28〜 咄嗟の判断 〜
九條様とパーカー男との距離が、残り2メートル程になった所で、男は一瞬だけ立ち止まり何かをパーカーのお腹ら辺にあるポケットから取り出した。
――それは、先端が鋭く照明の光で銀色の部分が反射している――そう、ポケットナイフだった。
パーカー男は、ナイフを右手に握りしめ気味の悪い笑みを浮かべたまま小走りで走ってくる。
「……滅茶苦茶にしてやるよぉ」
「……ッ!九條様っ?! 逃げて!」
俺は、衝動的になり思わず大きい声を出してしまう。その声で、周りにいた他の人達が俺達の方に視線を向けるがそんなの気にしている余裕はない。
俺が声を上げるも九條様は、動かない――否、動けないでいた。
九條様の顔は恐怖の色で染まっており、体が硬直して動けないんだろう。
俺もそれを見て、九條様が刺される想像をしてしまい一瞬動くことが出来なかったが、瞬時に俺と九條様の間にあるテーブルの上に乗って九條様の左肩に右手を伸ばす。
その間にも、パーカー男はどんどん近づいて来るわけで、俺達との距離はもう1メートルあるかないかの距離まで来ていた。
九條様に手が届いて、遅れて俺の体が九條様の横まで到達した頃にはパーカー男はナイフを振り上げていた。
次の瞬間、俺は右手で九條様を突き飛ばしてパーカー男から距離を取らせる。
「キヒッ! 壊れてしまえ」
咄嗟に左手で顔付近を守るために腕を持ち上げた次の瞬間、腕に激痛が走った。
「……ッ!! いっ……!」
「……真田君っ?!!!」
「きゃあああ……!!」
腕に激痛が走ったと同時に九條様が俺の名前を呼ぶ。近くにいた女の人が叫ぶ声が聞こえてくる。
幸い、刺されることはなく切られただけだった。
痛いっ! 痛いけど、あと少し遅かったらぶっ刺されてた!
左腕が熱いので、見てみるとドクドクと血が流れ出てきていた。腕を伝って手首、指先まできて血が床に垂れ落ちる。
「チッ、避けんなよぉ……狂わせてやるよぉ……」
パーカー男は少し距離を取って相も変わらず気持ちの悪い笑みを浮かべて、俺の血がついたナイフを構えていた。
「真田君っ!」
九條様が、今まで聞いた事のないような優しい声音で近付いてきた。
「真田君。ごめんなさい! 私のせいで……」
九條様は、自分のせいで俺が怪我したと思っているらしい。でもそれは、多分違う。
だって、このパーカー男は朝から俺を追いかけて来ていたから。
元々俺を刺すつもりだった……? だとしたらなんで? 俺はこんな人知らないぞ?
痛みに耐えながら思考を巡らせるがいくら考えても答えは出てこない。
そりゃわかるわけが無い、だって何も心当たりが無いのだから。
「大丈夫……。九條様が無事で良かったよ」
俺は、痛みに耐えながら九條様に笑顔を見せる。
今頃、周りの誰かが警察に連絡してくれただろう。
周りの大人達も刃物を持った人には、敵わないだろう……。自分が刺されたらたまったもんじゃないしね。でも、警察が来るまで時間がかかる。それでは、被害が広がるだけ……。何とかして無力化出来ないかな……。
そして、俺はある考えを思いついた。
「九條様……――――を持ってきてくれない?」
「わ、わかったわ。すぐに持ってくるけど、何に使うの?」
九條様が何に使うか聞いてくるがそれを説明している時間なんてないと目で訴える。
九條様は、そんな俺の意図を読み取ったのかコクンと頷き「危ない事はしないでね……」と言ってあるものを取りに行ってくれた。
ごめんね、九條様。危ない事をするけど許して下さい!
認めるのは嫌だけど、馬鹿な俺ではこのぐらいしか方法は思いつかなかった。
俺とパーカー男はバチバチと火花を散らすように睨み合い、膠着状態だ。
「真田君っ、持ってきたよ」
九條様が、ある物を持ってきてくれたので俺はそれがパーカー男に見えないように開けて隠し持つ。
この作戦が必ずしも成功するとは限らないけど、やるだけ価値はある。
――準備が整った所で俺はパーカー男に向かって走り出す。
「っ?!」
「真田君っ?!」
「何やってんだ、あの子! 死にたいのかっ?!」
九條様や、周りの人達が困惑の声を上げる。
パーカー男も少し驚いた顔をするがすぐに好戦的な笑みを浮かべてパーカー男も走ってきた。
パーカー男が、腕を大きく振り上げた所で俺は――隠し持っていたペットボトルの水をパーカー男の目に目掛けてぶっかける。
「ぐぅぁあ! っ!」
パーカー男は、至近距離で水をかけられて瞬きの反応が、間に合わなかったのか目を手で抑えた。
っよし! 作戦成功だ。
無力化するために、次にパーカー男の鳩尾目掛けて思いっきり右手で殴る。
パーカー男が膝をつき、手に持っていたナイフを落としたので俺はそれを蹴って手の届かないところに滑らせる。
そして、パーカー男の腕を掴んで絞め技を決める。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
「「「「………………」」」」
失敗したら、刺されるという緊張感から呼吸を忘れていたのか俺の息が乱れる音だけが響く。
「おぉっ?! すげぇ。なんだあのちっちゃい子は! 小学生……いや、中学生かっ?!」
「おい、急げ! パーカー男を取り押さえるぞ!」
いや、俺はちっちゃくない! それに、高校生だ!
息が上がってツッコミも脳内で行っていると、近くにいた大人達が急いで駆け寄ってきた。
そして、俺の代わりにパーカー男を押さえつけてくれる。鳩尾を殴られたからか、パーカー男は大人しくなっていた。
「おい、君! 早く止血しなさい! そこの若い女の人、この子を頼む!」
「は、はいっ!」
そして、俺は少し離れたところまで連れていかれてタオルで左腕を圧迫される。
九條様も止血の手伝いをしてくれる。
「貴方、あんな危ないことして。もし失敗してたらどうするつもりだったの?!」
九條様が、震えた声で心配してくれる。顔を見ると、目の端にうっすらと涙を浮かべていた。
九條様……やっぱり優しい人だな。九條様に1000善ポイント使って良かったかも……。
「はは、まぁ成功したからいいじゃない! ほら! この通り元気だし!」
俺が九條様の心配を和らげるためにおどけた口調で言うと若い女の人と言われていた人が口を開いた。
「本当に、この子の言う通りだよ。もし失敗していたらどうしていたのよ。運が良かったから助かったみたいだけどさ……」
「「えっ?! さっきの服屋の店員さん?!」」
俺と九條様は、同時に反応した。
そう、俺の止血をしてくれていたのは九條様がさっき猫耳パーカーを買った服屋さんの、店員のお姉さんだったのだ。
前話のサブタイトル『水』をちょっと伏線? ぽくしてみたんですけど……。全然伏線じゃないですね。すみません。




