1013:事前会議。
アルバトロス城に辿り着いた。黒衣の枢機卿さまの目が偶々覚めて『なんだこれは!?』と叫ぶので『不敬を働いた方に対する処置ですね』と私が教えて差し上げた。そのあともなにか叫んでいるので、ヴァナルのドアップ――唸り顔――を彼に見せてあげたら再度失神した。
某ご令嬢さまは『肝の小さい男性ですこと』と呆れ、某公爵令嬢さまは『事情を知らなければ食べられると勘違いするだろ……』といつものやり取りをしていた。そうして黒衣の枢機卿さまは牢屋に放り込んで、フィーネさまとウルスラさまとエーリヒさまと外務部の方数名に、私たち子爵家一行が会議室に入る。
「ナイ、小者の相手は終わったか」
「アストライアー卿、お疲れさまでした」
会議室に入るなりハイゼンベルグ公爵さまとヴァイセンベルク辺境伯さまが良い顔を浮かべながら、私たちを迎え入れてくれる。彼らの隣には宰相閣下と宰相補佐さまに外務卿さまと内務卿さまがいらっしゃる。
アルバトロス王国上層部のメンバーが一堂に会していた。少し経てば陛下もいらっしゃるので、かなり豪華な面子が揃うことになる。
その中に入らなければならないフィーネさまとウルスラさまが緊張していた。取って喰われやしないし、黒衣の枢機卿さまと聖王国でやきもきしている自分で動かない方々が悪いから堂々としていれば良いはず。
私がフィーネさまとウルスラさまに視線を向けて肩を竦めれば、フィーネさまは少し息を吐きウルスラさまは緊張したままである。流石に大聖女の位に就いたばかりの彼女には、古強者の狸が多い面子が揃っていれば緊張も仕方ないのだろう。ヤの付く職業のような政治家と女神さまに仕えながらの政治屋とはやはり格が違うのだ。
「いえ、私はなにもしていません。強いて言えば創星神さまを呼んだくらいです」
私は黒衣の枢機卿さまがアルバトロス王国に入国して、彼と共に行動していただけである。
「それが奇跡に近いことだと捉えていないお前さんの心臓はどうなっているのだ」
「閣下、アストライアー卿ですから」
公爵さまが片眉を上げながら深く息を吐き、辺境伯さまが苦笑いを浮かべている。神の島で行うBBQの日取りを詳しく決めようとしていたのだが、黒衣の枢機卿さまの行動が読めなかったので少し待って欲しいとグイーさまに私がお願いしたのだ。
予定があるなら仕方ないけれど何故、と問われたので親切丁寧に今までのことを語っておいた。聖痕の付与については西の大陸を管轄している西の女神さましか知らないけれど、新たな大聖女さまを使って地位を確保しようとしている黒衣の枢機卿さまをグイーさまは快く思わなかったらしい。
そんなわけでグイーさまが私の魔力を利用して分身体を創って西大陸に御降臨なさったのだった。割とBBQも楽しみにしていたようだから、食べ物の恨みは怖いなあと苦笑いを浮かべている私の後ろ盾のお二人を見た。
「さて、席に着かれよ。聖王国の大聖女よ」
「陛下が少しすればいらっしゃいます。今少しお待ちください」
公爵さまの言葉に宰相さまが補足を入れた。そろそろ陛下が会議室にくるようで少し緊張感が走っている。陛下は黒衣の枢機卿さまにアルバトロス王国を下に見られていたことをどう処断するつもりなのだろうか。
以前は引き籠もりのアルバトロスと周辺国から揶揄されていたが、三年間でアルバトロス王国の評価は変わっている。評価が変わったのは私が大きく関与しているけれど、そこは知らないフリをしておこう。私が公爵さまのように豪快な性格であれば、簒奪とか平気で考えていたかもしれない。やはり知らないフリをしておく方が私の精神衛生上良いなと主のいない上座に視線を向ける。
丁度その時だった。陛下が会議室の扉から現れて、護衛の近衛騎士の方を連れて上座に腰を下ろした。三年間で陛下も歳を取ったなあと私がしみじみしていれば、陛下が小さく咳払いをする。
「待たせた。さて、非公式な場であるからな。気楽にとは言えないが、あまり気を張る必要はない」
アルバトロス王国のお貴族さまだけであれば陛下はこう言わなかっただろう。今の言葉はフィーネさまとウルスラさまに向けたものだと直ぐに分かった。
