1056:女神さまと……。
――フソウに辿り着いた。
移動は飛竜便を使ったのだけれども、何故か赤竜さんが担ってくれていた。彼女曰く暇だったのでと照れ臭そうに言いながら、フソウに着けば人化して毛玉ちゃんたちと遊んでいた。
その光景を西の女神さまとセレスティアさまが羨ましそうに見ていたのだが、混ざらなくて良かったのだろうか。毛玉ちゃんたちは誰とでもフレンドリーなのでフソウでも、仲の良い方たちが増えると良いのだけれど。
赤竜さんは毛玉ちゃんたちをひとしきり遊べば、また竜化して戻って行く。その時にちゃっかりと私の魔力を強請られた。特に問題はないし、私は大きな竜の方だからと多めに魔力を練って受け渡した。
赤竜さんが亜人連合国に戻るために空を飛ぶ姿を見送ったのだが、ちょっとクロが拗ねていた気もしなくもない。赤竜さんが側に居れば『いつも魔力や魔素を吸い放題なのですから、我々に少しくらい良いではないですか』と言いそうな状況だった。
私たち一行はフソウのドエの都の外にいる。お迎えの方がきてくれるため、少し待っている所だ。
同行メンバーはジークとリンにソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまのアストライアー侯爵家一行と西の女神さまと外務部の方である。今回はエーリヒさまは同行していない。どうやら聖王国にまた出張に繰り出したようで、緑髪くんも彼に同行しているそうだ。
フソウで政治的混乱は起こらないだろうし、巻き込まれることはないからエーリヒさま不在でも大丈夫だろう。乙女ゲームでは一切出てこなかったらしいし、フソウの情勢は安定しているのだから。
そしてクロとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんにエルとジョセとルカとジアとグリフォンさんも一緒だ。グリ坊さんたちはお屋敷でポポカさんとお留守番である。随分とグリ坊さんも大きくなってきたけれど、ポポカさんたちに懐いているため大人しい。
餌は裏庭の家庭菜園についている虫を食べたり、果物をあげれば喜んで食べている。彼らが大きくなれば一緒に行動を共にできるだろうか。そんな日がくるのを願いながら、フソウのお迎えを待っていた。
予定していた時間より早く着いた――赤竜さんの飛ぶスピードが速かった――ために、フソウのお迎えの方は遅れているようである。予定は詰め込んでいないし、ゆっくりと組まれているため急いでいない。他の方々には申し訳ないが、ゆっくり待ちましょうと私が声を上げれば皆さま頷いてくれる。毛玉ちゃんたちは滅多にこないフソウの大地が珍しいようで、私たちから付かず離れずの距離で走り回っていた。
幼い頃より随分と脚が早くなったし、途中で脚が縺れて滑って転ぶこともなくなっている。時折、こちらを振り返りながら五頭が仲良く畦道を行く。
田んぼや畑で作業している方たちが毛玉ちゃんたちに驚いているから、神獣さまの仔と気付いているのだろうか。微妙な所だけれど、遠くから見守ってくれているのは有難い。毛玉ちゃんたちはお屋敷の狭い庭よりも、広い大地が似合っているのだから。
だーっと走ったり、ぴょんぴょん跳ねながら畦道を行く毛玉ちゃんたちをみんなで眺めていた。ヴァナルと雪さんたちが私の横に並んで毛玉ちゃんたちを目を細めながら見ている。そして、きょろきょろと物珍しそうにフソウを見ている女神さまに私は苦笑を浮かべ、初めて訪れる外務部の方も女神さまと同様に首を忙しなく動かして周りの様子を眺めている。
「ナガノブさまと帝さまは毛玉ちゃんたちをいつ受け入れてくれるかな?」
私的には来年の春頃かなと考えているけれど、フソウの皆さまはどう考えているのやら。受け入れ準備をしなければならないし、まだ先の話だろうか。毛玉ちゃんたちがいなくなればユーリの遊び相手もいなくなってしまうし、寂しくなるなあと妙な気持ちが湧いてくる。
でも毛玉ちゃんたちはいつまでも親元にいる訳にはいかない。いつか独り立ちして暮らしていかなきゃいけないのだ。だから寂しい気持ちは我慢して、彼らの門出を祝わないと。
『今からでも』
『と、張り切っていそうです』
『いつでも構わないと言うのが最有力かと』
雪さんたちの答えに私は苦笑いになる。確かにナガノブさまであれば言いそうなことであり、そんな彼を帝さまが窘めそうである。まあこれから話し合いを行うのだから、ここであれこれ考えていても仕方ない。
毛玉ちゃんたちの今後について話していると『はあ』と盛大に溜息を吐く方がいらっしゃる。誰かとは言わないけれど、そんな誰かさんに気を使ったのかヴァナルがお尻を上げて誰かさんの隣に座る。誰かさんはなんとも言えない表情で、ヴァナルの頭を撫でながら寂しそうな顔を浮かべている。私も寂しいと感じているので人のことを言えないけれど、誰かさんのように凄く分かり易くはないはず。
私が雪さんたちに視線を向ければ、彼女たちも誰かさんの様子を理解していたようで苦笑いをしていた。とはいえ誰かさんを責めることはない。毛玉ちゃんたちが子爵邸を卒業すれば静かになるなあと、雪さんたちを撫でていればクロがフソウの都の方へと顔を向けた。
『あ、お迎えがきたみたいだよ~ナイ』
「良く見えるね」
相変わらずクロの目は良いなあと感心すれば、私の肩の上で首を反り上げてドヤとした雰囲気を醸し出す。
『竜だからね~』
竜だからとクロは言っているけれど、竜以外にも見えている方はいるはずと私の後ろで静かに控えている二人に顔を向ける。
「ジークとリンは見えた?」
「小さいが見えるな」
「外門を抜けたね」
