0102:領都内。
2022.04.16投稿 3/3回目
指揮官の人から頂いた許可証を持って、子爵領の門側に立っている衛兵へ提示する。差し出したままになっている紙の文字を追って、衛兵さんの視線が動きこくりと頷くと。
「ようこそ、領都へ!」
にかっと笑った厳つい顔の衛兵は、リンと私を子爵領領都の中へと促してくれたのだった。
「綺麗に整備されてるね」
王都よりも随分とこじんまりとしているが、碁盤のように張り巡らされている道とその間に設けられた石造りの家々は手入れが行き届いている。窓には花鉢があったり、三階建ての集合住宅からはロープが張り巡らされており、昼日中には洗濯物が空に泳いでいただろう。
「うん。お店とかどの辺りだろう」
王都暮らしが長いので、違う領主が治める街や村に入る機会は少ないけれど、この子爵領は王都にも近いということもあって、結構栄えているようだ。
討伐部隊が一日目の野営の場所に選ぶのだから、立地に恵まれて発展してきたのだろうな。とはいえ領主の手腕がなければ、ここまで発展はしていないだろう。この感じだとメインストリートが今いる場所なので、先に進めば商業区画に辿り着きそう。広場があれば露店があるだろうけれど、時間も夕暮れ時だから少なくなっていそうだ。
なら店舗営業している所を探す方が先決だなと、リンと雑談を交わしながら歩を進めていると意外な人物に出会うのだった。
「おや」
「副団長さま。どうしてこちらに?」
私が先に声を掛けてしまったことを気にもせず、微笑みを浮かべながら副団長さまがこちらへとやって来る。どうやら買い出しに来ていたようで、魔術具を取り扱う店を覗いていたようだ。
「いやあ、魔術転移で辺境伯領まで行くのも芸がないと思いまして。希望者だけを転移させて僕は軍や騎士の方とご一緒したのですよ」
「術者の方だけ残る方法もあるんですね」
本当に意外だった。術者と術者の魔力量で転移可能人数が決まるハズなのだけれど。おそらく行軍したくないお貴族さまたちを転移させたのだろう。
「ああ、既存のものを改良して新たな術式を僕が組んだので。今回は実用段階の前試験でしたが上手くいって良かったです」
にんまりと笑みを浮かべているけれど、副団長さま……高位のお貴族さまたちを実験道具にしていないかな、これ。
転送事故が起こったならば、副団長さまは今この場には居ないはずなので、とりあえずは問題はなく終わっているのだろう。本当に、魔術師の人たちは変態というか自分の欲望に忠実な人たちが多い。
「そうだ。――この後、聖女さまの野営場所を訪ねてもよろしいでしょうか?」
「天幕に入ることは出来ませんので、外での対応となってしまいますが……」
プライベートな部分となるので教会関係者以外が入ることをあまり良しとしていない。護衛の男性騎士でも天幕の入口は開放したままという条件があったりするので、来客ともなると外で迎えるのがルールとなっている。それに夜間にウロウロしていると、いろいろと疑われる要素を増やすだけで、良いことなんてないから。
聖女を取り巻く環境を知っていて、副団長さまは話を持ち掛けてくれているので、有難い。夜に『俺の天幕に来い!』と命令した人もいて、それを聞いていた周囲の同僚たちに責められるわ、教会からも抗議の手紙が届くわで涙目になっていたけれど、その人。
「ええ、結構ですよ。聖女のしきたりも大変ですねえ」
知っている人と知らない人の差が大きい。副団長さまは魔術以外のこととなると、割と紳士的である。
「正直、どうしてそこまで徹底しているのかと言ってしまいそうになりますが、慣れれば対応はしやすいですよ」
覚えて実践して慣れればどうってことはない。慣れないことは……特にない、かも。孤児生活で凍死しなかったのは王都の気候が穏やかだからだし、食事も洋食中心でゲテモノ料理とかは出たことがない。
