第一話 忌々しい過去
「・・・・・・っくそ!!あいつめ、ついにここまで来たか・・・!!」
疲れたのか、ベッドの上で横になっていたら寝てしまっていたらしい。
そして寝方が悪かったのか、あの忌わしい女の夢を見た。
きっとこの場所がばれてしまったんだろう。
あいつには何人かの手下がいたはずだ。
あの女の能力までとはいかないが、やけに強い手下だった。
・・・・・・思い出したくもない、記憶だ。
あの“三日間”のせいで、俺はあの世界から逃げることになった。
何もかもとは言わないが、ほとんどが俺のせいだ。
いや、やっぱり全部俺のせいだな。
俺が何て言おうが、言い訳にしかならない。
一人、登場人物を失ったのも。
皆が俺を守るために、傷付いたのも。
何もかも全部。
戻りたくないと言えば、嘘になる。
あの世界で過ごした、時間が一番楽しかった。
しかし・・・・・・あの忌わしい女が来たせいで、変わった。
黒のドレスに身を包み、肌はどちらかというと白い。
どこの童話の主人公だか知らないが、俺が知らない物語の奴だ。
有名どころの主人公だったら、俺は大体知っている。
・・・そんなことはどうでもいい。
ただ、あの女には名前がなかった。
名前となるようなものは何も。
どうしてだかは知らない。
が、それはきっとあの世界を襲った理由に繋がっている。
そんな気はするが、俺にはあの女が何で俺を狙うのかは分からない。
頭脳派の白雪でもいれば、話は別だが。
でもこの世界に来るには魔女にでも助けてもらわないと無理だろ。
俺だって、無理やりこっちに来たんだから。
しかし戻りたくはないとはいえ、あの女が俺の居場所を知った今、
あの女が何をしでかすかは分からない。
天使のように純粋で、悪魔のように狡猾。
天使の顔をした悪魔とは、あの女のことだろう。
それに俺が来ないと知れば、あの女はどうにかしてでも俺を来させようとするだろう。
まるでどこかの、わがままな女王様のように。
・・・・・・でもどうすれば良いんだ。
俺があの世界に戻ったとしても、あいつらは何て言うんだろう。
アイツを殺して、“不思議の国のアリス”という物語を狂わせたのは、俺。
皆はきっと俺のことをもう、仲間だとは思っていないだろう。
全てを狂わせたのは俺なのだから。
けど、少なくとも俺を導くアイツが居なければ、俺は何も出来ない。
普通にここに生まれて、普通に暮らしたかった。
童話なんて、滅んでしまえば良い・・・。
「ついに俺もあの女に狂わされてきているんだな・・・・・・」
あの女の最終目的は俺を自分のものにする、ただそれだけ。
だから別に俺以外の奴等なんて、興味が無い。
つまり・・・・・・どんなに人を殺しても、どんなに手を汚しても何も感じない。
そういう女だ、あの女は。
しかしあの女を消してしまえば、全ては元に戻り、壊れた童話も修復する。
このままじゃ童話は壊れ、子供達に影響を及ぼす。
「それだけじゃ、無いんだよな・・・」
そう、まだある。昔誰かが言っていた。
童話の世界がもしも壊れて消えてしまえば、
人間界、つまりこの人間達が暮らしているこの世界にも悪影響が及ぶ。
童話の世界と人間界は、平行に並ぶ世界だ。
だからお互いに影響を与えることは出来るが、行き来は出来ない。
だけど童話の世界と人間界は、依存しあっている。
つまりどちらかが狂ってしまうと、狂っていない世界の方まで狂うことになってしまう。
面倒すぎる世界だ。
でも結局俺が最初に、狂わせた張本人だ。
本当にどうすれば良いんだろう。俺が悪いのは分かってるけど、何も出来ない。
「これじゃあまるで、もうあきらめたみたいだな・・・・・・」
俺らしく無い溜息をついて、ふと顔を上げた。
目をやった其処には。
この世には無いはずの、墨のような真っ黒い、薔薇。
あの忌々しい女が持っていた、薔薇。
忌々しい過去
どっちにしろ、俺にはもうまともな未来はない。
だったら、俺は・・・・・・。