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1046:騒ぎの予感。

 何故か気怠そうな顔をした儚い雰囲気の西の女神さまが、私の部屋の机に備え付けている椅子に腰を下ろして私を見ている。おそらく女神さまの目的はクロなのだろうが、本人……本竜はまだ籠の中で身体を丸めて寝息を立てていた。

 クロを起こそうか迷って、延ばそうとした手を引っ込める。そのうち勝手に目が覚めるだろうと、床で寝ているであろうヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんに視線を向ければ、西の女神さまの前でお座りをしてじっとしている。毛玉ちゃんたちが静かに腰を下ろしているのは珍しい。とりあえず女神さまの不法侵入については、警備の皆さまに責がいかないように手を回すとして。私は小さく息を吐いた。


 「おはようございます。このような恰好で女神さまの御前に立ち申し訳ありません」


 ベッドから降りていた私は女神さまに深く頭を下げれば、女神さまはゆるゆると左右に頭を振った。篭の中で寝ているクロに『起きて~』と念を送ってみるものの、全く起きる気配がない。これからどうすれば良いだろうと唸っていれば、西の女神さまは表情を変えないまま口を開く。


 「上等な服だと思うけれど。少し時間が流れたみたいだから、人間の世界は随分と変わっているみたいだね」


 表情は変わらないけれど、興味深そうな視線を私の寝間着に向けている。一体、いつの時代と比較されているのだろうと疑問に感じるけれど、話の種が見つからないから丁度良いか。


 「女神さまがいつの時代を指しているのか分かりませんが、寝間着なので失礼かと……」


 女神さまは私の格好が寝間着だと気付いてくれていない。流石に寝間着と分かれば私の先ほどの発言を理解してくれるだろう。西の女神さまは私の言葉を聞いて少し首を傾げる。


 「そうなんだ」


 「はい。えっと西の女神さまは何故こちらに?」


 西の女神さまは淡泊な返しを私にくれるのだが、女神さまから会話のキャッチボールをする気はないようだ。仕方ないので私は彼女に聞きたいことを聞いてみる。


 「クロとお話したいのはもちろんだけれど、末妹の話を聞いて君に興味が沸いた。あと、今の大陸がどんな状況なのかも気になる。竜や魔獣が増えているって聞いたし。暫く、厄介になっても良いかな?」


 女神さまがあっさりと現界した理由を話してくれた。グイーさまたちには許可を得ているそうで、あとは私の許可が降りれば子爵邸で過ごしても良いんじゃないかと西の女神さまに伝えてくれているそうだ。あ、もしかして南の女神さまの声が昨日の朝に聞こえたのは、グイーさまや三女神さまたちが西の女神さまを引き留めてくれていたのだろうか。そして譲歩案が私の許可ということかもしれない。


 そして西大陸をウロウロするなら、西の女神さまの管轄地なので好きにして良いと言ってくれたらしい。私の許可などいらないから勝手に泊れとかグイーさまは言い出しそうなのに、彼が良識的なことを娘さんに伝えてくれたことを感謝しなければ。とはいえ、女神さまの要請を断れば、西大陸の多くの方から顰蹙を買ってしまう。聖王国のことは無視で良いけれど、他の国からアストライアー侯爵家に白い眼が向けられることは避けたい。

 

 「承知致しました。女神さまをきちんと持て成せるのか分かりませんが、屋敷の皆で快適に過ごせるように善処いたします。あと女神さまが屋敷にいらしたことを国に報告しても良いでしょうか?」


 結局、神さまに泊めて欲しいと請われれば否という声は上げれない。ただアルバトロス上層部へ西の女神さまが御降臨なさったことを報告しておくべきだと許可を取る。拒否をされれば、暫く西の女神さまをお預かりすることはできないと教会に行って、グイーさまに西の女神さまの回収をお願いしよう。回収してくれるのか微妙な所であるが、大陸を創った女神さまよりも星を創ったグイーさまの方が格上なのだから。できるはず、多分。


 「気を使わなくて良いよ。寝床は床で十分だし、この子たちの毛があれば十分だ。君が国へ報告する意味があまり分からないけれど……」


 女神さまが眉間に皺を寄せる。雰囲気は儚いままだが、なにか考えているようだ。とりあえず彼女の疑問に答えるため、小さな集落同士で縄張り争いをして、勝って負けてを繰り返して、大きくなったのが国で、国を治めている偉い人がいること、その方に連なる者たちがいて、更に下にも大勢の人間がいると伝えておく。

