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1039:外。

 ――クロと三女神さまが西の女神さまの部屋へと足を踏み入れて、十分ほど経っている。


 私たち一行は西の女神さまの部屋の前で待っているのだが、中にいる方々が出てくる気配はない。西の女神さまとクロの話し合いが妙な方向にでも進んでいるのだろうか。クロであれば女神さま相手でも問題なさそうであるものの、出てくるのが遅ければ心配になる。

 大丈夫かなあとジークとリンの顔を見上げると『待つしかないな』『クロなら大丈夫だよ』と言いたげな顔をしていた。あまりにも長ければ強行突破するために許可を取ろうとグイーさまの方へ顔を向ければ、彼は微妙な顔で西の女神さまの部屋を見つめている。神さまでも家族愛があるのだろう。地球の神話のようにドロドロな関係ではなくて良かったと私は小さく息を吐いた。それにしても。


 「長いね。大丈夫かな」


 私はたまらず声を上げるとそっくり兄妹が苦笑いを浮かべる。私がソワソワしているならば、どこぞの辺境伯令嬢さまの方が気が気ではないようで、ご令嬢らしくない妙な表情を作っていた。流石に某ご令嬢さまのような心配はしていないし、最悪はグイーさまと一緒に西の女神さまの部屋に強行突破を試みる腹積もりだが……むーっと渋い顔を浮かべると、部屋の奥から人影が見えた。


 そうして一頭の小さな白銀の竜がぴゅーと私の方へと飛んきて、私の近くで何度か翼を羽ばたいてそのまま私の肩の上に乗った。


 『ナイ~ただいま。あのね、西の女神さまがナイに話があるって』


 クロが私の肩の上で用件を伝え終える。いつもであればクロの顔が私の顔にぐりぐりと擦り付けられるのだが、今日はそれがない。珍しいなと不思議に感じつつ、こんな時もあるのかと意識を切り替えて私は口を開く。


 「おかえり、クロ。お疲れさま。西の女神さまが私に話があるって一体どういうこと?」


 西の女神さまに私は一度も会ったことはないのに、どうして初手で話がしたいと言い出したのだろう。長い間自室に引き籠っていて、久しぶりに部屋を出るのならばご家族の方と一番初めに話すのがセオリーではないだろうか。

 全く無関係な私にどうしてと考えていれば、ふと頭の中に一つの可能性を思いつく。西の女神さまは西大陸で起きたことを全て把握しているのだろうか。それならば、私が聖王国に喧嘩を売って潰そうとしていたことや、リームの聖樹を枯らしたことを怒っていても仕方ない。

 私が私のために動いたことも仕方のないことのように思うが、立場や視点によって出来事の正否は違ってくる。やばい怒られると背中に冷や汗が流れるものの、諦めるしかないようだ。だってもう、西の女神さまと彼女の部屋へと入って行った三女神さまの姿が見えているのだから。


 『…………なにか思うことがあるみたい』


 クロが少しだけ声のトーンを落として答えてくれるけれど、凄く曖昧な答えだった。西の女神さまの姿は見えているので、腹を括って女神さまと対面するしかないのだろう。

 私はふうと息を吐いてから、大きく息を吸って背筋を伸ばす。そういえば聖女の舞からそのままなので私の格好は聖女の衣装である。あれ、女神さまに仕える巫女とかって勘違いされないよねと心配になってくるけれど、南の女神さまとの初対面の時は雷撃のようなものをブッパされたので関係ないか。


 ゆっくりと西の女神さまは私の下へと進み、五歩ほど距離を保ち立ち止まった。南の女神さまは活発な雰囲気を持ち、北と東の女神さまは大人しそうな雰囲気なのだが、西の女神さまを一言で表すならば存在が儚い方である。凄く薄いというか、なんというか。

 それでも女神さまなのか背が高く、手足は長いし、顔立ちも凄く良い。身長が高いのは羨ましいなと私は西の女神さまの顔を見上げ、失礼のないように礼を深く執る。


 「貴女が竜の仔が言っていた、ナイ?」


 西の女神さまが私を見下ろしながら問う。背が低くて申し訳ないけれど、十八歳を超えても一向に伸びる気配はない。どうにかならないかなと考えているので、グイーさまにでもお願いしてみようか。でもグイーさまにまで希望はないと言われてしまえば、私は絶望の淵に立たされてしまう。せめて前世の身長があればと嘆いてしまうのは、前世の記憶持ち故の弊害である。


