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1014:謁見場の彼ら。

 今から聖王国からやってきた方々とアルバトロス王とアルバトロス上層部の皆さまとフィーネさまと大聖女ウルスラ、そして黒衣の枢機卿が謁見場で顔を合わせることになる。

 俺がフィーネさまを聖王国から攫ってきたことは問題にされないはずだ。仮面を被って顔を隠していたのだから、聖王国の人に俺を断定する術はない。仮に露見したとしてもナイさまが庇ってくれるそうだ。

 

 聖王国からアルバトロス王国へ赴いた方々は謁見場控室で気が気でない様子で陛下との面会を待っている。自分たちがフィーネさまとナイさまを頼り過ぎていたことを彼らは理解しているのだろうか。

 酷い言い方ではあるが、自分たちが崖の淵に追いやられてしまったので仕方なく動いているようにしか見えない。フィーネさまが聖王国に戻っても良いように扱われるだけであれば、大聖女でいられなくなる方法を試しても良いのかもしれない。もちろんフィーネさまの意思もあるから俺の独断では動けないけれど……頭のどこかにあった方がいざという時に行動に起こせるはずだ。それより……。


 フィーネさまは大丈夫だろうか。俺の心配事はそれだけだ。


 聖王国からアルバトロス王国へと向かう最中、エルの背中の上で今回の件について彼女と話した。今の状況を作り出したのは、黒衣の枢機卿と彼らの一派にフィーネさまが所属している派閥の方々である。

 教皇猊下は聖王国上層部の方々を諫めようとしたものの、上手くいかなかったようだ。聖王国で一番発言力と力のある筈の方に訴求力はないようだった。最大派閥であるフィーネさま一派と黒衣の枢機卿一派の以外から教皇を選出した弊害のようだった。物事は上手く運びませんねと苦笑している彼女は少し疲れた様子だった。それなのに黒衣の枢機卿に良いように使われている大聖女ウルスラの心配までしていたのだ。

 

 今、俺がフィーネさまを聖王国から攫ってしまっても、彼女を幸せにはできないだろうな。


 彼女は時々突拍子もないことを言ったり、抜けていたりするけれど普通の女の子である。でも聖王国の大聖女という立場のある身であり、優しい人だから悩んでいる子を見捨てられないようだ。

 そんな状況で俺が迎えに行っても心残りを作るだけ。だから今回のことが解決して聖王国がきちんとした状況になった時に彼女を正々堂々と迎えに行こう。フィーネさまには先々々代の教皇やイクスプロード嬢は大切な存在である。彼らから俺たち二人の関係を祝福してくれなければ、フィーネさまの笑顔に陰りができそうだ。


 きちんと功績を上げて今の準男爵の地位から法衣の子爵位か領地持ちの男爵位くらいにはなりたいものだが……メンガー伯爵家は父親と兄貴は口を出してくるだろうか……って無理か。

 ハイゼンベルグ公爵閣下とナイさまの威光でなにも言わなさそうだと俺は外務部の自席で苦笑いを浮かべる。不意に気配を感じて隣へと顔を向けると、ユルゲンが眉をハの字にさせながら俺を見ていた。


 「エーリヒ、大丈夫ですか。疲れています?」


 「ごめん。考え事をしていただけだから大丈夫」


 ユルゲンの心配は有難いけれど、帰りの空の旅はフィーネさまと一緒だったので満足している。なかなか顔を合わせ辛い状況で、いつも手紙だけのやり取りなのだ。俺の背中で感じる彼女の体温や息使いに、仕事を頑張って良かったと疲れはリセットされている。正直に俺の気持ちを彼に伝えるのは流石に恥ずかしいので、少し誤魔化した答えになってしまった。


 「アルバトロス王国と聖王国の間を往復してきたのです。あまり無理はなさらないでください」


 ユルゲンは真面目に俺のことを心配してくれているようだ。少し申し訳なさを感じつつ、これからのことを考える。


 「ありがと。ユルゲンもあまり気を張るなよ?」


 ナイさまのお陰か、アルバトロス王国は各国から客人を多く受け入れている。外務部はお陰で大繁盛であり、各人それぞれの仕事に追われている。創星神さまであるグイーさまとお目通りをしているので、ユルゲンも俺も今更誰がきても驚かない気もするが、ヤバい人の行動は読み辛い。

