第二話 訪問者
墨のように真っ黒な、薔薇。
人間界にあるはずのないそれは、あの女の持ち物だ。
いつも俺たちの前に現れるときには持っていた。
どうやら、それが何かを表しているらしい。
過去を思い出したくない俺にとっては、忌々しいものだ。
でもこの薔薇は偽物なんかじゃない。
今でも昨日のように思い出せる、あの記憶と全く同じものだ。
やっぱりあの女が、ここに来たんだな。
この薔薇が俺の部屋にあること自体が、その証拠だ。
それに俺の部屋に花という花は、何一つ置いていない。
もう一人アパートに住む蓮ぴょんっていう奴はいるが、男だし。
別に花なんかに興味はないだろう。
今まで花が好きなような素振りは見せたことがないしな。
蓮ぴょんは俺の部屋に入るということはしないだろう。
確か初めて会ったときに、入るなと言っておいたはず。
それに蓮ぴょんは男で、俺は一応女だしな。
さすがに何にもしないはずだ。
一旦そこで思考を区切り、部屋を見渡す。
しかしその薔薇以外には何も変わったところがない。
どこから、俺の部屋に入ったんだ。
いや、待てよ・・・・・・。
もしかして、あいつはあの扉を使って入ってきたんじゃないか。
あの扉を使えるのは、俺と魔女しかいないが、あの女なら無理やりでも入れるかもしれない。
・・・そういえばあの扉のそばに、蓮ぴょんの部屋がある。
やっぱりあの扉のそばには、俺がいた方が良かったか。
あいつは何にも、童話には関係がない。
だから巻き込むのは、避けなきゃいけない。
普通の奴まで巻き込んで怪我させるとか、そんなことはしたくない。
そうなったら、やることは一つだ。
手早く扉から出て蓮ぴょんの部屋へと向かう。
俺の部屋は一応二階だから、一階の部屋に行くために階段を下りないといけない。
部屋を隣同士にしておけば良かったと後悔しても、遅い。
後悔するのは、いつだって誰かが大変な目に遭ったときだ。
「うわああああああ」
蓮ぴょんの叫び声がした。
いっそう、階段を下りる足が速くなる。
最後の三段は飛び降りて、蓮ぴょんの部屋まで本気で走る。
10メートル・・・5メートル、3メートル、2メートル・・・届け。
蓮ぴょんの部屋の扉のノブを、掴んで無理やり開けた。
非常事態のときぐらいは、勝手に部屋に入っても良いだろう。
後で蓮ぴょんに謝れば、良いんだし。
「おい、蓮ぴょん大丈夫・・・・・・か」
一瞬言葉を失った。
目の前に広がるのは、あの女に襲われている蓮ぴょんとかではなく。
蓮ぴょんが俺の知り合いの下敷きになっているという・・・・・・。
「ねえねえ、君さアリスちゃん知らない?あたし今その人探してるんだけど」
「・・・そ、こに・・・・・・いま、すけ・・・ど」
半分以上死にそうな蓮ぴょんが、正直に白雪の問いに答えて俺のいる方に指を差す。
すると馬鹿な顔をした、白雪の奴が俺を見つけて手を振った。
「ん、あれれ?アリスちゃんこんなところにいたよ!
扉から出たけど、アリスちゃんどこにいるか分からなくてさ。久しぶり!」
相変わらず馬鹿な奴だと思いながら、俺は蓮ぴょんを見た。
蓮ぴょんの顔が半分どころじゃなく、かなり死んでいる。
「ちょっ・・・・・・あ、りす・・・さん。とりあえず、この人・・・・・・退けて、くださ・・・・・・」
いつになっても上から退こうとしない、白雪に掠れ声で訴える。
が、白雪は聞こえていないのか俺の方を見てやけにニコニコしている。
「白雪、とりあえず下見ろ」
「ん?あああ!!ごめんね、ごめんね。悪気はなかったんだけど、ごめんね?
とりあえず大丈夫?あわわわわ・・・・・・」
「ちょ、もう・・・・・・無理、かもしれ・・・ませ」
そう言いながら、白雪は蓮ぴょんをがくがく揺らしている。
そんなことしたら、死ぬだろ・・・・・・。
さっきまで白雪の下敷きになってたんだから。
つうかどうしてこいつが俺のところに、来たんだ・・・・・・。
やっぱり俺を童話の世界に、呼び寄せる・・・ためか。
訪問者
いくら俺があの過去を忘れたくても、世界はそうさせてくれないようだな。
それはやっぱり俺への、罪と罰か。