6 坂出
声をあげることすらできない快楽が果て、私は目を覚ました。
全身から油汗が吹き出ていた。生きていると知られたら殺されるのではないか、そんな恐怖が全身を覆う。私は呼吸すら憚かられる中、指一本動かせずにいた。
静かに目だけを動かすと、隣のベッドで本を読んでいる、寝間着姿の零が見えた。読んでいるのは、私が寝る前に貸した物理学概論の本だった。
ぺらり、ぺらりと零は猛スピードで本を読んでいた。その目はギラギラと輝いていて、まるで獣を思わせるような獰猛さだった。可愛さなど微塵もなく、思わず息を呑んでしまうような迫力だった。
「あ……」
息を潜めて零を見つめること十分少々。
不意に零がこちらに気づいた。目が合うと「おはよ」と言って笑顔を浮かべたが、すぐに目を見張り、本を閉じてククッと笑った。
「祐一さん、ちょっとは隠しましょうよ」
「え?」
零に言われて、私は自分の体を見た。
「げ」
私は素っ裸だった。いや、それだけならいい。いや、あまりよくないかもしれないが、単に裸というのなら男同士、「すまんすまん」で済む話だ。
だが、完全に直立状態、というのはさすがにどうかと思う。
「もしかして、わざと僕に見せつけてます?」
「そ、そんなわけあるか!」
「どうかなあ。昨日、物理学の講義してる途中で暑いと言って脱ぐし。正直、襲われるのかと思ってヒヤヒヤしました」
「あのな……」
「いいですから、バスルームに行ってください。汗流すなり、抜くなりしてスッキリしてきてください」
「い、いやお前……抜く、て……」
見た目美少女の零の口からそんな言葉が出るとドギマギした。だが零は男である。男同士の会話と考えれば、それほどたいしたことではない……よな?
何か言い返してやりたかったが、さすがに今の状態は情けなさすぎた。私はバスルームに逃げ込むと、シャワーを浴びて気持ちを落ち着けた。
今回の件は、まあ私に非があるだろう。しかし、零はどう見たって十代の美少女、あの見た目ならいろいろ危ない目にも遭ってきたと思う。だが、初対面の私と同じ部屋に泊まるとか、どうにも警戒心の乏しいやつだった。
それとも、少々のことは何とかする自信があるのだろうか。
「あー、ちくしょう、変な夢は見るし……」
自分の言葉にハッとした。
そう、夢。あの不思議な夢は一体何だったのだ。最初の、詩織とのことは過去にあったことだ。だがその後の、零と思しき声とのやりとり、あれは本当に夢だったのだろうか。
──憎くてたまらないでしょ?
美しい声が私の心の奥底をかき回した。みぞおちのあたりがギュッとしまり、煮えたぎる思いがこみ上げてきた。
ああ憎い、できることなら八つ裂きにしてやりたい。
だがどうやって復讐すればよいというのか。殺したって飽き足らない、この憎しみをどうやったら晴らせるというのか。
「くそっ」
ガンッ、と壁をたたき、私はシャワーを止めた。これ以上考えていたら気がおかしくなりそうだった。
私はガシガシと乱暴に体を拭き、Tシャツとパンツを身に付けてバスルームを出た。
そして、絶句した。
零が、一糸もまとわぬ姿で背中を向けて立っていた。その後ろ姿に男性のような無骨さはなく、かといって女性のような柔らかさもない。それは完璧なバランスで作られた神の造形物であり、まるで黄金比を人にしたような姿だった。
「あれ、もう出てきちゃいました?」
零が振り返り、惚けている私を見て笑った。慌てる様子はなく、落ち着いたものだった。
「な、何をしてる?」
「見ての通り、着替えてるんですよ。祐一さんが出てくる前に、と思ったんですけどね」
零はこちらに背中を向けたまま、ボクサーパンツに両足を通した。それからベッドの上に置いていたTシャツ、靴下、ズボン、パーカーと身につけていき、数分で昨日とほぼ同じ格好になった。
「やだなあ。僕が着替えるところずっと見てるなんて」
「あ、いや、その……」
「いやらしい顔してますよ。やっぱり身の危険を感じるなぁ」
「てめえ、わざとだろ!」
「えー、何がです?」
零はククッと笑い「早く着替えたら?」と言って、読みかけの物理学概論を開いた。