1071:今頃なんで。
俺とユルゲンは聖王国の先々々代の教皇さま、シュヴァインシュタイガー卿からの呼び出しを受け、彼の部屋にお邪魔している所である。彼の部屋には何故か教皇猊下と元ヴァンディリアの第四王子殿下であるアクセル・ディ・ヴァンディリアと乙女ゲーム三期のヒーローが同席していた。
何故、このタイミングで彼らが現れるのかと頭を抱えそうになるけれど、今は教皇猊下とシュヴァインシュタイガー卿の話を聞かなければいけないと俺は背筋を伸ばした。俺の隣に立つユルゲンも真面目な顔をして、目の前のお二方に視線を向けている。
「さて。今日君たちを呼んだのは、少しばかり私たちの無茶な願いを叶えて貰うためだ」
「現在、聖王国には大聖女が二人存在している――」
シュヴァインシュタイガー卿のあとに教皇猊下が話を引き継いだ。今回の呼び出しはシュヴァインシュタイガー卿ではなく、教皇猊下のご意思のようである。シュヴァインシュタイガー卿の部屋に呼び出されたのは教皇猊下と俺たちが接触したと知れば、不平を口にする者がいること、そしてこれから先に彼が語るであろう話が漏れることを危惧しているのだろう。
今現在、聖王国に大聖女さまはフィーネさまとウルスラ嬢が位に就いている。治癒の腕はウルスラ嬢が優れているものの、フィーネさまは三年前の聖王国の危機を救ったという実績があり、ウルスラ嬢が彼女が得た人気を超えるには少々時間を必要とするはずだ。
「――それは構わぬのだが……政局が安定していない今、二人に余計な手を出す輩が出かねない。だが大聖女二人の意思に反するのも如何なものかと考えている」
教皇猊下の言葉に俺とユルゲンは確りと頷く。聖王国の政局が安定していないのは事実で、二人の大聖女さまに手を出す輩がいてもおかしくはない。フィーネさまはアルバトロス王国に一時避難していたけれど、彼女の意思で聖王国に戻っている。
やはり聖王国の危機的状況を放っておけるわけもなく彼女は母国に戻ったのだが、政に参加すれば周りから頼られてしまい、聖王国は自分たちで国を運営することがまたままならなくなると政には関与していない。
「確かに大聖女さまが無事に過ごせるという保証はどこにもありません」
「しかしながら二人の大聖女さまのご意思は聖王国のためと国に留まっておられます。お二人の身の安全は聖王国が確保すべきでは?」
俺とユルゲンは教皇猊下に考えを伝える。高貴な身分の方が暴漢に襲われたという話はよく耳にすることだ。だが高貴な分、護衛を雇い身の安全を確保しているので未遂に終わることが多い。
当然、二人の大聖女さまにも護衛を就けているので問題ないはずだが、話し合いという形となれば護衛は無力と化すだろう。
「それはもちろんだが、我が国の者を信用するには少々不安でね」
教皇猊下の声にシュヴァインシュタイガー卿が苦笑いを浮かべていた。俺たちはぶっちゃけ過ぎではないですかという言葉を寸での所で呑み込んだが。
「そこでだ。アルバトロス王国には迷惑を掛けてばかりで申し訳ないが、大聖女ウルスラのアルバトロス王立学院への留学打診と大聖女フィーネのアルバトロス王国教会留学打診を願い出たい」
シュヴァインシュタイガー卿が本題に入ると、後ろに控えていたヴァンディリア王国の元第四王子殿下とゲーム三期のヒーローが驚いた顔になる。何故、驚く必要があるのだろうか。
この部屋に呼ばれているならば今の話を知っていてもおかしくはない。それならば今の言葉は彼らに対する牽制だろうか。教皇猊下とシュヴァインシュタイガー卿が二人を危うい人物だと判断して、大聖女さまに手を出すなと間接的に圧を掛けている可能性もある。
「話をアルバトロス王国上層部に伝えれば良いのですね?」
「ああ。二人に掛かる費用や警備を考えれば通常配備では足りぬことは理解している」
アルバトロス上層部に打診するのは構わない。俺たちはそのために聖王国へ配備されているようなものなのだから。しかしフィーネさまとウルスラ嬢の意思はどうなのだろうかと、目の前のお二人に聞いてみた。
