1032:猫の手。
グイーさまたちを見て驚いていたお婆さまは、何故か私の背の後ろに隠れてチラチラと彼らの方を見ている。亜人連合国の皆さまもお婆さまの珍しい姿を不思議に感じているようで首を傾げていた。
お婆さまをグイーさまたちの前に差し出したいけれど、背中側にいるのでなにもできず見守るだけである。私はバーベキューの準備をしなければいけないし、そのうちお婆さまも島の空気に慣れるだろう。
「どうしたのお婆は」
「本当にね~?」
ダリア姉さんとアイリス姉さんはお婆さまの態度に首を傾げながら声に出しているが、当の本人は答える気はなく私の背中に隠れている。グイーさまは『照れ臭いだけではないか?』とにやりと笑ってなにもしない。
東と北の女神さまも『あらあらまあまあ』と言った感じで、お婆さまに強く関わる気はない様子である。そして南の女神さまと何故か視線が合えば、彼女が私の下へと歩いてくる。
「なにか手伝うことはあるか?」
あれ、女神さまは調理できるのかと疑問に感じつつ、手伝ってくれる方がいるなら助かるなと彼女を視線を合わせる。お野菜カット部隊はアリアさまとエーリヒさまとフィーネさまと私の役目となっていた。他の方はお貴族さまなので無理だろうと最初から声を掛けていない。アリアさまは男爵家のご令嬢だが、大規模討伐遠征で料理ができると知っていた。
「あとはお野菜の準備くらいですね」
「野菜を切れば良いんだな」
南の女神さまに伝えると、なるほどと頷いてくれた。女神さまが料理をしている所を想像し辛いが、どうやら調理の経験はあるようである。
「はい。じゃあ行きましょうか」
「おう」
私の言葉に反応して南の女神さまは後ろを着いてくるのだが、お婆さまが急な展開に追い付けず固まっていた。どうしようと悩んでいるとダリア姉さんとアイリス姉さんがお婆さまを回収してくれた。
なんだろう、昔、女神さまに悪戯でもして怒られたのだろうか。それなら今のお婆さまの状態が理解できると苦笑いになる。
バーベキューの準備は順調のようで、粗方の荷物は出し終えていた。バーベキューは男性陣の作業であるが、副団長さまと猫背さんは神さまの島が気になるようで仕事になっていない。周りの方は魔術師の性だと理解し、彼らを放置している。力仕事はジークがいるし、ディアンさまとベリルさまも参加してくれているので問題なく進んだようである。
「ジーク、エーリヒさま、ジータスさま準備お疲れさまです。ディアンさまとベリルさまもありがとうございます。野菜の仕込みに入りますね」
男性陣に声を掛ければ『頼む』『お疲れさまです』『アストライアー閣下が切るのですか』と声が上がり、ディアンさまとベリルさまは大きい仕事は終えたので、さっそくグイーさまと飲み比べをするようだ。ディアンさまとベリルさまにほどほどにと声を掛ければ、南の女神さまが『親父殿は酔わねえぞ』とお二人に言葉を投げていた。大丈夫かなと心配になるけれど、竜であるお二人が酔うことはなさそうである。
私の肩の上に乗っているクロに竜の方って酔うのと質問を飛ばせば『大量に飲まなければ大丈夫』と返ってきた。お二人が酔っ払って酷い状態となれば、アルコールを抜く魔術もあるので私が施せば良いか。酔いを醒ます魔術が存在しているのも不思議である。まあ私が面白半分でシスターと先任の聖女さまからなんでも習っていたことも原因だし、緊急依頼で良いお小遣い稼ぎになっていたのだから。
そうしてまな板と包丁に各種道具が準備された場所で、役目を負った方たちがお野菜を切り始めている。
フィーネさまとエーリヒさまは二人で妙な空気を流しながら切っている。アリアさまは彼らを羨ましそうに見ているので、カップルを傍目にぼっちでいると寂しくなるだろうとこちらに呼んでみた。アリアさまは子爵邸で南の女神さまと挨拶を済ませているし、南の女神さまも普通に対応してくれる。アリアさまは頑張りましょうと声を上げ大量の野菜を切り始める。
