1047:女神さまがきた。
リンが女神さまの圧に耐えられなかった侍女の方を部屋から運び出し、ジークには家宰さまへ状況の説明をお願いした。西の女神さまは倒れた侍女の方を心配しているものの、女神さまと人間の力の差を理解していない様子だった。
きちんと理解できれば圧を発しなくなるだろうかと私は考えるものの、微妙だよなあと渋い顔になる。一応、暫く子爵邸で西の女神さまが滞在することは許可を出したから、子爵邸で働く方々には気を付けて頂かなければ。
騎士爵家出身の侍女の方は南の女神さまとも顔合わせをしたことがあるし、会話も少ないながら交わしていたので西の女神さまにもある程度耐性があるだろうと踏んでいたのが間違いだったようである。南の女神さまは少々乱暴な喋り方で、時折南大陸で力を振るっているが、私たちに対して加減をしてくれていたようだ。西の女神さまは人間に興味はあるものの、加減が難しいようだった。
「えっと、騒がせてごめん」
西の女神さまがジークとリンと私が忙しなく動いているところをじっと見ていたのだが、状況はある程度把握してくれているようだ。それなら今後は状況の改善が見込めるだろうと、女神さまと視線を合わせる。クロは彼女の膝の上で『大丈夫だと良いねえ』と声を出しながら、女神さまの顔を見上げていた。
「いえ、致し方ないことかと。しかし先ほどの女性に一言あれば嬉しいです。一応、先に知らせていましたが、やはり女神さまだとは信じられなかったようですし……申し訳ないのですが」
私はいきなり西の女神さまと邂逅すれば驚くだろうと、侍女の方に部屋に女神さまがいると伝えておいた。言葉の意味は理解できていたけれど、本当に女神さまがいるとは考えていなかったか、女神さまの圧に負けてしまったかのどちらかだろう。おそらく後者の方だろうけれど、侍女の方には申し訳ないことをしてしまった。私も彼女に謝らなければいけないなと目を細める。
「分かった。彼女が目覚めたら驚かせてごめんって伝える」
「申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」
私は西の女神さまに頭を下げる。一応、騎士爵家出身の侍女の方には前もって説明してから、女神さまと顔合わせをして頂こう。説明をきっちりしておけば、二度目の気絶はないはずである。
他の子爵邸で働いている方々にも紹介しなくちゃいけないので、失神者は何名出るのだろうか。できることなら誰も気絶なんてして欲しくないと願っていれば、毛玉ちゃんたちが部屋の扉へと顔を向けぴくんと耳を動かしている。
「ナイ、家宰殿に報告してきた。今いる面子を集めて周知させるとのことだ」
「侍女頭さんに彼女を預けてきたよ。事情を聞いてかなり驚いていたけれどナイなら有り得る事態だろうって」
ジークとリンが私の部屋に戻ってくれば、毛玉ちゃんたちが『お帰りー!』とそっくり兄妹の足元へ走って行く。何周か回って満足したのか、彼らは西の女神さまの下へと戻る。戻った毛玉ちゃんたちを西の女神さまは目を細めながら彼らの頭を撫でていた。
女神さまは顔を少し綻ばせているので、グイーさま同様に幻獣や魔獣に優しい方のようである。きっと力が強すぎるだけで、至って普通の方なのだろう。引き籠もっていた理由がアレだけれど、社会復帰できるなら喜ばしいことである。
「ジーク、リン、ありがとう。侍女さんは?」
「彼女の部屋のベッドに寝かせてきたよ。侍女長さんに彼女は気絶しているだけってナイが言ってたって伝えると、ならそのうち気付くだろうって」
リンが私の下へと歩きながら教えてくれた。私がありがとうと伝えれば、彼女は西の女神さまの方へと向き一礼を取った。遅れてジークもリンの横に並んで丁寧に頭を下げる。
「暫くナイの所でお世話になるから、畏まらなくて良いよ。普通に喋り掛けて貰って構わないから」
西の女神さまがお屋敷で暫く過ごすようになったことをそっくり兄妹に告げれば、二人は少し驚きつつも承知致しましたと落ち着いた声色で返事をした。ジークとリンは神さまの島に赴いたことである程度、神さま方に対して耐性ができているようだ。
無理をしているといけないので、あとでちゃんと確認を取った方が良いだろうけれど。ふうと息を吐いた私はジークとリンから視線を移動させて女神さまへと向き直る。
