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1008:全力ブッパ。

 大聖女ウルスラさまと女性はまだ話し込んでいる。年齢差があるためなのか、それともウルスラさまが母性に飢えていたのか、涙目で女性に彼女の過去をぽつぽつと語っていた。


 この場は女性に任せてしまっても大丈夫だろうとカルヴァインさまとシスター・ジルとシスター・リズに視線を向けて確認を取る。どうやら問題はないようなので、護衛の方とシスター二人を残して、黒衣の枢機卿さまを聖堂へ誘おうと私は彼へ視線を向けた。女性とウルスラさまのやり取りは彼にとって忌むべきもののようである。悔しそうな顔を滲ませて歯噛みしている彼の姿に、ウルスラさまは貴方の都合の良いようにさせないと顔を上げる。


 「さて、参りましょうか。大聖女ウルスラさまの身の安全は我々が確保させて頂きます」


 黒衣の枢機卿さまの顔を見て私は笑みを作れば、ギリと更に歯を噛みしめて私を見下ろし肩の力を抜いた。


 「聖王国の枢機卿を相手に他国の聖女である君になにができると言うのかね? ウルスラは聖王国の人間だ。彼女を奪えるとでも?」


 黒衣の枢機卿さまが不敵に笑いウルスラさまの身柄は渡さないと告げる。とりあえず女性とウルスラさまが話し込んでいる所に水を差したくはない。目の前の枢機卿さまとウルスラさまを引き剥がして、彼女の後ろ盾を挿げ替えなければ。


 「先ずは移動いたしましょう。女性同士の会話に割り込む男性は嫌われるでしょうから」


 私が適当に理由を付けると、アルバトロス王国側の護衛の方が黒衣の枢機卿さまの両腕を掴み取り移動を促す。聖王国側の護衛の方はなにが起こったのか分からず、目を白黒させているだけだ。

 そこは護衛対象である黒衣の枢機卿さまを守って差し上げようと言いたいが、護衛の彼らにとって枢機卿さまは命を掛ける対象ではないのかもしれない。

 彼は一応、アルバトロス王国教会の客人ではあるけれど、アルバトロス王国とアストライアー侯爵家にとって客人やもてなすべき相手ではないのである。ウルスラさまの現状を危惧していたから、彼はアルバトロス王国の地に立つことができたと全く頭にないようだ。

 

 両腕を確保された黒衣の枢機卿さまは護衛の方が歩を進めれば、己も足を前に出すしかない。鍛えている方に力で叶わないだろうなと彼の後ろ姿を見ながら私も廊下に出るのだった。


 ウルスラさまのことが少し気になるがシスターたちがこちらは任せておけと頷いているので大丈夫だろう。多分。ウルスラさま、シスター・ジルとシスター・リズのクレイジー振りに感化されなければ良いのだが。

 そうして微妙な顔のカルヴァインさまと子爵邸の面々と他の護衛の皆さまと、黒衣の枢機卿さまと聖王国の護衛の方が聖堂の祭壇前に立った。聖王国側もアルバトロス王国側もウルスラさまの下に護衛を残しているので、当初の人数より減っている。


 黒衣の枢機卿さまは祭壇側に立ち、私は信徒席側に立って相対した。私の後ろにはジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまが立ち、黒衣の枢機卿さまの側には聖王国の護衛の方が微妙な顔で控えている。カルヴァインさまは祭壇横に立ってこちらを見守っているが、真面目な彼だから内心穏やかではいられないだろう。


 「さて、先ほどの話の続きです。やろうと思えば、なんでもできましょう。例えば、貴方一人の命を奪うことも可能でしょうから」


 ぶっちゃけ彼がアルバトロス王国に転移を終えた瞬間に拘束されてもおかしくはないのだ。他国の侯爵家に喧嘩を売りながら、喧嘩を売った相手の国にノコノコとやってきているのだから。彼の命を奪っても利益がないから実行しないだけだと、枢機卿の座にしがみ付いている彼が気付けるのか。


