1002:お見送り。
――大聖女ウルスラさまとオマケがアルバトロス王国にやってくるそうだ。
少し前にヤーバン王国の陛下をアルバトロス王国は受け入れたというのに忙しいものである。忙しさの原因を作っているのは私だけれど、一応国交が持たれているため利益を出していると信じたい。
ヤーバン王は狭い子爵邸になにも文句は言わず孵ったばかりのグリフォンさん四頭――何故増えたのか私に問わなかったのは思考を放棄したのだろうか?――がポポカさんたちを親と勘違いして守っている姿が余りに可愛いと腰を抜かして、ヤーバン王として他人に見せられない顔をしていた。
どこかの誰かさんに似ているけれどヤーバン王はグリフォンさん限定である。クロたちと話をして喜んでいるものの、やはり彼女はグリフォンさん一筋らしい。母グリフォンさんが彼女に近づけば、直立不動になって目を輝かせながら会話をしている。さながら英雄と新兵の姿を見ているようで微笑ましい……いや、王さまが某辺境伯令嬢さまのような態度で良いのかなと思いつつ、邪魔しちゃ悪いと私たち子爵邸メンバーは眺めていた。
そんなヤーバンご一行さまは凄くご機嫌に母国に戻っていったのに、今度は聖王国から新たに大聖女の位に就いたウルスラと呼ばれる少女と黒衣の枢機卿さまがやってくる。
彼らの目的はアルバトロス王国教会の視察である。聖王国が西大陸全土にある宗教の総本山なのに、分家の様子を見にくるなんてどういう風の吹き回しだろうか。
私も呼ばれているが不思議でたまらない……って、嘘です。彼らは私と力比べをするため、アルバトロス王国の教会にやってくるのだ。フィーネさまから情報が全部筒抜けなので、アルバトロス王国もアストライアー侯爵家も笑顔で彼らを迎え入れるのだ。教会で、だけれど。
そんなこんなで黒衣の枢機卿さまに喧嘩を売られている状態である。彼の愚行は聖王国内で止められなかったので、アルバトロス王国がとばっちりを受けていることになるのだが、私はフィーネさまからの要請なので文句はない。
そもそもの発端が黒衣の枢機卿さまに声を掛けられ煽られたまま終わっているので、喧嘩しても良いよと保護者の許可が降りたのだ。アルバトロスの陛下は『ほどほどにな』と告げられているが、ハイゼンベルグ公爵さまからは『聖王国が潰れない限りはおもいっきりやれ』とエールを頂いているため、全力で『アルバトロス教会スゲーだろ計画』を練ってみた。
少し子供じみた計画ではあるけれど、黒衣の枢機卿さまが指にでかでかと青い宝石が付いた指輪を嵌めているあたり見栄とか高級品に目がない方だと考えている。
悪ふざけで、アルバトロス王国の枢機卿三名に彼が付けている指輪よりも大きい宝石が施された指輪を付けて貰おうと提案したのだが、アルバトロス王国の枢機卿三名が『聖職者として金満と思われるのは如何なものか……』と苦言が返ってきたので諦めた。
私はエルフの皆さまと妖精さんたちが協力して作ってくれた極上反物で新しく聖女の衣装を作り直し、アリアさまとロザリンデさまもアルバトロス王国の聖女として同席するので気持ち質を落とした新しい衣装をアストライアー侯爵家が用意して纏って頂くようにお願いしている。
エルフのお姉さんズとエルフの皆さまと妖精さんたち――お婆さまは行方不明――には無理を押し通して貰ったので、特急制作料以外のお礼を考えないと。亜人連合国に遊びに行きますと言いながら、いろいろとやるべきことがあって行けていないのが現状である。
――聖王国ご一行、いや黒衣の枢機卿一行がやってくる日がきた。
朝、子爵邸の来賓室。新しく用意した聖女の衣装にアリアさまとロザリンデさまと私は一緒に袖を通す。侍女さんたちの手を借りているのだが、何枚か重ね着しているため衣装を纏う時間が掛かっている。
お化粧も軽く施して頂き彼らを迎え入れる戦闘準備は整った。