 女神さまの知る西大陸の人たちがどういった生活を送っていたのかしらないが、もしかすれば彼女は随分と以前の人間しか知らないのではなかろうか。一応、神さまの島で見守り活動をしていたようだけれど、直接関わらないなら理解が浅い可能性もある。私の凄くざっくりな説明を真剣に聞いた女神さまが、顔色を変えないまま口を開く。


 「貴族とか面倒なものを、いつの間にか人間は作ったんだね」


 確かにお貴族さまは面倒な生き物であるが、必要だから仕組みとして出来上がったのだろう。王さまだけでは国を治めるのは難しい。だから頂点に連なる人を多く要したと。私が女神さまに苦笑いを浮かべると、籠の中で寝ていたクロがもぞもぞと身体を捻り顔を上げる。クロは寝ぼけ眼のまま口を開いた。


 『ナイ~寝言が酷いよ~』


 どんな寝言やねんと突っ込みを我慢して、私はクロの目が開くのを待つ。西の女神さまはクロが起きたことでぱっと顔を輝かせていた。クロとそんなに話がしたかったのかと彼女を横目で見ていると、クロは女神さまの存在に気付いたようだった。


 『あれ、どうして女神さまがいるの?』


 クロが西の女神さまが部屋にいることを認識して、寝ぼけ眼からはっきりと覚醒した。籠の中でこてんと首を貸してげて直ぐに翼を広げて女神さまの下へと飛び立つ。


 「きちゃった。君とお話がしたくて」

 

 女神さまの顔の前でクロは滞空飛行をして、ゆっくりと彼女の膝の上に降りた。随分と仲良くなったんだなあとマジマジと私はクロと西の女神さまの様子を黙って見守る。

 

 『そっか。でも突然女神さまがくると驚くから、前もって連絡が欲しいなあ』


 クロ、ナイスです。せめて連絡を入れてくれれば西の女神さまを迎え入れる準備ができるし、子爵邸の皆さまも仕事として受け入れやすいのではないだろうか。女神さまがいきなり現れれば、普通の方は彼女の圧に耐えられない。

 女神さまはいつも通りかもしれないが、受け入れる側の人間の覚悟が決まってなければ気絶してしまうのではなかろうか。神の島へと赴いた時は神さまがいると分かっていたから耐えられた。でも、いきなり女神さまが目の前に現れれば普通の方は腰を抜かす状況だろう。


 「……分かった。次からそうする。あ、ナイに暫く滞在するって言ったら、良いよって言ってくれたんだ。クロとお話、沢山できるね」


 西の女神さまがクロに向かって薄く笑った。クロも彼女の顔を見上げながら嬉しそうな顔になっている。なんだか私の肩が軽いという違和感を覚えるが、クロが乗っていないから当然だ。


 『楽しみだねえ』


 「外にも出て良いって」


 これは暫く西の女神さまにお付き合いせねばならないのだろうか。彼女が自由に外を闊歩すれば、王都の皆さまやアルバトロス王国の皆さまが驚くだろう。

 私という壁が一枚挟んでいれば、少しはマシになるはずである。アルバトロス王国上層部も頭を抱える案件であろうが、西の女神さまを奉っている教会はどう考えるだろうか。なににせよ忙しくなりそうだと、私は小さく息を吐いて彼らのやり取りを眺める。


 『えっとね、人間は昔より魔力量が減っているから、女神さまを見たら驚いて腰を抜かす人が沢山でちゃうよ~』


 「そうなの? でも、私に驚くわけないよ」


 『ボクを見て驚いている人がいるから、女神さまに驚く人は沢山いるよ』


 「そうかな」


 『そうだよ~』


 一柱と一頭がこてんこてんと首を傾げながら言葉を交わしている。なんとも珍妙な光景に私は苦笑いを浮かべたのだが、そろそろいつも私が起きる時間であり、呼び鈴が鳴らなければ侍女の方が部屋の前で声を掛けてくれるようになっている。

 私を心配して部屋へくるよりも、私が呼び鈴で侍女の方を呼び注意を促した方が良いだろう。楽しそうに会話を交わしている所に申し訳ないが、一柱と一頭の間に私が言葉を投げ入れた。


 『どうしたの、ナイ?』


 「?」


 声を上げてこてんと首を傾げるクロと、女神さまの首の傾げ方がシンクロしていた。気が合うねえと目を細めて、時間だから侍女の方を呼んで着替えをしたいことと、朝食を摂りたい旨を伝える。