 「ふ。黒髪の聖女と君は名を上げ各国から持て囃されているが、実の所、誰かの命を奪ったことなど一度もないだろう?」


 南大陸で私が黒の女魔術師の命を奪ったことは、あまり知られていない。私のことより竜を倒したジークとリンの名前の方が売れたのだ。


 「君は強大な力を得て周囲を牽制しているが、強大故に実力行使に出る機会がない。本気を出したのは双子星に傷を付けた時くらいではないのかね?」


 彼は私が衛星に傷を残してしまったことをきちんと知っていた。知っていながら強気な態度で彼が外交できるのは、私が他人に魔術を行使することがないと思い込んでいるからのようだ。確かに私が実力行使しないのは周囲の影響を考えてのことで、彼自身に対してではないのだが。


 「おや、痛い所を突かれましたね。しかし私自身の力を使わずとも、侯爵位の権限を持って命を下せば確実に貴方個人の命は刈り取れるでしょう」


 「確かに。だが君は実行しない。良心故にね」


 お互いに口の端を伸ばす。私の背後で彼の言葉を聞いたジークとリンが右手をびくりと動かす気配を感じ取った。おそらくレダとカストルの柄に手を添えたいけれど、我慢してくれているようだ。

 ソフィーアさまとセレスティアさまも彼の言葉にイラっとしているようで、雰囲気が重くなってきている。子爵家組の機嫌が急降下していることに気付いていないのは目の前の彼だけである。聖王国の護衛の方は顔を青くしており、大聖女ウルスラさまの下へ駆け付けたい衝動を我慢していた。でも彼女では黒衣の枢機卿さまの暴走を止められない。


 「では貴方に私の良心は必要ないのですね」


 私は言い終えると笑みを携え、最大量の魔力を練り上げる。遠慮なんて一切ナシなんだけれど……これ放出し終えたあとの変化が怖いなと思わなくもないので、クロとアズとネルには魔力を吸収しておいてとお願いしているし、子爵邸に遊びにきていた妖精さんにもお願いしている。


 確かに強大な力は便利だけれど、周囲の影響を考えると使いどころが難しい。青白い魔力光が風を放ち、ばっさばさに揺れる私の短い髪と聖女の衣装がはためいている。私の背後で『マスターの魔力です!』『うっひょー! お嬢ちゃんの魔力は凄いな! 俺ちゃんまた強くなっちゃう!』とレダとカストルが歓喜の声を上げていた。


 そういえばここまで魔力を外へ放出したのは初めてのようなと考えていれば、黒衣の枢機卿さまが腰を抜かした。祭壇に続く三段のみの階段を腕の力で上り教壇に彼の背がぶつかったのだが、何故かカルヴァインさままで腰を抜かしている。

 彼に矛先は向いていないのにどうしてだろうか。まあ良いかと気付かないフリをして黒衣の枢機卿さまに視線を合わせて、私の足元に適当な魔術陣を浮かばせる。私は祭壇に続く階段を昇って彼の下へと歩み寄る。黒衣の枢機卿さまはカタカタと歯を鳴らしながら口を開いた。


 「な……なっ! 私を……私を殺す気か!?」


 ひぃと怯える黒衣の枢機卿さまの瞳の中には魔力を放出する私の姿が映っていた。うーん……怯えている彼には私は悪魔や魔王と映っていそうだ。


 「貴方の命を奪っても宜しいので?」


 命を奪うなら死神かな。大鎌でも持っていれば、更に彼の恐怖を煽れただろうか。しかしまあ本当に今までの御大層な態度が豹変したものである。今は小さくなって教壇に背を預けながら怯えているので、少々可哀そうになってきた。

 でも、小馬鹿にされたツケは払って頂かないとアストライアー侯爵家の面子に関わるのである。それに彼のような方が続く事態を避けるためにも、見せしめは必要である。


 「い、嫌だ! 死にたくない! 今の地位も手放したくない! ようやく手に入れた地位なんだ! 誰もが私を認めてくれる地位を!!」


 「しかしそれは大聖女ウルスラさまが齎したものですし、大聖女フィーネさまが奮起したお陰で手に入れたものであり、決して貴方自身の力で手に入れたものではない」


 私は息を浅く吐いて右腕に魔力を集中させた。錫杖を持っていないのに、何故か魔力の流れが良いような気がする。気にすると魔力量の加減を間違えそうなので、目の前の憎たらしい方に視線を向けて


