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1055:ふぁ!?。

 ――嗚呼、僕の美しいフィーネさま。


 僻地の修道院へ送られて三年弱の日々が過ぎていた。つい先日修道院の院長から呼び出しが掛かり、聖王国の大聖堂に戻り国政を担ってみないかと打診された。

 どうしてそのような話が僕の下へ舞い込むのか不思議だったが、話を聞いて納得した。どうやら聖王国の大聖堂は随分と腐敗していたようで好き勝手をやっていたようである。


 僕の母によく似た美しき大聖女フィーネさまを御旗に掲げ、彼女に苦労を押し付けて政を司る男たちは甘い汁を吸っていたようだ。もちろんマトモな者が多くなければ国は運営できないので、極一部であったのだろう。その極一部が大きく暴れてしまったのか、版図を広げてしまったのかは分からないが。


 院長が僕を抜擢した理由は、己の過去を知っていたからだ。確かにヴァンディリア王国の第四王子として兄の補佐を務められるようにと教育を施された。あまり真面目に受けた記憶はないが、教わった内容は今でも覚えている。

 地頭の良さはヴァンディリア王家の血筋が僕にも強く出たのだろう。フィーネさまに一目会えるのならばと、院長の頼みを快諾した次第だ。もちろん、フィーネさまに接触はしないと念書を強制されたが、三年間会えない日々を考えれば遠くから一目見るだけでも僕は幸せだ。

 

 もっと欲を掻いて良いならば、美しいフィーネさまの表情を歪ませ、罵声を僕に浴びせながら平手打ちをして欲しいが……この胸の奥で荒ぶる気持ちは誰にも知られてはならない。


 そして今日、聖王国の大聖堂に辿り着き、教皇猊下と面会することになっていた。僕と似た理由でもう一人召喚された者がいて、彼も僕と一緒に教皇猊下と面会をするそうだ。彼とは官邸にある待機部屋で一緒になり、人懐っこい顔で過去を語る彼に僕は少し警戒をしながら話を聞いていた。どうやらご両親が失脚して彼も巻き込まれる形で、僻地に送られたらしい。


 元七大聖家出身とのことであるが、僕が聖王国にきたときには七大聖家は影も形もなくなっていた。美しい大聖女フィーネさまの手により解体されたと聞いている。

 もしかして彼は僕のフィーネさまに敵意を抱いているのではという疑念が湧く。でも顔に出してはいけない。もし本当に彼がフィーネさまを害するならば、僕は身を挺してでも彼女を守る。愛しい母を失い、僕の愛するフィーネさままで失う訳にはいかないのだから――決意を改めていると待機部屋にノックの音が響く。


 「お二方、お時間となりました。私についてきてください」


 「はい」


 「承知しました」


 護衛の者の声に従い、僕と彼は官邸の長い廊下を歩く。そうして案内された先は教皇猊下の執務室であった。案内役の護衛の者が扉の前で立ち番をしている者に繋げば、扉が開きどうぞと導かれた。

 扉を入った正面には大きな執務机が鎮座しており、大量の書類が山のように積み重なっている。その間から教皇猊下のご尊顔が見え、僕たちに前にくるようにと静かに、けれど重い声で猊下が口にしたのだった。


 「体よく僻地に送ったというのに、此度の要請に答えてくれたこと感謝する。聖王国は二度目の崩壊の危機を迎えている状態だ」


 教皇猊下から聖王国の現状を知らされた。どうやら聖王国は二度も失敗を繰り返したようである。そして二度目もナイ・ミナーヴァ子爵、今は侯爵位を頂き家名も変わっているらしい。詳しく聞きたいところだが、余計なことを言うべきではないし、聖王国の国政に関わっていればいずれは耳にするだろう。


 それよりも、美しい大聖女フィーネさまが政務から降り大聖女として聖女を統括し大聖堂での活動のみに限ると宣言した。おそらく一部の者たちは彼女が政に復帰することを望むだろうから、僕の役目は美しい大聖女フィーネさまのご意思を尊重できるように動くことである。一番の近道が美しい大聖女フィーネさまを頼らず、聖王国を運営していくことだろう。そのためならば。


