触ると俺との思い出が消えちゃう彼女 ~呪いのおかげで毎度イイ所で恋人未満~
沢山の人が行き来する広場の真ん中にある噴水の脇で、俺はドアナに告白した。
「……君の事しか頭に無いんだ……ドアナ! 俺は君を愛してる!!」
「……ギド様……ドアナは、その言葉を待ってました……」
そう言うとベンチに座った俺の脇で、ドアナは潤んだ眼で見詰め返して来た。少しだけ褐色の頬をほんのり紅くしたドアナ……でも、そんなのは全然気にならない!! いや逆に超可愛いっ!! 肌の色と孤児だったせいで俺と同じ年だった五才の時から奴隷として身売りさせられてたドアナだけど、そのお陰で俺はドアナと出会えたんだし……
……っと! 今はそれどころじゃねぇ!!
目の前に座ったドアナが、両手をベンチに付けたまま、眼を閉じて俺の方に近寄ってきて、身体を傾けてくる……
いやいやいやいやマジで良い匂いだよドアナの髪からスゲー良い香りするする!! だよなだよなそうだよなドアナに「これ絶対ドアナに合うと思うから使ってみてよ」って言って渡した洗髪剤だもんでもドアナ自身が桃みたいなトロンとしちゃう位の匂いするし毎日お風呂入るし誰が奴隷のドアナ専用の湯殿作らせたかって当たり前だよ俺だよ父さんには無茶苦茶嫌味言われたけど知ったこっちゃないわ第一「元は奴隷だが当家に来たからにはキチンとした身なりで」って言ってたのは父さんだしああああああああああドアナの香りがあああああああああ
……そして、俺の肩にドアナの頭が載った瞬間、それまで快晴だった空が一瞬で雲に覆われ、太陽があった筈の雲の間からアイツが真っ直ぐ降りてきた。
アイツが誰だとか何なのかなんて、知らない。ただ、誰かが俺に触れると何処からともなくやって来て、真っ黒なカマを振るって【俺との想い出】を狩り取って消えるんだよ。何が消えるかは判らないし、いつまで続くかも判らない。理由も判らない。昔、小さい頃に屋敷の隅に在った社にオシッコ掛けたからかもしれないし、別の時に寝ていた白猫を真っ黒に染めたからかもしれない。今となっちゃ判らないけれど……
ドアナとの楽しい時間はあっという間に過ぎ、二人で屋敷の離れに帰るとドアナは、いつもと変わらない調子で身の回りの世話をしてくれるが、たぶんさっきの告白は忘れてるんだろう。ただ、俺の事は嫌いじゃないのは判ってる。ただ、一歩踏み出す度に……元に戻ってしまうんだ。
「ギド様、御夕食の支度が整いました……どうかしましたか?」
甲斐甲斐しく食器を並べながら、俺の顔を見てドアナは首をちょっぴり傾けて聞いてくる。アーモンドみたいな綺麗な形の眼が、俺を見詰めてくる。くっそぅ……ここで「さっき言った告白を覚えてる?」なんて聞いてみても彼女は全く覚えてないんだ。いや、試しにやった事はあるぜ? 結果はさっきと変わらなかった。バーンと扉を開けたアイツが飛び込んで来て、狭い室内用らしい小振りなカマで真後ろからドアナの頭にサクッと一撃食らわしてから、ご丁寧に扉を閉めて帰りやがるんだ。鍵掛けてても無駄だったし。
「……いや、何でもないよ。ありがとうドアナ、冷めないうちに食べよう」
こうして二人だけの食事が始まる。父さんは俺の呪いをよーく理解しているから、同席はしない。昔は一緒に暮らしてたが、つい忘れて触る度に俺の名前やその由来まで忘れてしまうから、世話をドアナに一任して顔を合わせなくなった。たまに会っても「……ギルマンだっけ?」とか平然と言うから俺から来なくていいよと言っちまったし。
二人だけの食事が終わると、別々の部屋に別れて寝る。間違っても一緒の部屋なんて……いや、考えるだけ無駄だ。何かスゲー事になった瞬間、アイツが来ると想像しただけでげんなりしちまう……。
「おはようございます、ギド様」
翌朝、朝食の支度を整えたドアナが部屋の扉をノックし、丁寧に頭を下げながら挨拶してくれる。
今朝もドアナはムッチャ可愛い……そのサクランボみたいな唇が動くだけで綺麗な声が聞けるし、白い歯が見える度に俺の心臓は爆発しそうだ。でも……まあ、いいや。
ドアナの作る朝食にはトウモロコシのポタージュが必ず付く。彼女の暮らしていた地方は作物に乏しく、もっとボソボソした皮の堅い実を潰してスープにするそうで、トウガラシの粉を入れる理由も寒さをしのぎ空腹感を紛らわす為の知恵だとか。
白いカップに唇を付け、熱く甘味のあるポタージュを啜る。ほんのりピリッとして、その後胃袋がほんわりと温まる。俺が食べ始めるのを確認してから、ドアナも食事を食べ始める。何回言っても「ギド様より先には食べません!」と言ういじらしいドアナ……そんな所も、スゴく可愛いのだが……。
食事を終えて、食器を小さな台所で洗うドアナの背中を見ていると、丈の長い地味な黒いスカートの下から、彼女の細い足首が見える。靴下を履かない彼女の足は、少しだけ褐色。でも、キュッと締まった足首は見ていて飽きない。
……くあああああああああ!! もう我慢できん!!
