1037:わちゃわちゃのわちゃ。
――女神さまに捧げる舞を踊り終えたが、変化は特になかった。
足運びに意味があるらしいけれど魔術的な効果はないので、目に見える変化というものはなかった。それより私が全裸で浄化儀式を執り行うことになった原因、もとい元凶はグイーさまの趣味からのようである。
下心丸出しの発言に怒りを覚えたが……もしかして、見られていたのかという不安が私の心の中に渦巻いてくる。不安に駆られて魔力を多く練ってしまったのは仕方のないことだろう。先程の話を聞いた時点で舞を止め、グイーさまに詰問しても良かったが、西の女神さまの引き籠もり解消に努めると約束を交わしている。もしかすれば舞を踊れば女神さまが部屋から出てきてくれる可能性も捨てきれず、我慢して最後まで踊り終えた訳である。
しかしながら先ほどからグイーさまは三女神さまに囲まれて、大きな体を縮こませてしゅんと情けない顔になっていた。
三女神さまはグイーさまに全裸儀式に対して抗議の声を上げてくれていたので、グイーさまは反省してくれているようだった。それなら私が彼に詰問する必要はないだろう。話の流れで話題に上げてチクチクネチネチくらいはするかもしれないが。ふいに彼らの反対側に視線を向けると、副団長さまと猫背さんとロゼさんがいつの間にか神さまのお屋敷に戻っている。変なものを見つけてなければ良いのだが、島の探検が楽しかったのであればなによりである。
私がふうと私が息を吐いて踊りを一度中断させれば、フィーネさまとアリアさまとロザリンデさまが加わり、もう一度舞を始める。四人で踊っているので、誰かにぶつからないようにと気を遣うのは結構大変だったけれど、無事に踊り終え舞を奉納することができたはず。
私一人で舞うよりも、聖女さま三人が加わった方が有難みが増すはずだ。西の女神さまは部屋から出てきてくれるかなと、窓に視線を向けるものの変化はない。
「駄目かな?」
私たちが関わることが決まって一ケ月ほどしか経っていないのに、女神さまは数千年単位でのガチ引き籠もりである。流石に簡単にはいかないかと苦笑いを浮かべてフィーネさまを見た。
「どうでしょうか」
彼女が首を傾げ、アリアさまとロザリンデさまが私たち二人の横に立つ。
「諦めると、そこで終わってしまいますよ!」
「もう少し頑張ってみましょう」
アリアさまは前向きな発言で私とフィーネさまにエールを送る。ロザリンデさまもアリアさまに影響を受けているのか、凄く前向きな発言だった。確かに諦めモードで踊るより、可能性を信じて踊る方が女神さまにも私たちの気持ちが届くだろう。私はフィーネさまと視線を合わせて頷き、アリアさまとロザリンデさまにも視線を向けて頷き合った。私は舞を見ていた人たちの方へと顔を向け小さく左手を上げる。
「クロ、ロゼさん、ヴァナル、みんな! 一緒に踊ろう!」
私の柄ではないけれど、音頭を取らなければみんなきてくれない。クロは嬉しそうに翼を広げてこちらへ飛んでくる。ロゼさんも真ん丸ボディーを器用に動かして跳ねながら近づいてきた。
ヴァナルと雪さんたちも立ち上がれば、毛玉ちゃんたちが我先にと駆け始め、エル一家とグリフォンさんもゆっくりとこちらに歩いてくる。ジークとリンはアズとネルが口で服を食み、こちらにくるようにと跳びながらそっくり兄妹を促している。そんな二人と二頭を羨ましそうな視線を向けるセレスティアさまに、あからさまな視線を向けるなと窘めているソフィーアさまは、まだこちらにくる気はないようだ。
『ナイ、みんな。ボク、ちっちゃいけれど一緒に踊ろうね~』
クロが私の肩の上に乗って、嬉しそうな声を上げている。クロは一緒になにかをするのは珍しいから嬉しいようだ。ロゼさんも追いついて、私の近くでぴょーんと跳ねてこちらに迫ってくる。私が両腕を差し出せば、器用に腕の中に納まってロゼさんの真ん丸ボディーがだらんと伸びた。
『ロゼ、踊れないけど、マスターの足元にいる』
ロゼさんの言葉に私が頷くと、毛玉ちゃんたちもやってきて、桜ちゃんが器用に後ろ脚だけで立ち前脚を私に向ける。どうやら取れということらしいので、ロゼさんをゆっくりと地面に降ろして私は桜ちゃんの前脚を手に取った。
