1060:奉納相撲開始。
とりあえず、ドエ城の端っこにある土俵に移動した。帝さまも相撲を見にきたようで、挨拶を済ませたところである。西の女神さまを見た帝さまは驚きつつも態度に出さなかった。
帝様は西の女神さまに、貴きお方に出会えて光栄でございますと一言で済ませ、女神さまも丁重な扱いは必要はなくフソウを見学させて欲しいと願い出ただけである。帝さまは女神さまの言葉に目を細めていたので、なにか心の内で考えていることがあるようだった。
まあ、黒衣の枢機卿さまであればろくでもないことを考えているなと察するが、帝さまなら神さまに失礼なことは考えないだろう。それに女神さまであれば人間の考えていることなど、お見通しかもしれないのだから。
「ナイ、雪と夜と華の仔たちの移住話、早々に取り決めて貰ったこと感謝します」
帝さまが女神さまとの話を終えて、私の方へと顔を向けた。相変わらず元気そうで良かったと私は笑みを浮かべる。
「いえ。雪さんたちもヴァナルも毛玉ちゃんたちと別れて暮らしても大丈夫と許可を頂けたので。それに最初から雪さんたちをお預かりする条件でしたから」
「とはいえ、貴女が渡さないと言えば、フソウは手も足も出せませんからねえ。本当に貴女は欲がない」
確かに毛玉ちゃんたちを渡さないようにすることもできるけれど、約束を交わしているのだからきちんと守らなければ。吐いて良い嘘と悪い嘘があるけれど、フソウ国と交わした約束は破ってはならぬものだから。
しかしまあ、頻繁に私に欲がないと誰彼に言われているが、私は欲塗れである。特に食に関することになると、目の色を変えている気がする。私の心の中を読んでいるのか、肩の上に乗っているクロが尻尾で私の背中をぺしんと叩いた。
「賞品、目の色を変えて狙っていますよ?」
「それくらいのことで欲深いとは言わないでしょう。貴方の護衛が飛び入り参加するとナガノブから聞き及んでおります。優勝、できると良いですね」
ふふ、と短く笑う帝さまに、私は優勝狙っていますと伝える。フソウの外からきた人間が優勝を掻っ攫っていけば興覚めも良い所だろう。とはいえナガノブさまと帝さまの許可は得ているのだ。
ジークには堂々と力を振るって頂いて貰わねば。あ、優勝賞金はジークに、お米さまは私が頂くことにしている。褌も力士の方をジークに見て貰って、どんな物か知って貰った。
彼の顔が若干引き攣っていたので、私はナガノブさまと帝さまにインナー着用の許可を得た。ジークはマワシを締めて貰うために、力士さんの所へ一人で行っている。無事に巻けると良いのだが、どんな格好になるのやら。
「はい。彼には頑張って貰わないと」
私も短く笑って帝さまを見る。彼女が行きましょうかと手を土俵の方へと向けている。既にナガノブさまは席に腰を下ろしており、私たちにこっちだと手を振っていた。
「子供ですねえ、ナガノブは」
帝さまが目を細めながら困ったような声を上げた。帝さまの方が偉い立場であるが、特に気にしていない。仲が良いのだろうなと感心しながら帝さまの案内で座席へと移動した。ふかふかの座布団の上に腰を下ろして正座で座る。私の左隣りには女神さま、右隣りには帝さまとナガノブさまが腰を下ろしている。後ろはアストライアー侯爵家一行と外務部の皆さまだ。
目の前には飲み物や食べ物が用意されており、ナガノブさまと帝さまはお酒を私には緑茶が鎮座している。お二方はツマミ系の小皿が沢山並べられ、私の前には色とりどりの和菓子が並んでいる。
飲み食いしながら観戦して良いようで、他の方たちにも提供されていた。一応、お仕事なのでアルバトロス王国側はアルコールはナシである。女神さまは例外でお酒が用意されていた。ちなみに彼女はいくら飲んでも全く酔わない上戸である。
子爵邸に保存していたフソウのお酒やアガレスにミズガルズから仕入れたお酒を興味深そうに飲んでいた。置いていても腐らせるだけなので問題ないけれど、顔色を変えないままひたすら飲んでいる女神さまの姿はちょっと怖かった。
「?」
首を傾げる女神さまに私はなんでもないですと首を振り、右隣にいるナガノブさまと帝さまの方を見る。
「取り組み開始まで、まだ時間はありますか?」
「手洗いに行く時間くらいはあるな。無論、途中で席を離れても問題ないぞ」
私の疑問にナガノブさまが答えてくれた。離席ではなく、相撲を良く分からない方たちに一通りの説明をしておきたかった。ルールを知らないまま観戦するより、基礎知識があった方が面白い。
盛り上がる取り組みもあるだろうし、マワシが重要になっていることも伝えておきたかった。まあ、私よりナガノブさまと帝さまの方が詳しいだろうし、分からないことはお二人に聞いてみるのが一番だけれど。私は座布団の上で方向転換して、アストライアー侯爵家一行の面々と顔を合わせた。私に倣って何故か西の女神さまも後ろを向く。
「相撲は神さまに捧げるために行われていて、神事の時に奉納相撲と銘打って子供が参加することもありますね。職業力士の人がいて、強い方はドエの都で人気者のはずです」
私の言葉にアストライアー侯爵家一行と西の女神さまと外務部の方が、ふむと意味を咀嚼している。確か昔も職業としてプロ力士の方がいたはずだ。有名な方は錦絵に残っていると聞いたような気がする。凄く簡単に説明をしているとナガノブさまが私に声を掛け、説明なら任せろと胸を張る。彼の横で苦笑いになっている帝さまに気にしないでくださいと無言で伝え、それならばと私は彼に説明をお願いした。