「女神さま、大変申し訳ないのですが屋敷の者たちと話をしてきても良いでしょうか?」
「うん。私はクロとお話しているから大丈夫。ナイが戻るまで待ってる」
一応、当主として屋敷で働く方々の反応を知っておきたい。ソフィーアさまとセレスティアさまはまだ屋敷にいる時間だから、早馬を飛ばし連絡を入れて注意を促しておかないと。出勤してから知るよりも、お屋敷で前以て知っていた方が心が落ち着くはず……多分。私が女神さまに一つ頷くと、クロが彼女の膝の上でもぞもぞと動いて態勢を変える。
『ナイ、ごめんね。お願いします』
「気にしなくて良いよ。じゃあ、お留守番お願いします」
クロに笑みを向け、西の女神さまには小さく礼を執る。私はジークとリンを引き連れて、家宰さまの下へと向かう。彼は朝早くから子爵邸に出勤して、侍女頭さんや各部門の長の方と朝の引継ぎを行っているためである。
廊下を歩きながらそっくり兄妹の方へと顔を向けた。二人は既に状況を把握して普通の態度である。今回ばかりはジークとリンの肝の太さが有難いと後ろを振り向いた。
「どう皆さまに説明すれば良いかな……」
私はジークとリンであれば答えてくれるだろうと、悩んでいることを聞いてみる。
「俺は西の女神さまが降臨なされた所を見ていないから、今回はナイの手助けはできない。すまん」
ジーク、ごめん。私も西の女神さまが降臨なさった所は目にしていない。目覚めれば部屋の中にいたのだから、大声を出さなくて良かった。私が大声を出せばジークとリンはもちろんだけれど、侍女の方が数名は慌てて確認を取るために部屋を訪れる。気絶してしまう方が増えるのは困る。とはいえ一人だけ気絶してしまった騎士爵家の侍女の方には本当に申し訳ないことをした。
「ありのままを伝えれば良いんじゃないの? 屋敷の人たちはもう『ナイだから』で納得しているみたいだし」
リンの言葉を聞いて嬉しいやら悲しいやら、微妙な気持ちに襲われる。屋敷の皆さまには私のやらかしはいつものことで、予想の遥か上を行くという認識らしい。
確かに天馬さまたちを連れて戻ったり、東大陸のアガレス帝国に拉致召喚されたり、南の女神さまを連れてきたりと忙しい日々を送っているので、屋敷の方々の認識は正しいし否定ができない。私は普通の女性であると声を大にして言いたいが、何故か不思議現象が起こってしまう。
「腑に落ちないけれど、今回は有難いかな……そういえば昨日の朝に南の女神さまの声を聞いた気がするんだよね。もしかして気を使って声を掛けてくれたのか。もう少し詳しく聞きたかった」
詳しく話を聞かせてくれていればなにか策を立てられたかもしれないのだが。まあ、既に物事は進んでいるので今更だし、南の女神さまに八つ当たりするのはみっともないから止めておこう。
ふうと息を長く吐いて気持ちを入れ替える。廊下を暫く歩いていれば、家宰さまがいる部屋の前へと辿り着いていた。私は扉を二度ノックして入室の許可を得る。この屋敷の当主である私には必要ないものかもしれないが、あった方が良いだろうし相手に失礼である。
「朝早くからお騒がせをして申し訳ありません」
家宰さまに小さく礼を執って部屋の中へと足を進める。家宰さまは私と分かっていたので、席から立っており応接椅子へと案内してくれた。
「いえ、ご当主さま。しかしながら本当に西の女神さまが御降臨なさったのですか?」
私が腰を下ろせば、彼も椅子へと座って真面目な顔を浮かべて問うた。嘘を吐く必要はないけれど確認は必要らしい。
「はい。神の島で邂逅した方ですので、ご本人です。クロと話がしたいことと、西大陸がどう発展しているかを自身の目で確かめたいようで……」
西の女神さまなので考えたことを行動に起こしただけなのだろう。きっと言葉以上の意味はないはずである。というか、あったらたまらない。
「な、なるほど。屋敷の者には全員に知らせるようにと、各部門の長たちに言い含めておきました。あと女神さまに失礼のないようにとも」
家宰さまは少し顔を引き攣らせつつ、私が部屋にいる間に行ったことを伝えてくれる。本当に有能な方で助かると、私は小さく息を吐いた。
「話が早くて助かります」
