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1076:卵を産み落とした。

 コロコロと小さな卵が三つテーブルの上に転がっていく。卵を産み落とした三羽はきょとんとした顔で卵さんを見ている。小さいグリ坊さんのアシュとアスターが卵さんを嘴で器用に三つ纏めて、脚を折って卵さんを二頭で温め始めた。


 ポポカさんたちはなにが起こっているのか理解していないようで、未だにきょとんとしたままだ。南の島のポポカさんたちの生息数が減っているから、卵さんが産まれるのは嬉しいことだけれど、アシュとアスターが卵を温め始めた現状に私は頭を抱えそうになる。でも幻獣組の皆さまは特に問題にしていないようで、アシュとアスターに微笑ましい視線を向けていた。


 『いつの間にポポカたちは卵を成していたのでしょうか……しかし、新たな命の誕生は喜ばしいことです』


 母グリフォンのジャドさんが私の頭の上に嘴を置いてぐりぐりし始めた。ぐわんぐわん揺れる頭のせいで、クロが私の肩から飛び立って女神さまの肩に避難する。


 『だねえ』


 「うん」


 クロと西の女神さまが視線を合わせて嬉しそうな顔をしていた。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが立ち上がり、卵を抱えるアシュとアスターを見つめる。


 『増えると良いね』


 『ええ、本当に』


 『順調に育って、無事に孵ってくれると良いのですが』


 『また、お屋敷が騒がしくなりそうですね』


 ヴァナルと雪さんたちもお互いに視線を合わせて、微笑ましい空気を醸し出している。サンルームの外ではエルとジョセとルカとジアが興味深そうにこちらを見ていた。どうやら彼らは卵が産まれたことを祝っているようで、鼻を鳴らしてみたり、尻尾を大きく振ってみたりして我々も嬉しいですよとアピールしている。


 「無事に孵ると良いですね」


 「本当に」


 「鳥が卵を産むところを初めて見ました」


 驚きながらもふふふと微笑ましい視線をアシュとアスターに向けているフィーネさまとアリサさまに、若干状況についていけないウルスラさまがぎょっとしていた。


 「まさかグリ坊さんたちが卵を抱えるなんて」


 「雄の方が母性本能が強いのでしょうか……?」


 アリアさまとロザリンデさまは子爵邸の騒ぎに慣れてきているのか、落ち着いた雰囲気で状況を見守っている。


 「念のために城に報告しておこう」


 「お師匠さまが飛んできそうですわねえ」


 ソフィーアさまは小さく息を吐いて後ろに控えている護衛の方にアルバトロス上層部に知らせるようにとお願いし、セレスティアさまはポポカさんの卵をグリフォンの幼体が温めている特殊な状況に目を細めていた。

 ポポカさんの卵はどれくらいの期間で孵るのか、餌や寝床はどうしようかとみんなと相談して本日は解散となる。聖王国は教皇猊下と残り少ないマトモな方が頑張っているので、どうにか国として体面を守っていた。フィーネさまとウルスラさまは全然政治面に参加していないので当初の予定通りであるが、少し気になることがあるそうだ。


 「ヴァンディリアの元第四王子殿下が政治に参加していることですね。教皇猊下が彼を参加させると決めたようなので、私は特になにも伝えていませんが」


 「あと元七大聖家のお一方が修道院から戻ってこられておられます」


 フィーネさまとアリサさまが微妙な顔をして告げる。確かに元王子さまと元良い所の家の方であれば、政を担えるようにと教育は受けているはず。先程述べられた彼らが聖王国に役立っているのかどうかは分からないが、呼び戻されたということはそれなりに期待できるのだろう。


 ヴァンディリア王国の元第四王子殿下は以前、聖王国でフィーネさまにちょっかいを掛けた過去がある。今も思いは変わらず、時々、彼が凄く遠くからフィーネさまへ熱視線を向けているので、護衛の方々が確りと見張っているとか。