やはりフソウでは人気のある催しであり、神さまに奉納する際は真面目に執り行われるとか。とある神社では一人角力と呼ばれる神事が行われ、その年の稲の育成を占うために人間と精霊が取り組みをし、精霊が勝てばその年のお米は豊作なのだとか。アルバトロス王国にも面白い催しはあるし、神事も執り行われている。奇祭と呼ばれるものもあるけれど、自分の目で確かめたことはない。
相撲のルールと決まり手を一通り説明し終えたナガノブさまがにかりと笑う。
「まあ、そんなこんなで、楽しめば良い! 飲んで食べて、笑って、楽しく生きれたなら、我らを生んだ神も喜ばれよう! ……多分」
ナガノブさま、本物の女神さまが同席しているから最後の最後で自信が無くなってしまったようである。女神さまはナガノブさまに文句を付けるでもなく、出されたお酒を静々と嗜んでいる。美味しいのかなと彼女を見れば、黙って杯を掲げた。私もお茶を手に取って湯呑を掲げる。それに倣ってナガノブさまと帝さまも持っていた杯を掲げれば、後ろに控えていた同席者の方々も杯を掲げた。
弥栄と声を上げなかったのは、今日は神事だからだろうか。アストライアー侯爵家一行も杯を掲げていた。外務部の方はお仕事中と認識しているようで、ささやかなものだったけれど。
「ほら、ナイ。力士が土俵の下に揃いましたよ。其方の護衛はもの凄く鍛えているのですね。しかしフソウの力士も鍛錬を怠っておりませんし、その道の玄人。申し訳ありませんが、勝たせて頂きますよ?」
帝さまの声に私は土俵の下に並んだ方々へと視線を向ける。フソウの力士の方々は良い身体付きをしているし、フソウの成人男性よりも背が十センチほど高い。それでも一七〇センチくらいのため、ジークの一九〇センチを超える身長は頭一つ分近く高い。
ただ横幅はジークが一番細かった。恰幅のある力士の方で一番大きいのはジークを四人並べたくらいである。筋肉は力士の方々でそれぞれ特徴が出ている。脂肪の塊の方もいれば、脂肪と筋肉が半分半分の方に、筋肉が凄く発達している方もいた。ジークは細マッチョなのである意味異質だ。背が高ければ腰の重心も高くなるので、相撲はジークに取って不利な競技かもしれない。
ジークには勝っても負けても大丈夫とは伝えてあるけれど、私が美味しいお米さま欲しさに勢いで彼に頼んでしまった。少し申し訳ないことをしてしまったけれど、お米さまは食べたい。ドエ城と朝廷で出される銀シャリさまはとても美味しい。きっと同じ品種で同じ産地だと踏んでいる。
「本当に無差別級ですねえ」
「?」
私の言葉は帝さまに通じ辛い内容のようである。ナガノブさまも会話が聞こえているようで片眉を上げていた。
「力の差があり過ぎる競技は体重別で分けられることもあるので、珍しいなと」
そういえば日本ってあまり体格差を考慮しない気がする。柔道も本来は無差別階級だったはずだし、剣道も身長差で分けられていない。常在戦場の意識が強いからかもしれないなと、大勢並んでいる力士の方を見る。
「なるほど。子供同士だと有効そうですねえ。成長の差が如実ですから」
帝さまがふむとなにか別のことを頭の中で考えているようだ。私は他所事を考えているであろう彼女を問題と捉えていない。
「男の子は顕著かもしれませんね。血筋も関係するでしょうけれど、日々の食べ物でも成長の差が出るはずです」
日本人も戦後から高度経済成長期を経て随分と平均身長が伸びている。アルバトロス王国は大地の魔素量が多いので成長促進されていそうではあるが、食べ物も関係しているはずだ。フソウは滅多にお肉よりもお魚とお米が好まれている。最近、お肉も食べるようになったと聞くけれど、おそらく摂取量は少ないはず。
「おや。ではアルバトロス王国の食事を子供の頃から食べればフソウの子供たちの身長は伸びる可能性が?」
「伸びると思いますが、逆に力や持久力が落ちてしまうこともあるでしょうね」
帝さまの言葉に補足をしておく。確か、文明開化して西洋の方が日本を訪れて、飛脚の方に実験を施していた。日本食から肉の多い食事を続けて貰い長距離移動を試していた。結果は日本食を摂っていた時より、一日に走れる距離が短くなってしまったとか。面白い実験だなと私はなにかの本かテレビかで見た気がする。
「やはり簡単に成せるものではありませんね」
「ですね。ですが時間が経てば、自ずと人間は進化していくものかと」
ふう、と息を吐き力を抜いた帝さまに私は肩を竦める。まあ、国の方々の身体能力や健康について考えるのも国のトップの務めなのだろう。今すぐには難しいことかもしれないけれど、時間が経てば自ずと変化しているだろう。
それがどのくらいの時間を必要とするのか分からないけれど……そういえばフソウは鎖国状態で私がフソウと関係を持ったことによりアルバトロス王国と国交を結ぶことになっている。あれ、しれっと開国していると頭の上に疑問符を浮かべ、もしかして私はフソウにとってのペリーさんかとまた疑問符を浮かべた。
このままいくと幕府解体となってしまうのだろうか。いやいや朝廷と幕府を維持したまま近代化する未来もありえるし、丁髷を結った月代を叩くこともあるだろうと一人納得する。
「さあ、始まりますよ」
「お主の護衛には負けんぞ!」
そうして始まった相撲大会に視線を向け、ジークの勝利を願うのだった。
明日から一回目の更新は朝の六時に戻ります。念のため、お伝えしておきますー!┏○))ペコ