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1053:教会の女神さま。

 ――グイーさま、ありがとうございました。北の女神さまと東の女神さまと南の女神さまもありがとうございます。


 いろいろと話を終えて、グイーさまと三女神さまとの通信を終わらせようと、心の中で言葉を紡ぐ。


 『気にするな。用があればまた祈れば良い。娘を頼んだ』


 グイーさまが西の女神さまを私のお屋敷で暫くの間過ごすことに感謝の言葉を頂き、ふっと空気が軽くなった。教会の皆さまもふうと息を深く吐いて胸を撫で下ろし、子爵邸のメンバーも一息ついていた。大丈夫かなと私が首を傾げると、ジークの肩の上にいたクロが戻ってきてゆっくりと私の肩の上に乗る。


 西の女神さまは渡された魔術具をしげしげと見つめており、興味は尽きない様子であった。副団長さまが小躍りしながら西の女神さまと会話をする光景が頭の中に浮かび、妙なことにならなければ良いがと浮かんだ光景を打ち払うために私は顔を左右に振った。

 肩の上にいるクロが『うわっ』と声を上げるけれど、偶にあることなのでクロは驚いたものの特に気にしていない。さて、用件は終わったし子爵邸に帰ろうとすれば、教会の皆さまが床に膝を突いて手を組んで祈りを捧げていた――西の女神さまに。

 

 位置取り的に私にも捧げているように見えなくもないが、私は女神さまではないので彼らの祈る対象になっていないのは一瞬で理解できる。なんだこれとジークとリンに視線を向ければ、そっくり兄妹はゆるゆると顔を横に振った。予定になかったことだが、教会のご本尊さまである西の女神さまがいらっしゃっているのであれば教会の皆さまの反応は当然なのだろう。

 女神さまから発せられている圧が下がったので、行動がとり易くなったのも原因の一つかもしれない。当の西の女神さまは少し困った様子で教会の皆さまを見下ろしている。私は邪魔をしては悪いと女神さまから距離を取ろうとすれば、西の女神さまが私の服の裾を引っ張って移動しないようにと無言で請われるのだった。


 「えっと……私を祈ってもなにも出ないし、なにも起こらないよ?」


 少し片眉を上げながら西の女神さまは膝を突いている皆さまに伝える。


 「西の女神さまは我々の心の拠り所です。幼い頃より貴女さまに仕えておりました……一目と会えたこの奇跡、祈らずにはいられません」


 膝を突き手を組んでいるカルヴァインさまが震えた声を上げる。カルヴァインさまのご両親は熱心な教徒の方と聞いている。ご両親の影響を受けて、彼は幼い頃から女神さまに仕えてきたのだろう。

 気持ちは理解できるけれど、女神さまが引いているのでこのままでは嫌われてしまう、なんて言えようはずもない。とはいえ状況を改善しないと女神さまは困った状態を維持したままである。肩の上に乗っているクロは『仕方ないけれどねえ』と目を細めていた。亜人連合国でご意見番さまが大切にされていた時の記憶を掘り返したのだろうか。


 「カルヴァインさま、皆さま。祈りを捧げることも大事ですが、女神さまに直接会えたのですから、お話をしませんか?」


 時間は限られているけれど、今の状態のままでいるよりも建設的だろう。教会には西の女神さまが起こしたという奇跡の伝承があり、本当に目の前の彼女が起こしたものなのか確認を取れるのだから。

 ある意味凄いことだよねと苦笑いを浮かべながら私が西の女神さまに確認を取ると、小さく頷いてくれた。みんなで話をすることに問題はなく、女神さま自身も祈られるより目の前にいる方々と話をした方が楽しいだろう。女神さまの言葉数は少ないけれど、話すことが苦手という方ではないはずだから。


 「へぁ?」


 カルヴァインさまの間の抜けた声が聞こえるが、教会の他の方々も間の抜けた顔になっていた。少しマシなのはシスター・ジルとシスター・リズである。貴女方も幼い頃に女神さまの使いになっていたのではと言いたくなるが、クレイジーシスターと盲目のシスターだから今の反応も理解できる。

 