「軽く触れてはいるよ。将来のためと身の安全のために、どうだろうとね」
「だが、聖王国の状況が安定していない今、大聖女という象徴がいなくなるのは不味いのではと言葉を返されてしまってね。いやはや、立つ瀬がない」
教皇猊下とシュヴァインシュタイガー卿が顔を見合わせながら肩を竦めた。二人の大聖女さまは政に参加していないのが現状だから、アルバトロス王国に避難しても問題はない。
ただ聖王国の市井の人々の気持ちを考えると、看板である彼女たちが聖王国不在というのは不安の種になりそうである。都合良く三人目の大聖女さまが現れることはないだろうし、仮に三人目が現れればまた一波乱ありそうだ。
「大聖女に好いた者がいて、お互いに惹かれているならば接吻で聖痕を消すことができるのだが」
むうと教皇猊下が唸ると、シュヴァインシュタイガー卿が苦笑を浮かべる。どうやらフィーネさまと俺との関係はシュヴァインシュタイガー卿とイクスプロード嬢くらいしか知らないのだろう。今、俺が手を挙げて彼女の聖痕を消してみせると宣言しても白い目で見られるだけ。言わぬが花だと俺は目の前のお二人の後ろに控えている彼らを見た。
「猊下、シュヴァインシュタイガー卿、失礼ながら、後ろのお二人はどなたさまでしょうか? 護衛の方には見えません」
「ああ、そうだったね。君たちに紹介しておこうと部屋に呼んだ次第だ。二人共、彼らに挨拶を」
俺の質問に教皇猊下が小さく笑みを浮かべた。そうして二人が半歩前に出て、俺たちに頭を下げる。
「この度、教皇猊下のご厚意で修道院から大聖堂に戻り、政治面の補助を務めさせて頂くことになりました。アレクセイと申します」
「彼と同じく、私も修道院から戻って参りました。クリストフです。弱輩者ですが聖王国の政に関わる者として、誠意を持って務めさせて頂きます」
二人が丁寧に自己紹介をしてくれたので、俺たちも無難に名乗りを上げる。ヴァンディリアの元第四王子殿下はアクセルではなく、アレクセイと今は名乗っているようだ。王族籍を剥奪されたと聞いているから当然であるが、まさか修道院から大聖堂に戻ってくるなんて。
一応、フィーネさまからの手紙で過去に彼と出会ったことがあると聞いていたし、彼女に不敬を働いて修道院送りになったとも聞いている。彼は元王子さまだから政治について全くのド素人ということはないはずである。どうやら本当に聖王国は猫の手も借りたい状況のようだと俺は小さく息を吐く。
彼は俺と一緒にアルバトロス王立学院で一緒に学んだことがあると気付いているだろうか。仮に気付いていたとしても、なにが変わる訳でもないのだが少々気まずい気がする。ユルゲンは学院一年生の二学期は再教育ということで、学院を休学しているから知らないだろうけれど。
そして、乙女ゲーム三期のヒーローも三年前の七大聖家の取り潰しによって、表舞台に立つことはなかった。しかし彼らが有能であるならば力を借りない手はないし、教皇猊下の判断は理解できる範疇だ。ただ無理矢理にフィーネさまとイクスプロード嬢とウルスラ嬢に手を出すようなら、いろいろと立ち回らせて貰おう。俺の腹の内はユルゲンに話しておくべきだと考えていると、教皇猊下が口を開いた。
「君たちと彼らは同年代ということを知ってね、少しでも外の繋がりをと願ってみた。彼らとの関係を続けるか否かは君たちの判断に任せるし、無理に彼らと付き合わなくても構わない」
ただ、普通の同性の友人として成り得るならばそうして欲しいと教皇猊下が頭を下げる。
「承知致しました」
「はい。猊下のご厚意しかと受け取りました」
彼の言葉に俺とユルゲンは無難な返事をするだけだった。猊下は俺たちのためというよりは、二人に対して紹介をしたようである。確かに狭い聖王国内だけを見ていれば、判断を間違えることもあるだろうから外を知っておいた方が良い。目の前に立つ二人と俺たちは交友を深めることができるのだろうか。まだ未来は分からないけれど
「手間を掛けさせて申し訳ないが、先程の件、よろしく頼む」