「切れ味が凄いです! 一本欲しいかも……」
「ドワーフさんたちが鍛えた包丁ですからね。なら今使っている包丁はアリアさまに贈ります。子爵邸の調理場で眠っていたので。使わなければ勿体ないですからね」
私の言葉にアリアさまが目を真ん丸に見開いて驚く。どうやらドワーフさんが鍛えた品だと考えていなかったようだ。子爵邸の調理場にはドワーフさんが鍛えた品が沢山ある。包丁に鍋にボールやお玉に、まあいろいろと。
私が沢山発注した結果なのだが、子爵邸の料理人さんたちは鉄製のドワーフさん作の道具を使い、竜のお方の鱗で鍛えた道具類は眠らせていたのである。今回、丁度良い機会だと眠っていた道具を取り出して持ってきたのだ。アリアさまは『え、え?』と驚いているが、今更のような気がするのでなにを彼女に渡そうか。
とりあえずお野菜を切らねばと私もまな板を前にして材料であるお野菜さんを手に取れば、子爵邸の裏庭にある家庭菜園で育ったさつま芋さんだった。アガレス帝国から譲り受け子爵邸で育て始めてから代を経て、甘さがかなり増していた。子爵邸の一部の方から野菜ではなく果物ではと言われているが、果物は木に生るものと定義されているので、子爵邸の裏庭で育ったさつま芋さんが果物に類されることは一生ない。
「さて、さつま芋さんは固いので切る時に気を付けてくださいね」
「ん。包丁、貸してくれ」
南の女神さまが左手を差し出した。もしかして南の女神さまは左利きなのだろうか。とりあえず南の女神さまの手に合うであろう、小さめの包丁を私は手に取って彼女に渡す。
失礼のないように上手く持ち替えながら刃の部分を持ち彼女に柄を向けると、ありがとなと軽い言葉が返ってきた。南の女神さまは徐にまな板の上にさつま芋さんを乗せる。そうして彼女は左手で包丁の柄を持って振り上げ、まな板とさつま芋さんを目掛けて『スパン!』と包丁を振り下ろす。そしてさつま芋さんが綺麗に半分に切れている。でも、うん。
「待ってください! 左利きですよね? 右手を野菜に添えて猫の手ですよ!! 怖っ!」
私は料理の『り』の字も知らないような南の女神さまの包丁の扱い方に突っ込みを入れざるを得なかった。エーリヒさまとフィーネさまが私たちのやり取りに気付いて目をぱちくりさせているし、私の後ろで控えているジークとリンも危なっかしいと言いたげだった。
「なんだよ、切れてるなら良いじゃねえか!」
南の女神さまが抗議の声を上げる。私たちの側で見ていた北と東の女神さまが面白そうな顔を浮かべているのだが、見ていないで危なっかしい妹さんを止めて欲しい。
「見ているだけで怖いです。手を切りますよ!」
本当に危ないので気を付けて欲しい。指が飛んだらどうするのだろうか。いや、魔術で治せるけれど、そもそも切らないように気を付ければ良いだけである。私の突っ込みに面白いからもっとやれと言いたげに、北と東の女神さまが視線を向けている。だから南の女神さまを御してくださいと言いたいが、きっと聞いてくれないので私は諦めた。
「そうなりゃ親父殿か北と東の姉たちに治して貰えば良いだけの話だぞ?」
「それはそうですが、痛い思いをするのは嫌でしょう? ……あ、私の右腕!」
包丁で手を切れば超痛いだろうに。女神さまたちは長く生きているためなのか、その辺りの感覚が鈍いようである。はあと息を吐きたくなって、ふと頭の片隅から私の右腕のことが過った。
「……忙しい奴だなあ」
南の女神さまが目を細め、呆れ顔で私を見ている。グイーさまはお酒を楽しんでいるので、南の女神さまにとりあえず私の右腕のことを聞いてみよう。
「グイーさまの治療を受けてから、私が魔術を使うと右腕に熱がこもるのですが、原因を知りませんか?」