ふうと息を吐いて、部屋の扉の前で待って頂いていた方を戻って頂く。主に男性陣なのだが、アリアさまとロザリンデさまの護衛の方がいるので、いつもより人数が多かった。そして毛玉ちゃんたちもぴゅーっと駆けて部屋の中へと入り、私たちの周りをぴょんぴょん跳びながら不思議そうに新衣装を眺めていた。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは聖王国のフィーネさまの下にいる。どうにもフィーネさまが所属する派閥の方は黒衣の枢機卿さまを止められなかった。そんな彼らを見てフィーネさまも先々々代の教皇さまも落胆を隠せなかったようだ。尻に火がついている状況だと言うのに、まだ私を頼ろうとするなんて。結果的に聖王国はまたフィーネさまに助けられた形となるのだが、これから国という体を維持できるのだろうか。
とりあえず聖王国の内情は置いといて、今は黒衣の枢機卿一行のお出迎え準備である。ジークとリンが私の後ろに控え、アリアさまとロザリンデさまの護衛の方もそれぞれ後ろに控える。
介添えの侍女さんたちとソフィーアさまとセレスティアさまも同席しているので、流石に大勢が集まると来賓室でも狭い。アリアさまは部屋の密度なんて気にせず、ひらひらしている衣装を楽しみながら私に視線を合わせた。
「ナイさまに頂いたスカーフも凄いですが、今日の衣装も凄いですね……なんというか魔力がいつもより多いような?」
新しい衣装にも妖精さんの協力を得ているので不思議パワーは宿っているはず。最近、妖精さんたちを見ると私の側に駆け寄って右腕に触れて、ぱっと消えていく謎現象が起きている。
グイーさまに右腕を治して貰ったから妖精さんたちは神さまの気配に気付いているのだろうか。私の右腕は軽くなった気がするだけで特に変化はないのだが……妖精さんたちの行動に少し引っ掛かるところがあった。
「仕事を終われば譲り受ける話になっておりますが、本当に宜しいのでしょうか?」
ロザリンデさまも困り顔で私を見つめた。彼女の言葉を聞いたソフィーアさまとセレスティアさまと侍女さんたちは、ロザリンデさまの困惑は当然だと言いたげである。
「面倒事に巻き込む報酬だと考えてください。聖王国で黒衣の枢機卿さまは私に自己紹介せず大聖女ウルスラを紹介されましたし、しれっと私の横に彼がいて聖王国自慢を繰り広げられましたから。私も同じことをしようかと」
あまりの出来事に忘れていたけれど、ソフィーアさまとセレスティアさまの事後ツッコミにより私は彼の名を知らないままだと気付いたのだ。一応、フィーネさまからどんな方か聞き及んでいるものの、結局手紙のやり取りでも『あのお方』とか『ヤバい人』で通されていたので彼の名前は知らないのである。知らなくても問題ないと、子爵邸のみんなと頷いたのは笑い話なのだろう。
「ナイさまが怒っています。珍しいです」
「それは怒って当然かと。名乗りを上げずご自身の都合を押し通した形ですので、ナイさまにもアルバトロス王国にも黒衣の枢機卿と仰る方は喧嘩を売っているのも同然ですから……」
アリアさまが不思議そうに、ロザリンデさまは困った顔で私を見ている。事件に巻き込まれる回数が多いので感情を荒げることもあるのだが、アリアさまにとって私が怒っている姿は珍しいようだ。
ロザリンデさまはロザリンデさまでお貴族さまの常識に照らし合わせて意見を述べている。彼女の言葉に上流階級に染まり慣れている方たちが力強く頷いているので、それを見たアリアさまは『なるほど』と一人で理解していた。
「とまあ、常識が通じない方なので、これから起こる気苦労の補填ということで受け取って頂けると私の気持ちが楽になります」
アリアさまとロザリンデさまに向けた報酬はこれで良いとして、教会には毎月送っている寄付額を今回だけ増やそうとなった。憧れのはずの聖王国なのに、黒衣の枢機卿さまの自己満足に付き合わされるのだから大変である。