教皇猊下とシュヴァインシュタイガー卿に礼を執り、俺たちは部屋を後にした。部屋を出て長い廊下を暫く歩いた頃だった。
「用件は普通でしたが、何故僕たちに彼らを紹介したのでしょうか」
「深い意味はないんじゃないかな。ユルゲンは、二人の内一人がヴァンディリア王国の第四王子殿下だったこと気付いた?」
ユルゲンが俺を見て肩を竦めた。
「三年前のことは報告書を読んでいますし、姿絵を見ていたので」
知っていますよ、とユルゲンが教えてくれる。
「教皇猊下も思い切った判断を下したな。やらかした人を修道院から戻すなんて」
「それほど人手が足りないという証拠ではないでしょうか」
どうやらユルゲンも俺と同じで、彼らの登場に深い意味はなく単純な人手不足によるものだと判断したようである。今回の件で聖王国の政を担う方々の平均年齢は随分と下がった気がする。
「どうなるか分からないけれど、見守るしかできないんだよなあ」
「ですね。一先ずはアルバトロス王国に先程の話を通しておきましょう。妙な方が現れる可能性は十分にありますから」
俺がぼやくとユルゲンが廊下の前を見据えて真っ当なことを口にした。それもそうだなと俺も前を向いて、俺たちに宛がわれている執務室へと戻るのだった。
◇
アルバトロス王国からエーリヒさまとユルゲン・ジータスさまがいらっしゃっている。
直ぐ近くにエーリヒさまがいるけれど簡単に会える方ではないし、会ってしまえばアルバトロス王国に行きたい気持ちが強くなりそうだ。私は今、聖王国がきちんとした道筋を立てられるのか大聖女として見守っているのだから、妙なことは考えちゃ駄目だと大きく首を横に振る。
「フィーネお姉さま、どうなさいました?」
「なんでもないわ、アリサ。さあ、今日も聖女の活動を始めましょう」
突然首を振った私にアリサが心配そうな顔を浮かべている。今日も今日とて大聖堂の外で聖女の皆さまは治癒活動に勤しんでいる。大聖堂の神職の方を通していない治癒活動は聖女の負担――治癒の受付や並んでいる方々を捌いていくこと――が増えてしまっているけれど、淡々と治癒を施していた以前より聖女の皆さまのモチベーションが上がっている。
特にウルスラは訪れた方に治癒を施しながら世間話をして、聖王国の街の様子や大聖堂についてどう考えているのかを問うていた。そしていろいろと聞いた話を纏めて、次は違う方法で術のアプローチを変えてみようとか、もっと楽しい世間話をしたいと考えている。他の聖女さまも、男性に頼ってばかりではいられないと気合を入れているため活気があった。
まだ聖王国がどうなるのか分からないし、私とウルスラの身の安全のためにアルバトロス王国にまた向かうことも教皇猊下は検討しているようである。
せめてもう少し政局が安定してから、移動の話を受けたいし、今度はアリサも一緒に行けるように手配をお願いしなければと、治癒活動を始めるために私は椅子に腰を下ろした。
「本日はどうなさいましたか?」
「まさか大聖女フィーネさまに診て頂けるとは。これも女神さまの思し召し……ありがたや、ありがたや」
信徒の方に感謝されるのは嬉しいけれど、こうして目の前で拝まれてしまうと少し気が引ける。どうしようかなと迷うよりも、もう一度何故治癒院に訪れたのかを聞こうと目の前の方と視線を合わせた。大聖女の治癒を受けると思っていなかった方は症状を告げ、私は魔術を発動させる。
――あれ?
少し、魔術の発動が早くなっている気がするし、前より効きが良いような気がする。まさか神さまの島を訪れたことによって、なにかしらの恩恵を得てしまったのだろうか。私がこのことを誰かに相談すれば、聖王国が大騒ぎになりそうだ。話を聞いて貰うならエーリヒさまかナイさまに限ると決めて、次の方と声を上げるのだった。
以前、言っていたオマケの話の公開をハーメルンで設定しておいたので、書籍三巻をご購入された方で、オマケ話に興味があれば9/16日付の活動報告を読んで下さると有難いです。






