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1069:犯人捜し。

 男の仔の顔が毛玉ちゃんたちのペロペロ攻撃――主に楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんが原因――により、顔がカピカピになって微妙な面持ちで彼は五頭が並んで疑問符を浮かべている姿を見下ろしていた。

 男の仔は毛玉ちゃんたちに言いたいことがあるものの、喋ると追加でペロペロ攻撃されると理解したようだ。私もクロも彼らの攻撃を受けたことがあるので、なんとも言えない雰囲気で男の仔と毛玉ちゃんたちを見ている。

 

 「狐、珍しいね」


 ずっと黙ったままで状況を見守っていた西の女神さまがポツリと呟いた。確かにアルバトロス王国では狐を見る機会は少ないし、女神さまが口にするなら本当に珍しいのだろう。フソウ国ではどうなのか分からないけれど、よくよく思えば生きている狐を見たことは初めてか。


 「確かに珍しいですね」


 「うん。可愛い」


 私が女神さまに答えると、彼女は男の仔を見て目を細める。西の女神さまは基本的にクロたち魔獣や幻獣に動物が好きなようだ。嫌いであれば今のような顔をしないだろうし、可愛いなんて言葉はきっとと出ない。男の仔は女神さまにじっと視線を向けて、近くにいる雪さんと夜さんと華さんへと視線を向ける。


 『なあ、この人、誰なん?』


 男の仔はこてんと首を傾げれば、雪さんたちが目を細める。

 

 『西大陸を司る女神さまです』


 『悪戯はいけませんよ』


 『粗相のないように』


 雪さんたちが男の仔に女神さまに対しての注意を伝えていた。女神さまは気にするのかと私が彼女へ視線を向けると、ほんの少しだけ微妙な顔になっている。

 毛玉ちゃんたちが男の仔の側で一緒に女神さまの顔を見上げて、自分たちは女神さまに粗相はしていないぞとドヤ顔を向けていた。毛玉ちゃんたちは西の女神さまに『遊んで』と主張していたことがあったのだが、ソレは彼らの中では不敬にカウントされないようだった。


 「そんなに気にしなくて良いよ。私より北の妹を気に掛けてあげて」


 西の女神さまは神さまとしての威厳を尊重しろなんて言わない。子爵邸でも普通に過ごして毎日が過ぎていた。魔術具とグイーさまから教わった威圧を抑える方法を実行しているので、子爵邸で働く方々も彼女の圧に負けることはなくなった。

 騎士爵家の侍女の方には申し訳ないことをしてしまったが、彼女のお陰で他の子爵家で働く方々の身の安全が確保されたのだ。なので男の仔も大丈夫なはずと彼を見れば、また目尻に涙を貯め込んでいる。大丈夫かと心配の視線を向ければ、わなわなと口を振るわせ始める。


 『はえ……っ』

 

 男の仔が妙な声を上げると『ポン!』と妙な音が響いて、人間の男の子の姿から元の狐の姿に戻った。キタキツネのような毛色ではなく薄い灰色の毛並みで、尻尾の先と四本の脚先は白色だった。そして尻尾は確りと二本生えている。

 その姿に毛玉ちゃんたちが歓喜して、男の仔の側へと駆け寄った。ペロペロ攻撃は嫌がられていると感じ取れたのか、身体を摺り寄せ六頭で団子状態になっている。私の背後で『くっ』と短く声が漏れる音が聞こえたけれど知らないフリを決め込んだと同時に、雪さんたちがあらあらまあまあと男の仔を見下ろす。

 

 『驚いたのですね』


 『やはりまだまだ修行が足りないようです』


 『坊、これくらいのことで驚いてはなりませんよ』


 雪さんたちが元の姿に戻った男の仔に揶揄いの声を上げていた。嘲笑ではなく、男の仔の保護者はいないから単に年長者としての態度だろう。それに雪さんたちは西の女神さまより格上のグイーさまと面会したことがあるので、少し余裕があるのかもしれない。男の仔は目に涙を貯め込みながら、狐の姿で鼻先を雪さんたちの方へと向けた。


 『なんや、オイラを馬鹿にすんな! 自分らは人間に化けれんやんけ!』


 あ、狐の姿でも喋れるのかと私は妙なことを考える。流石、姿は幼いとはいえ百年近く生きる狐さんといった所か。


 『化ける必要がないですから』


 『なれなくもないですが、身体が一つで頭が三つある人間の姿など見たくはないでしょう?』


 『私たちが人間の姿を模せば、それこそ大騒ぎになります』


 確かに人の姿で頭が三つ並んでいれば、それはもう軽いホラーである。私が見ればきっとビビり散らして、ジークとリンが排除を試みそうだった。うん、雪さんたちが人化した姿を見るのは諦めよう。