 「猊下、聖王国のため、身を粉にして働かせて頂きます」


 僕の身が擦り減って、いつか命を落とすことになっても構わない。ただ美しい大聖女フィーネさまの吐息が感じられる場所にいられるだけで十分なのだから。


 「私も過去の過ちを認め、身を正し女神さまに認められる行動を取ります」


 感傷に浸っていると野太い男の声が聞こえた。存在を忘れてしまっていたが、もう一人いたのだった。僕は彼と共に教皇猊下に頭を下げて、案内役の護衛に聖王国上層部の者たちが集まる部屋へと案内されたのだった。


 ◇


 フィーネさまから凄い内容の手紙が届いた。ヴァンディリア王国の元第四王子殿下と聖王国が舞台の乙女ゲームの攻略対象が姿を現したというのだ。まだフィーネさまと彼らは接触していない。フィーネさまが大聖女として聖王国へと戻ったものの、政治には関わらないと宣言したことが大きな要因だろう。


 流石に攻略対象については聞けないけれど、元第四王子殿下については関わりがあったので何故彼が大聖堂に戻ってきたのかと教皇猊下にフィーネさまは問い合わせたそうだ。

 政治的手腕を振るえる人物がかなり減ってしまったことで、どうやら元第四王子殿下に白羽の矢が立ったらしい。一応、フィーネさまに接触不可の念書を認めたそうで、彼からフィーネさまに接触すれば修道院に逆戻りとなるそうだ。ちなみに教皇猊下の元第四王子殿下の評価は、母親至上主義を除けば『良』だとか。他国では『凡』評価になりそうだとは口にすまい。


 そしてもう一人、聖王国が舞台でありアリサさまが主人公のゲームに登場する攻略対象が現れた。三年前の粛清事件でご両親と僻地に追いやられていたはずなのに、今回の件で舞い戻ってきたそうだ。

 フィーネさま曰く顔は良いけれど、顔が良いだけで特に評価すべき所がないと手紙には記されていた。一応、彼の人となりを知らないのでゲームで感じた彼の評価らしいけれど。フィーネさまはアリサさまへ攻略対象の方が妙な気を起こさないかと心配しているそうだ。あと私へ下心を持っていないかと凄く心配していた。


 まだ彼ら二人は行動に起こしていないので、フィーネさまとアリサさまにトラブルは舞い込んでいないようだが気を付けなければならないことが増えた気がする。


 西の女神さまと教会に赴いて一週間が過ぎていた。私は子爵邸の自室の机にフィーネさまから届いた手紙をそっと置き、クロとジークとリンの方へと顔を向けた。


 「聖王国、本当に大丈夫かな?」


 私が渋い表情を浮かべれば、ジークとリンが右の眉を少し上げた。彼らより先に反応したのはリンの肩の上でネルと並んでいるクロだった。


 『最近、ナイの口から良く聞く言葉だねえ』


 確かに頻繁に口にしている気がする。ぶっとばすぞー! と私は聖王国を脅しているのに何故か心配している妙な状況だが、こればかりは仕方ない。聖王国にはフィーネさまとアリサさまがいるし、脆そうなウルスラさまもいるのだから。

 彼女たちの生活が保障できれば構わないけれど、彼女たち三人にはどうしようもない国でも母国である。潰せないよねえと今度は苦笑いを浮かべれば、そっくり兄妹が肩を竦めた。その勢いでリンの肩からクロが私の肩へと移動する。

 

 「大丈夫じゃないと困るし、エーリヒも困るだろう」


 「潰れても問題ないけれど、あの二人と信徒の人たちがいるからね」


 ジークの心配はフィーネさまというよりエーリヒさまの方に重きを置いていた。エーリヒさまは誰とでも仲良くなれるタイプのようで、ジークには良くして頂いている。確かに彼の思いを成就して頂くためにも聖王国は存続して頂かなければならないだろう。

 一方でリンはフィーネさまとアリサさまと信徒さんたちを心配しているようである。ウルスラさまとは関わりが薄いので、まだ彼女の心の中では気に掛ける対象に入っていないようだった。来年の南の島で距離が近づけば良いけれど、リンとウルスラさまは波長が合うのか少々心配だ。


 「聖王国に私が赴けば気が気じゃない人が多いだろうしねえ。私が聖王国に赴く場合は女神さまもこられるのですか?」


 私室には幼馴染以外にも人がいた。人ではないけれど、まあ人の形をした凄い存在である西の女神さまだ。この一週間、屋敷の中をウロウロとしていたけれど、流石に飽きてきたようで私が執務を終えると私室に顔を出して、クロや毛玉ちゃんたちの相手や雑談に興じている。

