1036:BBQ終わり。
これからのことを考えて力を付けようと、胃の中に食べ物を沢山放り込んでいたら食べ過ぎてしまった。ちょっとやり過ぎたと反省しつつ、三十分も休めば胃に隙間ができるだろうと手に持っていたお皿とお箸を置く。
他の方は、まだ食べている方もいるし、満足して箸を置き談笑している方もいる。グイーさまと南の女神さまは最前列を陣取って延々と食べているのだが、胃は大丈夫なのだろうか。食べれないのは辛いし、お二人は美味しそうに食べているので問題はないだろうと、私はふうと息を吐きジークとリンを見上げる。
「お腹一杯。……うっぷ……動くの少し待って」
胃の中の物は死守するので吐きはしないが少々お腹が重たい。服の上からお腹を擦ってみると、ぽっこりと膨らんでいた。影の外に出ているロゼさんが真ん丸ボディーの片側を少し凹ませて、不思議そうに私を見ている。
なんでもないよと無言で伝えるとロゼさんは副団長さまと猫背さんの下へ行く――お二人は島をウロウロしているらしい。もちろん許可は取っている――と言ってどこかへ消えていった。ロゼさんは副団長さまに魔術を、猫背さんに術式開発のやり方を教わっている。ロゼさんは最初からヤベースライムさんに育つのではと危惧していたけれど、更にヤバいスライムさんになってしまうのではなかろうか。
とはいえ私のお願いは聞いてくれるので今の所問題はなく、本人……本スライムさんは『面白い』と言いながら喜んで学んでいるので止めるのは無粋なのだろう。新しい術式をロゼさんが開発したならば、聖王国の大聖堂を破壊する時に一緒に魔術を試したいものである。
「大丈夫、ナイ?」
「水、飲むか?」
ジークとリンが苦笑いを浮かべながら問うてきた。大丈夫だけれど、動くといろいろと不味い気がする。ジークからお水を受け取って一口含みゆっくりと嚥下した。やはり胃に空きスペースはないようで、水一口でもういらないやと私の脳味噌が止める。クロとお婆さまが私の側で呆れているけれど、いつものことである。
「美味しかったから、食べ過ぎちゃった。大丈夫、ありがとう」
私がへへへと笑うとジークとリンが小さく息を吐く。毛玉ちゃんたちも塩胡椒やタレのついていないお肉を食べていたのだが、椿ちゃんと楓ちゃんと桜ちゃんは少し品よく食べ、松風と早風はガツガツと豪快に食べていた。彼らも食べ過ぎたのか、団子になってすやすやと寝息を立てている。
そんな毛玉ちゃんたちの側でヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも仲良く伏せをして、ゆっくりとした時間が流れている。エル一家とグリフォンさんも神さまの島を探検――グイーさまに許可は頂いている――してくると言い残して姿を消している。彼らにとって面白いものがあると良いのだが。あと副団長さまと猫背さんを回収してくれると嬉しい。
「いつもより食べていたな」
「海の食べ物を沢山食べていたね。美味しかった?」
ジークが私が持ったままのグラスを回収してくれた。リンは私の隣に座り顔を覗き込む。
「うん。美味でした。またバーベキューやりたいね。でも王都のお屋敷だと近所迷惑か」
私はリンと視線を合わせながら、またバーベキューがやりたいと願ってしまう。ジークはグラスを片付けに少し離れた。今回のように大勢集まる機会は早々ないだろうけれど、子爵邸の面子で行っても楽しそうだ。時間があるならフィーネさまとアリサさまを呼んでも良いし、ウルスラさまもこられるなら誘ってみたい。
そういえば共和国の研修生たちも治癒魔術を随分とマスターしてきたようで、実地訓練に移行するそうだ。治癒の腕前はプリエールさんが一番良いらしい。病気を治すのは少し骨を折っているが、怪我の治療は重症でない限り一度の施術で治しているとのこと。少し羨ましいなと苦笑いを浮かべながらリンと話していると、ジークが戻ってきた。
「これから聖女の舞を踊るんだよな?」
ジークが片眉を上げながら私の前に立つ。これから少しして、引き籠もりの女神さまの部屋の窓の前で、聖女の舞を踊る予定だ。西の女神さまについてなにか分からないかと聖王国の禁書部屋で調べ物をしていた時、偶々舞について記されたものを読んだ。
