1062:取り組み内容。
フソウの力士さんから勝ち星を一つ頂いたジークは、すでに土俵の下で次の取り組みを待っている。私たちは飲み食いしながらの気楽なもので、帝さまとナガノブさまは少し残念そうにしている。負けた力士の方のためにも是非ともジークには勝ち星を重ねていって欲しいものである。土俵の上では次の取り組みが始まり、熱い試合が展開されていた。
「次も勝てると良いんだけれど」
『ジークは強いから。頑張って貰おう』
私の声にクロが反応してくれる。帝さまとナガノブさまは次こそはフソウの力士が勝つはずだと息巻いていた。やはり地元力士が勝つ方が嬉しいようで、お二人の気持ちも十分理解できる。
「もう少し良い試合を観たいかも?」
女神さまの言葉に私は確かにと頷きそうになる。ジークの取り組みは一瞬で終わってしまったので、確かに手に汗握る展開とは言い難く、今執り行われているものの方が白熱していた。
おお! という声が上がると土俵際で片方の力士さんが凄く粘っている。しかも粘っている方の力士さんは小柄で、相手は本当に大きかった。頑張れ負けるなという気持ちになるのは、どこにいても共通の気持ちなのだなと感心していると粘りも虚しく負けてしまった。
土俵外に立つ小柄な力士さんは残念そうな顔を浮かべて、土俵の中に戻って立ってお辞儀を執った。勝った方の大柄な力士さんの筋肉は発達しつつ、適量の脂肪も身に纏っている。強そうな雰囲気をありありと醸し出しているし、初戦で勝っただけでは表情一つ変えていない。もしかしてかなり強い力士のお方かもと考えていると、帝さまが私の方を見た。
「彼は最近開催された興行の優勝者ですね。番付も順調に上っておりますし、期待の若者ですよ」
「身体が大きいが、普段の態度は慎ましいと聞いている。良い若者だ」
帝さまの言葉にナガノブさまが情報を付け足した。そういえば重量制限はないけれど、強くなれば番付が上がっていく仕組みだった。おそらく先ほど勝った力士さんは順調に勝ち星を集めて、番付を上げているようである。将来の横綱さんになれるかなと首を傾げていると、次の取り組みの方が土俵に上がる。
「凄く大きい方ですね」
私がはえーと感心する。片方の方は身長が一八〇センチくらいありそうだ。ジークより低いけれど、フソウではかなり大柄な方である。
「フソウでは珍しいですわね。小さい頃から有名で、ドエの暴れ者と言われていたそうです」
凄く大きい方はドエの都で小さい頃から大暴れしていたようだ。喧嘩っぱやく、都の子供をばっさばさと投げ飛ばして名を広げていたと帝さまが教えてくれた。
「両親が息子を手に負えないと言われて、力士になれるようにと部屋の親方と相談して今に至るな。ちなみに横綱だから、フソウの面々では一番強い者になる」
ナガノブさまが商家出身で家を継ぐ身であったものの、ご両親は彼を手に負えなくて相撲部屋の親方と相談して入門を強制的にさせたようだ。幼い頃から大量の運動と食事を摂ったことで、随分と大柄な力士へと成長し、筋肉の量もかなりのものとなったそうだ。
流石、横綱と言われるだけあって雰囲気はある方であるが、顔付きが周りの方々より厳しい表情であった。対戦相手は横綱相手と知り、既に勝負を諦めているようである。大丈夫かなと心配になるが、相手はプロ力士だから受け身くらいは取れるはず。
ふう、と私が息を吐けば行司さんの『のこった!』の声が響いて、困り顔の力士さんが横綱に向かって突進をした。リーチの差であっさりとマワシを取られて、成す術もないまま横綱に土俵へと転がされた。そうして行司さんが勝ち名乗りを上げる。
リーチの差と実力差がはっきりと分かった試合内容だなとお茶を飲めば、帝さまとナガノブさまが声を上げた。
「一瞬でしたね」
「もう少し踏ん張って欲しいものですな」
確かに一瞬だったが、組み合わせの相手が悪かっただけなのだろうと私は前を見る。既に横綱は土俵から降りて、土俵側で腰を下ろし腕を組んで瞑想していた。そうしてまた次の取り組み、次の取り組みが進み、二回戦が始まる。ジークの出番は直ぐにきて、対戦力士も土俵に上がってお辞儀を執り準備を初めている。
「初戦の相手より強いかと」
「彼がどんな戦法を取るのか楽しみだ」
帝さまとナガノブさまがジークの対戦相手がどんな方なのか教えてくれた。私はなるほどと彼らから土俵へと視線を変える。身長こそジークが勝っているけれど、横幅や体格は相手の方が優れている。そして横綱の方より背が低いものの、フソウの成人男性の平均身長を軽く超えている。
クロも勝てるかなと気になっているようで、ぺしんぺしんと尻尾が私の背中に当たるし、女神さまも微妙な顔になっていた。二回戦にして強敵と当たるのかなと首を捻っていると、リンが私の後ろからちょいちょいと肩を叩く。
「兄さんだから、勝つ」
私が後ろに振り向けば、リンはへらりと笑うでもなく真面目な顔で答えてくれた。そっくり兄妹は本当にお互いを信頼している。少し羨ましいが、私だってジークが強いことは十分に知っていた。不安になるよりも、彼なら勝てるとどっしりと構えていた方が侯爵家当主として様になるかなとふうと深く息を吐く。塩を撒いて土俵に入り、行司の方も両足を広げて腰を少し下ろす。
「――待ったなし!」