 「え、あ、あの、アストライアー侯爵閣下?」


 「嫌ですか?」


 飛び出そうなほどに目を見開いているカルヴァインさまに私は苦笑いを浮かべる。気持ちは分からなくもないけれど、祈るだけじゃあ願いは届かないし、課金――お布施――をしても女神さまは現界してくれないのだから、今が絶好の機会であると知って欲しい。


 「め、滅相もございません! しかしながら私のような者が西の女神さまと言葉を交わすなど…………」


 「私は気にしないよ?」


 カルヴァインさまは遠慮しているが、当の女神さまは割とフランクである。気にせずお茶でもシバけば良いのではなかろうか。でもって気になることを聞いておけば、信仰心に対してスッキリすることもあるだろう。私は信仰心なんて一ミリも持ち合わせていないし、八百万の精神が身に付いている者として一神教は苦手だ。しかしグイーさまもいるし、他の女神さまも存在するのだから一神教とはこれいかに。


 前世の一大宗教もご本尊とお母上が祀り上げられているので、割となんのこっちゃと頭の中で疑問を抱えていたが。まあ、アレは歴史の変遷の中で凄く面倒になった宗教だろう。今現在でも火種を残して時折燃え上っていたのだから。前世のことは置いておいて、今大事なことは女神さまとお話しようという試みである。

 

 女神さまは昨日と今日で話し合いをする時にはお茶とお菓子が付いてくると認識したようだ。割と幸せそうに飲み食いしているので、食べることを苦手としていない。そんなことなので、話し合いをするのは彼女に取ってお茶とお菓子が出る嬉しい時間ということらしい。教会でもお客人がくればお茶とお菓子は出るので女神さまの希望は叶うはず。信仰心マックスな方々が多いし、お互いに得になる時間になれば良いなとカルヴァインさまの顔を見る。あ、やべ。

 

 「ぴょえ」


 「カルヴァインさま!?」


 カルヴァインさまが白目を向いて後ろに倒れそうになっている。私が大きな声を上げればヴァナルが影の中からひゅばっと飛び出て、カルヴァインさまを支えられる大きさになった。ヴァナルは彼の背に回り横腹で受け止める。床に倒れなくて良かったと安堵の息を吐けば、他の方々が目を引ん剝いて驚いていた。女神さまではなくカルヴァインさまが気絶してしまったことに対してだけれど。


 「カルヴァイン枢機卿!?」


 「き、気絶した!」


 周りにいた教会の皆さまが慌てふためき、女神さまは大丈夫かと心配そうな顔で状況を見守っている。


 『大丈夫?』


 カルヴァインさまを受け止めてくれたヴァナルも心配そうに彼の顔を覗き込んでいた。今彼が目覚めれば、もう一度意識が落ちそうな状況となっているのがなんとも言えない。


 「どうしましょうか。カルヴァインさまをベッドに運ぶのが正解か、無理矢理覚醒させるべきなのか……」


 「無理はしない方が良いんじゃないかな、ナイ」


 私が頭を悩ませていると女神さまが無理に起こさなくても構わないと仰ってくれた。それならばベッドを借りてカルヴァインさまを寝かせようと私はジークとリンを見る。

 リンにカルヴァインさまの移動をお願いすれば、彼女は彼の襟首を掴んで引き摺って行く姿を想像してしまった。多分間違いではないので、ジークの方を向く。ジークであれば苦もなくカルヴァインさまを抱えて移動できるだろう。ただしお姫さまだっこになるか、普通に抱えるのか微妙な所だけれど。


 「ジーク、カルヴァインさまを運んで貰っても良いかな? 申し訳ないのですが仮眠室のベッドをお借りできますか?」


 私がジークと皆さまに顔を向けると、女神さまの圧に屈していない方が忙しなく動き始める。未だに動けない方もいるようなので、その辺りは魔力量の差であろう。


 「分かった」


 「も、勿論です。騎士さま、申し訳ありませんがカルヴァイン枢機卿をお願い致します」


 ジークと教会関係者の方が声を上げ、ジークはカルヴァインさまを片腕に抱え込み、数名は案内役としてジークについていくようだ。私たちは神父さまとシスター方に導かれ、談話室へと赴いた。少々手狭で質素な部屋ではあるものの、言葉を交わすだけならば十分なものである。女神さまを上座に誘い私は彼女の隣を指定された。対面に教会の面々が緊張した面持ちで椅子に腰を下ろしてお茶を待っている。

