1033:BBQ開始。
グイーさまがルカの背から何度か落ちそうになるのを目撃しつつ、野菜のカットが完了した。鞍を付けないまま騎乗したのが悪かったのか、単にグイーさまの運動神経が良くなかったのか。真相は闇の中であるがご本人は凄く楽しそうにしているから問題は少ないはずである。
土で汚れたグイーさまがルカと一緒に私の下にやってきた。彼は白い歯を見せながら笑っているのだが、ルカも唇を捲り上げて歯を見せている。二人してなにをしていると南の女神さまが呆れ顔をアリアリと浮かべ、北と東の女神さまが『楽しそうでなにより』『お父上は島から出られない身ですから』と小さく息を吐いていた。
「黒天馬のルカは凄いな! 儂を乗せても速く走れるとは。エルとルカの話ではナイのお陰と言っていた。お前さん、魔獣や幻獣に縁があるなあ」
グイーさまが私の足元にいた毛玉ちゃんたち視線をやってしゃがみ込む。毛玉ちゃんたちもグイーさまに気が付いて、彼にわらわらと寄って行った。わしゃわしゃと太い腕で毛玉ちゃんたちを撫でるグイーさまの姿は、面白おかしい光景だった。
桜ちゃんは早々にお腹を見せてご機嫌だし、楓ちゃんも椿ちゃんも楽しそうである。松風と早風が少し離れて地面にお尻を付けて座り込んだのは、女の子たちを優先させたいからだろうか。ヴァナルのように紳士に育ってくれているようでなによりだ。
グイーさまは桜ちゃんのお腹をひとしきり撫でで、楓ちゃんと椿ちゃんの顔を両手で挟み込みわしゃわしゃしている。彼の行動が気に入らなければ毛玉ちゃんたちは抵抗するので、嫌ではない様子。私はふうと息を軽く吐いて、グイーさまの下へと行く。準備は整っているので、グイーさまにバーベキューの開始の音頭を取って頂きたい。
「悪酔いしていませんか?」
私はグイーさまの下へと辿り着けば、松風と早風が私に気付いて足元へ寄ってくる。彼らの頭を撫でながら、桜ちゃんと椿ちゃんと楓ちゃんを相手にしているグイーさまに視線を向ける。
「大丈夫だ。儂は酒で酔わん!」
グイーさまが自信満々に言い切った。お酒で酔うことはないらしいが顔が少し赤い。やはりルカの背に乗って運動すればアルコールの周りは早くなるのではなかろうか。とはいえグイーさまは神さまであり、人の身とは一線を画す存在である。人間の常識は通用しないのかと納得して話題を変えた。
「話が逸れてしまいますが、グイーさまに治して頂いた私の右腕が魔術を使うと熱がこもるのですが、なにか原因を知っていますか?」
私は自身の右腕の調子をグイーさまに伝える。魔術の発動が早いし、治癒院で治癒を施したり遠征に出てバフデバフを掛ける際には便利だけれど、人間以上の存在になっていないか心配になる。私の問いにグイーさまが首を傾げながら、毛玉ちゃんたちから腕を離して口を開いた。
「ちょっぴり儂の力が入ったからではないかな、問題はなかろう?」
にかっと笑いながらグイーさまが立ち上がる。ジークより背が高いと感心するが、彼の答えは適当過ぎた。
「……グイーさまのちょっぴりは、私にとって凄く多い気がしますが」
神さまのちょっぴりは人間にとって凄く多量な気もする。確かに今は問題ないけれど、今後なにかに発展しそうだ。それがなにかは答えられないけれど。
「細かいことを気にしていたら禿げるぞ、ナイ」
「細かいことも気にしないと、大事に発展することがあるので」
今更だが、私はトラブル体質だ。影響範囲が自分だけなら良いけれど、ジークとリンにクレイグとサフィールに影響があるなら問題だし、アストライアー侯爵家に関わる人たちにも波及したら面倒なことにもなる。
「なんだ……その、頑張れ? まあ、儂が娘の引き籠もりを解消して欲しいと願ったこともあるが、人間が我らの島に訪れている時点で大きな出来事だなあ」