「疲れない?」
私の声に桜ちゃんは首を傾げたあと一鳴きする。大丈夫、と言いたいのだろう。そうして桜ちゃんのことを確りと見ていた椿ちゃんと楓ちゃんも器用に後ろ脚で立つのだが、誰も彼女たちの脚を取ってくれる人がいない。
しゅんと悲しそうにしているのを見たアリアさまが『ごめんね、気付かなくて』と謝りながら近づけば、椿ちゃんと楓ちゃんがぱあと嬉しそうな顔になる。一人足りないのではと心配していると、ロザリンデさまが片方のフォローに入っていた。彼女たちは少し腰を屈めて毛玉ちゃんたちの前脚を取っているけれど、楽しそうでなによりである。そして松風と早風はフィーネさまの足元を元気に走り回っていた。
『楽しいみたい』
『本当に』
『仔たちは元気ですねえ』
『私たちも私たちで楽しみましょう』
私たちの下へときたヴァナルと雪さんたちが愛おしそうに目を細めて毛玉ちゃんたちを見ていた。そうしてジークとリンとアズとネルも合流し、エル一家とグリフォンさんも私たちの輪の中に加わる。
「他の方たちこないね……」
私は握っていた桜ちゃんの前脚を離してみんなの方を見た。
「遠慮なされているのではないでしょうか。私たちは聖女として舞を奉納しましたから今更です」
首を傾げた私にフィーネさまが答えてくれる。グイーさまとか『面白そうだ!』と言って速攻で参加してくれそうなのだが、何故と考えてみる。あ、踊ればお酒の回りが早くなるから遠慮しているのだろうか。
南の女神さまも東と北の女神さまも動かない。もしかして彼女たちが加われば他の方たちが恐縮するので遠慮しているのだろうか。神さまって妙な所で気を遣うのだなと私はクロとヴァナルに顔を向けた。
「クロ、ヴァナル、遠慮しているみんなを連れてきて貰っても良いかな?」
ディアンさまとベリルさまも動かないし、割と気さくに参加してくれそうなダリア姉さんとアイリス姉さんも動かないのだ。彼らも動いてくれなければ他の方たちが参加し辛い気もする。クロに顔を向ければ何度か私の顔にすりすり攻撃を受けながら、手を伸ばしてヴァナルの頭を撫でる。
『分かった。行ってくるね~』
『ん。群れのみんなで踊る』
クロとヴァナルがすっとみんなの下へ行き、クロはソフィーアさまの服を食みながらこちらへと身体を向け、ヴァナルはセレスティアさまの背中に回り込んで鼻先で彼女の背を押した。お二人は驚きながら彼らに逆らえず足を進め始めた。
「すまない。輪に加わるつもりはなかったんだが」
「良いではありませんか。皆で踊ろうとナイが誘ってくれたのですから」
『一緒に踊ろう。ボクたち踊り方は良く分からないけれど、楽しめればそれで良いから。気楽にね~』
ソフィーアさまが困り顔で小さく息を吐き、セレスティアさまは輪の中に入れたことで嬉しそうだった。クロはソフィーアさまにフォローを入れつつ、他の人も呼んでいる。器用だなと感心しているとディアンさまとベリルさまにダリア姉さんとアイリス姉さんも合流した。
「踊れる自信はないな」
「私たちは竜ですからねえ、若」
微妙な顔を浮かべるディアンさまとベリルさまにクロが胸を張りながら口を開く。
『ボクも竜だから気にしなくて良いんじゃないかな?』
私も踊りに詳しくはないのでクロに口を挟めない。とりあえず楽しければ良いのだ。踊り方を間違っても良いし、今の面子ならコケても誰も笑わない。手を差し伸べて続きを踊ろうと言ってくれるはずだから。
「エルフの舞しか知らないけれど、楽しく踊ればそれで良いのね」
「そうだよ~不格好でも良いから楽しんだもの勝ち」
ダリア姉さんが腕を組んで肩を竦め、アイリス姉さんがへらりと笑いながら楽しもうとみんなに告げている。私と手を離した桜ちゃんは興味がエルフのお姉さんズに移ったようで、とてとてと歩いて彼女たちの下へ行くと『撫でて!』と訴えていた。桜ちゃんの後ろを楓ちゃんと椿ちゃんも付いて行き『撫でて!』と主張している。松風と早風は地面にお尻を付けて、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんを眺めていた。