 女神さまはご飯に興味があるようで、ご自身が現界して人間のお世話をして回っていた頃とどう変わっているのか気になるとのこと。一応、食事は多めに用意して貰っているから問題ないけれど、料理人の方々が驚くだろうなと苦笑いになる。


 一先ず、西の女神さまがいらっしゃったことを関係各所に連絡を入れなければと私は呼び鈴を鳴らす。女神さまは呼び鈴が珍しいようで、侍女の方がくる前に私に説明を求めた。

 次は私が鳴らしたいと西の女神さまに強請られたので分かりましたと私が答えると、扉の向こうに侍女の方がきたようだ。部屋に響くノックの音を聞いた私は『どうぞ』と軽々しく言えないと、一つ咳払いをする。

 

 「部屋に西の女神さまがいらっしゃっているのですが、驚かないでくださいね。どうぞ」


 いつも直ぐに『どうぞ』と答える私に侍女の方は違和感を抱いたのか、いつもより長い間を経てから扉が開かれた。扉が開くと、騎士爵家出身の侍女の方が今日の当番のようである。彼女は不思議そうな顔で扉を開き私を視認し、床の上で女神さまの足元でじゃれている毛玉ちゃんたちへ意識が向かい、更に見ず知らずの西の女神さまのご尊顔へと順に目を動かしていた。


 「…………ひゅう」


 騎士爵家の侍女の方が白目を向いて床に倒れようとした瞬間、ヴァナルが神速の勢いで走り出し床に直撃しそうになった侍女の方を支える。もう気絶しているのでヴァナルが支えてくれていることは分からないかもしれないが。

 雪さんたちもゆっくりと立ち上がり彼女の下へと歩いて行く。毛玉ちゃんたちも心配な様子で鼻を鳴らしながら侍女の方の下へ行ったり、女神さまの下へと行ったりして忙しない。クロも心配しているようで侍女の方の下へと飛んで行った。今、彼女が目覚めたらまた目を回して気絶してしまうのではないかという状況である。て、そんなことを気にしている場合ではない。


 「だ、大丈夫ですか!?」


 私は雪さんたちと毛玉ちゃんたちを掻き分けて侍女の方の下へ向かい、しゃがみ込む。頭はヴァナルが守ってくれたので打っていないし息もある。女神さまの圧に負けて気絶しただけだろう。

 念のために一節の魔術を詠唱して、怪我があれば早く治るようにしておいた。ふう、と私は息を吐いて侍女の方の胸を見て、ゆっくりと呼吸していることに安堵した……侍女の方も胸が大きいとは考えていない。いないったらいない。

 

 「大丈夫、倒れたよ?」


 女神さまが椅子から立ち上がり、全く足音を立てずにこちらへきた。彼女は私の横にしゃがみ込み侍女さんの顔に掛かった髪を払い、視線を私の方へと向ける。


 「女神さまの圧に驚いたのかと。耐性のない方にはキツイようです」


 「じゃあ、どうすれば良い?」


 「神力を抑えて頂けると助かります」


 「そう言われても、無理じゃないかな。父さんは抑え方を知っているみたいだけれど、習ったことないし……」


 むーと考え込んでいる西の女神さまに私は『グイーさまに聞いてみましょう』と伝えれば『分かった』と納得してくれた。話の通じる方で良かったと安堵しつつ、このままでは超不味いと一番信頼できる助っ人を呼ぼうと私は口を開く。


 「ジーク、リン! 私の部屋にきて! あと、ジークとリン以外は許可があるまで近づかないでください!」


 私が声を荒げたことが珍しかったのか屋敷の中が少し騒がしい雰囲気に包まれ、直ぐにジークとリンが私の部屋へとやってくるのだった。

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― 新着の感想 ―
女神様が王都を歩いたら 聖教国ほうかい… ナイムネ教爆誕 いや ファティマの聖母様で バチカン潰れなかったからギリセーフかな?
[一言] 『ナイ…悪い…』と南の女神様の声が聞こえたことの後に、西の女神様が枕元に直接現れたことで伏線が繋がったこと。 早速圧で侍女さんを気絶させちゃうし、西の女神様はこのままナイちゃん家でお持て成し…
[一言] 日常に戻ったと思ったら「に、日常?(困惑)」案件という…… ほんと西の女神さまったら湿度がたけえ行動をなさって。一緒にお風呂に入るとか床で添い寝するとか普通に言い出しそうなのがニントモカント…
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