1075:グリ坊さんたちのお名前。
グリフォンさんの名前が決まり、次はグリ坊さんとポポカさんたちの名前を付けようとなった。自分の仔に名前が付くと期待に胸を膨らませているジャドさんには申し訳ないが、早々素敵な名前を贈れるとも限らない。
これから名前が付くであろうグリ坊さんとポポカさんたちは塊になって日向ぼっこを勤しんでいた。彼らの安眠を邪魔しようと試みている桜ちゃんと椿ちゃんと楓ちゃんに、松風と早風が止めておきなよと心配そうな顔をしている。
ヴァナルが桜ちゃんたちがなにをするのか気付いて、のっそりと立ち上がり彼女たちを止め、松風と早風が良かったと安堵している。性格が出ているなあと私は彼らを横目で見ていると、グリフォンさん、もといジャドさんがぬっと顔を出して名前の候補を書いている紙を覗き込んだ。
「ジャドさんは、グリ坊さんにはどんな名前が付けば嬉しいですか?」
『皆さまが一生懸命考えてくれた名ですので、なにが付いても嬉しいですし有難いことですよ』
ジャドさんが機嫌良く嘴を私の頭の上に置いてぐりぐりしている。ジャドさんがぐりぐりしていると私の肩が揺れるため、クロが飛んで女神さまの膝の上に逃げた。嬉しそうな顔を浮かべて逃げたクロの背中を撫でている西の女神さまに、若干嫉妬の視線を向けているセレスティアさまをソフィーアさまが肘鉄を入れて注意を促す。
公爵令嬢さまによる渾身の肘鉄は辺境伯令嬢さまには全く効いていないようで、嫉妬の視線を女神さまに向けたままである。西の女神さまは某辺境伯令嬢さまの視線に気づかぬままクロの背を撫でていた。
今の状況に『凄いなセレスティアさま』と感心している方が数名、引いているか驚いている方が数名いて、顔色を見るのが面白い。私はジャドさんからのぐりぐり攻撃を未だに受けており、そろそろ止めて頂かないと髪の毛が抜け落ちそうだった。ジャドさんにジークとリンがそろそろ止めて欲しいと伝えれば、彼女は『おや、失礼を』と言って嘴ぐりぐり攻撃を止めてくれた。
「名前、沢山あるから逆に迷いますね」
机の上にある名前をメモしている紙は、びっしりと文字が書き込まれている。私の言葉にフィーネさまが苦笑いを零した。寝息を立てていたグリ坊さんとポポカさんたちがぱちんと目を開けると、凄く近くにいた桜ちゃんと楓ちゃんと椿ちゃんのドアップの顔に『ピョエ!』『ポエ!』と驚いていた。
「前に考えていたのもありますし、今回の話を聞いて考えていましたからね」
フィーネさまが肩を竦めるとアリサさまとウルスラさまが少し困った顔になる。
「事前に伝えて頂ければ、もっと考えていましたけれど……」
「急なお話でしたから」
連絡不足については申し訳ない限りだ。フィーネさまを誘うならば、お二人も子爵邸にフィーネさまと一緒にくれば気晴らしにでもなるかなと考えただけだから。アリサさまとウルスラさまが苦笑いを浮かべていると、アリアさまが小さく手を挙げる。
「あ、でも、アリサさまと久し振りに会えましたし、ウルスラさんともお話できたので、私は凄く嬉しいです!」
ナイスなタイミングでのフォローだった。アリアさまは優しいなあと私が感心しているとロザリンデさまも続けて口を開く。
「そうですわね。同じ聖女としていろいろとご相談できれば喜ばしいことでございましょう」
小さく笑みを浮かべたロザリンデさまには年長者の威厳というものが芽生えているような。やはり三年の歳の差は大きいようで、ここ最近ロザリンデさまに抱いている気持ちだった。
「来年も南の島に遊びに行く計画を立てているので、ウルスラさまも良ければ参加してくださいね」