『他の人も呼んでくるね~』
またクロが飛んで行き、エーリヒさまに副団長さまと猫背さんも誘っている。エーリヒさまは恐縮しているけれど、副団長さまはいつも通りのにこにこ顔を浮かべ、猫背さんは体力が持つのかと少し心配している様子である。
大体のメンバーが揃ったので私は『踊りましょう』と声を上げる。楽器もないので音も鳴らないが、パチパチと燃える薪の音がBGM代わりになっていた。
毛玉ちゃんたちがわちゃわちゃと動き始めて、ルカが忙しなく動いている彼らの回りをゆっくりと歩いて時おり跳ねている。ロゼさんもぴょーんと跳びながら時折ルカの背の上を超える高さまでジャンプして、彼の背を跨ぎ超えていた。
クロとアズとネルも毛玉ちゃんたちの輪の中に加わり、彼らがジャンプすれば届く程度の高さを飛んでいるのだが、毛玉ちゃんたちが届きそうと判断すれば後ろ脚の力で地面を蹴り鼻タッチしていた。クロたちは最初は驚いていたけれど、段々慣れて綺麗に鼻タッチを繰り広げていた。ヴァナルも雪さんたちもルカと走り始めて、上から見れば大きく縁を描いているだろう。
彼らの姿に感動している方たちが二名ほどいるのだが、毛玉ちゃんたちの輪の中に入る気はなく見ているだけで幸せそうだった。
「ジーク、リン、行こう!」
私は声を上げて、ジークとリンの手を握る。今日は聖女のお役目はもう果たしているし、今の時間はただ踊りを楽しむだけと考えている。男性の手を握るのはどうかと思うけれど、ジークなので問題はない。そっくり兄妹は目を丸くさせながら私の足の速さに合わせて、一緒に毛玉ちゃんたちの下へと走って行く。私たちに気付いた桜ちゃんが一番に一声鳴いて、私の下へとぴょんと飛んだ。
「おっと……重い……」
私は桜ちゃんを受け止めるのだが、最近成長著しい彼女たちを抱えたままでいるのは少しばかり難儀する。重いと、マイナスな言葉を吐けばピーと鼻を鳴らした桜ちゃんが私の腕から離れていった。
申しわけないけれど、そろそろ抱き上げるのは限界だろう。随分と大きく育った毛玉ちゃんたちに視線を向けていると、顔芸を披露しているルカと目が合い彼は私の方を向いて前脚の片方で地面を何度か掻いた。嫌な予感。
「ルカは無理だからね! 潰れる自信あるよ!!」
私が危険を察知して彼の行動を事前に止めると、ルカは捲り上げていた唇を元に戻して首を下げて項垂れた。流石に体重五百キロ以上を受け止めるのは無理があるので勘弁して頂きたい。障壁を張って良いなら構わないけれど、展開すればルカが怪我をすることになる。しょぼくれているルカに桜ちゃんが『気にしない!』と声を掛けているようだが、桜ちゃんはルカを煽っているような。
ジークとリンにはアズとネルが空中で鼻先を突き出して、踊ろうと誘っている。クロがアズとネルの言葉を通訳しながら、ジークとリンは適当なステップで踊り始めた。
様になっているのが羨ましいと横目で見ながら、しょげているルカを慰めているとジアが私も撫でろと言わんばかりに顔を突き出してくる。はいはいと私はジアの顔を撫で、エルとジョセに『踊りましょう』と誘われて、私はジークとリンの輪の中に加わる。
「本当に適当だね」
「だな」
「だね」
私がジークとリンに声を掛けると、二人は小さく笑ってくれた。他の方たちも一緒に踊り始めており、みんなバラバラで揃っていないし、夜会のダンスのように綺麗でもない。少し酔って機嫌の良いグイーさまも踊りの輪に加わり、それを止めようとした南の女神さまがグイーさまと踊り始め、東と北の女神さまも二人で踊っている。
「でも、夜会で踊るより気が楽で良いかも」
暫くキャンプファイアーの火に照らされながら踊っていると、グイーさまがふいに踊るのを止めた。
「うん? ナイ、娘の部屋の扉が開いた気がする!」
「え?」
衝撃の言葉に驚きつつも、冗談で開いたキャンプファイアーで西の女神さまの興味が引けたことに驚きを隠せない。他の方々も驚いて踊りが止み、西の女神さまの部屋の窓へと視線を向けていた。に、日本の伝承すげー……と感心しながら、屋敷の中で開いたであろう扉を想像するのだった。