フィーネさまや子爵邸のみんなとエーリヒさまたち外交官の方と共に、効果があるかもしれないね、なんて話になったのだ。偶然知った舞は女神さまに奉納するために、むかしむかしの方々が踊っていたとか。杖は陛下から賜った錫杖で良いし、衣装は聖女の衣装で間に合う。せっかくなら試してみようとなり、私が一番初めに舞を踊り、順番にフィーネさま、アリアさま、ロザリンデさまと加わることになった。
「うん。元居た世界に引き籠りの女神さまの興味を引いて扉が開いた、なんて伝承が残っているから、試してみる価値はあるよねって」
で、聖女の舞を踊ることをグイーさまに伝えれば『儂も踊りたい!』と言い始めて、それならみんなで踊ろうとなった次第である。その話を聞いたアルバトロス王国一行が目を丸くして驚いていたけれど。グイーさまの発言にアリアさまだけが『楽しそうですね!』と賛同していたけれど。まあ、これで西の女神さまが部屋から出てきてくれれば御の字である。
「ナイが踊るのは分かるし、ナイが踊ったあとに他の聖女も加わるのも分かるが……最後に俺たちも踊って良いものなのか?」
「兄さん、それより私たち踊れないよ」
「大丈夫だよ。クロとロゼさんとヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちにエルたちとグリフォンさんも踊るから。適当、適当」
ジークとリンが不安そうに視線を合わせているが、最後はかなりカオスになる予定である。ディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんも混ざるし、おそらく各々が踊りたいものを踊れば良いのだ。
キャンプファイアーで踊る……なんだっけ、オクラホマミキサーじゃなくて踊り方の名前……コサックダンスじゃなくて……完全にど忘れしたけれど、まあ適当で良いのだ。気負う必要はない。そもそも私も聖女の舞以外は踊れないので、ジークとリンと一緒に三人で踊るという変則的なこともできるはすだ。
私の言葉にジークとリンが小さく息を吐く。
「先に、ナイの出番だな」
「頑張ってね」
「うん。今から踊ると吐きそうだから、もう少しだけ待って……」
私がお腹を擦りながら告げると、そっくり兄妹は苦笑いを浮かべた。美味しかったから仕方ないじゃないか。外で食べるのも楽しいし、ちょっと食べ過ぎてしまっただけである。
食べた栄養が殆ど魔力に変換されているようなので、身体の成長が期待できないのはおかしい気がするけれど……でもまあ、沢山食べられるのは幸せなことだ。暫く座ってお腹に余裕ができるのを待っていれば、ソフィーアさまとセレスティアさまが私の下へと歩いてくる。
「ナイ。そろそろ用意をしよう」
「ええ。舞の時間が迫っていますわ」
お二人の言葉に私は苦笑いを浮かべると、ソフィーアさまがどうしたと問うてきた。正直に食べ過ぎて動けませんと伝えれば、彼女たちは視線を合わせてなんとも言えない顔になる。
「……少し時間を延ばして貰うか」
「まあ、公式行事ではありませんから。融通は利きます」
肩を竦めたソフィーアさまとセレスティアさまが私の下を一旦離れる。今日は割とゆるゆるスケジュールだしグイーさまものんびりやれば良いと言ってくれているので、時間の融通が利く。お二人がエーリヒさまに説明を終えると、彼はグイーさまの下へと行ってなにやら耳打ちをしている。いつの間にエーリヒさまは伝令役まで担うことになったのだろう。
グイーさまと南の女神さまの側で焼き奉行をしていたお陰なのかもしれないなと私は苦笑いになる。周りを面白おかしく観察していると、時間は過ぎて胃に隙間ができていた。ようやく動けるようになったと私が立ち上がれば、ソフィーアさまとセレスティアさまが側に寄り、グイーさまのお屋敷の一室を借りて着替えを手伝ってくれた。私と一緒にフィーネさまとアリアさまとロザリンデさまも聖女の衣装に着替えて外に出る。
外は陽が既に暮れており、くべた薪に火がついて赤々と燃えている。そしていつの間にか外に出ていた副団長さまと猫背さんとロゼさんにエル一家とグリフォンさんが戻っていた。
「ナイさま先陣はお任せします」
「頑張ってください!」
「ナイさまであればきっと女神さまの心を惹き付けられますわ」
