1041:お役目終了。
少し情けない所を見せていたグイーさまであるが、やはり世界を造ったという創星神さまというだけはあって締めるところは締められるようだった。グイーさまの質問に西の女神さまも素直に答えていたし、北と東と南の女神さまも静かに耳を傾けていた。
私は家族会議の席に何故か同席し、北と東の女神さまの間でサンドイッチの具の如く腰を下ろしていたのだが特になにもないまま終わった。平穏無事に家族会議が終わったことに私が胸を撫で下ろしていると、席から立ち上がった西の女神さまがクロに視線を向けている。クロは首を傾げて『どうしたの?』と声を上げれば、嬉しそうに西の女神さまが笑みを携える。
「もっと君と話をしたい」
『でもボク、ナイと一緒に帰らなきゃ……』
クロが珍しく困った様子で西の女神さまに告げる。時刻は夜で、このあと島から出る予定である。近くの岩礁まで転移して、更にもう一度転移を行い漁村から一番近くの宿泊施設へ移動するのである。遅くなると告げているし先払いしているため宿泊を無断キャンセルしても構わないのだが、流石に一言くらいは宿泊施設に申し入れるべきではなかろうか。
クロの言葉に西の女神さまがしょぼんと肩を落とし、毛玉ちゃんたちがどうしたのと西の女神さまを取り囲んだ。彼女は毛玉ちゃんたちの下へとしゃがみ込んで、絨毯に文字を書きながら片方の腕は足を抱えている。
どうやらクロと話したいけれど、クロの意思を無下にするつもりはないようだ。でも寂しい気持ちが彼女の心にあるようで、言葉で伝えられず行動で気持ちを伝えているようだった。子供かい! と突っ込みをいれたくなるけれど数千年引き籠っていた不器用さんである。せっかく部屋から出てきてくれたのに、もう一度引き籠もっても困ると私は口を開いた。
「クロは島に泊って、私が明日お迎えにこようか? 転移はロゼさん任せだし、そうすれば一晩一緒に過ごせるよ」
私の言葉を聞いた西の女神さまの顔がぱっと明るくなった。やはりクロと話がしたいようで、彼女の毛玉ちゃんたちを撫でる手が力強いものとなっている。そのうち摩擦で毛玉ちゃんたちの毛が燃えそうだった。
『ボクのこと置いて行かない?』
「行かないよ。それにクロなら神さまの島からアルバトロス王国まで飛んで戻れるんじゃないの?」
クロなら大きくなって自力で神さまの島からアルバトロス王国の子爵邸まで飛べそうだ。実際、アルバトロス王国からアガレス帝国まで飛行しているから問題はなさそうだけれど。
難点があるとすれば、神さまの島から岩礁までだろうか。今回も岩礁から神さまの島までは南の女神さまが出迎えてくれた訳だし。うーんと私が考え込んでいるとクロがもう一度口を開く。
『そうなると溜め込んだ魔力をまた消費しちゃうから……あまりやりたくないよ。ナイは冗談でボクを置いて行くことがあるから心配』
「……ぐう。あの時はごめんなさい。クロならどこにも行かないって特に理由のない自信があったから……」
私がクロを置いて行ったことがあったけと記憶を掘り返せば、冗談で一度実行したことがあった。学院での一コマだったけれど、クロは覚えていたらしい。
後ろで私たちのやり取りを聞いていたソフィーさまとセレスティアさまが『あれはナイが悪いな』『クロさまは賢いので大丈夫でしょうが、置いて行く理由がありませんもの』と三年前のことを持ち出されてクロに突っ込まれた私へ少々厳しめの視線が向けられている。あの時は真にごめんなさいと謝りながら、クロに今日はどうするのか聞いてみる。
『泊っても良いの?』
「もちろん。父さん、良いよね?」
クロがこてんと首を傾げれば西の女神さまが嬉しそうな顔でグイーさまを見た。
「ん、構わんぞ。なんなら皆、泊っていけ」
グイーさまは問題ないとあっけらかんと答えをくれて、ついでに私たちまで泊る許可をくれる。とはいえ、皆さま神さまの島では緊張しっぱなしであろう。一度戻って、休息したいのではなかろうか。以前訪れた時、北大陸へと戻った途端に腰を抜かす方が多数いたから、今回もきっと緊張しているはずだ。
