0073:赤いゴブリン
馬車を手に入れたその日は町の外で馬車を扱う練習をした。
人気の無いところまで移動してマジックバッグからゴーレム馬と馬車を取り出した。
馬車工房で購入した馬具をゴーレム馬に取り付け馬車と接続した。
実はサーシャがこの手の作業も出来るようだった。
『へへへ、こう見えても実は才女なんですよ』
本当にそうなのかも知れないが自分から言っては駄目だろうに。
その辺が少し残念なサーシャであった。
2頭のゴーレム馬は明るい外で見ると体毛の色が明らかに違っていた。
1頭は赤毛で、もう1頭は黒毛だった。
『そうだ! 旦那様、このゴーレム馬達に名前を付けてあげましょうよ』
サーシャがそう言うと皆が賛成してゴーレム馬の名前を考え始めた。
そして、その会議には俺は入れてもらえずにゴーレム馬達の名前が決まった。
赤毛のほうが【アカ】、黒毛のほうが【クロ】という名前に決まった。
物凄く安易な名前ではあるが分かりやすいので文句は無い。
アカもクロもゴーレム馬だけあって操縦は非常に簡単だった。
一通り、全員が操縦を試してみた問題は無かった。
「さてと、再度旅に出る準備は整ったかな」
メリサの町には1ヶ月程滞在した。
居心地の良い町ではあったが他にも色々な町を巡ってみたい。
『そうですね、ご主人様。次は何処に向かいましょうか?』
『料理が美味しいところが良いですね、旦那様』
『デザートが美味しいところ良いのじゃ』
『綺麗な服が売っているところも良いんじゃないかしら?』
『強いモンスターがいるところが良いですね』
「いや、次に行くところはドワーフ王国にしようと思っているんだ。馬車工房の親方から聞いたんだけど、この馬車に色々とオプションを付けたいならドワーフ王国で購入出来るらしいんだよね」
快適な馬車の旅をするならドワーフ王国で色々なオプション購入は必要だろう。
『分かりました。出発はいつにしましょうか?』
「明後日には出発しようかと思う」
さすがに1ヶ月も滞在すると多少の顔見知りは出来る。
せめて最低限の挨拶くらいはしておきたい。
そんなに多くの人に挨拶をするわけじゃないが。
『『そうですね、分かりました』』
◇◆◇◆
翌日はお世話になった人達に挨拶をしてまわった。
ギルドの受付嬢や【悠久の力】のマッシュ達や【薔薇の爪】のヘレン達にだ。
皆、残念そうにはしていた。
ただ、俺達が旅をしている冒険者であることは分かっていたことなので、『頑張ってこい!』と言ってもらえた。
そして、その翌日にはメリサの町を出発した。
受付嬢に挨拶をした時にドワーフ王国に行きたいと話をし、ドワーフ王国までの行き方を聞いておいた。
ドワーフ王国へ行くまでの道のりは問題無い。
途中でいくつかの町があるらしいので途中の町で食材の購入をするために立ち寄ることになるだろう。
『ご主人様、前方にゴブリンの群れがいるようです』
御者席に座っているアイラからだった。
今さらゴブリンの相手なんかしたくないな。
「アイラ、回避出来そうかな?」
『ちょっと待って下さい・・・ゴブリンの群れが何かに襲われているようですね』
ゴブリンが襲っているわけじゃなくてか。
それなら、なおさら放っておくべきだろう。
『レックス殿、何か気になりますね。ちょっと行ってみませんか?』
あまりゴブリンには関わりたく無いんだけどな。
しかしナギサだけでなくアイラ達も気になると言い出した。
「仕方が無いな。念のため馬車を降りて行くか」
馬車から降りると馬車はマジックバッグにしまった。
そして支援を発動させてから進むことにした。
すると次第に様子がはっきりと分かってきた。
1匹の赤いゴブリンが普通のゴブリンの群れに襲い掛かっていた。
「あの赤いゴブリンは上位種なのか?」
『いや、あれは普通のゴブリンなのじゃ。マスター』
ジーナの解析によると普通のゴブリンを襲っている赤いゴブリンも普通のゴブリンらしい。
「え、いやいや、どう見ても普通のゴブリンじゃないぞ?」
『う~ん、理由は分からないのじゃがゴブリンらしいのじゃ』
