表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1058/1475

1058:つんつん。

 さて、これから侯爵家で隠密について教師を担える方々との面談である。面談は家宰さまが取り仕切るので、私の横に控えて頂いた。ナガノブさまが顔を横に向けて口を開いた。


 「皆、近こう寄れ。今、目の前にいる黒髪黒目の者が、アルバトロス王国で侯爵位を持つアストライアー殿だ」


 彼が懐から扇子を取り出して、フソウ側の端っこで控えていた方々を呼ぶ。明らかに堅気ではない眼光をたたえ、私の後ろに控えているジークとリンの雰囲気が変わった。そっくり兄妹は警戒を始めたから私がある程度気を抜いていても大丈夫と息を吐けば、丁度ナガノブさまの隣に彼ら二名が控えた。

 

 「ナイの屋敷には神獣が住んでいるのはフソウ中の者が知っているからな。ドエ城の御庭番や隠密を担う家に声を掛ければ手を挙げた者と家は多かったのだが、最終的に二家が残ったのだ」


 名乗りを上げなさいとナガノブさまが四十代くらいの男性二名に声を掛ける。どうやら先に選定試験を行ってくれたようである。私は楽になるので構わないが、家宰さまはどう考えているのだろうと彼に視線を向ければ特に問題はないようだ。ナガノブさまの隣に座した男性二名はゆっくりと頭を下げる。

 

 「風魔と申します。当主を務めておりますが、名を明かせぬことご容赦頂きたい」


 「服部です。彼と同じく当主でありますが、敵に素性を知らせたくない故に名乗らぬ無礼をお許し頂きたい」


 彼らはご当主さまということはアルバトロス王国に参られる方ではないようだ。流石に家を放って置けない立場だし、彼らが乗り込むつもりならドン引き案件である。いや、アルバトロス王国を知りたいと正式手続きを踏んでの入国なら文句はないけれど。私が顔芸を披露していたのがバレたのかナガノブさまが苦笑いを浮かべた。


 「すまないな、ナイ。彼らは当主だが、名前はフソウの者でも分からないのだ。隠密という特殊な任を背負う家だから、秘密主義でのう」


 ナガノブさまは扇子を懐に仕舞い込んで、手で顎をなぞりながら目を細める。問題にはしていないし、侯爵家で雇う方の名前が知れればそれで良い。ナガノブさまが仰った通り、隠密を司っている家ならば秘密主義であることも理解できる。隣の方はある意味同業他社でライバルだから、名前は知られたくない気持ちも分かる事情だった。


 「いえ、フソウの内情に口を出すつもりはありません。ただアルバトロス王国へと参られる方の名は偽名でも良いので知りたいのですが……」


 「それはもちろんです。引退した者ですし、教育者ならば名は必要でございましょう」


 「ええ、名乗ることを確約致します」


 私の言葉に男性二名が答えてくれる。ナガノブさまと彼らの話によれば、引退した先代当主と若かりし頃に実力者と忍者界で有名を馳せた方がアルバトロス行きを望んでいるそうだ。

 年齢は嵩高であるが、教育を施す教養も体力も有り余っているとか。実力を示すために、今はドエ城の庭で待機しているらしい。無理して腰を痛めるとかないよねと心配になるが、私が治せば済むかとなってしまった。

 

 「では、大樹公」


 「移動致しましょう」


 ご当主さま二人がナガノブさまに声を掛ければ、ナガノブさまが頷いて立ち上がる。


 「うむ。興味のある者はきても良いぞ」


 フソウの面々に良い顔で声を掛けると、集まっていた他の方たちも庭に出るようである。ナガノブさまによれば忍者の方々が表に出ることは珍しく、ましてや自分たちの流派の技を披露してくれるのは更に稀なのだとか。


 アストライアー侯爵家のために申し訳ないことをしているような気もするが、おそらく秘伝の技とかは流石に見ることはできまい。私たち一行も審査のために座布団から立ち上がる。西の女神さまがよろけたので足が痺れてしまったようだ。私が慌てて手を差し伸べれば『ありがとう』とお礼を述べる。ジークとリンは気合で足の痺れに対処しているし、ソフィーアさまとセレスティアさまは既に正座に慣れているようだ。

 家宰さまは足を崩していたので問題はないようだし、他のアストライアー侯爵家の面子も平気そうな顔をしていた。初めてフソウに訪れた外務部の方が畳に座るという行為に慣れず、渋い顔をしている。