グイーさまは腕を組んで笑い、バーベキューの準備は整ったのかと私に問うた。
「あ、準備は終えたので、そろそろ始めましょう。開始の音頭を取って頂けると助かります」
私は本来の目的を彼に告げる。
「ナイではなく、儂で良いのか?」
「はい。言い出しっぺはグイーさまなので」
西の女神さまの引き籠もりを解消して欲しいと言い出したのはグイーさまである。引き籠もりの件がなければ、神さまの島に二度も訪れることはなかっただろう。やはりグイーさまが開始の音頭を取った方が良さそうである。しかし私の言葉を聞いた彼は、腕を組んだままむむむと片眉を上げなにやら考えていた。
「バーベキューを提案したのはナイだぞ。む……よし。儂とナイで皆に挨拶しよう!」
そう告げたグイーさまは私の後ろに回って、大きな手で私の背中を押す。私の後ろで護衛を務めてくれているジークとリンはなにも言わないまま、静かに歩いているだけだ。グイーさまの行動を止めてくれても良いのに、そっくり兄妹は問題ないと判断しているようである。
仕方ないかと諦めて私はグイーさまの横に立ち、さらに私の横には三女神さまが並んだ。そして正面には今回一緒に神さまの島に訪れた方たちと、神さまの島で生活している他の神さまも集まってくれていた。いつの間にと驚くが、転移ですっと現れていた。おそらくグイーさまが前もって話を通していたようだ。飲み物はお酒とジュースと水を用意していた。今回、お貴族さま式ではないので、それぞれ飲みたい物を各自自分で入れるスタイルである。とはいえ慣れていない方もいるので、慣れている人が手早く注ぎ入れていた。協力的な方が多くて良かったと私はグラスを手に持つ。
「皆にグラスは行き届いたか? 護衛の者も交代で楽しめ。食材の提供はナイが用意してくれた。島で見慣れぬ食べ物があるから興味深い。娘が出てきてくれるよう、皆、楽しんでくれ!」
言い終えたグイーさまが私に視線を向ける。
「この度は島にお邪魔させて頂き感謝致します。皆さま方に出会えたこと、そして西の女神さまが部屋から出てくることを願って」
私も言い終えてグイーさまと視線を合わせて、手に持っているグラスを前に掲げる。
「乾杯」
「乾杯」
グイーさまと私の声が重なった数秒後に『乾杯』と声が上がるのだった。そうして熾した炭の上に網を張り、お肉やお野菜が置かれていく。南の島から海鮮も持ってきているし、ウインナーや腸詰系のお肉ももちろんある。子爵邸の料理人さんが邸で日持ちのする料理を作ってくれており、結構豪華なバーベキューとなっていた。
「これはなんだ?」
グイーさまは下界の野菜が珍しいのか、網の上で焼いている野菜指差してエーリヒさまに問うていた。何故かエーリヒさまはトングを持って、焼き肉奉行を務めている。エーリヒさまが焼き肉奉行を務めているため、緑髪くんも巻き込まれていた。炭から出る煙に目を細めて涙目になっており、慣れない作業に苦戦しているようだ。
「マンドラゴラもどき、という野菜らしいです。私も初めて見たのですが、アストライアー侯爵閣下の屋敷の庭で採れるとか」
私はエーリヒさまの言葉に驚いた。マンドラゴラもどきは持参したお野菜さんの中に含まれていなかったはず。子爵邸で育ったマンドラゴラもどきは亜人連合国のエルフの皆さまに横流ししているのである。
流石に悲鳴を上げながらまな板の上に乗るマンドラゴラもどきを調理する気にはなれないが、捨てるのも勿体ないということでダリア姉さんとアイリス姉さんに相談して亜人連合国に流す形を取っていたのに。なんでと首を傾げているとお婆さまが私の横にぱっと現れた。
『妖精が紛れ込ませたんじゃないの?』