とりあえず私はウルスラさまに来年の夏に開催する南の島でみんなでバカンスを楽しもう計画のお誘いをしておく。急に手紙を送るより事前に伝えておいた方が良いだろうし、女の子だから入念な準備も必要だろう。
そういえばウルスラさまは以前より血色が良くなっているし、表情も明るくなっている。アリサさまが頑張って彼女の面倒を見ているそうなので頼もしい限りだ。
「え……部外者の私が参加しても良いのでしょうか。それに大聖女の務めが」
ウルスラさまが眉をハの字にして困り顔を浮かべた。黒衣の枢機卿さまはウルスラさまにお貴族さまや高貴な方たちの生活振りを教えていないようだ。ウルスラさまも聖王国で大聖女さまを担っているのだから、高貴な方に類される。夏休みはあるだろうし心配しなくても良いことのような気もするが、聖王国はどう考えているのだろうか。
「ウルスラ、夏の間は多くの方がお休みを取っていますので心配は要りませんよ。それにずっと根を詰めたままでは疲れてしまいます」
フィーネさまが先達としてウルスラさまの困惑を晴らそうとしていた。どうやら問題なく夏休みを頂けるようだ。一応、二週間と短めなので聖王国の大聖女さま二人が同時に留守になっても大丈夫だろう。
彼女たちが不在の間は他の聖女さまがフォローに入るだろうから。ウルスラさまに沁みついた常識を変えるのは今しばらく時間が掛かりそうだなと聖王国組を見ていれば、隣からちょんちょんと指で私の肩を叩く方がいた。
「ナイ、南の島って?」
「西大陸と東大陸の間にある無人島のことです。亜人連合国の皆さまが移住を始めて、私たちは夏のお休み期間中にお邪魔して遊んでいます」
西の女神さまが問うたので、私は答えておく。そういえば南の島は北と南の中間地点でもあるような。神さまの島に向かおうと試みていた方がいるから、なにか特別な島なのだろうか。
「南の島の管轄は西の女神さまになるのですか?」
「誰だろう?」
西の女神さまが首を捻っているので、南の島の管轄は彼女ではないようだ。となると北か東か南の女神さまらしい。流石に女神さまが管轄していれども、人間の入植を拒むことはないだろう。分からなければグイーさまに聞いてみようと決め、グリ坊さんとポポカさんたちの名前を決めようとなる。
「どれが良いかな?」
私は机の上の紙を見た。入れて頂いた紅茶は随分と冷えていて、飲みやすくなっている。お菓子に手を伸ばしたいけれど、食べるとカスを紙の上に落としてしまうと自重した。
クロが私がジャドさんのぐりぐり攻撃から逃れたと判断して、私の肩の上に戻る。西の女神さまが『あ』と小さく声を上げているので、クロには彼女の側にいてあげて欲しいのだが……こちらが良いようである。西の女神さまの視線が若干痛いけれど、グリ坊さんとポポカさんたちの名前を決めねばと知らない振りをしておいた。
「ジャドさまみたいに、ご自身で決めて頂けないですしねえ」
フィーネさまが苦笑いを浮かべながら紙を眺めている。
『流石に仔たちはまだ分からないでしょうから。ポポカたちも分からないでしょうし、皆さまで素敵な名前を贈って頂ければ』
ジャドさんがこてんこてんと左右に首を傾げながら答えてくれた。彼らの意思をジャドさんとクロに聞いてみるのもありだけれど、通訳して貰うのも味気ない気がする。
「ジャドさんはグリ坊さんたちがどんな仔に育って欲しいんですか?」
『健康であれば良いかなと。雌ならば強くて立派な仔に育てば良いなと。雄は……どうでしょうか。生きていればそれで良いかなと』
