0020:スタンピード発生
調査隊はサーランドを中心に四方八方に派遣されたらしい。
そして、戻ってきたのは南を担当した調査隊とのことだ。
調査隊の3人が急いでギルドの中に入ってきた。
『マスター! マスターはいるか?』
マスターと呼んでいるのはギルドマスターのことだ。
そしてギルドマスターと呼ばれている男が冒険者達の集団から出てきた。
俺も数回だけ見たことがあるが長身の筋肉ゴリラだ。
『お前達は確か南を担当した連中だな。それでどうだった?』
『ざ、残念ながらスタンピードが発生した。南のサガ村は・・・壊滅した。この町には明日か明後日に到着すると思う。規模は1000匹を超えていた・・・』
モンスターが1000匹・・・
仮に1000匹が全部ノーマルゴブリンだとしても撃退するのは困難だ。
『それと・・・ゴブリンキング、ゴブリンジェネラルも多数いた・・・』
ゴブリンキングは倒したことがあるな。
しかしゴブリンキング1匹に対して俺とアイラの2人かがりで回復支援を繰り返して使ってなんとかなったくらいのモンスターだ。
それが多数いるのか・・・
『お、おい、ゴブリンキングにゴブリンジェネラルが多数だと?』
『それにモンスターが1000匹以上って言ったよな?』
この町にいる冒険者の数は100人程だ。
しかし、そのほとんどが初心者レベルだ。
中級者は少しいるが上級者はいない。
この町の周辺はゴブリンの森やコボルト草原があることから分かる通り初心者から中級者向けの町なのだ。
初心者レベルだと1人でゴブリンを2~3匹倒せれば御の字だろう。
あくまで1対1で戦闘出来ればの話だが。
ギルドマスターは考え込んでいたがようやく口を開いた。
『この町を捨てて北のノースランドに撤退するぞ! 俺は今から領主様に撤退を進言してくる。職員は撤退の準備をしろ! 冒険者達は住民の撤退を支援するように!』
ギルドマスターの一声でギルドの職員が一斉に動き出した。
『急げ! 住民に撤退を連絡するんだ!』
『撤退の鐘を鳴らすんだ!』
『時間が無いぞ、準備を急げ!』
しかし、一部の冒険者達は
『じょ、冗談じゃねぇぞ、俺は逃げるぜ!』
『お、俺もだ。付き合ってられねぇ!』
そう言うとギルドを飛び出して逃げ出してしまった。
普段は威勢のいいことを言っていた連中も含まれていた。
結局残っているのは俺達を含めて50人程だった。
本当は俺も逃げ出したい気持ちであったが2年も暮らしていると顔見知りもそれなりにいる。
その人達を置いてさっさと逃げるわけにはいかないよな。
おそらく、今ここに残っている冒険者達は、皆同じようなものだろう。
『・・・そうか、お前達は残ってくれるのか。ありがとう、礼を言う。それではお前達も撤退の準備をして北門で待機していてくれ。』
ギルドマスターがそういうと残った冒険者達はギルドを出ていった。
俺達も一度宿に向かうことにした。
宿屋に到着すると女将さんがまだいた。
「女将さん、早く逃げる用意をしないと!」
『あ、レックスさん。そうなんだけどね、どれを持っていくか悩んでしまってね・・・』
そういえば奴隷狩りの馬車から拝借した馬が馬小屋にいたよな。
「アイラ、馬小屋から馬を連れてきてくれるかな」
『分かりました! 今、連れてきます!』
アイラは俺の意図を察してくれたようですぐに馬小屋に向かった。
「サーシャは荷物を手当たり次第袋に詰め込んでくれ」
『なるほど、分かったよ』
サーシャも理解してくれたようだ。
本当に手当たり次第荷物を詰め込んだ。
『レ、レックスさん。そんなにたくさんは重くて持てやしないよ・・・』
するとアイラから声がかかった。
『ご主人様、馬を連れてきました』
アイラが連れてきた馬に荷物が入った袋を乗せた。
「女将さん、これなら大丈夫でしょ? そしたら早く北門に向かって。その馬はあげるから」
俺は女将さんを追い出すように急かせた。
そして、俺達も部屋に行き荷物をマジックバッグに詰め込んだ。
そして大通りに向かうと大量の人達が北門に向かっていた。
そしてあちこちでパニックになっていた。
この町の警備兵達もてんやわんやの状態だった。
俺達も北門に向かうことにした。
そんな最中で後ろから視線を感じた。
