1024:気苦労の多い人たち。
――私はなんのために存在しているのでしょうか。
聖王国の危機だからと皆さんが地に足を付けて踏ん張っている時に私は見ていることしかできません。新たに私の後ろ盾となって頂いた教皇猊下と先々々代の教皇さまは、なにもできない私をみて仰った言葉があります。
『ウルスラ、今回の件はきっと君のためになる。きちんと周りを見て違和感を抱いたなら、少し立ち止まって考える癖を付けなさい』
『年寄の戯言だが……ウルスラはまだ若い。だが力を使い過ぎているのだから、今は少し聖女の活動を休みなさい』
そう仰ったお二方は私に教師を付けてくださいました。貴族相当の知識を得ること、魔術師としての基礎や応用を学びなさいということです。いろいろとできることを増やしたいと願っていたので有難いことですが、やはり聖王国上層部の皆さまが右へ左へと忙しなく働いている時に私だけのんびり勉強を受けても良いものかと悩んでいます。
フィーネお姉さま……あ、違う。大聖女フィーネさまが不在の今、もう一人の大聖女である私が聖王国の皆さまを引っ張って行かなければならないというのに。
朝、大聖堂の祭壇前で女神さまに祈りを捧げながら、私の頭の中でいろいろなことが反芻しています。雑念が多いまま女神さまに祈りを捧げるのは、女神さまに失礼だと祈るのを止めて私は立ち上がりました。祭壇の上にある大きなステンドグラスから差し込む朝陽が眩しくて目を細めると、ふいに気配を感じて振り返る。
「ウルスラさま、どうなされたのですか? 怖い顔になっていますよ」
振り返った先にいた方はアリサさまだった。最近、よく私に声を掛けてくださり、いろいろと気に掛けてくれてお世話になっている。フィーネさまがいないことで私を構っているのかもしれないけれど、それでも誰かに相手にされるのは嬉しかった。だって今までは枢機卿さま以外に私に声を掛けてくれる方は極僅かだったのですから。
「申し訳ありません。お祈りに集中し過ぎていたみたいです」
私は頭の中で考えていたことは告げないまま、アリサさまに答えた。すると彼女は苦笑いを浮かべたあと右手を私に差し出した。
「朝ご飯を食べに行きましょう。朝に食べるご飯は一日の活力になるとフィーネお姉さまが言っていました。沢山食べましょうね」
アリサさまがにこりと綺麗に笑う。差し伸べられた手に手を添えて祭壇から降り、信徒席の間を歩いて行く。もしかしたら私が悩んでいることを彼女はお見通しなのかもしれない。先ほどの彼女の励ましも、朝食を偶にしか採らない私を気遣ってのもののようだった。本当に私は周りの皆さまに迷惑を掛けてばかりいるなあと、誰にも気付かれないように小さく息を吐いた。
「勉強は進んでいますか?」
「はい。いろいろと知らないことが沢山ありますし、覚えることも沢山あります」
私に施される教育は貴族の方からすれば凄く簡単なものらしい。でも今まで教育を受けていなかった私には難しいものだった。根を詰めるのは良くないと言い含められており、大聖堂で信者の皆さまに治癒を施すことも大聖女のお仕事として認められているものの、大怪我を負った方や大病の方は私に回されなくなった。
大聖女のお仕事は凄く減っているけれど、他の聖女さまからすれば私の治癒を施していた回数は異常なものらしい。周りの皆さまは『体調を崩していてもおかしくない』とか『よく倒れていない』と驚いていたが、沢山の方を救うには必要なことだと私が告げると『いろいろと背負い過ぎ』『真面目過ぎ』『後ろ盾の元枢機卿は聖女を道具として見ている』と憤っていた。私の話を聞いた聖女さま方の中で一番怒ってくれたのは、私の少し先を歩くアリサさまである。彼女は私を気に掛けて何度も後ろへと顔を向けながら、言葉を投げてくれている。
「難しくありませんか?」
「少し難しいと感じることもありますが、私の教養に合わせてくれて先生方が理解し易いようにと気を使ってくれているので大丈夫です」
