1030:再訪。
――フィーネさまが聖王国に戻って、二週間が経っている。
北大陸の更に北にある神さまの島の手前にある岩礁まで辿り着き、私が魔力を練るとグイーさまなのか北か東か南の女神さまか誰か分からないけれど、転移を施してくれて神さまの島に辿り着いていた。
友人を誘っても良いということだったので、亜人連合国のディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんを誘い、フィーネさまとアリアさまとロザリンデさまを巻き込んで私たち一行はバーベキューの約束を果たすべく上陸したのだ。
副団長さまと猫背さんは向こうから行きたいと申し出があり、陛下に許可を頂いて同行している。外務部からは最近聖王国から戻ってきたばかりのエーリヒさまと緑髪くんが一緒だった。今回はグイーさまの要望通りエル一家とグリフォンさんも一緒である。グリフォンさんたちのお仔は子爵邸でポポカさんたちとお留守番だ。彼らのお世話は私でなくとも、子爵邸の方でもできるのでお願いしてきた。
エーリヒさまとフィーネさまとの間で流れる空気が甘ったるい気がする。そんな二人を見るジークと緑髪くんの目が優しい気もする。そして彼らを見る周りの目が生温かい気もしているが……まあ、良いか。
誰もいない神さまの島で私たち一行が待っていると、ふいに靄が現れてどんどんと人の形を成していく。時折紫電を発しているため、皆さまは驚きを隠せていないけれど私はグイーさまがみんなを驚かそうとしているのだなと分かってしまったので、しばし経過を見守っていた。そうして人の形となって髪の毛や服が形成されていく。マジマジと見ていれば結構グロいなというのが正直な感想だった。
「おお、皆よくきたな! 歓迎するぞ!!」
両腕を広げたグイーさまが嬉しそうに声を上げると、北と東と南の女神さまも姿を現した。私は小さくお三方に頭を下げると、北と東の女神さまは小さく片手を振り、南の女神さまは『おう』と答えてくれた。変わりない様子なので神さまの島で日がな一日を過ごしているようである。久方ぶりの来客にグイーさまは凄く喜んでいるので、まるで大きな子供を見ているようであった。
「お久しぶりではないですが、お邪魔致します。あと先日はお世話になりました」
私は機嫌良く笑っているグイーさまに頭を下げれば、にっとグイーさまが更に笑みを深めた。
「ナイ、気にするな! ところで、あの欲に塗れた不届き者はどうなったのだ?」
あれ、グイーさまであれば黒衣の元枢機卿さまの状況を把握できるのではなかろうか。もしかして覗き込むのが億劫だったのかと首を傾げたくなるが、彼の疑問に答えねばと私は口を開いた。
「今は牢屋の中にいます。そのうち鉱山へ送られるかと」
例の男性の現在は聖王国の牢屋に捕らえられている。隠し財産がないか洗い浚い喋りつくして頂ければ、アガレス帝国の鉱山へと送り届けられる予定だ。どうしてウーノさまが面倒な方を引き取ったのか気になるところではあるが、元第一皇子殿下に可愛がられる可能性がある。まあ、彼がどうなるかは鉱山の中にいる方たちだけ知っておけば良いか。
「鉱山でなにをするのだ?」
「借金返済のためにタダ働きです。ツルハシでひたすら穴を掘り進めることになるかと」
ツルハシで穴を掘って、適宜爆破で掘り進めるのだろうなあと遠い目になる。有毒ガスも出るだろうし本当に過酷な労働条件だ。生臭坊主だった彼は過酷な環境に耐えられるか気になるところである。
「なるほどな! しかしひょろひょろしたあの男にツルハシをマトモに扱えるとは思えぬが……」
グイーさまは彼の行く末に満足しているものの、彼が置かれるであろう生活環境に疑問を感じ取ったようだ。教典より重い物を持ったことがなさそうだから、ツルハシはさぞ重いだろう。そして更に重いツルハシを振り上げて降ろす作業を延々と続けることになる。慣れないウチはゲロを吐きながらの作業になりそうだし、周りの方々に『使えない』と罵られることだろう。
「振っていれば自然と筋肉が付くかと。あとは食事と睡眠の取り方次第でしょうか」
ツルハシは格闘技界隈だと打撃の威力を高めるために使われている道具――ハンマーでも良いけれど――である。腕を振り上げて降ろすという作業と、地面と鶴嘴がインパクトする直前に筋肉を締める行為を打撃に応用できるらしい。試したことはないけれど、テレビだかで偶然観て得た知識だった。鉱山送りに処されたら、筋肉ムキムキになっている可能性も十分あるのだが……想像したくない。
「まあ、男のことはどうでも良いか! 儂はナイたちがくるのを楽しみにしていた! バーベキューとやらを楽しもうではないか!」
ハハハと笑うグイーさまに東と北と南の女神さまが呆れていた。三女神さまは長子である西の女神さまを心配しているようである。でも父神さまであるグイーさまは大らかなのか、あまり気にしていないご様子である。
「西の女神さまの心配は……?」
「もう何千年も部屋に引き籠っているからな。数年、引き籠もりが伸びたところで大した差はない。もちろん心配はしているが、出てこないものは仕方ないこともあろう」
グイーさまは私たちがプレッシャーを感じないようにと、あえて軽い調子でいるのだろうか。そう考えると彼の今の態度には納得できる。流石に数千年単位で引き籠もっている娘を心配しない親はいないだろうし、心配しているからこそ私にどうにかならないかと頼った訳である。