 フィーネさまに被害がないのであれば、元第四王子殿下には聖王国で政を頑張ってくださいと願うだけだ。元七大聖家のお一方――フィーネさまから攻略対象だったと聞いている――も、修道院から呼び戻されたことで気合が入っているらしい。妙な方向へ目覚めなければ良いけれどと願いながら、フィーネさまとアリサさまとウルスラさまをお城の転移陣で見送りをして子爵邸に戻るのだった。


 夕食前、私はポポカさんが産んだ卵が気になるので、サンルームへジークとリンと一緒に足を向けた。相変わらず机の上ではグリ坊さんのアシュとアスターが卵を三つ温めている。 


 五羽のポポカさんも一応、彼らの回りでまったりと過ごしているのだが、イルとイブは机の下で翼を広げながらじゃれ合っている。嘴で突き合っているので怪我をしないのだろうかと私が気にしていると、母グリフォンさんのジャドさんが加わり『ピョエー!』と鳴きながら嘴でなにかしている。

 グリフォンさん流の喧嘩殺法でも教えているのかと目を細めれば、クロが私の肩の上で『元気だねえ』と呑気に声を上げた。私が机に近寄るとアシュとアスターが首を上げ『ピョエ!』と鳴く。クロ曰く彼らは、大事な卵さんに手を出すなと言っているらしい。あまり近づかない方が良さそうだなと、私が数歩下がってジークとリンの顔を見上げる。

 

 「卵さんは大丈夫そうかな?」


 「大丈夫。屋敷に魔素が満ちているから、温めなくても良いかもしれない」


 私が問いかけたジークとリンではなく、何故かそっくり兄妹の隣にいた西の女神さまが答えてくれる。彼女の顔が少しだけどやっとしているのは気の所為だろうか。まあ、女神さまが言っているならば間違いはないはずだ。

 お屋敷に魔素が満ちているという言葉は右から左に流してしまいたいが、魔獣や幻獣の皆さまには良い環境のようである。ジークは自分たちが答えるはずだったのにと苦笑いを浮かべて、リンは口をへの字に曲げていた。あとでリンとゆっくり話す時間を設けよう。西の女神さまが子爵邸で過ごしているから、幼馴染組との時間が少なくなっている。

 

 『良い仔ですねえ。アシュとアスターは雄なので、大きくなればヤーバン王国へ行ってしまうのでしょうか。はっ!? 妙な雌に捕まってしまったらどうしましょう、ナイさん!』


 ふいにイルとイブの相手を務めていたジャドさんが顔を上げて、妙なことを口走った。凄く慌てているけれど、彼女は心配し過ぎではないだろうか。


 「今から心配していると、心が消耗してしまいますよ。それにアシュとアスターを選んだ雌のグリフォンさんが悪い方だとは思えませんが……」


 私はジャドさんと視線を合わせて苦笑いを浮かべる。グリフォンさんは雌が雄を選ぶようだから、アシュとアスターを選んだのならば賢い選択だと思えるけれど。面倒見が良いようだから、もし雌から卵を預かったなら育ててくれるかもしれないし、ヤーバンの皆さまが凄く喜ぶだろう。


 『ナイさんは良い視点をお持ちですね。確かにアシュとアスターを選んだ雌は審美眼が優れているのでしょう』


 ふふふとジャドさんが良い顔で笑うと、足元でイルとイブが遊べと主張していた。ポポカさんたちはお眠なのかアシュとアスターの隣で五羽が固まって、こっくりこっくりと船を漕いでいる。急にポポカさんが卵を産み落として驚いたけれど、平和だなあと目を細めてジークとリンに部屋に戻ろうと告げ、ジャドさんたちとはお別れをしてサンルームを出る。


 西の女神さまは夕食の時間まで図書室に引き籠ると言い残して私たちと別れた。そうしてジークとリンと私は子爵邸の廊下を歩く。

 お屋敷で働いている方とすれ違えば『お疲れさまです』と声を掛ける。以前は凄く恐縮されていたが、廊下の端に寄った方からも『お疲れさまです、ご当主さま』と声が返ってくるようになった。私は前世のホワイト企業の社会人生活で身に付いた習慣だから苦にしていないし、風を肩で切ながら無言で通り過ぎるより全然良いだろう。ふいに後ろを歩いているジークが、私との距離を詰めた。