片眉を上げながら苦笑いを浮かべるアリサさまに、自然と私も苦笑いを浮かべています。どうして私の表情が勝手に動いてしまうのでしょうか。不思議な感じです。
「一応、他国の学院に留学していたので、私も多少は教えられると思うので分からないところがあれば聞いてください。私も分からなければウルスラさまと一緒に悩みます」
アリサさまが貴族女性ではあり得ない、白い歯を見せながら笑みを携えていました。そういえばアリサさまもフィーネさまも私が貧民街出身ということを一切気にしていませんし、対等に扱ってくれている気がします。
時折、あからさまな反応を見せる方もいらっしゃいますが、地位を持っている方が私を煙たがらないのは本当に珍しいというか。そういえばアルバトロス王国でも来賓として私をきちんと扱ってくれていた気がします。アストライアー侯爵閣下も地位を得ているのに『貧民が!』と罵ることはなかったと思い至ります。
「ありがとうございます。私はまだまだですが、頑張っていろいろと知識を得られれば嬉しいです。もしかしたら治癒魔術に応用できることもあるかもしれないので」
私の言葉にアリサさまが更に笑みを深めた。三歳、年齢が上の方となりますが、友人と思っても良いのでしょうか。私みたいな人間に友人ができるなんて、凄く贅沢をしているように感じてしまいます。でも、そうであって欲しいと心のどこかでもう一人の私が叫んでいるのですから。
「政治面も習うおつもりで?」
「最初はそのつもりでしたが、教皇猊下は私のやりたいことを優先させれば良いと仰ってくれたので……大聖堂での活動を優先させながら、合間で習っていけたら良いなと考えています」
本当に恵まれています。枢機卿さまがアルバトロス王国で無茶をして捕らえられてしまったことは凄く残念なことですが、私でも彼の態度に違和感を抱いていたので当然の結果だったのかもしれません。
聖王国上層部は今、枢機卿さまが行動に起こしたことで大騒ぎとなっていますし、教皇猊下や他の皆さまのお陰でいろいろと変わる時期が訪れているのだとか。聖女さま方も枢機卿や大聖堂の偉い聖職者の方たちの言いなりになり辛いように、聖女同士の互助会のようなものを作ると息巻いておりました。
お務めの期間が長い聖女さまと短い聖女さまが組んで、聖王国の聖女の仕事内容に、治癒魔術の研鑽や一般教養などを教えるそうです。いつ誰が発言したのか分かりませんが、先輩の聖女さまからお話を聞けるのは良い機会でしょうし、悩んでいることを相談できるはずです。
「あ、着いてしまいました」
「ですね。ご飯のメニューが楽しみです」
食堂の前に辿り着いてふふふと笑うアリサさまに私も笑みを浮かべます。小さな一歩かもしれませんが、聖王国の聖女さまたちも自分でできることを模索しているのだろうと朝食を確りと採って聖女のお務めを始めました。
――今日も一日、女神さまに誇れる行動を。
◇
時刻は昼過ぎ。
聖王国の会議室で聖王国上層部を司る者たちが集まって難しい顔を披露していた。現場に同席させて貰っている俺とユルゲンも彼らと同じ表情をしている。少し違うのは俺たちは部外者で彼らは当事者ということだろう。
俺がユルゲンの顔を見ると、彼は小さく肩を竦めて『静観しましょうか、エーリヒ』と無言で告げる。緊張感が張り詰めている会議室では教皇猊下が深く息を吸い込んで口を開くところが、はっきりと俺の視界が捉えていた。
「さて三年前も難儀したものだが、此度も皆には頑張って貰わねばならない。前回と違うところは御旗となる者がいないことだ。その分、個々人が持っている能力以上の働きを見せねばならぬ」
会議室で教皇猊下が口を開くのだが、この場にはいない先々々代の教皇も彼に味方をして意見を出しているようだ。以前教皇を務めていたという実績は聖王国上層部にとって影響力が少しなりともあるようだった。