腐り切っていた聖王国の膿を洗い流すには一度だけでは足りなかったと捉える方が建設的だろう。今度こそ最後になって欲しい――でなければフィーネさまと後発の大聖女さまや真っ当な方が苦労する――と願うばかりだ。大聖女ウルスラさまは社会経験が足りないだけで、根っこの部分は確りしている子だろうとフィーネさまは判断していた。私はフィーネさまの判断を丸呑みするわけにはいかないので、アルバトロス王国教会での彼女の態度次第でお付き合いの仕方を考える。
「さて、私たちはアルバトロス城に向かいます」
そろそろ出発の時間だと私はアリアさまとロザリンデさまを見る。
「ではわたくしたちはアリアさまと共に教会へ参ります」
ロザリンデさまの言葉にアリアさまが確りと頷いて笑みを浮かべていた。緊張はなさそうだし、アルバトロス教会の方たちも事情は知っている。とはいえ。
「アリアさま、ロザリンデさまお気を付けて。申し訳ないのですが、ご迷惑を掛けると教会の方たちに伝えて頂けると助かります」
「承知致しました。ナイさまは今回巻き込まれただけと、多くの方が理解してくださっているかと……」
私の言葉にロザリンデさまが困っている表情をして、アリアさまが苦笑いを浮かべた。そうして私たち一行は子爵邸の地下室へ、ロザリンデさまとアリアさまは馬車回りへと歩いて行く。
転移を利用するので王城までは一瞬だった。魔術陣が施されている部屋から抜けて案内の近衛騎士の方の後ろを付いて中庭へ向かうと、先に子爵邸からお城にやってきていたエル一家とグリフォンさんたちの姿があった。王城の綺麗な中庭に天馬さま四頭とグリフォンさんがくつろいでいる姿に見惚れている方がちらほらといた。近衛騎士の方も『凄い光景だ』と感心している。
そして彼ら魔獣の側で小さくなっているエーリヒさまに頭を下げて、私は先にエル一家とグリフォンさんの下へ行く。そして私の影の中からロゼさんと毛玉ちゃんたちがしゅばっと出てきた。その様子に慣れていない方々が目を丸くするのだが、驚かせて申し訳ないと謝る時間は私になかった。
「エル、ジョセ、ルカ、ジア、十分気を付けてね」
天馬四頭とグリフォンさんとロゼさんがいる一団を狙う人や魔獣や魔物がいるとは思えないが、念には念のためである。複数頭で出向くのはエーリヒさまが落下した時に備えてのことである。
ルカは三対六枚羽を持っているので、落下速度にも余裕で追いつける。エーリヒさまは事前に乗馬の練習を積んだので――ちなみに講師はセレスティアさまだった――心配は必要ないけれど、これもまた念には念を入れておく。
『大丈夫です。私たちの護衛にグリフォン殿とロゼさんが任されております』
『グリフォンさんとロゼさんがいれば、問題なく聖王国に辿り着けるでしょう。しかしまあ、凄く緊張されておりますね。エーリヒさまは大丈夫でしょうか。そちらの方が心配です』
エルとジョセが心配そうにエーリヒさまの方へ首を捻って顔を向ければ、ぴしっと両手を足につけているエーリヒさまの姿があった。それを一緒に見ていたルカが唇を突き出して変顔を披露している。
彼を揶揄っているのか励ましているのか分からないけれど、ルカに緊張感はなさそうだ。ジアも変顔を披露している兄に微妙な視線を向けていた。天馬さまたちも人間と同様に男の子より女の子の方が精神面の成熟が早いようである。
「ロゼさん。エーリヒさまとエルとジョセとルカとジアの護衛、お願いします。襲ってくる魔獣や魔物がいれば遠慮なくで大丈夫だから」
私は地面の上でまんまるボディーを揺らしているロゼさんの下にしゃがみ込んで言葉を掛けた。遠慮しなくて良いのが嬉しいのか、ロゼさんは身体をぷーと膨らませた。
『ロゼ、頑張る!』
「聖王国の大聖堂に攻撃を加えるのは、また今度ね?」
私は苦笑いを浮かべながらロゼさんに行っては駄目なことを伝えておく。どうにも私の影の中にいると私の感情が流れてしまうのか、ロゼさんが『大聖堂ぶっ飛ばす?』と少し前に問うてきた。流石にぶっ飛ばすのは不味いので、今はまだ我慢してくださいとお願いしておく。
『…………残念』
