山奥の宿
その商人宿は牡丹鍋が有名な山深い奥にひっそりとあった。
仕事で建築現場の応援に駆り出され、プレハブ小屋に泊まったは良いが。
深夜遅くまで麻雀牌の音がガチャガチャ 鳴って寝れた物では無い。
会社に直談判して予約して貰ったのがこの宿と言う訳だが。
シーズンオフのせいか客は俺1人。
部屋は二階の奥で和室の六畳一間、普段は2人部屋で使うらしい。
俺は飯と風呂を済ませると寝不足のせいか宵の口で布団に入った。
気が付けば午前2時頃、俗に言う丑三つ時と言う奴だ。
老人と言って良い歳だろう、頭はハゲ上がり白い物が目立つ。
小柄で痩せたそいつは何故か俺の部屋で。
寝ている俺の布団の周りをグルグルと回って居た。
びっくりして飛び起きようとした身体は、何故か動かなかった。
薄目を開けて様子を伺う俺は、何故か悪い予感が止まらない。
そのうち老人はピタリと動きを止めた、そしてボソボソとした低い声で。
「コイツ…薄目開けて………見とる」
そう言った途端、相手の顔が俺の目の前にあった。
一瞬で俺の目の前に迫ると俺の身体の上に飛び乗る。
俺は悲鳴を上げて避けようとした瞬間。
何故か俺は自分の姿を天井から見下ろして居た。
再び悲鳴を上げるが音が出ない、声が聞こえない。
その瞬間、布団の中の俺が目を見開いて笑い出した。
「カカカカカ」
そう笑い出した俺を見て確信した。
コイツはさっきの老人だ。
何かヤバイ感じがした俺は、焦って布団にダッシュした。
「それは俺の身体だ!」
声にならない叫びを上げながら布団の中の俺に身体をぶつけると。
音にならないスポンっとした感覚と共にあの老人が俺の身体から出て来た。
老人は俺を睨むと、恨めしそうな顔で。
「ワシの身体…ワシの身体……」
そう言い残してスッと消えて行った。
翌朝、仕事も放り出して俺はその土地から逃げ出した。
後から聞いた話だが、その宿は潰れたらしい、客足が遠のいたと聞いて俺は納得した。
それ以来、街のビジネスホテルに泊まって居る、その時部屋に入ると必ず確認する事がある。
額縁の裏を確認してお札や御守りがあれば部屋を変えて貰う。
フロントもギョッとした顔をした後に直ぐに部屋を変えてくれる。
一度だけ問われた事がある。
「何か見えました?」
怯えた目をしたフロントマンを見ながら。
ああ…ここもあるんだ。
意外と多い事に、俺は今更ながら転職を真剣に考えている。
毎日自宅に帰れる仕事に。