「しかし、ご当主さまは暫くゆっくりと過ごされるのですよね? 西の女神さまが出掛けたい場合はどうなされるのでしょうか?」
「女神さまにお付き合いするくらいであれば、無理には入らないかと。私が女神さまを案内します」
外を軽くウロウロするくらいであれば問題ない。それよりも警備の人員を割けるのかどうかが微妙な所である。侯爵家で賄い切れないなら、アルバトロス上層部に伝えて人員を借り受けないと。
地位が高くなって便利なのは、こういう所にあるようだと私は実感する。家宰さまと仕事の話と女神さまのこれからについて、いくつか言葉を交わし終えて部屋を出た。もう一度、息を長く吐けばジークとリンが私の顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「大丈夫?」
私の溜息に気付いたジークとリンが心配そうに顔を覗き込む。心配を掛けるつもりはないので、私は二人に笑みを向けた。
「うん、大丈夫。ジークとリンは?」
ジークとリンにも申し訳ないことをしている。私に付き従っていなければ、トラブルに巻き込まれていないだろう。でも二人はそれを分かっていて一緒にいてくれる。クレイグとサフィールも分かっているし、多分ソフィーアさまとセレスティアさまだって分かってて侍女を務めてくれている。
屋敷で働いてくれている方たちだって、私が持ち帰るトラブルに付き合って貰っているようなものだ。一応、お給金は平均的なお貴族さまの家々より多く払っているけれど、嫌気が指せば理由を付けて辞めることもできる。辞職は少々難しいけれど、この三年間で辞めた方がいないのは良い環境の職場だと信じたい。
「体調に問題はないな。いつも通りだ」
「大丈夫だよ。みんなと一緒にいられるんだし」
ジークとリンが笑みを浮かべて私の質問に答えてくれた。有難いことだと自室に戻れば、女神さまの膝上からクロが飛び立って私の肩の上に乗る。少し寂しそうな、残念なような顔を浮かべた西の女神さまに苦笑いを浮かべて、これから朝食を摂らないかと誘ってみた。ついでに他の面子がいることも告げておく。
「良いの?」
「屋敷の食事が女神さまの口に合うか分かりませんが、お腹が空いているのは辛いですから」
一応、女神さまをお誘いする予定なので配膳係の方は必要ないように、食事は既に用意されている。調理場の皆さまも緊張しているかもしれないから、あとで一言お礼を伝えておかなければ。お腹が空けば力が出ないし、物事を捌く気力もなくなってしまう。女神さまには沢山食べて頂いて、また引き籠もりにならないように努めて貰わなければならない。
「ありがとう。頂いても?」
女神さまは不思議そうな顔であるものの、ご飯を食べる気力はあるようだ。私は良かったと安堵して女神さまを食堂に案内しようと、手で行きましょうと示す。
「もちろんです」
そうして女神さまは椅子から立ち上がって、私はジークとリンと西の女神さまとクロとアズとネルに、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちと一緒に子爵邸の廊下を歩く。
ロゼさんは私の影の中で大人しく過ごすようだった。お猫さまとジルヴァラさんともすれ違わないし、屋敷で働いている方と廊下ですれ違わない。あまりうろつかないようにと家宰さまが命を下してくれたようで、ありがたいと感謝しながら食堂に赴いた。
「は?」
「え?」
そうして食堂に入るなり見慣れた顔の二つが、目を真ん丸に見開いてこちらを見ていた。女神さまがきていることは知っているはずなのに、クレイグとサフィールが鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を浮かべて、フリーズするのだった。
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あと発売記念というか、誘導用というか9/6日から一日二回更新を致します。本当は今日から行う予定でしたが前日告知忘れておりました(オイ 16時10分は固定で、あと一回はランダム更新にしようかなと。1083話まではストックあるので、10日間強は続けられるはずです。ストック尽きたら、一日一回更新に戻りますねー!┏○))ペコ