ロゼさんは膨らませていた身体を一気に萎ませた。どうやら聖王国の大聖堂破壊を夢見ていたのか、叶えられないと知り残念がっている。
「グリフォンさんもよろしくお願いします。孵ったばかりの仔たちが気になるだろうけれど、ポポカさんたちと子爵邸の皆さまがお世話をしてくれるから」
グリフォンさんの幼体四頭の生育は順調そのものだ。日数が経ちポポカさんたちより一回り大きくなっている。ご飯もモリモリ食べているし、幼体さんたちに釣られてポポカさんたちの食欲も増していた。
『仔たちのことはお任せ致します。わたしよりもポポカと子爵邸の皆さまの方が世話が上手ですから。私は安心して天馬たちの護衛を務められます。仔を無事に孵して頂いたこと、グリフォンの数が一気に増えたお礼には足りませんが、ナイさんのお願いですもの。全力で対処して参ります』
グリフォンさんが嘴を私の顔に寄せて何度か軽く擦り付ける。クロのすりすり攻撃とはまた違う気持ちよさに目を細めていると、負けないよと言いたげにクロが顔を擦り付けてきた。
「エーリヒさま、エルに騎乗するので心配はしていませんが、聖王国に乗り込むことで危険が及ぶこともあるでしょう。その時はロゼさんを頼ってください」
一応、聖王国上層部のまともなお偉いさん方にはフィーネさま拉致計画の話は通っている。フィーネさまも知っているので問題は少ないが、危険と判断されれば攻撃されるだろうしなあ……。
「えっと……無血でフィーネさまをお迎えできるように頑張ります」
私がエーリヒさまに声を掛けると、ジークが私の耳元に顔を寄せてエーリヒさまと話しても良いか許可を願った。時間はまだあるので問題ないよとジークに場所を譲る。
「エーリヒ、気を付けてな。あと、これを」
ジークが手に持っていた片手長剣をエーリヒさまに差し出す。あれはジークが教会騎士になって暫く経った頃に、お給料を貯めて買った初めての長剣ではなかろうか。
「ジークフリード……俺、長剣なんて扱えない」
エーリヒさまは渋面でジークの顔を見上げている。ジークが教会騎士に就いた時の身長と今のエーリヒさまの身長は同じ位だから、長剣の長さは合っているはず。
「佩いているだけで脅しになるし、抜かなくても良いから緊急時に使え。俺のお古だが手入れはきちんとしてある。予備の一本だから失くしてもかまわない。エーリヒが無事に戻ってくるならそれで良い」
ジークの言葉にエーリヒさまは少し迷って差し出された長剣を受け取った。そうしてジークが帯剣ベルトをエーリヒさまの腰に回して付けている。
ジークとリンの腰元で『面白いから俺ちゃんが一緒に行ってやっても良いんだがなあ』『馬鹿剣が赴いても煩いだけですわ』とレダとカストルがお喋りしていた。それはそれで面白いのだが、教えてくれるのが少し遅かった。
「それじゃあ、フィーネさまを迎えに行ってきます」
エーリヒさまがたどたどしくエルの背に乗れば、エルの足元にふわりと風が舞いゆっくりと空へと旅立つ。エーリヒさまと外務部の方一人――武闘派らしい――就いているので、道中暇はしないはずである。
今回エーリヒさまがフィーネさまを迎えに行くことになったのは、フィーネさま派閥の日和見主義な方たちや他力本願な方たちに向けたパフォーマンスである。派閥の頭であるフィーネさまがいなくなって困ってしまえ、というのが目的だ。
「さて、今度は例の枢機卿さまご一行をお迎えに行きますか」
エーリヒさまとエル一家とグリフォンさんとロゼさんが見えなくなった頃、私は後ろに振り返る。
「ああ」
「うん」
ジークとリンが頷いてくれ、そしてソフィーアさまとセレスティアさまも口を開いた。
「今回は手加減ナシだな」
「アストライアー侯爵家を馬鹿にしていましたものねえ。遠慮は必要ないかと。盛大に参りましょう」
お貴族さまの面子を彼に潰されていたので、生粋の貴族令嬢さまお二人はやる気一杯だ。黒衣の枢機卿さまが死なない限りは止められることはなさそうだなと笑い、もう一度転移陣のある部屋に戻るのだった。
ちょっと文字数が多かったですね。ご容赦を。