 でもヴァナルが人化すれば、凄いイケメンが誕生しそうだった。白銀の髪色に目が青色の大柄な姿になりそうだとヴァナルを見れば、片耳を倒してこてんと顔も横に倒し『どうしたの?』と言いたげだ。私がヴァナルになんでもないよと告げれば、夜も遅いし今日はお開きにしようとなる。それを聞いた毛玉ちゃんたちが狐の姿のままの男の仔を取り囲み、一緒に寝ようとアピールを始めた。

 

 尻尾をぶんぶん振りながら男の仔の回りを取り囲んで、外に出れないようにしているようだった。


 『うっ……お前らがそう言うならしゃーないわ。泊ってやる!』


 男の仔の一言で毛玉ちゃんたちがわーと彼の身体に擦り寄っていく。モフモフ同士が身体を寄せる姿は種族を超えても、可愛らしいものなのかと納得していれば部屋の用意が済んだようだ。女神さまは私と同室になり、他のアストライアー侯爵家の面々も宛がわれた部屋へと移る。一先ず、今日の出来事をジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまと話を擦り合わせておく。

 今回のフソウ訪問は個人的な意味合いが大きいため、アルバトロス上層部に報告を上げる必要はない。念のために外務部の方が同行しているので、彼らの報告書が国に提出されるため私たちが上げないのである。

 楽で良いけれど裏を返せば、外務部の方は私の行動を監視するためでもある。私はアルバトロス王国に対して歯向かう気はないので必要のない人員であるが、外務部の方の派遣を受け入れるイコールやましい気はないという証明でもある。こういう所は表の面ばかり見ず、裏側にあるものも考えておかないとあとで痛い目に合いそうだ。


 一通り明日の予定と引継ぎを終えれば、ソフィーアさまとセレスティアさまが立ち上がる。


 「おやすみ、ナイ」


 「おやすみなさいませ、また明日」


 障子を開けて部屋を出る前に彼女たちはこちらを振り返って声を掛けてくれた。


 「また明日もよろしくお願いします。おやすみなさい」


 私は小さく頭を下げてお二人の背を見送った。開かれていた障子が静かに閉まって部屋に静寂が訪れる。私に宛がわれた部屋には今現在、西の女神さまとジークとリンとクロとアズとネルにロゼさんとヴァナルがいる。

 雪さんたちはフソウの面々と男の仔が言っていた壊された祠について話をしているそうだ。私たちアストライアー侯爵家一行は、帝さまとナガノブさまに協力してくれとも頼まれていないので部外者は立ち入るべきではない。

 だから今この状況となっているのだけれど……西の女神さまと私の部屋が一緒にされたことは何故と言わざるを得ない。ジークはいつも通りだけれど、リンは微妙な顔をしているから西の女神さまになにか思うことがあるらしい。


 「慣れませんね」


 「そう?」


 私の言葉に西の女神さまが首を傾げる。子爵邸で西の女神さまと私が一緒の部屋で寝ることはなかった。もちろん起きている時は私の部屋でお喋りをしていたことはある。

 妙な状況だし、リンも妙な顔だしあとで彼女の機嫌を取らなければとリンの顔を見た。むうと今にも唸りそうだけれど、ネルが顔をリンに擦り付けて気を引こうとしていた。リンとネルの間には確りとした絆があるようだと安心していると、女神さまが口を開く。


 「狐の仔供がきちんと納得できる結果になると良いね」


 「そうですね。祠という神聖な場所をこわ……いえ、なんでもないです」


 口に仕掛けて気付いた。私も聖王国の大聖堂を破壊しようと試みたのだから、祠を壊した人物をあまり責められない気がする。実行した方と未遂――今の所――で終わっている私と比較しても仕方ないが、信仰対象である女神さまが目の前にいらっしゃるので迂闊なことを言えない。

 私が言葉を途中で無理矢理に終わらせたことで、西の女神さまは少し目を見開いている。珍しいなと彼女を見れば、直ぐにいつもの表情に戻した。


 「どうしたの、ナイ?」


 「いえ、少し前の自分の行動や考えを改めただけで……」


 うん、迂闊なことは言えないなと反省をする。ポチとタマの名前の件のように考えなしで言葉を発するのは気を付けよう。先程のように軽い気持ちで口にして問題に発展したことが何度かあったのだから。


 「?」


 西の女神さまは不思議そうな顔をしているが、知らない方が幸せだろうと黙っておいた。それに聖王国の件を知れば激怒する可能性だって残っている。女神さまという特別な存在だから聖王国で起こっていたことを知っていて尚、彼女は口にしていないのかもしれないが。ふいに会話の間が開けば、ジークが畳に膝を突いて胸に手を当て礼を執った。