さていよいよだと私は土俵に真剣な眼差しを向けた。周りの方たちも異国の人間がどんな戦法をとるのか、フソウの力士が勝てるのかとごくりと息を呑んでいる。多分、ジークの初戦が直ぐに終わってしまったから、今回の取り組みも直ぐに終わるかもと目が離せないようだった。行司の方の『はっけよい』という声が響き、ジークと力士の方がお互いに視線を合わせながら空気を読んでいる。そうして先に土俵に両手をついたのはジークの方で、数秒の時間が流れた。
「――のこったっ!!」
行司の方の張った声が響くと、ぱしんと身体と身体が勢い良くぶつかる音も上がった。がっつりと四つを組んで互いのマワシを取っていた。おおとどよめく声が客席から上がると、ふむと腕を組んだ方と微笑みを浮かべた方がいた。
「膠着するか?」
「一瞬の隙が命取りになりましょうね」
ナガノブさまが腕を組みながら小さく顔を捻り、笑みを携えたままの帝さまが気を抜けば危ないだろうと教えてくれる。開始から数秒が立っているが、お互いに力が均衡しているのか最初の場所から動かない。
また時間が十秒ほど流れると、痺れを切らした客席から『行け!』『押せ!』と声が上がる。声援に力を受けたのか相手力士の方がジークを押して土俵際へと押し込んだ。更に応援に熱が入って怒号に近い声援を送っている。地元の人に勝って欲しい気持ちも十分に理解できるけれど、私もジークに勝って貰いたい。黙って見守るのが筋かなあと考えていたけれど、贔屓の力士がいれば応援に熱が入るのは当然だろう。
「負けないで、ジーク!」
私が大きな声を上げると帝さまが微笑み、ナガノブさまもふふふと笑っている。なんだと気になるけれど今はジークの勝敗の行方の方が大事だ。私の声が切っ掛けだったのか、ジークが『はっ!』と短い猛り声を上げると、彼の肩と上腕とふくらはぎの筋肉にぐっと力が入った。
土俵から少し離れている私でも分かったから、当然相手力士の方にはダイレクトにジークが攻勢に出ようとしていることが伝わっているだろう。その証拠に相手の力士の方も『ふん!』と息を吐いて、耐えるように力を振り絞る。
「あら?」
「おお!?」
土俵際で競り合っていた状況から一転、ジークが相手力士の方を押し始めた。そのままジークは相手を投げ倒すのかと思いきや、反対側の土俵にまで追いやるようで足を前へ前へと推し進めている。そして仕切り線の所でピタリと止まり、また状況が膠着する。相手力士の方のスタミナも凄いし、ジークも慣れない競技なのに正々堂々と戦っている。
『ジーク、頑張れ~! そのまま倒しちゃえ~!』
頑張れ、負けるなと何度も心の中で応援していると、クロが私の代わりに声を上げてくれる。有難いとクロに視線を向けると、クロは真剣に土俵を見ながら取り組みを楽しんでいる。
クロの声が切っ掛けだったのか、客席のフソウの皆さまも負けないとばかりに応援の声を上げて試合を楽しんでいた。それに感化されたのか、取り組みの白熱振りに心が踊っているのかアストライアー侯爵家一行の面々も自然に声を上げている。
「兄さん、行け!」
「ジークフリード、相手がへばってきているぞ!」
「まだまだ勝機はありますわ!」
リンの応援の声は分かるけれど、ソフィーアさまとセレスティアさまが大きな声を上げている所をアルバトロス王国の誰かが見れば、貴族令嬢なのにはしたないと言われてしまいそうだ。とはいえここはフソウであり、競技会場なのだから文句は言われまい。ナガノブさまも声を上げてフソウの相撲取りの方を応援している。帝さまは角が立たないように黙っているけれど、フソウの力士の方が攻勢に出ると握り拳を作っていた。
「島国根性を見せてやれー!!」
「ノッポの兄ちゃんに負けるなー!!」
「一泡吹かせろー!!」
明らかな黄色い声が上がったことに対する反抗心なのか、フソウの方々の野太い声が響き渡る。ちょっと言葉使いが荒れ始めているけれどまだ許容範囲内だし、もっと酷い言葉を投げることもできるので自制はできている。フソウの面々が申し訳ないという表情の帝さまに、私は大丈夫ですと無言で伝える。ジークと相手力士の方は土俵の真ん中でまだ取っ組み合っているままで、相手の手の内を探り合っているようだ。
なにか変化が欲しいよねとじっと土俵を見ていると、相手の力士の方がじりじりと片足を動かしてジークの片足に迫っている。
「ジーク、足元、気を付けて!」
私の声に、相手を真っ直ぐ見据えていたジークの視線が自然と土俵へ下がる。はっと状況にジークは気付いて、逆に相手の足を狙って掛ける。相手力士の方はジークから足技が繰り出されるとは考えておらず、目を見開きながら土俵の上に沈んだ。
一瞬の静寂が流れて、フソウの皆さまの口から残念がる声が上がれば、ジークが手を差し伸べて相手を気遣っていた。相手の力士の方も出されたジークの手を握り、土俵から立ち上がる。
そうしてお互いに土俵際まで戻って礼を執り、ジークは勝ち名乗りを受け相手は土俵を降りて行った。ジークが足を開いて腰を落とし空を三度切っている姿は面白可笑しいけれど、白熱した取り組みは楽しかったと私は口元を延ばす。
ジークが立ち上がり土俵から降りようとしていると、客席から拍手が沸き起こっている。一回戦ではなかったことなので、ジークが少し驚いていた。良い相撲を取れば、拍手が沸き起こるのはフソウ特有の文化だよなと感心しながら、ジークの下へ行き怪我がないか確認を取れないもどかしさを感じつつ、また次の試合と観戦を進めるのだった。