 「違う! 女神に祈った私が得たものだ!」


 黒衣の枢機卿さまは必死だった。どうにか自分を保つために虚勢を張っている。とりあえず精神がブレイクしなければ良いかと私は彼と視線を合わせた。


 「女神さまに祈っても届くことはありません。西大陸を司る女神さまは数千年前から下界に干渉されておりません」


 そもそも西大陸管轄である西の女神さまは引き籠もり状態なので、大陸のことは自然の流れに任せる形になっているそうだ。南の女神さまのように大陸に姿を現していれば話は別かもしれない。

 

 「その証拠はどこにある!!」


 黒衣の枢機卿さまが必死な形相で私を指差し大きな声で叫んだ。


 「証拠を知りたいですか。本当に?」


 「ああ! 私の前に示してみろ!」


 私は念を押したからあとは知らない。というか本当にきてくれるとは思わなかったけれど、条件として私の魔力で周囲を満たして欲しいと件の人物からお願いされていた。一応、全力ブッパをしているので要求は満たされているはず。事態が収まったあとを考えると陛下方に迷惑を掛けそうであるが、アストライアー侯爵家の面子を保たなければならないので許して欲しい。


 ――グイーさま、お願いします。


 私が願うと聖堂に満たされていた魔力が形を成していく。なんとなく人の形を模している気がするし、私が名を呼んだ方にそっくりになっていく。魔力で神さまを形成できるのかと感心していると、どんどん形がはっきりとしてきてグイーさまであると分かるようになってきた。目、鼻、口に身体の細部に服が完成すると、にっと笑ったグイーさまが大きな手で私の肩を叩いた。


 「お? おお! ナイ、凄いぞお主! 儂を島から引っ張り出せる魔力をきちんと出しおった! 流石大地に魔力を注ぎ込んだお主だな!!」


 ガハハと豪快に笑う彼に私は苦笑いを浮かべるしかない。グイーさま召喚は最終手段としていたけれど、あまりにも黒衣の枢機卿さまの小者っぷりが哀れだったので、つい呼んでしまった。

 速攻で召喚に応じてくれるグイーさまのフットワークの軽さにも驚くが、話を聞いていると彼の本体は島にあるそうだ。しばらくグイーさまと言葉を交わしていると、四姉妹の女神さまのうちの三人も姿を現す。予定外のことに驚くものの、興味が沸いたので現界したそうだ。


 「すげえ魔力量で満たされているな……」


 「お嬢ちゃんは凄いのねえ」


 「西のお姉さまの力が混ざっているだけはあるのかしら?」


 呑気に三女神さまが聖堂を見渡して私の魔力を回収していた。その様子を見たクロたちと妖精さんも魔力を回収し始める。グイーさまは問題の男性を見下ろすと同時に三女神さまも彼に興味が向いたようだ。


 「ナイ、男が気絶したぞ。なんだ情けない」


 やれやれと大きく息を吐くグイーさまの横に私は立つ。


 「えっと気付けの魔術を施してみます」


 とりあえず意識が戻らないことには話ができないと私は彼の足元にしゃがみ込んだ。魔術を発動させようとした時、リンが私の背後に立つ。どうしたのだろうと私が彼女を見上げれば良い顔になっている。


 「ナイ。ナイが魔術を使わなくても良い。殴れば済む」


 それもそうかと私は頷いたのだが、殴られる男性に同情する方は誰もいなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに神様呼んじゃったかぁ………… 聖女っていうか、巫女というか、やらかしてるよなぁw
[一言] >速攻で召喚に応じてくれるグイーさまのフットワークの軽さにも驚くが、話を聞いていると彼の本体は島にあるそうだ。しばらくグイーさまと言葉を交わしていると、四姉妹の女神さまのうちの三人も姿を現す…
[良い点] ナイちゃんの右腕はグイーさまに魔改造されて、やっぱり『伝説の右腕』に成っていましたねぇ笑。コレで錫杖も併せて持っていたらどれほどの魔力が放出されていたことか。さすが魔力量歴代最強の聖女です…
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