0021:スタンピードから逃避
何故か理由は分からないが【紅蓮の刃】が突然襲い掛かってきた。
俺を解雇した後は分からないが、グレン達は少なくてもレベル6以上の冒険者達だ。
なので、決して油断の出来る相手ではない。
そのグレンが俺に真っ直ぐ向かってきた。
グレンの剣と俺の村正がぶつかり合った。
そしてアイラはマッカスとダンの2人を相手にしているがスピードはアイラのほうが断然速い。
ダンは何とか付いていけているがマッカスは全く駄目だった。
『くそっ、この女、なんて速さだ! 付いていけないぞ!』
マッカスはアイラのスピードに翻弄されている。
『マッカス、もっと速く動け!』
『うるせぇ、無理なもんは無理だ!』
一方、サーシャとシェリーはお互いに距離をとりあって魔法と弓矢の応酬をしている。
『なんで私の魔法が当たらないのよ!』
『そんなの教えてあげる訳ないでしょ?』
シェリーが詠唱を始めるとサーシャは攻撃を止めて回避することに専念している。
なので魔法をなんとか回避出来ている。
しかしサーシャの矢も中々当たらない。
こちらは命中率の問題なのかも知れない。
そして、俺はグレンとお互いの武器で斬り合っている。
「グレン、お前、何を考えているんだ? こんなことがバレたらギルドを除名されるぞ!」
『うるせぇ、レックス! 俺はお前さえ殺せれば満足なんだよ!』
何故グレンからここまで恨まれているのかさっぱりと分からない。
むしろ解雇された俺のほうが恨みを持っているのが普通だと思うんだがな。
まぁ、今はアイラとサーシャの2人がいて幸せなので恨みなんて忘れたが。
グレンは俺よりもレベルが上であり、ジョブスキルとして剣術スキルも持っている。
なので、何度かグレンの剣が俺に当たっているのだが防御支援のおかげなのかあまりダメージが無い。
『てめぇ、なんでダメージを喰らっていないんだ? 何度か剣を喰らっているだろうが・・・』
「俺が防御支援を持っているのは知っているだろう?」
『ま、まさか、お前のジョブスキルは糞スキルのはずだろ?』
「グレン、お前の攻撃を喰らってもほとんどダメージが無いのはその糞スキルのおかげだよ」
グレンは驚きの表情をしている。
『ふ、ふざけるな! 俺はてめぇの糞スキルを認めるわけにはいかねぇんだよ!』
そりゃぁそうなるよな。
グレン自身が俺のことを役立たずと決めつけて解雇にしたんだからな。
しかし、グレンが言った糞スキルがグレンの攻撃を軽減しているのは確かだ。
それでもグレンはがむしゃらに俺を攻撃してくる。
手数ではグレンのほうが圧倒的に上だった。
グレンが3回攻撃するのに対して俺は1回くらいの頻度だ。
しかし、俺はほとんどダメージが無く、かつ回復支援ですぐに回復した。
一方でグレンは回復する手段が無い。
なので時間の経過とともにお互いのダメージ度合いが顕著になってきた。
『く、糞ったれが。なんでお前は無傷のままなんだよ・・・』
「俺に回復支援というジョブスキルがあるのは知っているだろう?」
『くっ、くそ! ふざけやがって!』
どうやら、俺が何の支援を持っていたかも忘れてしまったようだな。
まぁ俺自身も支援対象になったのは解雇されてからだけどな。
今さらなのでどうでもいいけど。
グレンの高そうな防具はもうボロボロになりつつある。
俺の防具もボロボロだが俺のは安い革製だ。
そういえばグレンの防具は見たことがあるな。
凄く自慢された記憶がある。
「グレン、まだやる気なのか? 今なら見逃してもいいぞ」
一応、元パーティーメンバーだ。
凄く恨んだ時期もあったが今は充実している。
パーティーを解雇されたことはもうどうでもよい過去だ。
『う、うるせぇ! なんで上から目線なんだよ! 役立たずのレックスごときが!』
見逃してやる、この言葉がグレンの自尊心に傷をつけてしまったようだ。
再びグレンが俺に攻撃を仕掛けてきた。
しかしグレンには俺の防御支援を突破するだけの攻撃力が無い。
しかも回復支援で多少の怪我はすぐに回復する。
なのでやるだけ無駄なはずなのにグレンは攻撃を止める様子は無かった。
一方、アイラのほうはマッカス、ダンを相手に圧倒していた。
マッカスはアイラのスピードに追い付かず、ダンの攻撃はアイラに全く通用しない。
アイラにも攻撃支援、防御支援が発動しているからだ。
