1061:一回戦。
相撲大会が始まった。四十名ほどの力士の方が参加して、トーナメント形式で優勝を目指す形となる。団体戦とかあっても面白かったはずだが、流石に出来なかったようである。
その場合は各藩で分けられて、熾烈な争いが繰り広げられそうだ。戦国時代に織田家が国家統一を成し、そのまま安定期に突入して約三百年の時間が経っているので、各家の確執や勢力争いは前世と全く違っていそうである。
「…………」
「……」
ソフィーアさまとセレスティアさまはフソウの方々のマワシ姿に驚いて、無言で彼らを眺めている。あまり裸になる文化はなく、貴族男性は貴族女性の前で無暗に裸を晒したりしない。
騎士団の訓練場に女性が赴いて、上半身裸の男性を見てしまい『きゃっ!』と短く声を上げる方もいる。その場合は上半身裸の男性がいることを想定できなかった女性が悪くなる。もちろんお咎めなんてないけれど、男社会の中に足を踏み入れたのだから驚くなという暗黙のルールがあるようだった。
ただ流石に下着姿で騎士団の訓練場をウロウロする男性はいない。マワシ姿はマワシの着用のみで、男性のプリケツが丸見えである。前は隠れているものの、貴族女性的に目のやり場に困るのだろう。
私は前世のテレビ中継を観ていたし、聖女のお仕事で偶に見るから問題ない。帝さまや彼女の側仕えの女性陣は普通の様子なので、やはり文化の差があるようだった。文化の差と言えば、女神さまは大丈夫だろうかと私は左横を見る。どうやら問題はないようで、これから始まる取り組みに期待している雰囲気である。
「始まるね。スモウがどんな感じなのか楽しみ」
「私も楽しみです。ジークには頑張って貰わないと」
『ナイはそればかりだねえ』
西の女神さまが私に顔を向けて小さく笑う。私が彼女と視線を合わせると、クロも会話に混ざってきた。楽しみならなによりと笑って、私は反対側に顔を向ける。
「皆さん、気合が入っていますねえ」
力士の方は土俵下で胡坐を組んで取り組みの時間を待っているのだが、頬を両手で『ぱん!』と叩いたり、太腿や二の腕を勢い良く叩いていた。痛そうだと苦笑いになりそうなほどの音が耳に届いているのに、周りの方々はお気に入りの力士に激を飛ばしていた。
応援の言葉を贈っているけれど、時折それは野次ではないかというモノも混ざっている。興行として行われて、収益を得ているから力士の方はプロ選手だ。お客さんを楽しませてナンボの世界なのかもしれない。今回は神事なので野次は酷いものではないようである。
「幕府と朝廷が賞品を出しているからな。もちろん参加賞もあるぞ!」
どうやら賞品に釣られて参加者が多くなったようである。賞品に目が眩みアストライアー侯爵家からジークを力士として送り出したため、賞品を欲しがっている方々に文句は言えない。優勝賞品と各賞が飾られている場所にナガノブさまが腕を組みながら視線を向けて、良い顔になっていた。帝さまもナガノブさまの言葉に笑みを携える。
「勝ち進むごとに価値あるものになっていきますから、気合が入るのは当然でしょう」
「私もなにか賞品を提供すれば良かったですね……今からでも遅くないですか?」
帝さまに私も賞品提供しても良いですかと問う。ソフィーアさまとセレスティアさまがほどほどの品にしておけよと言いたげだった。ロゼさんに預けている、子爵領で作ったのとうもろこしさんや果物さんがあるので、それで良いかなと考えている。消えものだから、転売されても食べなきゃいけないし、売り払われても問題はない品だろう。お野菜さんと果物さんが無難だなと考えていると、ナガノブさまが手で太腿をぱんと叩いた。
「なんと! それならばワシも参加すれば良かった!!」
おそらく大樹公の座に就いている方にはそんなに魅力的な品ではない気がするけれど。一応彼には友好の証として片手長剣とか贈っているし、お野菜や小麦にお酒も贈っているのだが、他にも気になる品があるようだ。