ジークとリンもクロと同様にフソウの外門の方へと視線を向ければ、彼らもお迎えの方々を確認できたようである。竜以外にも見えているよと私がクロに顔を向ければ、ドヤっとした雰囲気を納めてクロは長い尻尾で私の背中を強めに叩く。
『ジークとリンは例外だよ! ナイも分かってて言っているよね?』
ぷんぷんしているクロにごめんと軽く謝れば、西の女神さまがこちらを見ていた。何故かぷーと頬を膨らましており、クロが私の肩から飛び立って彼女の肩へと移動すると元の表情に戻っていた。なんだろうと首を傾げれば、クロが直ぐに私の下へと戻ってくる。どうしたのと問うてみれば、なんでもないよと返事をくれる。まあ良いかと私は前を向いて、お迎えの方がこちらにくるのを待つ。
お迎えの代表役は九条さまが務めたようで、彼と私は挨拶を交わして籠に乗り込みドエの都へと一行は進む。ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちとエル一家とグリフォンさんは外を歩いているので驚いている方々が多数いるものの、神獣さまパワーで近づいてくる人はいない。
ドエの都は前回きた時と変わっておらず、相変わらず活気のある街である。外では屋台が並んでおり、蕎麦にお寿司にといろいろとあった。店舗の軒先でお茶とお団子を楽しんでいる方もいる。良いなあと籠の簾の隙間から見える光景に目を細めていると、ドエ城に近づいているのか武家屋敷が多くなり人通りも少し少なくなっていた。そうしてまた篭に揺られること暫く。
ドエ城に辿り着き、正面にある大門を潜り抜けた。篭が止まり中から降りれば、ナガノブさまフソウの面々がズラリと並んで私たちを出迎えてくれる。帝さまとはあとで面会するため、こちらにはきていない。もちろん手紙で今回の行程を知っているので問題はなく、一先ずナガノブさまたちとのご挨拶をしなければ。一番豪華な衣装に身を包んでいる彼と対面して私は礼を執る。
「ナイ! 久方ぶりじゃ! よくきてくれた、歓迎するぞ!」
「ナガノブさま、お久しぶりです。この度は人員の手配に神獣さまたちの仔について話し合いの場を設けてくださったこと、誠に感謝致します」
良い顔で私たちを出迎えてくれたナガノブさまにここまで謙る必要もない気がするけれど、他のフソウの方もいるので硬い言葉を使った。謙っている私に違和感を受けたナガノブさまは微妙な顔を浮かべる。
私は他の方々に向けたアピールですと目の前の彼に視線で伝えれば、ナガノブさまから感謝と短く無言で返事をくれた気がする。今日は毛玉ちゃんの件以外にも、アストライアー侯爵家で雇う人材の面接を行うのだ。なので人事を統括している家宰さまも同行していた訳である。
「ここで話し込む訳にはいかぬからな! 中に入ろう……と言いたいのだが、あちらの方は?」
にかっと笑みを携えたナガノブさまはグリフォンさんに視線を向けていた。そういえばグリフォンさんと出会ったことと、子爵邸で一緒に暮らすことになったのは伝えていたけれど、今回同行するとははっきりと書いていなかった。いつものアストライアー侯爵家の面々で行きますね、ということと西の女神さまもご一緒しますねと手紙に記しておいたのだ。まあ、返信には『は?』――意訳――と記されていたけれど。
西の女神さまも一緒に過ごしていることを説明すれば、納得しているのか、していないのか良く分からない再返事が届いて今に至る。で、ナガノブさまはグリフォンさんに視線を向けているので、グリフォンさんを紹介しようと私は半歩前に出てグリフォンさんに手を向けた、その時。
「そうではないわっ! 背の高い女子の方は誰だと問うているのだ!」
「あれ?」
ナガノブさまはグリフォンさんへと視線を向けていると私は考えていたのだが、グリフォンさんの側に居た女神さまの方を指していたようだ。ナガノブさまはもの凄く呆れた視線を私に向けているものの、気絶しないので少し安心した。
「お主、ワザとなのか、本心から言っているのか、どちらだ?」
「すみません、てっきりグリフォンさんに気を取られているのかと……以前、ナガノブさまは天馬さまのエルとジョセとルカとジアに凄く興味を持たれていましたから」
グリフォンも凄いのだがなあと呆れ顔のナガノブさまに私は鈍くて申し訳ないと心の中で謝っていると、目の前にいる彼がはっとした表情になった。
「……いや、待てナイ。手紙に記されていたことはお主なりの冗談だと考えていたのに、まさか本当に女神殿をお連れしたのか?」
目を見開いてナガノブさまは私に問うので、一つ頷けば西の女神さまの方へと視線を向ける。
「………………本物?」
むむむと唸りながらぽつりと言葉を零したナガノブさまに、西の女神さまが私と同様に一つ頷いた。女神さまを自称すれば南の女神さまが凄く怒りそうである。西と北と東の女神さまは『面白い』と言葉を零しそうだけれど。
ナガノブさま以外のフソウの面々も信じられないという表情を浮かべていた。九条さまは口を半開きにして驚いている。一先ず、西の女神さまにはフソウの方々に挨拶をして欲しいので、私は彼女に視線を向けた。
「西大陸以外にも興味があるからナイにお願いして連れてきて貰った。この場所は北の妹が管轄だから私は手を出さないから、ナイの同行者として扱って欲しい」
「承知致しました。広い国とは言い難いですが、フソウをご堪能ください」
西の女神さまが淡々と告げれば、ナガノブさまが皆さまを代表して頭を下げる。今までになく気を張った彼の声に、管轄外なのに西の女神さまの影響力は凄いのだなあと私は目を細めるのだった。