「二人ともまだ若いな。それなのに聖王国の者たちは大聖女に頼ろうと必死なのか」
陛下がフィーネさまとウルスラさまを見ながら深い息を吐く。フィーネさまは十八歳、ウルスラさまは十五歳だから陛下から見れば若いのか。確かに華奢な二人に国を背負わせるなんて酷なことだが大聖女の立場がある。
まあ、これは陛下の聖王国に対して呆れの言葉がストレートに出てしまったのだろうと私は苦笑いを浮かべる。そして陛下が言い終えたあとフィーネさまが発言の許可を得て、席から立ち上がった。
「陛下、この度は聖王国の枢機卿がアストライアー侯爵閣下並びにアルバトロス王国の皆さま方に不遜な態度を取り申し訳ございませんでした。教皇猊下に代わり謝罪させて頂きます」
フィーネさまが頭を下げなくても良いのだが必要な行動だろう。教皇猊下と先々々代の教皇さまから『フィーネさまを助けて欲しい』と請われているので私は手を貸した。彼ら二人の願いが『聖王国を助けて欲しい』であれば断っていたから教皇猊下と先々々代の教皇さま、そしてアリサさま辺りには私のことを見透かされているのかもしれない。
「気を張る必要はないと伝えた。それに大聖女フィーネは最初から最後まで自身の務めを果たしたではないか。アルバトロス王国として君を責めることはしない」
「しかし聖王国で解決すべき事柄をアストライアー侯爵閣下に頼ることになりました……私の力がもっと強ければ良かったのですが……本当に申し訳ございませんでした」
もう一度頭を下げるフィーネさまに陛下を始めとした方々が苦笑いになる。フィーネさまからの報告を受けていたので、聖王国で解決しようとすれば長丁場になるか面倒なことに発展するのではないかという疑いをアルバトロス上層部は持っていたのである。
そこに黒衣の枢機卿さまがアルバトロス王国教会の視察に赴きたいと打診があった。アルバトロス王国と私は『諸悪の根源がきた!』とにっこにこの笑みを浮かべたのだ。
「確かに君に力があれば解決できたことだろう。だがアストライアー侯爵を頼れる伝手があることも君の力だ。そう嘆く必要はないし、アストライアー侯爵も納得して力を貸したのだろう?」
陛下が良い顔をして私を見た。フィーネさまにこれ以上頭を下げさせるのも如何なものかと考え、私も不敵な笑みを作る。
「もちろんです。相手をする必要のない方であれば最初から話に乗っていません」
私の言葉を聞いた陛下と公爵さまが頷く。興味のない方や知らない方に関わる気はないし助ける気はない。フィーネさまが悩んでいたからこそ手を貸した部分もある。
「だそうだ。アストライアー侯爵の人柄を大聖女フィーネは十分に知っておろう。彼女にとって、侯爵家にとって価値がないなら寸分も動いてはくれぬぞ」
「ご厚情、感謝致します」
フィーネさまがまた小さく頭を下げる。おそらく陛下だけではなく私にも向けられたものだったので、私は目礼で返しておいた。
「さて、大聖女ウルスラ」
「は、はい!」
陛下の声にウルスラさまが席から立ち上がり背筋をピッと伸ばす。緊張しているようだが、この場の雰囲気に呑まれていないだろうか。少し心配で陛下と彼女の間を私の視線が行き来した。
「今回の件、君は彼の枢機卿をどう捉えるかね?」
「…………」
ウルスラさまは言葉を考えているのか陛下の言葉に即答できなかった。周りの方々も彼女が言葉を選んでいると分かり、急かすことはしなかった。
「後ろ盾である枢機卿さまは私にとって恩人です。恩人ですが、アストライアー侯爵さまに聖王国の自慢話を持ち掛けたことや、治癒で力比べをしようとしたことは間違っていると思います」
考えが纏まったであろうウルスラさまの言葉が続く。ウルスラさまが聖女として治癒の能力を如何なく発揮した頃、彼は彼女の下に治癒を願う患者さんを沢山連れてくるようになったそうだ。
雰囲気的にお貴族さまかお金持ちの方が多く、彼女が助けたいと強く願っている方とはかけ離れていたと。それでも彼は彼女にとって恩人である。彼に逆らう気はなく、言われるまま治癒を施してきたそうだ。