「ナイの腕は親父殿が治したからな。親父殿も気付かないうちに、なにか力を付与した可能性もある」
私の質問に南の女神さまが真面目な顔になる。この辺りの切り替えは早いようで助かるし、北と東の女神さまも私の言葉に耳を澄ませながら、南の女神さまの言葉にうんうんと頷いていた。
どうやら三女神さまの見解は同じようだ。ということは私はグイーさまからなにか力を譲り受けたようである。魔術を使用する際に熱がこもって魔力の流れが良くなっているくらいだが、今後変化することはあるだろうか。しかしまあ、グイーさまも神さまなのに緩い方である。規律に厳しいよりは良いのかもしれないが、人間に神さまの力を簡単に与えても良いのだろうか謎だった。
「神さまなのにですか?」
「力を持て余している部分もあるからなあ。親父殿は豪快だが、逆を言えば適当だろう?」
南の女神さまが肩を竦めながら、お酒を嗜んでいるグイーさまを見た。彼はエル一家と話に興じているようで、楽しそうに笑っている。確かにグイーさまは豪快だ。でもまあその豪快さに助けられている部分もあるので、なにも言えない。
「……返す言葉に困ります」
「まあ、そういうことじゃねーか。魔術が使いやすくなった、とかだろ? 死人を生き返らせるとかじゃねえなら良いだろ」
南の女神さまが言い終えると、また包丁をスパン! とさつま芋さんへ振り下ろした。綺麗に輪切りになっているけれど、見ているこちらは危なっかしくて仕方ない。とりあえず手本を見せてみようと私は彼女を横目で見ながら、さつま芋さんをまな板の上に乗せる。料理が好きというわけではないが、自分で料理を作って食べていたので包丁を扱うくらいは簡単だ。
「南の女神さまも適当じゃないですか」
右手で包丁の柄を持ち、左手をさつま芋さんに添えて猫の手をとり包丁を入れる。すっとさつま芋さんに包丁の刃が入っていき、あまり力を入れることなく切れた。ドワーフさんが鍛えた包丁は凄いと感心しながら南の女神さまを見れば、彼女は私の真似をして右手をさつま芋さんに添えて、左手に包丁を持ち刃を入れた。
先程の振り下ろしよりも凄く安心できたし、慣れるのが早いのか南の女神さまはテンポ良くさつま芋さんを切っていた。私より包丁捌きが上手くないかなと疑問符を浮かべると、南の女神さまが一旦手を止めて前を見た。
「そうか? って、親父殿はなにやってんだ。というか黒天馬、親父殿は重いだろうにすげー速く走ってるな」
私も彼女に釣られて前を見れば、少し前に見た光景が目の前に広がっている。
「ルカ、凄い速い速度で走っていますね……グイーさまは鞍を付けていないのによく落ちないなあ」
南の女神さまが呆れた声を上げ、北と東の女神さまはくすくすとご自身の父親を見て笑っている。グイーさまはルカの背に跨って、神さまのお屋敷の庭を爆走していた。
つい先日、どこかの某辺境伯ご令嬢さまがルカに跨り、爆走していた光景と被っていた。グイーさまはルカに鞍も着けずに跨っているし、お酒を飲んでいるなら酔いが早まりそうだけれど……大丈夫か心配になってくる。
「あ、落ちたぞ」
「え」
女神さまたちはグイーさまが地面に落っこちたのに呑気なものだった。一応、彼は受け身は取っていたけれど、痛いことに変わりはないだろう。急に背中の上が軽くなったルカは脚を止めて、後ろを振り向き急いでグイーさまの下へと駆け寄った。
ルカは顔を彼に寄せて『大丈夫?』と言いたげである。グイーさまは心配しているルカににかっと笑って、顔を撫で地面から立ち上がる。懲りずにまたルカの背に乗って、今度は空を飛び始めた。
「ま、親父殿なら死にはしない。ほら、野菜切るぞー」
「はい」
南の女神さまの軽い調子にそれもそうかと納得して、私たちは大量のお野菜さんの処理を進めるのだった。
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