お婆さまはクロがいる反対の肩の上に乗って首を傾げている。どうやらお婆さまが荷物の中に忍び込ませたのではないようで、他の妖精さんの悪戯だったようである。マンドラゴラもどきは悲鳴を上げるため、かなり調理し辛いのだが役目を担ってくれたのは誰だろうか。すると、ダリア姉さんとアイリス姉さんが私の前に立った。お二人はグラスを持っており、中身は果物酒のようである。
「マンドラゴラもどきが中に入っていたから、なんの疑問も持たずに捌いたわ」
「みんな驚いてマンドラゴラもどきを切ろうとしてくれなかったからね~」
どうやらマンドラゴラもどきを調理してくれたのは、ダリア姉さんとアイリス姉さんのようである。エルフの方々はマンドラゴラもどきの扱いになれているため、普通に料理をしてくれたようである。悲鳴さえ上がらなければ見た目は人参である。滋養強壮があるらしく、エルフの方々の間で人気のある野菜なのだとか。
「よく逃げ回らなかったですね」
マンドラゴラもどきは成長すると勝手に畑の地面から抜け出して、庭を走り回るのだ。力尽きるとぱたりと倒れ込んで、地面に転がっているのを見たことがある。子爵邸の庭を掃除してくれる下働きの方や庭師の小父さまが回収してくれ、亜人連合国行きの箱に入れてくれているとか。
「おそらく、妖精が魔法を使って眠らせて荷物に紛れ込ませたのね」
「妖精だからね~まあ、味は保証できるから。あと寝不足の人が食べると元気になるよ~」
食べ慣れているダリア姉さんとアイリス姉さんはマンドラゴラもどきに忌避感はないようである。野菜はカットされているので見た目に問題はないけれど、元の姿を知っている身としては少々食べ辛い品であった。まあ焼いてくれてお皿の上に置かれたなら食べるけれど。私は持っているグラスの中身――ジュース――を飲み干して、お肉を貰おうため待っている人の後ろに並ぶ。
「ジークとリンは食べたいのある?」
私は後ろを振り向いて、そっくり兄妹に声を掛けた。一応、二人にも自由時間があるのだが、食べたい品や豪華な品は先に提供されてしまうだろう。食べたい品があるなら早めに確保しておかないと食べられなくなる。
「俺たちは交代で食べることになっているから、ナイは気にするな」
「ナイの好きなもの取れば良いよ」
やはり私の考えていた言葉がそのまま返ってきた。仕方ないかと諦めてクロに顔を向けた。
「む。クロは?」
『ボクは果物を貰うから大丈夫。ありがとう、ナイ』
肉類が駄目な方用に果物と野菜は多めに持ってきている。クロとアズとネルは果物を食べるようで、テーブルの上に置かれている大量の品に視線を向けていた。取り分けて貰ったら果物の方へ行こうとみんなに告げて、反対側へと視線を向ける。
「お婆さまも?」
『わたしも肉類は苦手だし、果物や野菜が好みね~』
私の肩の上に腰掛けているお婆さまもクロたちと同様に果物と野菜が好みのようである。しかし妖精さんは小さいので、人間のサイズにカットされた野菜や果物で大丈夫だろうかと首を傾げた。
『魔法で切るから平気よ。それに貴女の側にいると魔素が多いから、そっちでお腹を満たせるわ!』
「……それはどうかと」
『まあ良いじゃない。楽しまなきゃ損ってものよ!』
お婆さまの言葉にそれもそうかと頷いて、網の上で踊っている素材を見渡した。お肉にお野菜に海老に烏賊に蟹もある。ヤシガニさんもいるので、おそらく南の島のダークエルフさんか魚人の方が用意してくれたのだろう。
腸詰にチーズとハム、パンも持ってきているからサンドイッチも作れる。そして生野菜もディップに付けてそのまま素材の味を楽しめるようにと、タレを料理人さんが沢山持たせてくれた。お腹いっぱい食べようと私は決意するのだった。
――あれ、副団長さまと猫背さんはどこ?