グリフォンさんは本当に女尊男卑な価値観なのだなあと少し呆れた声が出そうになった。ヤーバン王国に雄の皆さまが集まっているのも、雌の強さに敵わないからという切ない理由だったはず。
そして集まった雄の皆さまの中で強い雄だけが、雌との交渉権を得られるという更に過酷な世界である。もうすこしグリフォンさんの雄の皆さまに、人権ならぬ鳥権もしくは獣権があっても良いのではなかろうか。グリフォンさんの世知辛い事情に席に座っている皆さまと護衛の方々が微妙な顔になっている。
「あ、大事なことが……雌雄は分かるのでしょうか?」
雌雄が分からなければ中性的な名前を選ばざるを得ないのだが、アルバトロス王国や西大陸は男性名と女性名がはっきりと分かれている。グリフォンさんにどうなのかという視線を向ければ、彼女は緑色の瞳を細めた。
『分かりますよ。小柄な二頭が雄ですねえ』
「そういえば卵から孵った時から二頭は小柄でしたね」
理不尽だなあと思わなくもないが、これがグリフォンさんたちの常識なのだろう。小柄な二頭が雄なら、体格が大きい方は雌になるのか。身体の大きさ以外では特に違う所は見当たらない。
副団長さまにグリフォンさんの雌雄の見分け方の話を伝えれば喜んでくれるのだろうか。単純すぎて面白味がないから微妙かなと苦笑いになっていると、グリ坊さんとポポカさんたちが机の上に飛び乗る。ポポカさんたちは跳んだが正解かもしれない。べちっと着地に失敗する仔に、とんっと軽く降りる仔もいたりで個性が出てる。ポポカさんたちは運動神経に期待できないため、何度か机の上を跳ねていた。
『おや?』
ジャドさんが目を丸くして彼らの行動に驚いていた。私も珍しい行動だなと目を見張っていると、一頭の小柄なグリフォンさんが嘴で紙を突っ突いている。そこには『アシュ』という名が記されていた。
「もしかして名前選んでるの?」
私がアシュという名を選んだ仔に問いかけるとぺこんと首を傾げた。まあ、彼らが名前を読めるわけはないけれど、感じるものがあるかもしれないと私は『アシュ』と彼が選んだ名を呼んでみる。
彼の横でもう一頭の小さな仔が『アスター』と書かれた部分に嘴をコツコツと当てたあと顔を上げ、こちらを見ながら目を細めた。そうして彼ら二頭より大きい女の子たちがそれぞれ『イル』と『イヴ』の名前を嘴で軽く叩いた。
『私の知らないところで、この仔たちは知恵を身に着けていたのですね』
ジャドさんがちょっとウルウルしながら、グリ坊さんたちが賢くなっていることを喜んでいた。
『良かったねえ。名前、自分で決められた方が良いだろうしねえ~』
クロがしみじみとしていると、ポポカさんたちにはグリ坊さんたちが名前を選んでくれるようで、また紙をじっと見つめて嘴を叩いて彼らの名前はこれだと主張している。『ポポ』『カカ』『ココ』『ロロ』『ララ』と、ポポカさん用にと考えていた紙の中にあった名前を選んでくれた。
「文字、読めているのかな?」
ジャドさん、人間の文字を読めないのだが、彼女の仔たちは認識しているようである。ちょっとしょぼくれているジャドさんにまあまあと彼女の顔を撫でていると、集まっていた皆さまがふうと息を吐いた。
「ナイさま、名前が決まった良かったですね!」
アリアさまが手を合わせながら喜んでくれているし、他の方々もうんうんと納得してくれている。
「本当に。皆さまご協力ありがとうございました。えっと、アシュ、アスター、イル、イヴたちに、ポポ、カカ、ココ、ロロ、ララたちも改めてよろしくね」
私がグリ坊さんたちとポポカさんたちの名前を呼ぶと、ココとロロとララが『ポエー!』と鳴いてお尻の下辺りから卵をポロリと産み落とすのだった。
――え?