しかし後ろを振り返ってみたが誰もいない。
「気のせいかな?」
『ご主人様、どうしたんですか?』
「後ろから視線を感じたんだけど気のせいだったみたいだ」
確かに視線を感じたと思ったのだが。
なんか気持ち悪いな。
とりあえず、北門に到着した。
北門の先にコボルト草原が広がっており、その先にノースランドがある。
混乱はしつつも住民はどんどん北門から町を脱出している。
しかし歩く速度が遅い。
一般人なのだから仕方が無いのだが。
門自体がそれほど広くないため一度に外へ出れる人数に限りがある。
そのため北門には外へ出るための行列が出来ていた。
あまりにも時間が掛かり過ぎているため怒号が飛び交い始めた。
『おい! 早くしろ!』
『何をモタモタしてやがるんだ!』
『遅い奴は後ろに回りやがれ!』
『早くしないモンスターがやってくるだろうが!』
一刻も早くノースランドへ向かいたい気持ちは分かるけど門が狭いのはどうしようもない。
そして夕方前には全員が町の外に出た。
ノースランドまでは冒険者の足でも歩いて2日程は掛かる。
一般人の足だと3~4日は掛かるだろうか。
モンスターに追い付かれるかどうか微妙なところだ。
俺達冒険者は最後尾よりは少し前にいる。
最後尾は町の警備兵が担当している。
逃避行初日は日が落ちた後も少し歩いた。
出来る限り、早くノースランドに到着したいからだ。
◇◆◇◆
逃避行2日目の早朝だ。
朝から歩いているが明らかに歩く速度が遅くなってしまった面子が出てきた。
それは女、子供、老人達だ。
「これはちょっと不味いね・・・」
このままではモンスターに追い付かれるのは確実だと思われる。
『ご主人様、いざという時は非情になって下さいね』
アイラの言っている非情とは、いざとなったら住民は見捨てろということだ。
一応、理解はしているつもりだ。
そして逃避行2日目の昼になったところで悪夢が現実のものとなった。
『モンスターが現れたぞー!』
『急げー! 早く逃げるんだー!』
俺達は最後尾のほうに向かった。
最後尾近くにいた住民達は荷物を捨てて我先に逃げている。
そして最後尾にいたはずの警備兵の姿は既に無かった。
もう殺されてしまったのか、もしくは逃げてしまったのだろう。
そして最後尾にいた住民は数百匹のゴブリン達に襲われていた。
子供や老人はゴブリン達に食われており、女達は凌辱されていた。
あまりの地獄絵図に怒りがこみ上げてきた。
ゴブリン達を全て斬り殺してやろうと足が一歩出た時、アイラが俺の背中から抱き締めてきた。
『駄目です! ご主人様、ここから撤退しますよ』
アイラの涙声で我に戻った。
気が付いたら俺も涙を流していた。
そしてサーシャも同じだった。
数百匹もいるゴブリンの群れに突っ込んだら俺達も無事に済むはずが無い。
涙ながらに俺達はゴブリン達に気付かれないようにその場を離れた。
『ぎゃぁぁぁー い、痛い・・・』
『いやぁぁぁ、や、やめてー!』
背中のほうから子供達の悲鳴や女性達の助けを求める声を聞こえない振りした・・・
それが無性に悔しかった・・・
ゴブリン達から大分離れたところで見覚えのある人影が見えた。
「グレン、シャリー、マックス、ダンじゃないか。なんでこんなところにいるんだ?」
俺を解雇にした【紅蓮の刃】パーティーがそこにいた。
そういえば、俺が解雇されたのと同時に加入したはずの戦士と魔法使いの2人がいないな。
その2人の名前は知らないけど。
「あと2人いたかと思うけど?」
『うるせぇー! レックス! 俺達に解雇された野郎の分際で生意気なんだよ! てめぇはよ!』
突然、グレンは意味不明なことを言い始めた。
何を言っているのか全く理解出来ない。
「グレン、何を言っているのか分からない」
『うるせぇって言っているだろ! とにかくムカつくんだよ、てめぇは!』
すると突然火の玉が飛んできた。
火の玉は俺の足下に着弾した。
「うわっ、あぶねぇ・・・」
どうやら、シャリーの魔法だった。
『あっはははは、次は当てるよ。あんた達はここで死ぬんだよ、レックス!』
『おらぁ、死ねぇ!!』
グレン達が突然襲い掛かってきた。
何がなんだか分からないが応戦するしかない。




