92 vs 一寸法師 一
怒りが収まらない。憎しみが止まらない。些細な挑発で怒りに火がつき、枯れ草に燃え広がるように憎しみが燃え上がっていく。
だめだ、落ち着け。
そんな考えは一瞬で押し流されていく。
僕の中にいる神崎詩織が憎む。
宮田祐一が呻く。
何もよりも僕自身が呪う。
神崎直美の仮面を脱ぎ、神子・楓となったあの女に対する憎しみを抑えられない。
「もう終わりかい?」
楓が「ククッ」と笑う。頭にくる。僕の真似か。
「潰して……やらぁっ!」
僕は怒りに任せて呪いをまき散らした。どろりとした闇が、奔流となって楓に押し寄せる。楓は祈りを高めて、僕がまき散らす呪いを跳ね返す。
呪え、呪え、呪え、呪え、呪え!
止められない。抑えられない。楓への憎しみが、見境のないものへ変わっていく。
全開。
二千年間休止させていた楓機構が全力で動き出す。そうして生まれたエネルギーに、ホモ・サピエンスの脳で増大させた呪いを乗せてまき散らす。
ドクンッ、と僕の中で呪いが弾ける。
しまった、と思ったがもう遅い。ようやく押さえ込んだはずの神崎詩織が僕を突き上げる。神崎詩織につられて宮田祐一も浮かび上がってくる。
「殺……せぇぇぇぇぇぇっ!」
次々と湧き出す憎しみを呪いに変えて、際限なく闇を垂れ流す。
呪え、呪え、呪え、呪え、呪え!
僕の意思なのか、神崎詩織の意思なのか、もうわからない。止まらない、止められない。楓の言う通り、これだけ見境なく呪いを撒き散らせば神々が出てくるだろう。
それが……狙いか?
神子・楓を神崎直美に変え、今日この時のためにすべてを整えた?
僕をドバイから日本へ引きずり出し。
その途上で神々に襲わせて僕とミトを引き離し。
僕と宮田祐一を引き合わせ。
東京へ戻った僕をまた神々に追い回させ。
早間奏に会わせて神崎詩織に会いに行くよう仕向け。
その途中でまた襲って三段壁へ行かせ。
身を投げた神崎詩織を僕に食わせ。
待ち構えていた神崎直美に引き合わせた。
これが、すべて計画通りだったとしたら?
誰だ?
そんなことをやってのけたのは、どこの神だ?
──リィーン
まるで僕の疑問に答えるかのように、遠くから鈴の音が聞こえた。
不気味なほどに澄み切った鈴の音。
その鈴の音を浴びて、僕の意識が薄れていく。
「呪え……祟れ……すべてを……生きとし生けるものすべてを!」
止められない。意思に反して憎しみが募る。世界のすべてを呪いに染めて、ぐちゃぐちゃにしてやりたくなる。
十万年の間に積もり積もった、僕自身の恨みが爆発する。このためか。このために僕の記憶を揺り動かし、神々に蹂躙された日々を思い出させたのか。
だめだ、まだだめだ。
今の僕では、神々の格好の餌食だ。
止まれ、止まれ、止まれ!
──リィーン
「ぐ……あぁぁぁぁぁぁっ!」
『遠慮するな、思う存分、暴れたまえ』
僕の頭の中に声が響いた。
誰だ?
お前は誰だ?
『二代目から聞いていないのかね?』
鼻で笑うような声が答える。再び鈴の音が響き、僕の憎しみを焚きつける。
『お前には、橘姫と神の卵、と言った方がわかりやすいかね?』
まさか、と僕の背筋が凍る。
橘姫と神の卵。僕が子供の頃に聞いたおとぎ話。そのお話の中で、二代目一寸法師が戦った相手こそ、鈴の音を武器にする鬼。
鈴丸。
──あいつは次元の違う鬼だ。出会ったら即逃げろ。
二代目の言葉が蘇る。絶対に戦うな、とにかく逃げろと何度も念を押された。
だけど僕は聞き流していた。だって鈴丸は、どこか遠い世界へ飛ばされて消えたのだから。出会うことなんてないと思っていた。
「う……うそだろ……お前……どこかに飛ばされたんじゃ……」
『十万年もあれば、帰ってくるのに充分だと思わないかね?』
鬼が笑う。鈴の音が響く。僕は荒れ狂う憎しみに飲み込まれていく。
『そら、悪霊退治の専門家が来たぞ』
声に促され、僕は東の空を見た。
夜が明け、太陽が顔を覗かせている。
その太陽を背に、巨大な木槌を持った大男がやってくるのが見えた。