ガバッと立ち上がった俺は彼女を後ろから抱き締めた!!
「……ひゃっ!? ギド様……?」
驚いた彼女は小さな悲鳴を出したが、身体を強張らせずに身を任してくれた……
「……ドアナ……君が好きだ!!」
「……ギド様ったら……もう、驚かせないでください……」
振り向いた彼女はそう言うと、眼を閉じながら小さく頷いた。
その可憐な唇に自分の唇を重ねようとして……息を停めた瞬間!!
バーンッ!! と扉をけたたましく開けながらアイツはやっぱりやって来た!!
頭に来た俺は手近に有った擂り粉木棒を掴み、ヤツに向かって振り下ろした……が、
(……甘いんだよ、ボーヤ)
ガッ、と片手で擂り粉木棒を掴んだヤツは、小さな声で囁くと、情容赦無く片手の小振りなカマを振り下ろし、ドアナの眉間にサクッと一撃入れて、俺の額にデコピン一発入れてから、
(……懲りない奴だな)
そう捨て台詞を吐いて、扉の向こうに消えていった……。くそぅ……まただ、まただ……。
「……私、どうしたのかしら……ギド様、ご存知ですか?」
ボーッと立ったままだったドアナが俺に尋ねたが、俺は何でもないよ、と言うのが精一杯だった……。
……と、今までの俺は何度も引き下がって来たが、今日は違うんだよ!!
普段は俺とドアナしか居ない離れに似つかわしく無い武装した面々が、どやどやと部屋に雪崩れ込んできて、口々に言い交わす。
「なぁ、本当に成功すりゃあ、そんな金が貰えるんかい?」
「……私はどっちでもいいから、その悪魔ってのを早く拝みたいねぇ」
「お金次第だよねぇ~?」
「ねぇ~♪」
そう! 腕っぷしの強そうな人達を呼んだんだ!! 流れ者とは言え、ギルドを介して招いた強者だ!! ……たぶん。
「ええっと……合図したら俺達の周りを囲んで、アイツが来たらやっつけてくれ!!」
俺はとにかく【黒い格好の死神みたいな奴】とだけ説明し、様々な武器を使う者や魔導に秀でた女性を配置し、部屋の真ん中にドアナと二人で待機した。ドアナは「何が始まるんですか?」と不安げだが、これが上手くいったら……そう思うだけで手汗が止まらねぇ……いや、落ち着け落ち着け、先ずはドアナに安心するように声を掛けてから、俺は彼女の細い指をしっかりと握り締めた。
「……ドアナ、こんな状況になった理由は、後で説明するよ」
(……ねぇ、あの二人なにしてんの?)
(……さあ、知らん)
(なんかラブラブじゃな~い?)
(ラブラブだよねぇ~♪)
……外野がうるさいが、俺は彼女のつぶらな瞳を見詰めながら、告白した。
「……君を、愛してる……ッ!?」
ドアナの潤んだ瞳に吸い込まれそうになりながら、俺が告白した瞬間、その瞳の表面に見慣れた真っ黒なアイツが写り込むっ!! くっそ!! 出やがった!!
