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小人族御伽草子 呪いの珍皇子  作者: おかやす
第1章 サンライズ
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8 声

 一人で境内を歩いてまわっていると、不意に今朝見た夢を思い出した。


 「くそっ……」


 忘れようとしていた怒りがぶり返し、はらわたが煮えくり返る。あの夢はなんだったんだろうか。必死の思いで心の底に沈め忘れようとしていたことなのに、心の底に溜まったヘドロをかき回し、その底に隠していた傷を無理矢理こじ開けた。


 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。


 歯噛みし、怒りで顔が歪み、すれ違う人たちがぎょっとした顔をして遠ざかっていく。ここが寺の境内でなければ、辺り構わず暴れ回り、目に付くもの全てを破壊したかもしれない。

 四国八十八ヶ所霊場の一つだけに、お遍路と思しき人も大勢いた。

 同行二人(どうぎょうににん)

 弘法大師空海と共に巡礼しているというその文字が、かつて共に研究に励んでいた女性を思い出させる。共に真実を目指し、励まし合っていたはずなのに、気がつけば全てを奪われていた。


 殺してやりたいほど憎かった。

 罪を憎んで人を憎まず、なんてことは思えなかった。

 いっそ崇徳院のように、死して怨霊となり、彼女の全てを祟ってやりたいと思った。


 噴き出してくる憎しみに囚われながら、境内をぐるりと一周した。どこにどの神様が祀られているかすら見ず、手も合わせず戻ってきてしまった。

 待ち合わせ場所とした山門に着いたが、まだ零は来ておらず、私は煮え滾る憎しみを抱えながら零を待った。


 ちくしょう。

 ちくしょう、ちくしょう。

 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。

 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……


 噴き出してくる。憎しみが噴き出してくる。もうどうにもならない。この憎しみを忘れるために一人旅に出たのに、どうして蘇ったのか。なぜ心安らかでいさせてくれないのか。憎しみに囚われても何もできない、何も成し遂げられない、前に進めない。


 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……


 ──お主、今のうちに()く去れ。


 「ん?」


 誰かに話しかけられたような気がして、私は顔を上げた。

 誰もいなかった。空耳にしてはずいぶんはっきりと聞こえたな、と首をかしげていたら、周囲の木々がざわめき出し、ごうっ、と不気味な風が吹き付けてきた。


 ──あれはだめだ。

 ──早う逃げよ。

 ──食われてしまうぞ。


 「お、おい、誰だよ?」


 また聞こえてきた声に不安になって声を上げると、また不気味な風が吹き付けた。


 ──逃げよ、我らが抑えているうちに。

 ──お逃げ、あれは人が出会ってはならぬもの。

 ──逃げよ、逃げよ、逃げよ。


 「だ、誰だ……誰なんだ?」


 ストレスで神経がおかしくなってしまったのだろうか? 私は不気味になって大声で叫んでいた。木々がざわめき、足元が揺れ、私はよろめいてその場に尻餅をついた。


 ──逃がさないよ。


 何が起こっているのかわからず呆然としていると、それまでの不気味な声とは一変して、涼やかな美しい声が響いた。その途端、木々のざわめきが消え、風が止み、あの声も聞こえなくなった。


 「な……なんだったんだ?」


 わけがわからなかった。へたり込んでいる私を、他の参拝客が不思議そうに見ている。「大丈夫かね?」と見ず知らずのお遍路の人が心配してくれたが、私は「ちょっとよろめいただけです」と言って、邪魔にならないよう端へ移動した。


 「どうしたの、祐一さん」


 しばらくして零がやってきた。へたり込んでいる私に驚いたのか、心配そうな顔で私の顔をのぞき込んだ。

 目があった瞬間、私は言いようのない恐怖を感じた。

 零の目に底知れぬ闇があった。見つめていると引きずり込まれそうで、私は思わず後ずさった。


 「ひっ……」


 声を上げかけた瞬間、零の両手が素早く伸びて私の顔を挟んだ。

 ぱんっ、と乾いた音がなり、頬がジンと痛んだ。恐ろしく冷たい手で、触られているだけで魂まで凍ってしまいそうだった。

 声が上げられない。体が動かない。零の姿がぼやけていて、暗い闇の塊のようだった。


 「聞こえてる?」


 意識が遠のき、耳鳴りがし始めた時、零の声が私の意識を呼び戻した。


 「あ……ああ、零……か」

 「大丈夫? 調子悪いの?」


 すぐ目の前にある零の目が、心配そうに私を見つめていた。零の姿が再びはっきりとし、私は大きく息をついて「大丈夫だ」とうなずいた。

 零が手を離し、私は大きく息をついた。「これ」と言って零がペットボトルを渡してくれ、それを口につけ一気に飲み干すとようやく人心地ついた。


 「しんどいなら、僕が運転しましょうか?」

 「免許持ってるのか?」

 「一応」


 お願いしようか、と考えて、ふと気になって質問した。


 「免許取ったのいつだ?」

 「大学一年の時だから、三年前ですね」

 「それ以後運転は?」

 「一度もしてないです」

 「……俺が運転する。だから少し休憩させてくれ」


 なんですかもう、と零がむくれたが、それ以上は何も言わず、へたりこんでいる私の隣に座った。


 「ま、急ぐ旅でもないし。ゆっくり休んでいいですよ」


 零はそう言うと、私の肩に頭を乗せて目を閉じた。


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