 「お初に御目に掛かります。アルバトロス王国所属、ナイ・アストライアーと申します」


 私は名乗りを上げれば西の女神さまは目を細めた。私は彼女の機嫌を損ねたのだろうかと心配しつつ、グイーさまと三女神さまになにかあれば助けて下さいと視線を向けた。

 グイーさまは『助けられる状況ならな』と言いたそうな顔をし、南の女神さまは『努力する』と渋い顔になり、北と東の女神さまは『さて、どうかしら』『姉さまが一番強いですからねえ』ととんでもないことを言いたげだった。私に明日はあるのだろうかと頭を抱えたくなるものの、まだ私の命が消えるわけではないと西の女神さまと顔を合わせる。


 「名前は竜の仔から聞いたよ。君が大きな白銀の竜の最期を看取ったって」


 西の女神さまが私を静かに見下ろしながら告げる。少々圧を感じるのは気の所為だろうか。というか、クロ……話を脚色して西の女神さまに伝えている。あれは死期を迎えたご意見番さまが永遠に眠る場所を求めていたのに、銀髪くんが手を出してアルバトロス王国と辺境伯家が動く羽目になったのだ。若干の違和感を受けるので、訂正しておいた方が良かろうと私は口を開く。


 「看取ったのは違うかと。力尽きた竜が瘴気を発し、浄化儀式を執り行っただけです」


 ご意見番さまが卵を残したのは彼の意思だろうし、なにかやり残したことでもあるのだろう。それを叶えるためにクロが産まれたのかどうかまでは分からないけれど。クロは私の肩の上でこてんこてんと首を傾げながら、西の女神さまと私に視線を行ったり来たりさせていた。


 「……はあ」


 西の女神さまが大きく溜息を吐いた。私は何故西の女神さまから呆れが含まれた視線を受けなければならないのだろうか。


 『あまりピンときていないみたいだよ。ナイだから仕方ないのかなあ……』


 クロが目を細めながら西の女神さまに語りかけた。私は物事に対してそんなに鈍いつもりはない。単にあの場に居合わせた人の中で私が一番魔力量を持ち、浄化儀式の適任者だっただけである。

 西の女神さまが何故、その話を持ち出したのかイマイチ理解できていないので話が平行線になるのか。改めると、西の女神さまの話の意図を聞いていない。この際、ご意見番さまの最期を看取ったとかは別として、女神さまの真意を聞いておいた方が良いのだろうと私は口を開く。


 「しかし、何故、わたくしに疑問を投げられたのですか?」


 「部屋の窓から竜の姿が見えて、何万年か前のことを久しぶりに思い出した。白銀の竜と過ごした時間は楽しかったなって」


 女神さまは私の問いに答えてくれた。時間感覚がおかしいけれど、外にいたクロたちを見て昔を思い出してくれたようである。それが切っ掛けで部屋の外に出る決心を付けてくれたようだけれど、クロと一体なにを話したのやら。まあ、それは女神さまとクロとの間で知っておけば良い事柄である。それより私には気になった言葉があった。


 「クロ……西の女神さまはご意見番さまと話したことがあるのですね。しかし今はつまらないと?」


 私はもう一度、西の女神さまの顔を見上げる。先程の言葉から推測すれば、今はつまらないと主張しているように聞こえた。だから引き籠もっていたのかなと改めて聞いてみる。遠回しに。


 「うん。でも白銀の竜の生まれ変わりを見つけたから。また話がしたいなって」


 西の女神さまは一つ頷いて言葉を続けた。最初は弱かった存在の人間が成長して文明を手に入れ、西の女神さまの力を必要としなくなり西大陸から神の島へと戻ったそうだ。

 それから暫く西大陸を神の島から見守っていたものの、人間は醜い存在に成り下がってしまったと。人間の意識改革を促すために地上に降臨しようかと考えてみたが、南の女神さまの行動を見て意味は薄いと悟ったそうだ。

 

 「え……あたしかよ!」


 南の女神さまが突然話題に上がったことに驚いて肩をびくりと揺らした。やはり長姉には敵わないのか、南の女神さまは西の女神さまを敬っているように見える。北と東の女神さまに対しては普通の態度なのに……面白い関係性だった。


 「貴女が悪いわけじゃない。単に人間の愚かさに愛想が尽きたとでも言えば良いかな。西大陸に干渉しても面白くなくなった。もう役目を終えて良いかなって考えていたけれど、クロがいるから」