 ナイさまが激怒しなければ良いがと願っていれば、そろそろ謁見場に赴く時間となっている。俺はユルゲンに時計を指差して、無言で謁見場に行こうと伝えた。


 「僕は謁見場の様子を眺めているだけですから。エーリヒのように空の旅に赴くことはないでしょうし、陛下に名を呼ばれる可能性もほぼありませんから」


 「分からないぞ。ユルゲンも俺みたいに、アストライアー侯爵閣下からお願いされる日がくるかもしれないし、なにか功績を上げて陛下に名前を呼ばれるかもしれない」


 小さく笑い合いながらユルゲンと俺は席から立ち上がり謁見場を目指し豪華な廊下を歩く。


 「……っ」


 俺の尻に少しばかりの痛みが走る。エルの背に長時間乗っていたから、どうやら尻の皮が捲れたようだ。フィーネさまは大丈夫か心配になってくるけれど、付き合っていると言っても女性においそれと聞ける内容ではない。彼女であればナイさまに治癒を申し出るだろう。痛みを我慢しても良いことはないのだから。


 「エーリヒ、お尻の辺りを抑えていますが……痔ですか?」


 俺が尻を気にしていたのがユルゲンにバレて怪訝な顔で問うのだが、何故か明後日な質問が飛んでくる。流石に痔になるような腸内環境ではないし、遊びもしていない。どうして痔に発想を飛ばしたのだと、少し大きく口を開く。


 「違う! 天馬さまに乗っていたからちょっとお尻の皮が捲れたの!」


 流石にケツの皮が剥けたなんて荒い言葉使いはできず、可愛らしい言い方になってしまった。俺が片眉を上げて反論したことにユルゲンは目を見開く。


 「おやまあ。乗馬初心者がやりがちな失敗でしょうか。確か屋敷に軟膏があった気がします。ご入用ですか?」


 驚きつつもユルゲンは対策を講じてくれる辺り有難い。


 「うっ……流石に聖女さまに診て貰うのは恥ずかしいから、お願いします」


 「承知しました。明日、必ずエーリヒにお届けしますね」


 ユルゲンが笑みを浮かべ俺は『有難い』と苦笑をする。そうして謁見場に辿り着いた。


まだ人の少ない謁見場は少し寂しい気もする。もう少し時間が経てばアルバトロス側の皆さまが面白いモノが見れると、意気揚々とやってくるのだろう。教会からはカルヴァイン枢機卿がくる手筈となっている。

 時間が流れると爵位や役職の低い方たちが顔を出し始めた。そしてハイゼンベルグ公爵閣下とナイさまにヴァイセンベルク辺境伯さまが姿を現した。ナイさまの登場に場内が少しざわつき始めているのだが、彼女自身は気付いているだろうか。


 凄く察しが良い時もあれば、凄く鈍い時もある。ジークフリードの気持ちに気付いてあげてと声を大にして叫びたくなるが、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて云々があるので見守るだけで精一杯だろう。俺も俺でジークフリードと同様に頑張らないといけないし……。さて、そろそろ陛下がやってくると今は空席の玉座を眺めるのだった。


 ◇


 ――お願いだから、聖王国の皆さまにはびしっと決めて欲しい。


 というのが私、フィーネ・ミュラーの本心だった。エーリヒさまの素敵なお迎えで空の旅を楽しんだのも束の間、いろいろとやらなければならないことがあった。アルバトロス王国の教会で凄い方々と会ってしまったが、一先ずは聖王国のことを優先させなければ。

 ナイさまと相談して実現したウルスラの荒療治は上手く事が運んだようでなによりだ。ウルスラの対応をお任せしてしまった女性にはあとできちんとご挨拶と、聖王国に戻ったら手紙を認めなければと頭に刻み込む。


 黒衣の枢機卿はアルバトロス王国の教会で不敬を働いたとアルバトロスの皆さまに捕まえて頂いた。


 聖王国で黒衣の枢機卿を捕えられなかったことは痛恨ではあるものの、この先の展開次第で聖王国が飛躍するか停滞するか後退してしまうのかの分かれ道なのだろう。

 私は腹を決めたので聖王国が滅びの道を歩むと言うなら、なにも言えない。もし聖王国上層部のみんなが奮起して正しい道を歩むのであれば私は彼らと共に行こうと決めた。私の決意は凄く我が儘で身勝手なことかもしれないが、三年間の努力を水泡に帰したツケだろう。