「きゃあああぁ~!?」
「いやぁ~ん♪」
「悪霊かっ!?」
「出たか!!」
……若干、緊張感の無い声も混ざっているが、四人の強者は手筈通りに俺とドアナを四方から囲い、辺りを警戒する。その目の前に唐突に降り立ったアイツは、さも当然と言わんばかりに俺達に向かって……あれ? どこ行った?
(……そう来たか)
聞き慣れた呟きに耳を澄ませると、部屋の真ん中に有ったテーブルの下にアイツが居た。でも、いつもと違って、警戒してんのかな? 直ぐに飛び掛かって来ないんですけど。
(どっこいしょ……さて、邪魔者を排除するか……)
あー、そうなんだ……ただ、様子を見てただけね。カマをどっかに仕舞ったソイツは、素手のまんま四人と向き合った。でも今までじっくり見たことなかったけど、何だか小柄なんだなぁ。それに何となくだけど、女の人っぽいな。
「……アイリンは俺の後ろで待機、リンとレンは付与でアイリンを強化しろ。俺は時間を稼ぐ」
先頭に立つリーダー格の男の人が指示を出すと、彼の指示に従って陣形を変え、アイツと向き合った彼は剣と盾を構えた。うーん、歴戦の猛者って感じだな。
「ふんっ!!」
早速先制とばかり、煌めく剣の切っ先がアイツに向かって振り下ろされたが、パシンと軽い音を立てて掌で受け止めちまった……何だかヤバそうな雰囲気……。
それから一方的にリーダーの攻撃は続いたけど、アイツは全く動じず、受け止めたり手で払ったりで、武芸に縁の無い俺から見ても格の違いが明らかだった。
「……リーダー! 待たせたな!!」
おっ? アイリンって呼ばれてた女の人が進み出て来た。何かさっきより格段に強そうになってる! 噂に聞いた【魔導強化】ってのを身に受けてるのか、少しだけ身体が輝いて見える気がする。こりゃあ、もしかしたら……
「一気に畳み掛ける!」
「楽勝だぜぇっ!!」
アイリンって方は両手に持った短剣二本を構え、リーダーと共にアイツに襲い掛かった!! 眼にも止まらぬ剣捌き!! 二人の攻撃に押され気味になったアイツは、遂に姿を消した!! ……か、勝ったのか?
……はい、そう思っていた頃も有りました。何と言うか……当然の結果と言うか……
「……あれ? 俺達、こんなとこで何してたんだ?」
「……さあ……覚えてないや」
「ここどこ~?」
「知らな~い♪」
姿を消したアイツは、やっぱり同じ手口を使って、四人とドアナの記憶をすっ飛ばしてくれました。
すっかり散らかった部屋から撤収していく四人の後ろ姿を見ながら、俺はドアナと片付けし始めた。
「……何が有ったのかは判りませんが、こうしてギド様と仕事するのも、いいですね」
「そうなの? 全然思った事なかったけど……」
テーブルの上のホコリを拭き取りながら、ドアナは嬉しそうに笑う。俺はそんな彼女の笑顔に見とれながら、小さな幸せを感じていた。
別に、好きだの愛してるだの、なんて言わなくても、お互いの気持ちを理解していれば、少しの不自由なんて気にならないのかもしれない。想い出なんて、沢山作っちゃえば消えるとか考えなくても、いいのかな……。
(……しかし、お前には私の姿が見えているなんて、想像もしてなかった)
(えへへ……見えちゃダメですか?)
(……何と言うか、沽券に関わるな)
(神さまだなんて言っても、怨みを晴らす為に呪いを口実にして、現世に遊びに来てるとかバレたらイケないですもんね?)
(……なんだと?)
(えー? だってこの前、表通りのお洒落なカフェで、甘そうなケーキを嬉しそうに食べてたじゃないですか?)
(ばっ!? いや、あれはその……)
(……でも、お前はこのままで……いいのか?)
(はい、構いませんよ? 神さまが飽きるまで続けてください!)
(……何故だ?)
(……愛されて、また振り出しに戻るって、いつまでも新鮮味があって、ワクワクしません?)
(……この、悪女め……)
(……気が向いたら、二人で社を掃除しに来い。そうしたら呪いは解いてやる)
(ええ、子供が欲しくなったら……伺いますね!)
(ちっ……爆発しろ)