 お茶が淹れられると同時にジークが談話室へきた。カルヴァインさまはまだ目が覚めないようで、ベッドの中でダウン中である。女神さまは暫く子爵邸に滞在するから、次の機会があるだろうと頭を切り替えた。


 「みんなはどうして私を崇めているの?」


 「は、はい。西の大陸を創り給うたお方を蔑ろにはできませんし、女神さまは我々を導いてくださりました。天災が訪れた時は偉大なる力で我々を助け、知を授けたと残されております」


 西の女神さまの疑問に神父さまが恐る恐る答えた。どうやら大昔に取った女神さまの行動はある程度残っているようだ。残っていることも凄いけれど、今の今まで信仰として続いているのも凄い。

 女神さまの伝承は何千年も前のことなので、引き籠もった時期と辻褄が合う。そういえば教会の孤児院で過ごしていた頃に、暇だからといって女神さまのことを記した聖典を読んだ記憶があった。内容についてはさっぱりと忘れおり、神父さまの話を聞いて思い出した次第である。


 私が渋い顔をしていると、シスター・ジルとシスター・リズがくつくつと小さく笑っている。教会でお世話になっていた時にお二人には散々迷惑を掛けていたので、笑わないで欲しいとは言えない。

 二人は昔のことを思い出しているのだろうと息を吐けば、西の女神さまが私の様子に気付いて『どうしたの?』と声を掛けてきた。私は今の状況を誤魔化そうとするものの、なにも言葉が出てこない。女神さまはしびれを切らしたのか、私からシスターズへと視線を向けた。


 「ナイちゃんは教典に全く興味を示していなかったですからねえ」


 「女神さまの伝承を記した聖典は読んでくださいましたが、教典も面白いですよとお伝えしても頑なに読もうとしてくれませんでした……」


 くすくすと笑うシスター・ジルと困ったような顔を浮かべるシスター・リズに女神さまがなにかを察して私に視線をくれた。


 「なんだか私は凄いみたい。ナイ、今度読み直して」

 

 「……はい」


 ドヤと良い顔をする女神さまに告げられれば私に断る術はない。まあ教えを記した教典を読むよりも、女神さまの偉業を記した聖典を読む方がマシだなと私は小さく息を吐く。短い時間だったけれど女神さまと教会の皆さまとの話を終え、廊下を歩いているとある場所に女神さまが視線を向けている。


 「行っても良い? 多分、行かなきゃ後悔しそう」


 女神さまが指を示した先は、最期を待つ人々がいる部屋である。女神さまは、女神さまなのだなと目を細めて、彼女の言葉に答えるべきは私ではないと神父さまとシスターに視線を向けた。


 「女神さま、私たちからもお願いしたく。アストライアー侯爵閣下、時間を頂けぬだろうか?」


 神父さまとシスターは教会の印を切りながら女神さまに請う。私も問題はないし、むしろこちらからお願いしたいことでもあった。


 「もちろんです。わたくしも女神さまにお願い致したく」


 私も丁寧に女神さまに頭を下げると、女神さまは私たちにこの場で待っていて欲しいと言い残して目的の場所へと消えていく。あの部屋でなにがあったかは女神さまと関係した方にしか分からない。でも、女神さまと顔を合わせた方々は凄く穏やかな雰囲気になっていたと、神父さまとシスターとカルヴァインさまからあとから話を聞くことになる。

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― 新着の感想 ―
[一言] キリスト教はまーじでややこいというかどうしても合わなかったなあ(キリスト教の教会行ったりもしてた
[一言] 女神様が女神してる!? そういえば西以外の女神様達とも飲み食いした仲だけど、女神を恐れる南大陸はともかく他の大陸の宗教団体とかはどう思ってるのだろう?
[良い点] 女神様の偉業を記した聖典を御本尊に奨められるナイさんに笑ったw [気になる点] このあとは少しでも耐性を付ける為にも、少し特訓を施した方が良いかも知れませんねー。 ナイさんの魔力圧に耐えて…
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