「流石に大勢泊ればご迷惑になるかと。クロを残して明日、迎えにきます。ご許可を頂けますか?」
私が言い終えるとクロが肩の上から飛び立って西の女神さまの下へと飛んで行く。
「分かった。引き籠もりを解決してくれた者たちに無理は言えないな」
グイーさまは私の提案を飲んでくれ、クロを残して私たち一行は北大陸に戻ることになった。話が決まれば行動は早く、あれよあれよという間に撤収の準備が整っていた。お屋敷の外に出て私たち一行は一塊となっている。私たちの前にはグイーさまと四女神さまが揃い、西の女神さまの腕の中にはクロがつぶらな瞳でこちらを見ていた。
『じゃあ、また明日』
「うん。ちゃんと迎えにくるからね」
クロがこてんと首を傾げれば私は苦笑いになる。置いて行くつもりはないし、きちんとお迎えに行くから心配しないで欲しい。これから西の女神さまとクロがどんな話をするのやらと気にはなるが、夜も遅いので眠たい気持ちがある。
外に出ていたロゼさんに視線を向ければ、いつでも転移は可能なようだ。ロゼさんに私が一つ頷けば足元に魔術陣が浮かぶ。ロゼさんは無詠唱で割と多い人数を転移させるようである。どこまでロゼさんは進化を続けるのだろうと首を傾げていれば、南の女神さまが半歩前に出た。
「出迎えはあたしが行くからな。ビビんなよ」
「もちろんです。ありがとうございます」
両の手を後ろに回しながらにっと笑う南の女神さまに私は礼を執り、明日のお迎えのお礼を先に告げると彼女は直ぐに真剣な顔になった。なんだろうと私が首を捻ると南の女神さまが両手を頭から離す。
「おい……鼻血出てただろ、大丈夫なのか?」
「はい。出血は止まったので一時的なものかと」
どうやら南の女神さまは私が鼻血を出してしまったことが気掛かりだったようだ。有難い心配であると私は笑って彼女に告げれば、納得してくれたようで直ぐに引き下がる。そうしてグイーさまが『またな!』と声を上げれば、某岩礁へと辿り着き、もう一度ロゼさんが転移を発動させた。
辿り着いた先は小さな漁村だった。一応、夜に転移で戻ることを伝えていたので問題はないけれど、突然姿を現したので驚いているようだ。初めて神さまの島へと足を踏み入れた面子がふらふらと地面に腰を下ろしていた。
私は村長さんに挨拶してくると言い残してジークとリンを連れて村の中を歩く。そうして村長さんが住んでいるという家に辿り着くと、慌てた様子で私たちを出迎えてくれる。
中にどうぞと案内されるが、漁村を騒がせたことを謝りにきただけなので玄関の対応で構わないと告げれば、彼はソワソワした様子で私の前に立つ。流石に家の中に入ってお茶を頂く時間はないので、申し訳なさが募るが致し方ない。
「ご無事に戻られたようでなによりです」
村長さんは神さまの島を目指した方々が戻ってこない確率の方が高いことを知っている。私たちが神さまの島から二度目の帰還を果たしたので、驚いているようだった。
「夜分にお騒がせして申し訳ありませんでした。直ぐ宿の方へ移動しますので、今少しお待ちを。あと漁村で買い付けた品ですが、神さまたちはお召し上がりになり喜んでおられました」
「ほ、本当に漁で採った魚を神々は食してくださったのですか……!?」
私の言葉に村長さんが目を真ん丸に見開いて驚いている。行き掛けの駄賃ではないけれど、今いる漁村でお魚さんを買い付けた。新鮮だし塩を振って焼くだけでも美味しいだろうと考えたからだ。目論見通り、ぷりぷりに身の締まった焼き魚ができあがったし、グイーさまも酒の肴に良いと喜んでいた。良い報告ができて良かったと私は安堵していたのだが、当の村長さんは今にも心臓が止まりそうな勢いである。