そしてサーシャとシェリーの戦闘は既に終了していた。
そもそも魔法使いは詠唱が必要なためサポートの前衛がいないとどうにもならない。
程なくしてアイラ、サーシャが俺の後ろにきた。
アイラもマッカス、ダンを黙らせたようだ。
「グレン、どうする? まだやる気ならマッカス、シェリー、ダンも殺すぞ?」
俺の言葉にマッカス、シェリー、ダンがビクッとした。
もちろん、殺すつもりは全く無いが負けを認めないならやむを得ない。
『・・・くっ、くそ! さっさと行きやがれ!』
グレンは両手、両膝を地面に付いていた。
もう立つのも厳しいようだ。
その姿からもう俺達を追ってくることは無いだろう。
「グレン達も早く逃げないとゴブリン達に襲われるぞ」
それだけを言い残して俺達は逃避行を続けている住民達の後を追うことにした。
『くっそぉぉぉーーーー!』
グレンの雄叫びが後ろから聞こえてきた。
しかし俺は振り返ることはしなかった。
「これに懲りて真っ当な冒険者に戻ってくれればいいんだけどな」
『どうでしょうね・・・』
『無理なんじゃない?』
アイラもサーシャも否定的だった。
俺もそう思うが、一応元パーティーメンバーなだけあって出来れば真っ当な冒険者に戻って欲しいと思ってしまった。
しばらく走ってやっと住民達の後続に追い付いた。
しかしゴブリン達の先行部隊とはそれほど離れていない。
このままだと再び追い付かれてしまう可能性が高い。
「何か対策しないと不味いね」
『確かにそうですね、ご主人様』
『でも何が出来ますか、旦那様』
・・・ひょっとしたら、これでいけるか?
「ちょっとギルドマスターのところに行こう」
アイラとサーシャを連れてギルドマスターのところに向かった。
ギルドマスターも比較的後続に近いところにいた。
「マスター、ちょっと相談があります」
『どうしたんだ? 大事な相談か?』
俺は頷き、思い付いたことをマスターに説明した。
マスターも俺の話を頷いた。
『なるほどな。中々面白いアイディアだ。やってみる価値はあるな』
「ありがとうございます。それで人を何人か貸して欲しいんですが・・・」
『当然、人手が必要だよな。20人で何とかなるか? 力自慢達を出すぞ』
20人もいればなんとかなりそうだ。
マスターの呼び掛けでマッチョ男達が20人集まってきた。
俺も含めて20人のマッチョ達と作業に向かおうとするとギルドマスターも付いてきた。
「マスターも来るんですか?」
『当たり前だろう。俺も力には自信があるしな。がははは』
見た目からマスターが力自慢なのは分かるが。
指揮を執る人のはずなんだが・・・
まぁ、今は1人でも人手が必要だから突っ込むのは止めておこう。
『この辺りがちょうどいいだろうな。ここと両脇の岩の向こう側にも設置すればいいんじゃないか』
街道の両脇には巨大な岩がある。
確かにマスターの言う通りに設置するのが良さそうだ。
『よし、野郎共。急いで作業に取りかかるぞ! ゴブリン達は待っちゃくれねぇからな!』
『『おぉー!!』』
ギルドマスターを始めとする筋肉マッチョ達と一緒に俺達も作業に参加した。
『おら、そんなへっぴり腰じゃ作業が終わらねぇぞ?』
『ほら、冒険者なんだろ? もっと頑張れよ!』
筋肉マッチョ達に軽口を叩かれながらも一生懸命作業した。
そして2時間かけて作業が完了した。
罠を設置したのだ。
古典的な罠である落とし穴だ。
これでゴブリン達を撃退出来るとは思っていないがゴブリン達の進行速度が少しでも遅らせることが出来れば成功だ。
設置した落とし穴は全部で30個だ。
街道にはもちろん、街道脇の巨大岩の周辺にもだ。
念のため知らない人が落とし穴に掛からないように立札も立てた。
ゴブリンは文字を読めないはずだから問題無いはずだ。
「これで少しでもゴブリン達の進行速度が落ちればいいんだけどな」
『まぁ出来る限りのことはしたんだ。後は神様にでも祈るしか無いだろ。さぁ戻るぞ!』
確かにギルドマスターの言う通りだな。
出来る限りのことはしたつもりだ。
何となくだが空を見上げた。
もし俺を転生させてくれた神様が見ていてくれているなら・・・
俺達は逃避行を続けている住民の最後尾に付いた。
後で知ったのだが途中で仕掛けた落とし穴にはゴブリン達が引っ掛かっていたらしい。
なので足止めをすることに成功したらしい。