 時々、過去の凄い話を聞かされるのだが、歴史家の方が悲鳴を上げそうなので心の中に仕舞っている。女神さまには聖王国が西大陸各国にある教会や神殿の総本山だと伝えている。西の女神さまを崇拝していると理解しているので、彼女は私の言葉に微妙な表情を浮かべた。

 

 「興味はあるけれど、私が行くと大騒ぎになりそうだ。また気絶する人がいたら悪い」


 西の女神さまは騎士爵家の侍女の方――今は打ち解けて偶に話をしている――とカルヴァインさまを気絶させたことを凄く気にしていた。侍女の方は魔力量に差があり過ぎたこと、カルヴァインさまは信仰心が天井に届いたことで身体に負担が掛かったようである。あれから二人の体調に問題はないし、西の女神さまも彼らも謝っているのだから終わった話だ。


 「大陸をウロウロするのは駄目かな……」


 女神さまは久しぶりに下界したことで西大陸各国を見て回りたいようだけれど、騒ぎになるのは確実だ。とはいえ女神さまが創った大陸を自由に移動できないというのも如何なものだろう。大昔の方たちに知恵を与えたなら、今の私たちが存在するのは女神さまのお陰である。


 「魔術具で力は抑えられていますし、多少であれば大丈夫かと。でも、西の女神さまだと名乗らない方が無難かもしれませんね」


 グイーさまから教わったことと魔術具のお陰でマシになったのだから、正体さえ隠しておけば問題ないはず。それに西大陸でなくとも北と東と南もウロウロしようと思えばできる。女神崇拝だから正体は隠しておきましょうと私が伝えれば、女神さまは素直に一つ頷いてくれた。

 

 「ねえ、聖樹信仰の国は私のことをどう考えているの?」


 「聖樹信仰の国は聖樹を女神さまが植えたと教えていますから、聖樹同様に崇められていますね」


 こてんと首を傾げた女神さまに私が答えると、彼女は逆の方向に首を傾げる。リーム王国の聖樹は暴れていた竜がご意見番さまの手によって負傷し、命からがらリームに辿り着き偶々落ちていた魔石に意識を憑依させ偶々近くにあった木が魔石の力を取り込んだ。だから女神さまが植えていないので、女神さまを謀っていないかと今更ながらに思う。リームの聖樹伝承は短く見積もっても千年前だから、誰かが捏造しているとバレバレなのだ。


 考えた人も、千年後に真実が分かるなんて考えていなかっただろうし不可抗力というか、神さまという存在が本当にいる世界だからこそ起こったことというか。リーム王国や聖樹を信仰している国には黙っておいた方が無難なのだろう。


 「そんな樹を植えた覚えはないけれど……まあ、部屋にいたから文句は言えないかな」


 女神さまもご自身が数千年間引き籠っていたことで管理をしていなかったから、特に咎める気はないようである。ギド殿下が知れば驚くだろうし、リームの国教が聖樹信仰から一気に女神信仰に傾きそうだ。私が苦笑いを浮かべると西の女神さまとクロとジークとリンが首を傾げる。まあ、今はとりあえず。


 「フソウに赴く準備をしようか。西の女神さまもなにか持って行く物があればお申し付けください」


 私が声を上げると、部屋にいるみんなが頷いた。明日からフソウに赴いて、毛玉ちゃんたちの移住時期を取り決めする。少し寂しいけれど大きくなった証だなあと、五頭が床で固まっている姿を見て私は目を細めるのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] やっぱ何かしらな強制力を何かが動かしてる様な気がしますねー… [一言] あのキモいのと無能が舞い戻るとか大丈夫かと言いたいけど、他国の事だから強く言えないのが何とも(苦笑)
[良い点]  西の女神様が人間社会について学習して下さっている事。 [気になる点]  やっぱりナイさんはナイさんですねぇ。  西の女神様の懐き様ときたら。  ナイさんの立場というものを気にして下さって…
2024/09/10 07:34 名無 権兵衛
[良い点] 更新ありがとうございます。 祝!ナイさん、魔力的な安静の1週間が経過。 [気になる点] 『美しいフィーネさま』の部分には同意しますが…、久々に登場の元第四王子は、作者の意図通り?以上かも…
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