 「女神さま、部屋の警備に私と妹が交互に就きます。ご了承頂けますか?」


 「君たちはナイの護衛だから、きちんと務めを全うして。なにか危険が及んでも私は大丈夫」


 女神さまの返事にジークが感謝致しますと声を上げた。私がお貴族さまであり護衛が就く身分と女神さまは理解してくれているため、ジークとリンが常に側にいても問題視しない。

 有難いことだと感謝して、もう寝ようと布団の中へと入った。隣には西の女神さまが布団の中に入っており、直ぐに寝息を立てている。マジで寝入りが良いなと感心していると、私の枕元にいるクロが『疲れたのかな?』と小声を上げる。私はクロに同意して、みんなにおやすみと伝えて暫くすれば眠りの中に落ちていた。


 ――翌朝。


 朝食を終えると、帝さまとナガノブさまから私の耳に入れて欲しいことがあると呼び出しを受けた。断る理由はないため、朝廷の広い畳の間にお邪魔しているところである。正面の一段上がった場所には帝さまが腰を下ろし、一段下がった所の近い場所にナガノブさまがどっかりと胡坐を組んでいた。他にもフソウ側の朝廷のお偉いさんが集まっており、彼らは神妙な顔をして上座にいる帝さまに視線を向けている。

 私たちアストライアー侯爵家一行は上座の位置に案内されて、みんなが団子になっている状態だった。雪さんたちと男の仔は帝さまの直ぐ隣にいるので、フソウの神獣さまとして振舞い、力ある妖狐の仔として振舞うようだ。

 

 「さて、ナガノブ」


 「は!」


 帝さまにナガノブさまが頭を下げる。


 「此度の祠破壊の件、どうなりましたか?」


 ナガノブさまが厳しい表情を作り帝さまを見る。おそらく報告は既に帝さまへ渡っていて、全てを把握した上でのお二人のやり取りなのだろう。この場に揃っている方に向けたパフォーマンスだなと直ぐに理解できた。

 帝さまの言葉にナガノブさまが答える。どうやらナガノブさまは密偵を放ち昨夜のうちに、件の藩主を調べ終えたようである。丁度ドエ城に忍のご当主さま二名が滞在していたので、情報収集が凄く早く行われたとのこと。

 男の仔のお母さまが祀られた祠はドエから西にある、とある藩主が治める領内にある。先代藩主が密かに配下へ命を下して、祠の破壊を試み祀っている妖狐さんの復活を呪術で試みたとか。目的はドエ幕府と朝廷の転覆だったそうだ。国が滅びて自身が生き延びれば勝者になれると判断したらしい。地下蔵に物資を抱え込み、大災害が訪れても一年二年は耐えられるようにしている。

 

 「しかし、祠を破壊を命じた本人は……」


 「既に他界し、彼の者の息子が藩主を務めております」


 ナガノブさまの答えにやはりかと心の中で納得した。祠の破壊が五十年前だから、今代の藩主も割と高齢になるのではなかろうか。とにかく、若くはないだろうという想像はできた。

 そして一番の問題は朝廷と幕府からの命を件の藩主は破ったことにある。神社に変化があれば報告を上げよと、朝廷と幕府は彼の藩主に厳命していたそうだ。それなのに報告を怠っていたというのは、謀反の意思アリと判断されてもおかしくはない……というより謀反を企てていたからこそ黙っていたのだろうが。

 

 「ふむ。皆、今のナガノブの報告を聞き、事の深刻さを理解したか?」


 帝さまの言葉にフソウの面々が鬼の形相で頷いた。そりゃ国家転覆を狙っていたとなれば、かなりの大事である。今の代の藩主も打倒ドエ幕府、朝廷を掲げているそうだ。もちろん表立って口にすることはないが、諜報を担った方が優秀過ぎて一晩で丸裸にされている辺り、打倒フソウ国は夢のまた夢と思えてしまうが。


 「権太の母を祀る場所を奪ったことは到底許せる行為ではありません。今すぐ、全力を持って藩主と彼に連なる者たちを捕えよ!」

 

 帝さまが右手を挙げてフソウの皆さまに命を下す。流石、一国を統治している最高位のお方の迫力は凄いけれど……唐突に明らかになった男の仔の名前に私は息を吹きだしそうになるのを必死に我慢した。

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― 新着の感想 ―
[一言] え?ゴンギツネ?なの?
[一言] ゴン太お前だったのか。 権太が居れば毛玉ちゃん達のお泊まり保育も平気そうですね。どこかの令嬢が寂しくて泣くかもしれないが
[一言] まぁ捕らえられるのは当たり前ですな( ,,-`_´-)੭ੇ৸੭ੇ৸ けど残念なのは張本人が他界してる事です。 出来れば己の仕出かした事の大きさを噛み締めながら、帝の手に掛かって死んで欲しか…
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