「賞品提供しても良いですか?」
「構いませんよ。ナイが賞品を提供してくれるならば、盛り上がり始める三回戦あたりで皆に伝えましょうか。国外の品は珍しいので取り組みは白熱するでしょう」
帝さまがにっこりと笑った。特別な対応になっているので、お野菜さんセットでは不味いなと私の背中に汗が流れる。どうしようと悩んでロゼさんを影の中から呼べば、一つ目の取り組みが始まったようである。土俵にお塩を撒く姿や手に着いたお塩を取るために、マワシを叩いて払う姿に懐かしいと目を細めながら、ロゼさんに賞品提供できそうなお野菜さん以外ないかなと問うてみる。
ロゼさんは私の期待に応えようと、いろいろと品を身体からぽいぽいと吐き出した。誰かにぶつからないように出しているので器用なものだと感心する。そしてロゼさんの姿に驚いている方もいれば、面白いと興味深い視線を向けている方もいる。
第一試合が終わり、わっと盛り上がる会場の片隅で異様な光景を広げているかもしれない。
ロゼさんが収納から出してくれた多くを占めてたのは魔術関連の本である。ふいに毛色の違う装丁の本があったので私は手を伸ばして中身を確認しようとした。
『マスター、それ見ちゃ駄目!』
「どうして、ロゼさん?」
ロゼさんが私の行動を止めたので、延ばしていた手を途中で止めてまんまるボディーのスライムさんに何故と問うてみた。
『駄目、駄目!』
珍しくロゼさんが私にNOと叫んでいる。駄目と伝えているのだから見ない方が良いのだけれど、中身が危険でないのかだけは確認しないといけない。もし魔導書とかであれば問題がある気がする。
「私が見て良い?」
「女神さま?」
やり取りを見かねた女神さまがこちらに視線を向けて、こてんと首を傾げていた。ロゼさんに確認を取れば、女神さまであれば問題ないらしい。それならばと私は女神さまに中身の確認をお願いすれば、彼女は問題の本へと手を伸ばして中を開く。女神さまは速読できる方のようで、頁の進み具合が半端なく早い。羨ましいなと私が女神さまを見ていると、読み終わったようでパタンと本を閉じる。
「ナイは見ない方が良いかも? どうだろう、問題ない気もする」
女神さまはむーと考えながら言葉を紡いだ。私が読んでも問題ないのならば、ロゼさんは何故駄目だと主張したのだろうか。西の女神さまは手に持った本を家宰さまに渡して、私が中身を見ても問題ないのか確認して貰うようだ。
「あー……ご当主さまは読まない方が賢明でしょう。女性であれば特に」
困り顔の家宰さまの言葉に私は素直に頷くが、中身はなにか家宰さまに問うた。彼曰く本の中身はエロ本で、内容が随分と過激で特殊なものだとか。そりゃ読まない方が良いかもしれないと判断を下すけれど、一つ不思議なことがあった。
「ロゼさん、どうしてそんなものを持っていたの…………?」
『マスターに変なものを見せられない! だからロゼが管理してた!!』
どうやらロゼさんは王都の元バーコーツ公爵邸の隠し部屋にあったエロ本の中でも、特に刺激が強いものを抜き出していたようである。いつの間にと不思議になるが、ロゼさんなのでするりと先に隠し部屋に侵入した可能性もある。
えっちいことが駄目と判断できたロゼさんもある意味凄いが、私に見せられない本を先に隠してくれたのは有難い。ロゼさんを私の膝の上に乗せてぷよぷよボディーを撫でると、ロゼさんはでれんと身体を伸ばして脱力している。そのまま千切れてしまわないかと不安になるけれど、大丈夫だったようでまた真ん丸ボディーに戻っていた。
私たちのやり取りが不思議だったのか帝さまとナガノブさまが中身はと私に向けて首を傾げる。
「艶本です」
私はフソウの方にはエロ本と伝えても通じない気がするので、少し古風な言い回しで伝えてみた。
「ぶふっ!」
「まあ」