「君に治癒代はきちんと払われていたのか?」
「えっと……私に払われた寄付代は彼が管理してくれています。大聖堂で生活をしているので、日々の暮らしに困ることはなかったので……」
ウルスラさまの話を聞いた方々の顔色が悪くなる。もしかして三年前のことを思い出しているのだろうか。見事に黒衣の枢機卿さまは失脚した教皇ちゃん一派と同じことをしているのだが、彼は理解しているのだろうか。
まさか自分が成り上がるために必要なことだと肯定してしまい、罪を罪と認められなくなったのかもしれないと私は深く息を吐く。どうしようもないと嘆きたくなるが、企業の不正のようなものだろう。お金儲けのため、自分のためと言い聞かせて、いつかはバレることだと知りながら自分を安心させていたのかもしれない。
「大聖女ウルスラは腕や足を失くした者の再生ができるそうだな」
「はい。女神さまから聖痕を与えられてから可能となりました。私の力で多くの方が救えるのは良いことだと考えておりますが……先ほど、残り少ない時間を教会で過ごしているという女性とお話をして良く分からなくなってしまいました」
ウルスラさまが困った顔になった。どうやらウルスラさまの魔術が効かなかったこと、女性と話したことで彼女の考えが少し変わってきているようだった。
彼女が誰か一人の失くした腕を治すことと、病気の方を十人治すことで救われる命の数が違うこと。腕や足を失った人は数多くいて、全員がウルスラさまの下へ集まればどうなるのかと諭されたらしい。
ようやく現実を教えてくださる方が彼女の前に現れて、自分の力の強さが怖くなってしまったらしい。
「私は聖王国の大聖女を務めても良いのでしょうか……最初は沢山の方々を救えると意気込んでいましたが、迷い始めております」
「分からなくても良いではないか。悩んでいるなら誰かに相談すれば良かろう。ウルスラの一番近いところに同じ位に就く大聖女がいるではないか。王や教皇のように独りではないのだからな」
ウルスラさまに必要なのは確りとした大人なのだろう。黒衣の枢機卿さまも最初は良い人だったのかもしれないが、欲が生まれて飲み込まれてしまった。
黒衣の枢機卿さまは失脚する。ウルスラさまの後ろ盾がいなくなるが、フィーネさまか先々代々の教皇さまが務めれば厄介な方が彼女に手を出すことはないだろう。アルバトロス王国にも渡り、こうして顔見知りが増えたのだから私たちを頼ることもできる。
「ウルスラ、大聖女の座を退くには早過ぎましょう。今はいろいろと問題があって貴女の側に私が控えることはできませんが、落ち着けば必ず聖王国に戻ります。それまで聖王国をお願い致します」
フィーネさまが真面目な顔でウルスラさまを見る。今頃聖王国はフィーネさまが私に掻っ攫われたことで騒ぎになっているはずだ。黒衣の枢機卿さまと大聖女ウルスラさまはアルバトロス王国で教会の見学に赴いていることになっている。
日和見主義な聖王国の方々たちはどう出るのだろうか。ちなみに教皇猊下は、凄く不味い事態にならない限り放置を決め込んで成り行きを見守るそうだ。聖王国がまた弱体化してしまうが致し方なしとのこと。
「さて、今から聖王国の者たちを謁見場で相手にせねばならん。相手の出方次第だが、大聖女フィーネはどうするのかな?」
「彼らが保身に走るのであれば、私はアルバトロス王国に亡命致したく……そのようなフリをして頂ければ嬉しいです」
フィーネさまが答えると陛下が頷く。どうやらフィーネさまは聖王国を見捨てるつもりはないようだ。日和見主義で逃げている方々を一網打尽にして力を弱めるつもりらしい。派閥は解体させたいものの、必要だから仕方ないとのこと。また新たな派閥ができるだろうから上手いこと対立を生まないようにしたいと考えているそうだ。
私は会議室の壁際に控えているエーリヒさまの顔を見た。フィーネさまと婚姻できるのはまだまだ先そうだなと目を細め、そういえばフィーネさまが嫁ぐのか、エーリヒさまが婿入りするのかどうなるのだろうかと明後日のことを考え始めるのだった。






