルとイヴがお猫さまの尻尾に狙いを定めているけれど、お猫さまは気付いていない。ふりふりと上下左右に器用に振られる尻尾に反応しているイルとイヴは、脚を折って地面に身体を付けてじーっとお猫さまの尻尾を見ている。
「お猫さま、下を見てください」
このままではお猫さまが悲鳴を上げるだけだと私は判断して下の状況を伝えた。
『なんと。グリフォンに妾の尻尾を狙われとるとは!』
お猫さまが下の状況に気付いて、尻尾を動かすのを止めていた。意識すれば動きを止めることができることに私は感心していると、イルとイヴが残念そうにしながら体勢を変えてまた二頭でじゃれ合い始めた。
「お猫さまが捕食されなくて良かったです」
『え、妾、食べられそうになっていたのか!?』
私が目を細めながらお猫さまを見ると、お猫さまはジルヴァラさんの胸元にぴょんと飛び込んだ。ジルヴァラさんもお猫さまを落とさないようにキャッチして、お尻に腕を回して安定感が出るようにと気を使っていた。
「可能性はあるかと」
『野生であれば食べていたかもしれませんねえ』
私とジャドさんがお猫さまに告げると、尻尾をだらんと三本下げて『喰われとうない』と少しげんなりした声をお猫さまが上げる。お猫さまの様子にくすくすと場にいるみんなが笑えば、ココとロロとララがまた卵さんをコロンと産み落とす。これで計六個となった。
「また増えた!」
ポポカさんの卵ってこんなに増えるものなのかと驚きながら、産んだばかりの卵さんを我が仔の様に抱えるアシュとアスターに苦笑いを向ける。
『めでたいですね。グリフォンも増えたのでポポカも増えたなら私は嬉しいです』
ジャドさんは目を細めながらポポカさんの卵が増えたことを喜び、クロも私の肩の上で『良かったねえ』と呑気に告げた。お猫さまは状況に驚きつつも私に名前を付けて欲しいと願い出たので、考える時間が欲しいとお猫さまにお願いするのだった。