とりあえず、赤いゴブリンが普通のゴブリンを蹂躙しているのを眺めていた。
赤いゴブリン1匹で普通のゴブリンを50匹は倒したようだ。
残りは20~30匹くらいだ。
『ギャッギャャャー!!』
『ギャッギィィィ』
『ギッギィィィ』
赤いゴブリンは右手にロングソードを持っており次々と普通のゴブリンを切り伏せていった。
赤いゴブリンの動きはまるで剣術スキルを持っているかのような動きをしている。
『ご主人様、あの赤いゴブリンはスキル持ちなんですかね?』
どうやらアイラも俺と同じ見方をしているようだ。
それくらい赤いゴブリンの動きが素晴らしい。
『あと1匹のようね。レックス、どうする?』
シェリーが聞いてきたのは、あの赤いゴブリンを倒すのかどうか、ということだろう。
「とりあえず、少し様子を見るか。間違ってもこちらから仕掛けないように! 特にサーシャな」
『そんなことするはずが無いでしょ! 旦那様と一緒にしないでよ!』
サーシャと馬鹿な話をしているうちに赤いゴブリンが最後の一匹を倒した。
すると赤いゴブリンが俺達の存在に気が付いたようだ。
『ギギィィィ・・・』
赤いゴブリンは俺達に対して襲い掛かってくる気配は無いようだ。
しかし、かなり警戒しているようだった。
襲い掛かってくるわけでは無いのであれば、あえてこちらから仕掛ける必要性は無い。
赤いゴブリンは俺達を警戒しつつも普通のゴブリンの魔石を回収し始めた。
20個くらいの魔石を回収すると赤いゴブリンは後ろに後退りした。
どうやら俺達とは戦わずに撤退してくれるようだ。
『旦那様、赤いゴブリンが逃げるよ?』
相手が逃げてくれるなら無理して戦う必要が無い。
「逃げてくれるなら無理して追う必要は無いからな」
後退りして十分な距離を確保して赤いゴブリンは踵を返して森の中に消えて行った。
『ご主人様、本当に良かったんでしょうか?』
逃がして良かったのか? ということだろう。
良かったのか、それとも悪かったのかは分からないな。
「まぁ、無理して追う必要は無かったからな」
確かに気になる存在ではあった。
ジーナの解析では上位種では無く普通のゴブリンとのことらしいが、あんなに真っ赤なゴブリンは見たことが無い。
『まぁ、そこまで強いというわけでも無いし、気にしても仕方が無いわよ。ねぇ、レックス』
「しかし、なんで魔石を拾っていったんだろうな?」
アイラ達も考えているようだが答えは出なかった。
とりあえず、赤いゴブリンが回収しきれなかった魔石やドロップアイテムを拾ってマジックバッグの中にしまって、代わりに馬車を出した。
『とりあえず、次の町まで急ぎましょうか』
アイラがそう言うと皆馬車の中に乗り込んだ。
引き続き、アイラが御者席に座って馬車が走り始めた。
馬車が進んでいる最中も、ずっとあの赤いゴブリンのことを考えていた。
上位種でなく変異種って奴なのかも知れない。
そう考えるとジーナの解析では普通のゴブリンと解析されても不思議では無いのかも知れないな。
『・・・様、・・・人様、もう、旦那様!』
「え? あっ、なに? どうしたんだ?」
しまった、ちょっと考え込み過ぎてしまった。
いつの間にか御者席はサーシャに代わっていた。
『旦那様、そろそろ夕方になりますよ。野営の準備をしますか?』
野営にちょうど良さそうな場所を見つけて馬車を停止してもらった。
さっきの赤いゴブリンの件もあることなので、今回はハウステントを出さなかった。
焚き火の準備をして、夕食はマジックバッグから取り出した肉を一口サイズに切って串肉とした。
「久しぶりに冒険者っぽい夕食になったな」
『『たまにはいいかも知れないですね』』
焚き火で炙った肉を皆で頬張った。
軽く塩と胡椒だけで味付けした肉であったがそれなりに美味しかった。
食後は見張りの順番を決めて睡眠を取ることにした。
ナギサが入ったので見張りの時間が少し減ったのは良かった。
マジックバッグから寝袋を取り出して馬車の中で寝ることにした。
下が地面じゃないだけでも快適に寝れそうだ。
・・・
『マスター、赤いゴブリンの襲撃なのじゃ!』