時折、妙な魔物が出て『グロい』と零したくなって、それくらいだろうなあ、この世界に生まれて慣れないことって。スタートが最底辺だったので、ある程度のことに耐性が付いてしまったのが幸運だった。もし仮にお貴族さまのご令嬢の出発だったら、こんな環境に慣れていなかった可能性だってあるのだし。
「僕も貴族としての習わしなんて放り出したいですが、簡単に捨てられるものではない……まあ有難いこともありますし、なんとも言えないですねえ、こればかりは」
「そうですね」
「さて、聖女さまのお買い物を邪魔をしてはなりませんし、僕はこれで。――よく眠れる茶葉を持ってお邪魔することにいたします。ではまた夜にお会いしましょう」
「はい、また夜に」
副団長さまと別れて、目的の店を探す。布屋さんにでも行けば生地は手に入るだろうけれど、どうせならクッションや座布団のようなものが欲しい所。
ボロ布を布屋さんで安値で買って、服飾系の店に持ち込み詰め込んで貰えば、クッションが代わりにはなるだろうと、とりあえず布屋さんを目指す。恰幅の良いおばちゃん店員に声を掛けると、気さくに対応してくれる。王都のお店の人よりのんびりしている感じが漂っていて、場所で人柄の違いが出ているのが面白い。
「確りとした生地を何枚か頂きたいのですが、おすすめはありますか?」
「おや。小さいお嬢さんだねえ……お姉さんとお遣いなのかね。どのくらいのサイズがいいか言えるかい?」
確かに同年代の人たちよりもチビだし、童顔だけれども! 心にナイフが突き刺さったような痛みを覚えるけれど、リンが笑いを堪えている気配を感じて後ろを向いてジト目を向けて抗議しておいた。訂正するのも面倒だし、目の前の女性にはあまり関係のないことで、目的は布の購入と心の中で自分に言い聞かせる。
「馬車で移動をするのでお尻に敷くものが欲しいんです。ボロ布があればそれも購入して、縫って敷き物代わりにしたいなって」
「ボロ布ならあるけれど、詰め物にするほどはないねえ……」
「なら、安い布切れを長尺頂けますか?」
「切って詰め込むのかい?」
「はい。ないよりはマシですので」
「確りしたお嬢さんだねえ。お姉ちゃんを頼らずにあたしと話ができるんだから!」
呵々と笑って女性は店の奥へと引っ込んで、物音を立てながら何かを物色している様子。『リンがお姉さんって……』『私の方が背が高いからね』と視線で会話をしていると、店員さんがお店のカウンターに現れて、こっちへ来いと手招きされた。
「はいよ。生地が分厚いものを選んだから早々破れたりはしない。あと詰め込むボロ布もこれだけあれば大丈夫さね」
そう言って大量のボロ布を出してくれたのだった。
「ありがとうございます。これだけあれば十分な物が作れます」
「お礼はいいよ。代金をきちんと払ってくれりゃあね!」
そうして店員さんの言葉通りに金額を払って、店を出る。こういう店だと値引き交渉も醍醐味だけれど、時間もないのでお金は渋らなかった。次は服飾をしている店舗に急いで作ってもらえるか確かめようと、リンと一緒に数軒先のお店へと入る。
味のある内装に、並べられた服の数々。ゆっくりと眺めたい所だけれど、今は店員さんの下へと足を運んで。
いらっしゃいませと、落ち着いた声色で喋る男性店員さんに経緯を話すと、丁度職人の手が空いているので急いで作らせるとのこと。作り方は簡単だし少し待っていれば出来上がるとの事で、前金を払って店を出てリンとそのまま町を探索。
きょろきょろと町の中を歩くだけ。それでも目新しいものが多くて楽しく、指定の時間まで直ぐだった。
「ありがとうございました」
またしても『おつかい偉いね』と言われてしまって、微妙な心境になりながら町の外、野営をしている場所へと戻るのだった。