第九話 疑問
時計の音が響いている。
このアパートの持ち主がいなくなった部屋で。
心地良いリズムを奏でながら、静かに。
その中で一人、シュヴァルツはじっと扉を見つめていた。
今さっき蓮と名乗った、白兎の生まれ変わりの存在が吸い込まれていった、扉を。
きっともうすぐ、童話の世界には着くだろう。
そう見当をつけながら、シュヴァルツは時計の音に耳を澄ました。
そしてシュヴァルツは、一人黙考する。
果たして、今私が行ったことで世界は救われるのだろうか、と。
童話の世界は彼女が住む唯一無二の世界である。
だからその世界が無くなってしまえば、彼女は住む場所を失う。
それどころか、童話の住人たちである彼女達は否応なくても消えなければいけない。
・・・それは他でもない、アリスのせいで。
しょうがないのかもしれない。
彼女は確かに敵立ち向かおうとした。
自分の住む世界を汚されて、怒るのは当然である。
しかも自分の仲間・・・友達が傷つけられていくのを見ていられるはずもなかった。
だから彼女は大切な彼と共に、敵に向かったのだ。
だが、女神は彼女に微笑まなかった。
彼が彼女を庇って死んだのだ。
それだけじゃない、彼を殺した敵に見逃されたのだ。
彼女が彼の死によって、あまりにも弱体化してしまったから。
だから彼女飽きたのかつまらなくなってしまったのだろう。
そのことに彼女はきっと、今まで保っていた何かを壊されてしまった。
だから彼の死によって、彼女は全てから逃げ出した。
自分が住む世界も、プライドも、何もかもを捨て去って。
彼が死んだことを認めたくなかったから。
彼が死んだのが自分のせいだと責められるのが怖かったから。
彼が死んだから生きていく希望を失ってしまったから。
彼女は何も言わないが、そのどれかのせいで彼女は逃げ出さざるを得なかった。
シュヴァルツには、あまり感情が無かった。
だから強い彼女が、彼が死んだせいで逃げ出すような感情を良く分からなかった。
いくら大切な彼が死んだからと言って、どうして逃げなければなかったのか。
それだけが本当に分からなかった。
そう、彼女が彼に抱いていた、恋愛という特別な感情についてだけは。
家族愛や友情愛、それに近いものでありながら、それらとは別の感情であるそれ。
ヴァイスに聞いたことが、一度あるがそれでも分からなかった。
「えっと恋愛って言うのは・・・
胸がドキドキしたり、落ち込んだりすることなんだよ!?
シュヴァルツも分かってたら、楽しいのになー」
そうヴァイスは楽しそうに、嬉しそうに言った。
私にもそれだけは分かるのだ。
相手がいるだけで胸が苦しくなったり、何かを言われたりして落ち込んだりする。
そういう具体的な例は分かるのだ。
だけど抽象的な例が分からない。
どうしてそんな想いを抱くのだろう。
いつそんな思いに発展してしまうのか。
どうしても分からなかった。
第九話 疑問