死にはしないだろうけれど、寿命が短くなってしまったかもしれない。いや、神さまが漁村で採れた魚を食べたと知ったのだから、寿命はきっと延びたはず。話をそこそこで切り上げれば、村長さんにお見送りをさせて欲しいと請われたので分かりましたと伝える。
残していたメンバーと私たち一行が合流すると、いそいそと宿に向かう準備が進んでいた。今回はトナカイさんがソリを引くのではなく、エル一家が担ってくれる。あとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんとグリフォンさんもである。その光景に村長さんがまた目を丸くしながらも、どうにか口を開いて私と別れの挨拶を交わすのだった。
「では、本日はこれで」
私は頭を下げてソリに乗り込めば、ゆっくりとエルたちが前へと進み始めた。一歩、二歩と進みだし、最初は力を入れていたのだが、ソリに勢いが付くと小さな力で十分のようである。目が慣れて視界に流れる闇夜の景色を眺めながら宿へと辿り着き、個々に宛がわれた部屋へと入る。エルたちは外で待機しているけれど、寒さには強いので問題ないとのこと。
良かったと安堵していると宿の方からオーロラの話が皆さま――特に女性陣――に伝わったようだ。眠らないままオーロラを見に行かないかと提案された。それなら宿に泊まる日数を延長させてクロが戻ってきてから観に行こうと私が提案する。神さまの島に何日滞在するか分からなかったので、日程には余裕を持たせていた。
ソフィーアさまとセレスティアさまに滞在延長を相談すれば問題ないとのことだし、エーリヒさまたち外務部の皆さまと護衛の方々も日程に余裕を持たせてある。副団長さまと猫背さんは言わずもがなだし、亜人連合国の皆さまも北大陸の雰囲気を楽しみ、時間が余れば竜化して魔人の村を訪ねてみたいとのこと。
「それじゃあ、明日クロを迎えたあと、オーロラ鑑賞をしましょう。寒いので風邪を引かないように気を付けてください」
オーロラの発生理由を知っている身としては複雑な気分であるが、みんなが観たいなら大したことはない。とりあえず夜も遅いし早く寝ましょうとなって、それぞれの寝床に就いて目を開けば朝陽が昇っていた。
アルバトロス王国よりも陽の出の時間が遅いけれど、私とジークとリンとエーリヒさまはクロを迎えるために、もう一度神さまの島へとロゼさんの転移で向かう。約束の場所に辿り着けば、グイーさまと四女神さまが私たちを出迎えてくれた。そうしてクロが西の女神さまの腕の中からぴゅーとこちらへと飛んでくる。
『ただいま~ナイ』
「おかえり、クロ。女神さまとのお話は楽しかった?」
私はクロと視線を合わせれば、いつも通りクロは私の肩の上にのりすりすりと機嫌良さそうに顔を擦り付ける。
『うん。いろいろと話したよ。楽しかった』
「それは良かった。じゃあ帰ろうか」
私はクロからグイーさまたちへと視線を向けると、彼が半歩前に出た。
「すまないな。娘の我が儘を聞いて貰って。もう引き籠もる気はないそうだから一安心だ! ナイのお陰だな」
「いえ、私だけではなくいろいろな方が知恵を貸してくださいました」
私の言葉にグイーさまが他の者にも礼を伝えなければなと口にする。私は騒ぎにならない程度でお願いしますと伝えれば、グイーさまはにかっと笑うだけだった。なにか企んでいないかなと頭に過るけれど、野暮なことは言うまい。グイーさまが他の方々にもお礼を言いたいそうだと報告しておけば問題ないだろう。
「また遊びにこい!」
「ありがとうございます。では、これで失礼致します」
グイーさまのお誘いに苦笑いを浮かべながら、これ以上神さまの島に訪れることはないだろうと頭を下げる。そうしてロゼさんの転移が発動し、岩礁を経由して漁村から宿へと戻る。クロにはオーロラを観ることになったから一日延泊するよと伝えれば、分かったとご機嫌な様子で夜を待つのだった。
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