 西の女神さまは言い終えるとクロに視線を向けて、嬉しそうな表情を浮かべている。あれ、これ暫くクロは神さまの島で過ごすことになりそうだなと、私はクロに視線を向ける。


 『ボクは彼の記憶を持っているけれど、彼の感情までは分からないよ?』


 「分かってる。でも君は彼だよ。だから部屋から出てきた」


 クロがこてんと思いっきり首を回しながら西の女神さまを見ている。クロはご意見番さまの記憶を継承していると聞いているが、感情や考え方までは分からないらしい。それでも構わないと伝える西の女神さまはクロのことが本当に気に入っているようだ。


 「クロ、モテるね」


 クロは誰とでも話せる性質だし、西の女神さまとも問題なく会話できるだろう。特に心配することはないなと私はクロを見る。


 『モテてるの、ボク?』


 「うん。だって女神さまに気に入られているんだよ」


 物語では竜と人間が結ばれる話があるんだし、神さまと竜が結ばれることがあっても良いのではなかろうか。もちろんクロと西の女神さまの気持ち次第だけれど。

 クロが望むならディアンさまたちは反対しないだろうから、問題なく嫁入りだか婿入りができるはずである。まあ、西の女神さまが抱いているクロに対する親近感が恋心とは限らないので、私の早合点かもしれないが。


 「彼と私は対等だった。だから君も私を女神としてじゃなくて、対等に……友達として付き合って欲しい」


 西の女神さまが目を細めてクロに求めたものは凄く地味なものだ。でも女神さまにとっては大事なことなのだろう。儚い外見なのに、真剣な姿が私の目に映っているのだから。


 『それは構わないよ』


 「本当?」


 『うん。ナイと一緒に沢山話そうね~』


 「………………」


 クロの声を聞いた西の女神さまからぶわっと凄い圧が放たれる。グイーさまと南の女神さまが驚いた顔をしながら『あ、やばい』『西の姉御がキレた!』『不味いですわ!』『不味いですわね。逃げましょう』と何故か慌てている。

 私も西の女神さまの異変に気付いて、右手に持ったままの錫杖を前に掲げて防御壁を私とアルバトロス王国一行の面々に張る。急な展開だったので詠唱を口ずさむことができなかった。

 無詠唱で防御壁を張ったからなのか、それとも初めて六節の魔術を使ったからなのか、割と魔力を底まで使い切っている。長時間耐えられないなと苦虫を噛み潰していると、西の女神さまがはっとした顔をして圧を納めてくれた。


 「あ、ごめん。どうしてかな。私、怒ってた?」


 西の女神さまの言葉に南の女神さまがツッコミを入れたそうにしているが無言を貫き通していた。北と東の女神さまもだし、グイーさまも黙っている。家庭内ヒエラルキーが凄いことになっているようなと私は首を傾げながら、西の女神さまとクロのやり取りを見る。


 『お、怒っていたね。ボクが君以外と話すのは駄目?』


 「どうだろう、良く分からない」


 西の女神さまとクロのやり取りを聞いていると、私の鼻から血が垂れていた。まあ無詠唱で六節の魔術を使用するなんて自殺行為に程近い。それでも意識はあるので本当に私の魔力は多いなあと一人で感心していた。


 「ナイ?」


 「ナイ!」


 「あ、ごめん。無詠唱だったから、鼻血でちゃった」


 私の変化にいち早く気付いたジークとリンが慌てて声を掛けてくれる。リンがハンカチを取り出して私の鼻を抑えてくれた。暫くすれば鼻血は止まるだろうけれど、いつ西の女神さまの地雷を踏むのか分からないと私は彼女に視線を向けるのだった。

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[気になる点] 西の女神様は独占欲が強いんでしょうか?これからまた対等に話をしたいと言われたクロが『ナイも一緒に』と言った途端に無意識に怒り出すとか。感情のコントロールがうまくいかないようなのは、まだ…
[良い点] 更新ありがとうございます。 西の女神さまの“ヤミ”がスゴい。“デレ”る日はくるのか? [一言] 私は、次話(1040話)を読んでいますけど、読んでいない感じでの妄想。本編とは全く違います…
[一言] 女神の嫉妬は怖い 古事記にもそう書かれている ん?本当にそう書かれているかも?仮に書いてなくても他の国の神話では書かれている事なので(代表的なのはギリシャ神話)
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