 私が深く息を吐けば、謁見場控室の扉が開いてアルバトロス王国の近衛騎士の方が顔を出した。


 「大聖女フィーネさま、お時間でございます。謁見場へご案内致します」


 私に近衛騎士の方は丁寧な礼を執る。ぶっちゃけてしまうと無下に扱われても文句は言えないのに、アルバトロス王国の方々は丁寧な対応をしてくださっていた。国王陛下もナイさまも、そしてナイさまの後ろ盾である公爵さまと辺境伯さまも同様なのだ。


 ナイさまは私と友人関係だから分かるけれど、公爵さまに丁寧な態度を取られるとむず痒い。アガレス帝国で見た彼は豪快な方だと印象に残っているけれど、アルバトロス王国にいる彼は至って普通というか紳士なのである。そりゃ言葉使いとかは年の功だろうなという物言いをするけれど、他の部分は普通である。ナイさまの後ろ盾を務めている方だから、もっと破天荒な方だと考えていたのに。


 私は今、着慣れていない聖女の衣装に身を包んでいる。ナイさまと相談して、アルバトロス王国教会の聖女の衣装を私は身に着けていた。ナイさまから借り受けた品のため少し丈が短いけれど、流石エルフの方々と妖精さんの協力を得た反物で出来た衣装だ。魔力の巡りが良くなっており、いつもより長く治癒活動ができそうだった。

 

 いつもと違う衣装を身に着けて近衛騎士の方と一緒に部屋を出て謁見場に入ると、既に中は満員御礼状態……というか、聖王国の私が所属している派閥の皆さまがアルバトロス王の御前で青い顔を浮かべていた。

 そして私の登場に後ろへ勢いよく顔を向けて『ぱあっ!』と明るい顔になる。彼らは私を頼れる存在と認識しているのか。引き籠もりを敢行しても、ナイさまに攫われたとしても、彼らにとって私は聖王国の大聖女という認識のようだ。


 「フィーネさま!」


 「大聖女さま!」


 私の顔を見た彼らは大きな声を上げると同時、私の衣装が聖王国のものではないと知り、また顔を青くさせた。数瞬後にはどうしてという困惑と猜疑が顔にアリアリと出ている。分かり易いなと心の中で笑い、私は堂々と赤い絨毯の上を歩いてアルバトロス王の前に歩み出た。


 「陛下、この度は聖王国の者が沢山のご迷惑を掛けたことお詫びいたします」


 私の言葉に隣にいる派閥の皆さまが『ええ!?』と困惑の顔を浮かべた。当然、アルバトロス王国にもナイさまにも手を掛けさせているのだから謝るべきである。彼らは今の状況を理解しているのだろうか。神さまに仕え過ぎて人間社会のことを忘れ去ってしまったのだろうかと毒付きそうになるのをぐっと我慢した。


 「聖女(・・)フィーネが謝る必要はないのでは? 頭を下げるべきは謁見場に立つ聖王国の者たちと例の枢機卿ではないか」


 ふふと良い顔でアルバトロス王が私に言葉を投げた。私も彼に答えようと口の端を伸ばす。


 「もちろんでございますが、大聖女の位に就いていた時期もありますので」


 聖王国の面々はアルバトロス王と私の言葉にポカンとしている。どうやらアルバトロス王と私のやり取りが、私はもう聖王国に所属していないと判断したようだ。さて、これからのやり取りで彼らはきちんと自分たちが置かれている状況を理解できるのだろうかと目の前に座すアルバトロス王とアルバトロスの皆さまに問い掛けたくなる私だった。

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[気になる点] エーリヒくん、いざという時はフィーネさまとちゅーをすることも厭わないと。なんだかグッと男前になって…と思っていたら結局お尻が無事ではなかったようで。乗馬初心者によくある事、と軟膏を貰う…
[良い点] 〉そして私の登場に後ろへ勢いよく顔を向けて『ぱあっ!』と明るい顔になる 突然笑わせないで下さいなww [気になる点] フィーネ様もナイさん同様に鈍感ですねー 陛下達が普通に扱ってくれる理…
[良い点] 更新ありがとうございます。 [気になる点] エーリヒくんの想い人を背中に感じながら、将来とかのお話しをする機会のために、お尻は貴い犠牲となったのでした? 成人女性では、南の女神さま<ナイ…
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