 フソウの方々も慣れていない方には苦笑を浮かべつつ、見守ってくれている。これが女性であれば可愛いとか考えたのかもしれないが、外務部の同行者は男性だ。割と確りとした身体つきの方が渋い顔で足の痺れを耐えている姿は、正直可愛くもなんともなく不憫な気持ちの方が強かった。


 「助けなくて良いの?」


 「転倒しないなら大丈夫かなと。血行が戻れば痺れは自然に治りますから」


 西の女神さまの問いに答える。一分も痛みに耐えれば、血流が戻って痺れは自然と治るのだから魔術を施すまでもない。酷いのかもしれないが、病気ではない。外務部の方の様子を見ていた毛玉ちゃんたちが彼らに近づき、鼻先をちょこんと彼らの足に触れた。


 「……ふぉ!」


 「ぐぬっ!」


 外務部の方が野太い悲鳴を上げた。毛玉ちゃんたち――主に桜ちゃんと楓ちゃんと椿ちゃん――がドヤと鼻を鳴らして、雪さんたちの下へと歩いて行く。母親である雪さんたちの下へと辿り着けば、彼女の回りをクルクルと何度も周りキャッキャとはしゃいでいる。


 『これ、いけませんよ』


 『流石に悪戯が過ぎましょう』


 『慣れぬことに耐えておられるのです。邪魔をしてはなりません』


 雪さんたちが毛玉ちゃんたちに苦言を呈すと、桜ちゃんと楓ちゃんと椿ちゃんが『くうん』と鼻を鳴らした。松風と早風は止めとけば良いのにという顔で三頭を後ろで見ている。


 『大変』


 ヴァナルがのっそりと立ち上がって外務部の方の方へと歩いて、大丈夫と声を掛けている。外務部の方の足は大分マシになったようで、ヴァナルの問い掛けに『ご心配ありがとうございます』と答えていた。私も毛玉ちゃんたちを預かっている身だから、外務部の方へと顔を向ける。


 「申し訳ありません。大丈夫ですか?」


 「痺れは随分と収まってきましたので」


 「お気になさらず、閣下」

 

 外務部の方は大丈夫だと苦笑いを浮かべる。私が謝ると彼らも許すという選択しか取れないのが申し訳ないところである。まあ、キレられても困るけれど。

 松風と早風が悪戯の主犯格である桜ちゃんと楓ちゃんと椿ちゃんに『謝ろう』と誘っていた。三頭はぴーと鼻を鳴らして立ち上がり、外務部の方の下へと肩を落としながら歩いている。そうして五頭は伏せをして顎を畳に付けてへばりつく格好を取る。どうやらあの姿が彼らにとっての『ごめんなさい』の姿のようだった。


 『ごめんねえ。悪気はなかったみたいだから許してあげて』


 『娘と息子たちが失礼なことをしてしまいました』


 『次はないように言い聞かせますので、ご容赦を』


 『本当に申し訳ありません。喋れぬ仔たちに代わり謝罪します』


 『ごめんなさい』


 クロが小さく首を下げ、雪さんたちもそれぞれ頭を下げ、ヴァナルは伏せの格好を取り頭を下にしていた。外務部の方はクロたちにまで謝られるとは予想しておらず、ぎょっとした顔になっている。

 西の女神さまは外務部の方が羨ましいのか目を細めていた。どうやら彼女は痺れた足に鼻先つんつんをして欲しかったようである。多分、毛玉ちゃんたちも女神さまに実行するのは不味いと本能で察していたのではなかろうか。だからこそ揶揄いの選択先が外務部の方に向いたような気がする。西の女神さまはグイーさまにでもツンツンをお願いするしかないのではと私は首を捻った。


 「それは嫌かも」


 西の女神さまが微妙な顔を浮かべぼそりと呟いた。文脈が繋がらないし、もしかして私の心の内を彼女は読んでいたのだろうか。エルフのお姉さんズにもジークとリンにも、ソフィーアさまとセレスティアさまにも私の思考を読まれる機会が多いので、今更文句を言うつもりはないが……口にしないで欲しいなと願ってしまう。


 ――ねえ、酷い!