ナガノブさまが丁度口に含んでいたお酒を吐き出しそうになり、帝さまは目を開いて驚いている。ナガノブさまは口から垂れているお酒を袖口で拭い、家宰さまに手を差し出した。どうやら中身がどんなものか興味が沸いたらしい。日本、もといフソウはえっちいことに寛容だし、衆道も文化としてあるから家宰さまよりナガノブさまはその手のことに詳しそうである。
「特殊な方にしか受け入れづらいかと。宜しいですか?」
「構わんよ。女子には確認させられぬだろうしな」
困り顔の家宰さまにナガノブさまが大丈夫と強気に出た。家宰さまは私に視線を向けるので、私は彼に構わないと一つ頷く。家宰さまは手に持っているエロ本をナガノブさまに渡す。ふむ、と短く声を零したナガノブさまはエロ本を開いて中身を確認していた。女性陣に見えないようにと気遣ってくれているけれど、気遣いの方向性が少々ズレている気がする。
「確かに初心な者には敷居が高いか。玄人ならば受け入れられるかもしれんな。ナイ。この本、どうするのだ?」
ナガノブさまがエロ本を閉じて右手でひらひらと掲げる。
「問題ないのであれば処分したいですね。私が持っていても仕方ない品ですから」
私が持っていても意味はないし、ロゼさんにも役に立たない品である。家宰さまに確認して頂き――一応、著者が高名な方や歴史的価値があれば残しておく――処分しても問題がないならば、売り払うか捨てるかしたい。
ナガノブさまは受け取りに問題はないし、適正に処分をしてくれると確約してくれた。家宰さまも特に問題はありませんと告げたので、エロ本の処分をナガノブさまにお願いした。――って、確認しておくことがもう一つある。
「女神さま、大丈夫ですか?」
女神さまはえっちいことに耐性があるのだろうか。顔色一つ変えないままエロ本を読み進めていた気がする。
「特に。ナイが気にすることじゃないよ。私が確認するって言い出したんだし。あ、ナイの護衛の子の取り組み始まるよ。勝てると良いね」
女神さまは私が気を使えば、高確率で気にする必要はないと伝えてくれている。ご本人が大丈夫であれば問題ないかと私は土俵の上を見る。土俵にはジークがインナーを履きその上からマワシを回して立っていた。相手はかなりの巨漢で脂肪が多いけれど、筋肉も一定量備えている。体脂肪が一〇パーセントを切っていそうなジークと比べると、体型の違いに溜息が出そうになった。
「彼の調子の良い頃はもっと筋肉質でしたが、勝てないので体重を増やしたそうです」
帝さまがジークの相手がどんな方なのか教えてくれる。ナガノブさまも勝った負けたを繰り返している力士だと教えてくれた。調子の良かった頃の時期が定かではないけれど、痩せて筋肉を戻した方が機敏に動けそうだけれど……まあ、素人が口をだすことではない。とりあえず……――。
「ジーク、頑張れ!」
私が声を上げれば、ジークは視線だけをくれた。勝ってと願っていれば、行司の方が『待ったなし!』と大きい声を上げる。私の肩の上にいるクロがごくりと息を呑んだので、私とジークよりもクロの方が緊張していると苦笑いを浮かべると『はっけよい!』と聞こえた。
「兄さんなら、秒で勝つ」
私の後ろでぽつりと聞こえた声と同時に『のこった!』と行司の方の声が上がり、相手が一気にジークとの距離を詰めた瞬間だった。
――パシンっ!
と土俵の上で快音が響けば、相手力士が土俵へと倒れ込む。どうやらジークの張り手一発が綺麗に決まり、相手の方が土俵に沈んだとリンが教えてくれる。どよめく会場の皆さまと、表情一つ変えないまま徳俵の所で礼を執ったジークが蹲踞をして、右手で三度空を切る。
一先ず一勝を挙げることができたから、アルバトロス王国教会の騎士としての面子は保たれただろう。次のジークのお相手はどんな方だろうと、土俵を降りる逞しいジークの背中を見守るのだった。