フィーネさまとアリアさまとロザリンデさまが鼓舞してくれた。有難いと笑うのだが、文献通りに踊れるだろうか。一応、執務の合間を縫って練習したけれど自信はない。とはいえ、やらなければならないことは、きちんとやろう。
――さて、ここからは真面目に執り行わなければ。
意識を入れ替えるために、私は長く深く息を吐いた。そしてクロとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちに離れるようにと告げる。エル一家とグリフォンさんは大きいので、元から少し離れた場所にいるため問題はない。
私は持ってきていた錫杖を左手で握り込んで、よろしくねと気持ちを込める。錫杖が答えてくれたのか少しばかり魔力を持っていった。
クロやお婆さまに幻獣や魔獣の皆さまに私の魔力を奪われることはあったけれど、まさか錫杖まで魔力を取っていってしまうとは。その内、レダとカストルのように喋り始めないよねと首を傾げながら、ゆっくりと息を吸う。
錫杖を左手から右手に持ちかえた私は前に突き出す。踊りを舞い始める前に魔力を練って地面に流した。大地と一体化して女神さまの声を聞こえる状態にするのだとか。本当に女神さまの声が聞こえたらどうしようと不安に陥るが、そういえば北と東と南の女神さまの声と創星神であるグイーさまの声を直接聞いているのだから不安になっても意味はない。
「ナイ、魔力を込めすぎではないか……大丈夫か?」
「今更ですわ。ソフィーアさん」
不安そうなソフィーアさまの声が聞こえてすぐセレスティアさまの声も聞こえた。いつも通りのやり取りだなと口の端を伸ばして祝詞を上げる。魔術の術式詠唱ではなく、祝詞なので魔術が発動されることはないのだが、私の魔力がごっそり地面の中に持っていかれた。てやんでい、持って行くならいきやがれ、と更に魔力を練れば、それ以上吸収されることはなかった。
「お嬢ちゃんの魔力量はとんでもないのう」
「なんつー馬鹿魔力。というか……なーんか呼ばれているような? 変な感じがする」
「私もよ」
「わたくしも……女神を対象としているからでしょうか」
グイーさまと三女神さまの声を聞きながら、私は一歩、二歩と進み出て、右手に持っている錫杖を空に掲げる。あとは手順通りに踊るだけ。身長が低いのであまり様にならない気もするが、きちんと練習してきたので無様な姿にはなっていないはず。暫く舞っていると、庭に植えられている花が咲き乱れ、緑の木々が一回り大きくなっていた。
花が咲いたり、木が一回り大きくなったのは、地面を介して私の魔力を吸収したのだろう。不思議な現象だと言いたいが、私の周りでは良く起こっていることだった。その様子に驚く面々と感心している方にメモを必死に取っている方といろいろである。グイーさまたちは面白そうに私を見ながら、ふと口を開いた。
「そういえば雨が降らなくて、結構前に人間に祈られたことがあるのう」
どうやら干ばつで苦しんでいた人々――おそらく古代に生きていた方々――が神さまに祈りを捧げ、グイーさまたちに祈りが届いたことがあるようだ。凄いなと聞き耳を立てながら踊っていると、南の女神さまが微妙な顔になった。
「ああ、あの時の。けどよ……親父殿、脱がせるのはなくないか?」
「……だって、見たいじゃん……え、なんでお主ら儂を白い目で見てるの!?」
もしかして儀式系の魔術で脱衣しなければならなかったのは、グイーさまが原因だったのだろうか。もしかして、もしかしなくてもと頭に過ると腹の奥から魔力がぶわりと漏れ出てしまう。
「趣味が悪いぞ、親父殿」
「ええ。最低ですわ、お父上」
「ですわね。お父さま、お母さまに話を聞かせてあげたいですわ」
私がグイーさまに伝えたいことは三女神さまが全て言ってくれた気がする。ありがとう、三女神さまと感謝しつつあとでグイーさまに真実を聞き出さなければ。グイーさまが脱がなくて良いよと言ってくれれば、儀式系の魔術を執り行う際にみんな脱がなくて済むのだから。大事な使命ができてしまったと心に刻み込みながら、更に踊りを続ける。
「いや、それだけは止めて! 儂、死んじゃう! というか、ナイの魔力が異常に多く放出されておる! 何故!?」
三女神さまの口撃に耐えられなくなったグイーさまが矛先を私に変えたのだった。