しかしまあ、私とジークとリンとエーリヒさまと副団長さまに猫背さん以外の方々の緊張している姿が新鮮である。フィーネさまは元日本人だというのに、かなり硬くなっていた。アリアさまもコミュ力お化けなのに今回ばかりは、彼女の特殊能力は発揮されそうもない。
「さあ、屋敷に行こう。自己紹介は屋敷に着いてからだな! それと準備が足りないものがあるなら儂が創造すれば済む。遠慮なく申し出てくれ!」
グイーさまがくるりと踵を返して神さまたちのお屋敷を目指す。道行く途中で他の神さまにも出会い、礼を執りながら歩を進めた。割と多くの神さまが住んでいらっしゃるようだ。
もしかして元居た世界にあった神話のように、ドロドロとした関係もあるのだろうか。そうなるとグイーさまにはテラさまの他にも奥方さまがいそうである。もしくは不倫の末に一緒に暮らしていないのだろうか。
「親父殿は母上一筋だぞ?」
「ええ。適当そうに見えて、その部分に関してだけは真面目ですものねえ」
「唯一、父上さまの誇れるところです」
三女神さまからのグイーさまの評価がボロクソのような気がするのだが……当の本人は気にすることもなく、大きな体を揺らしながら先頭を歩いていた。しかし三女神さまは私の心の中を勝手に読んでいる。
「今更だろ」
「今更ですわねえ」
「お嬢ちゃんは分かり易いもの」
南の女神さまがそっけなく、北と東の女神さまが面白そうに言葉にした。三女神さまの言葉に心の中でそうですか、と返事をする私が悪いのかもしれない。ジークとリンとクレイグとサフィールにも私の心の内はバレバレであるし、ダリア姉さんとアイリス姉さんにも読まれている。
最近はソフィーアさまとセレスティアさまもバレているのか、良く先読みされて話を告げる前に会話が進むことがある。もちろん確認は大事なので、私の意思や意見を問われるけれど。
そうこうしているうちに神さまのお屋敷に辿り着いた。以前より敷地面積が広くなっているのは気の所為だろうか。広くなっていると感じている方は私以外にもいるようで、グイーさまと三女神さまに不思議そうな視線を向けている。今回、島に初めてきた方たちは前の状態を知らないので首を傾げているけれど。
「お屋敷の庭が広くなっていませんか?」
「ナイたちを受け入れるし、天馬やグリフォンがいると南の娘から聞いていたからな! 広くしておいた。存分に遊んでくれ!」
腕を組みながらガハハと豪快に笑うグイーさまに呆れている面々が三名いた。当然、三女神さまである。そして一番呆れた顔で息を吐いているのは南の女神さまであった。
「力の無駄遣いだよな」
「良いではないか! 力は有り余っているんだし問題なかろう」
組んでいる腕をグイーさまは解いて、南の女神さまの頭の上に片手を置いた。そしてぐりぐりと手で彼女の頭を撫で付けている。
「ぬお! 親父殿、止めろ! 背が縮むだろ!!」
流石に南の女神さまは自分の父親に怒髪天は落とせないようだ。おそらくグイーさま以外が南の女神さまに同じことを行えば、神罰が下っているはず。親子の絆は確実にあるのだなと感心していると、グイーさまが新たな面子を紹介して欲しいと仰る。
私はグイーさまの前に出て、順にディアンさまとベリルさま、そしてエルフのお姉さんズであるダリア姉さんとアイリス姉さんを紹介した。
「我らを迎え入れて頂き、感謝致します」
ディアンさまが亜人連合国の皆さまを代表してグイーさまと三女神さまに挨拶をしているけれど、彼が敬語を使っている所を初めて見た気がする。ご意見番さま相手であればディアンさまもベリルさまも敬語を使っていただろう。ご意見番さまの生まれ変わりということでディアンさまたちは、クロに敬語を使っているけれどノーカウントとする。
「できることなら、お主らの竜の姿も見てみたい! きっと壮観だろうなあ!」
グイーさまがカラカラと笑いながら告げた。確かにディアンさまとベリルさまの本来の姿は凄く神秘的で雰囲気がある。神さまでも竜の姿はトキメクものがあるのだなと、ディアンさまとベリルさまへ視線を向けた。
「屋敷で竜化すればご迷惑となりましょう。広い場所があればいつでもできます」
「そうか。ではあとで見せてくれ! クロは小さいしなあ……」
グイーさまがにかっと笑ったあと、揶揄うようにクロへと視線を向ける。クロは私の肩の上で長い尻尾をぺちぺちと背中に打ち付けているので、グイーさまの言葉は不本意なようだ。
『小さくないよ! ボク、大きくなれるからね!』
クロはぬっと身体を伸ばしてグイーさまに抗議している。
「じゃあ何故ナイの肩の上にいるのだ?」
抗議されたご本人は全く気にする様子はないまま、クロへと言葉を投げた。
『ボクはナイが好きだからね』
「なんと! ナイは罪深いのう」
クロの声にグイーさまが私に視線を向けた。クロの場合、恋愛感情というよりは親愛とか家族とかそちらに近い気がする。
「クロが言いたいのは、家族愛とかの類いかと」
『ナイは前のボクを救ってくれたからねえ』
私の言葉にぐりぐりとクロが顔を擦り付けると、グイーさまは小さく息を吐いて『そうかそうか』と納得し、他のみんなの紹介を終えてバーベキューを始めようと大きな声を上げるのだった。