俺は先々々代の教皇さまと顔合わせをしたのだが『孫を簡単に奪わせない』と遠回しに伝えてくれたが『聖王国が駄目過ぎるからアルバトロスでゆっくりと過ごすのも良いかもしれない』と悟りを開いた仙人のような表情で告げた所も知っている。
どうやら先々々代の教皇さまはフィーネさまと俺の関係は複雑に捉えているようだった。しかし、フィーネさまが幸せならば聖王国以外で過ごすことも有り得ると言ってくれたのは、俺にとって有難い言葉である。
「猊下! 大義名分は良いですが、他国から監視員を受け入れるのは反対です! 我々は西大陸諸国の属国ではないのですぞ! 下手をすれば植民地と化してもおかしくはないでしょう!!」
やはり他国の者を受け入れるのは感情的に難しいようだ。ただ聖王国は自分たちのみで国を運営していると、また堕落の道へと向かいそうだから教皇猊下は他国の監視員を受け入れて規律を正そうと言いたいだけのように見えるのだが。
基本的に他国の外交員や監視員を受け入れても、聖王国の政には参加できない。だって聖王国の者ではないのだから。それを理解しているはずなのに、自分が嫌だという感情だけで声を荒げるのはどうなのだろう。せめて三年前に背負ってしまった他国に払っている賠償金やらを払い終えて言葉にして欲しいものである。厳しい意見なのかもしれないが。
「もう既にアルバトロス王国の外交員が聖王国に常駐している。他国の外交員や監視員が増えたところで今更だろう。それに彼の者のようにはならないと我らの女神に誓えるか?」
教皇猊下の言葉に顔を怒らせていた者たちがトーンダウンした。どうやら黒衣の男性のようになる自覚があったようだ。人間、地位や立場を得れば当然お金も一緒に付いてくる。
お金という欲に惑わされず、人間が真っ直ぐに歩いて行くのは難しいことのようだ。そう考えると爵位を得た俺とナイさまやジークフリードにジークリンデさんは無欲だよなと思い至る。
特にナイさまは侯爵位を手に入れたのに自分に還元しようとせず、領地発展のためにと割と大きい額を投入していると話を聞いたことがあった。領地運営の他にも聖女として働いているから、アルバトロス城の魔術陣への補填代とかもあるのに本当に道を間違えないのは凄い。俺だったらとりあえず一軒家を買って、沢山美味しいものを食べて仕事に精を出すのに……って、結局なんだかんだで働くことには変わりないようだ。
「ぐぅ……ふぅううう! むぅうううう!!」
教皇猊下に言い負かされた男性は顔を真っ赤にしながら声にならない声を出して怒りを耐えていた。爆発しそうな感情を必死に抑えているのだが、会議室にいる方々には悪手な行動ではなかろうか。精神的におかしいと判断されれば、蟄居処分なりどこか田舎へと移り住む手配を親族の方が済ませそうだが。
「しかし猊下。他国の者を受け入れるとして、無秩序ではいずれ波乱が起きましょう。ある程度の掟は必要かと」
「それはもちろんだ。聖王国の法を犯した者には厳しい処分を下すと各国に通達してあるし、賄賂や不正は駄目だとも伝えている。なあ、アルバトロス王国のベナンター卿とジータス殿?」
話が進まないと別の男性が教皇猊下に声を掛けると、猊下は俺たちへと視線を向けた。
「はい、猊下。我々の役目は聖王国の動向を見守り、アルバトロス王国に報告を奏上するだけでございます」
「もちろんです。聖王国の問題に口を挟めば内政干渉となることは重々理解しております」
俺とユルゲンが教皇猊下の質問に答えると会議室に集まっている方々は押し黙るしかなかったのである。さて、これから建設的な議論が交わされるのか見どころだなとユルゲンと一度視線を合わせて、会議室の真ん中へと視線を向けるのだった。
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↑ 魔力量歴代最強な~のイラストをご担当頂いている、桜イオン先生の漫画連載『魔王都市』が裏サンデーで始まりました~! ジャンルはダークファンタジーとのこと。気になる方はチェックしてください!┏○))ペコ