 一瞬、グイーさまの声が耳に届いた気がするけれど、きっと聞き間違えだとナガノブさまの方を見る。彼が頷けば先導役の武士の方が部屋を出て、ナガノブさまも後に続く。私たちもフソウの案内役の方に導かれて長い廊下を歩く。 

 素足で庭へ出る訳にもいかず、真新しい足袋と下駄を借りて外に出た。履き慣れないけれど親指と中指の間にある鼻緒の感覚が楽しいし、庭石を踏み込む音も耳に心地良い。私が下駄を楽しみながら履いていると分かったクロが『良かったねえ』と言いながら顔を擦り付けてきた。毛玉ちゃんたちも『変な音!』『足の臭い!』『臭くない!』と言っているように騒ぎ立てている。騒いでいるのが女の仔たち三頭で、男の仔二頭は落ち着いて歩いていた。


 「では、頼む」


 「承知。ご老体!」


 「こちらもだ、よろしく頼む!」


 ナガノブさまの言葉にご当主さま二人が声を張り上げた。講師役候補の方がデモンストレーションを行ってくれるそうで、物見遊山の気分で味わってくれとナガノブさまから聞き及んでいる。

 私も忍者の方々がどんな動きをするのか気になるし、家宰さまも実力を確かめるために必要だと言ってくれた。でも家宰さまに実力を定める力はないので、ジークとリンに身体能力を判断して貰う。そして知力や教え方に関しては家宰さまが判断することになっていた。


 ご当主さま二人の声が上がって暫く経ってもなにも起こらない。どうしたのだろうとナガノブさまの顔を見れば、口元を伸ばして不敵な顔になっていた。どうやら心配は必要なさそうで、ナガノブさまも彼らの実力を認めていそうだった。


 そうして『パン!』と軽い音が一度鳴り、白い煙が辺りに立ち込める。ジークとリンが念のために私の前に立ち警戒態勢を取った。特に咎められることではないし、ナガノブさまも武士の方に守られていた。優秀な護衛ですよねと私がナガノブさまに視線を向ければ、今度立ち合いを願いたいものよと小声で呟いた。なにか賞金でも出せば催しとして盛り上がりますかねえ、と呑気に二人で話を始める。

 御前試合とか盛り上がりそうだし、フソウならお相撲とかも楽しそうである。話が凄く脱線しそうになった時『カン、カン、カン、カン!』と音が鳴り、音が鳴った方へと視線を向ければ立派な松の木に音が鳴った分の手裏剣が刺さっている。手裏剣って本当に存在するんだねえと感心していると、所謂忍者の服装を纏った小柄な男性が漆喰の壁を走りながら、こちらを目指している。その少し後ろには同じ格好をした方も走っていた。


 引退したご老人と聞いているのに、凄く走る速度が速い。ある所で漆喰の壁を蹴り上げて大きく跳躍して、お二人は私たちの前で膝を突き礼を執った。刹那。背中に背負った反りの浅い小刀を抜けば、お二人は立ち上がり距離を取る。

 はっと短い声を漏らして一気に互いの距離を詰めた。玉鋼を鍛えた刃同士が音を上げ、ギギギと交錯しながら火花を上げる。


 「本当に引退なされた方の動きなのでしょうか?」


 私は素人だけれど騎士の方や軍の皆さまが魔物討伐で剣や槍を振るう姿を見ている。ご老体二人は、決して彼らに見劣りは全くしていないし、部隊に組み込まれたとしても問題なく結果を齎してくれそうだった。はへーと感嘆の声を上げていると、ご当主さま二人が良い顔になって私に顔を向ける。


 「実力者でしたからな」


 「本人は衰えたと愚痴を零していますが、今でも一線級かと」


 ふふふと互いに笑っているけれど、彼らの目の奥には火花が散っている気がする。ナガノブさまも困った者たちよと苦笑いを浮かべている。家宰さまはどちらの方を採用するのかなと、私は彼に視線を向けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 2点、気になる箇所があります。 『家宰さまは足を崩していたので問題はないようだし、他のアストライアー侯爵家の面子も平気そうな顔をしていた。』のシーン。 この前の文章で、ジーク、リン…
[良い点]  女神様が社会科見学を楽しんでいらっしゃる所。 [気になる点]  風魔の方だったら小太郎で、服部の方だったら半蔵を名乗るのでしょうか?  魔法が有る世界ですから漫画やゲームに出てくる忍ばな…
2024/09/11 20:13 名無 権兵衛
[一言] 更新お疲れ様です。 姉三頭がお転婆でいたずらっ子で、尻尾は振っていても大人しくお座りしている弟二頭ww 毛玉ちゃん達はまだまだ子供・・・(^~^;)ゞ 忍者ですよ~、忍者のデモンストレー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