 「ナイ、少し良いか?」


 「どうしたの、ジーク。歩きながらでも大丈夫?」


 ジークが私の左隣に並んだ。珍しいけれど、お屋敷の中なので問題はない。


 「フソウ国に行ったあと、少し長めの休暇が欲しいんだ。リンには伝えているんだが、エーリヒとユルゲンが聖王国から休暇で戻ってくるから王都の街に出掛けようと手紙が届いてな」


 ジークとエーリヒさまとジータスさまの関係はまだ続いているようだ。友人が増えるのは良いことだし、仲を深めるのも良いことである。幼馴染組以外にジークが信頼を寄せあえる友人になっていれば良いのだけれど。そしてエーリヒさまとジータスさまにもジークの存在が大きいものでありますようにと願いながら、私は笑みを浮かべた。


 「リンが大丈夫なら、私は構わないよ。フソウから戻れば、暫く外に出る予定はないし大きな行事もないからね」


 お休みを申請するのは自由だし、許可が出たなら存分に楽しんでくればいい。教会の専属騎士であるジークとリンのどちらか片方が付いていてくれれば、私の行動に教会が口を出すことはないのだから。まあ、侯爵位を持っているので教会は私に口を早々出せないけれど。


 「すまない、助かる」


 ふっと短くジークが息を吐く。遊びに行くなら同性同士の方が気が楽だろうし、存分に楽しんできて欲しい。


 「お屋敷だけじゃあつまらないからね。あ、偶にはクレイグとサフィールも外に連れて行って貰えると助かるかな?」


 ただジークにはクレイグとサフィールのこともお願いしたい。どうにも幼馴染組は屋敷の外に足を向けるという行動が重い上に、クレイグとサフィールは仕事人間である。私も人のことは言えないが、リンも中々外へ出かけないなと彼女の顔を見た。


 「リンも遊びに行きたければ、いつでも言ってね」


 一番足が重いのはリンである。私といつも一緒なので私に引っ張られていると言っても良いけれど。ジークの様に幼馴染以外と付き合いがないことも理由にあるのだろうけれど。


 「うん。その時はナイも一緒だと嬉しい」


 リンはそう言って私の右隣りに並び歩を進める。


 「私が外に出ると凄く大勢の護衛を引き連れなきゃいけないよ?」


 ぶっちゃけ私が王都をウロウロする際には非常に大勢の方が護衛に就く。メインはジークとリンだけれど、ソフィーアさまとセレスティアさまも私が外に出るとなれば気を張っているし、侯爵家で人を賄えない時はハイゼンベルグ公爵家かヴァイセンベルク辺境伯家か王家から護衛の方を借りてくる。凄く大仰だけれど慣れてしまったというのが私の本音だろうか。


 「それでも嬉しい」


 「じゃあ、今度どこかに出掛けてみようか。侯爵領でピクニックでも楽しそう……あ、ピクニックは春がきてからかな。今は時期的に寒いからね」


 リンと私で王都のどこかのお店を見て回ろうと約束を交わし、ジークには来年の春、幼馴染組を集めて侯爵領のどこかに出掛けようと約束するのだった。来年の話をすれば鬼が出るというけれど。

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[気になる点] 托卵のグリフォンが子供の心配とか凄い光景だけど、これもナイさんの徳ですかねー。善き事です [一言] 元王子達はちょいと気になりますけど他国の事ですし、今は陰ながら応援するしか無いでしょ…
[一言] 5羽のポポカから3羽が3個の卵を産んだから 残り2羽か1羽が雄としても一羽は二股かハーレム?
[良い点] 雄の方が母性本能が強いという逆説?に誰も突っ込まないところw……雌が主導権を握ってる世界では、主夫が当たり前なんでしょうか…(´∀`) [気になる点] ジークはエーリヒと連れ立って恋愛モー…
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